殺し屋調査録:重騎士"謳われる"フレイアン

 なりたい者よりなれる者になった方がいい。


 酒場のカードゲームと同じで、配られたカードで勝てる手を選ぶしかないのだ。人間、望んだ才能が与えられるとは限らない。

 もっと早く気づいていたら、失わずに済んだのかもしれないのに。



 私は淵南の村で生まれた。

 水晶の原石のように切り立った山々に囲まれた村は自然豊かで美しかったが、低級な魔物の巣窟も間近にあった。


 男子は皆、村を守る戦士として幼い頃から槍術を学んだ。望むか望まざるかは構いなく、そうしなければ生きていけないから当然のことだった。

 物心ついたときから男子よりも背が高く、力が強かった私が、彼らに混じって槍の訓練を受けることになったのも当然だった。


 私が初めてもらった二つ名は"巨人の一撃"。

 身長と体重を活かした、高所から叩きつけるような打撃が最も得意だったから。

 統京で殺し屋を務めた経験もある槍術師範は三百年にひとりの天才だと褒めてくれた。

 でも、こんなことを言ったらいけないのはわかっているけれど、私がほしい才能はそうじゃなかった。



 パン屋の看板娘のロータは、パイ作りの腕なら両親顔負けだった。お針子のエイルはいつも自作のドレスを着こなして、女の子たちは誰もが真似をした。ヘリヤは勉強も家事も苦手だったけど、彼女の笑顔と優しさは皆の癒しだった。

 私も本当はそうなりたかった。上手く笑って喋れる才能の方がずっと欲しかった。


 彼女たちは私に優しかった。

 ロータは槍術の試験に合格するたび特大のパイを振る舞ってくれた。私に負かされた男の子たちは、その一点だけで私の勝利に感謝した。

 エイルは私の身長に合わせたワンピースを作ってくれた。私が着ても案山子のようにしか見えないのに。


 ある日、ヘリヤと並んで丘に座っていると、彼女が言った。

「フレイアンはとっても強いけど本当に戦いたいの? あたしにはそう見えないな」

「したい、じゃなくて、やらなくちゃ……私は強いし、死んだ両親の代わりに村の皆が私を育ててくれたから、せめて期待には応えないといけない……」

「それって勇者様みたい」


 ヘリヤは私の手を握った。

「勇者様はみんなの願いに応え続けて殺されちゃったんだよ。あたしはフレイアンにそうなってほしくない。フレイアンの人生には誰も責任を取ってくれないんだよ」

 私は曖昧に頷いた。

「したい方を選んでいいのかな……」

 そう尋ねると、ヘリヤはそばかすの浮いた顔で特大の笑顔を浮かべた。



 私はそれから槍術を怠けるようになった。女友だちに混じって、料理や裁縫を学ぶようになった。本当に愚かだ。彼女たちが死んだのは、私のせいだ。


 淵南の辺鄙な村に魔王禍が来るなんて思ってなかった。知性のない魔族の端くれが牧場を襲う狼のように時折訪れるだけだと信じていたのに。


 統京から逃げ延びた魔王禍が隠れ家として私の村に目をつけた。協力を強いられた村長が突っぱねると、奴らは最新の武器で村人を殺して回った。槍術師範も、大人たちも、私と共に槍を学んだ男の子たちも皆殺された。


 私は燃え盛る村で一年ぶりに槍を握った。血豆の潰れた手に鉄の柄がすぐ馴染んだ。

 私は魔王禍を全て殺し、左目を潰されただけで、生き残った。私が最初から戦っていれば皆死なずに済んだ。

 ロータのパン屋は焼け落ちて、エイルの縫った布は死体袋になった。ヘリヤは息絶えるまで私の目を心配してくれた。彼女は四肢を失ったのに。



 統京から訪れた殺し屋たちが皆を弔ってくれた。

 私は彼らに連れられて統京に移り、殺し屋になった。

 猥雑で鮮明な摩天楼の光に右目が眩んだ。潰れたはずの左目には、未だに長閑な村が焼き付いていた。


 何をしていても過去の亡霊が私を苛んだ。私は酒に溺れ、魔王禍を殺し続けた。

 私の名声はあっという間に統京中に轟いた。霹靂王、閃花、土嵐、絶界槍士。私ほどの二つ名を得た殺し屋はいないという。

 皆が私を恐れ、誰も話しかけなかった。ただひとりを除いて。



 いつもの酒場で酒を煽っていると、見覚えのない男が私の隣に座った。

「お前が破城姫フレイアンだな。強さばっかり噂だがなかなか美人だ。次の仕事で守ってやってもいいぜ! この"白い大鷲"オッタルがな!」

 私は酩酊して歪む視界で彼を眺めた。真っ白な三揃いのスーツで、飴細工のように髪を固めた、冗談のように格好をつけた男だった。


 私は驚いて何も言えなかっただけなのに、彼は大いに狼狽えて、酒場で一番度数の弱い酒を煽った。

「俺に靡かないとはおもしれー女だ!気に入ったぜ。お前が笑いかけるまで俺の魅力を証明してやるから覚悟してろよ!」

 私はもう笑っていたのに、彼には伝わらなかったようだ。それが彼との出逢いだった。



 オッタルは言葉に反して信じられないほど弱かった。

 二つ名も自称だったし、私より背が低くて非力で、銃の腕も悲惨だった。二、三体の雑兵をのしたらすぐに息が上がる。

 彼の役職は武器をひとつに定めず、殺し以外の仕事も担う道化師クラウンだけど、合っているのは周りから笑われる点だけだった。

 それでも、私は彼に会ってから酒をやめた。



 オッタルは魔王禍のボスを倒したら私にデートを申し込むと宣言した。

 私はさほど努力せずに済んだ。敵の本拠地に乗り込んで、頭領にとどめを刺す寸前に、急に腕が痛くなったふりをするだけでよかったから。


 デートの当日の方がよほど骨が折れた。

 いつも高級なスーツを纏っているオッタルに合わせて、統京に来て以来初めてスカートを履いた。

 待ち合わせの場所に現れた彼は、普段の私に合わせて初めて見るTシャツを着てきた。全く不似合いな花束を抱えて。

 私は死ぬほど後悔しつつ、用意したネクタイピンを渡すと、彼は何の迷いもなくTシャツの襟に誇らしげに飾った。


 殺し屋界一不似合いなカップルは、殺し屋界一不似合いな夫婦になった。



 オッタルは私と結婚してから、危険な依頼はなるべく受けず、殺しの仲介ばかり受けるようになった。

 私は同業者に泣きつかれて仕方なく仕事をするとき以外、家に収まった。下手くそな料理も裁縫も、いちいちオッタルは喜んでくれた。


 夢に見た暮らしだったけど、ふとしたとき左目に焼きついた村の光景が蘇った。

 私が戦わなければ、また誰か死ぬんじゃないか。


 ある夜、オッタルは帰らなかった。殺し屋を送迎するだけの簡単な仕事だと言っていたのに。

 深夜も一睡もできず、静まり返った部屋で待ち続け、気づいたら夜が明けた。

 激しいノックの音で静寂が破られ、昔の同業者"黒飛魚"ヘンケルが現れたとき、予感は現実になったと悟った。



 ヘンケルに連れられて駆けつけた病院で、オッタルは全身に包帯を巻かれて横たわっていた。

 何故私に黙って危険な仕事を受けたのか。ヘンケルは沈鬱ない声で、標的が私の故郷を滅ぼした魔王禍の残党だったことを告げた。



 医者はなす術がないと言った。私もそうだった。オッタルの短くなった手を握ることしかできなかった。

 彼は細い息を漏らしながら言った。

「フレイアン、俺が死んだら、お前は殺し屋に戻った方がいい……」

 本当はもっと早く戻るべきだった。私が戦っていれば、彼は死なずに済んだのに。オッタルが死ぬのは私のせいだ。


 詫び続ける私に彼は首を振った。

「違う、お前はまた昔みたいに自分を責め続けるだろ……本当は何もお前のせいじゃないのに……だったら、自分を責めなくて済むくらい、たくさん勝って、たくさん助けるしかないんだと思う……」


 オッタルの短くなった手が頰に触れた。

「くそっ、最後までカッコつかないな……お前を笑わせるって決めたのに……」

「もう一生分笑ったよ。充分証明してくれたから」

 最初に会ったときの言葉は今も忘れない。最後の彼の言葉も。

「フレイアン、やっぱりお前は美人だ。笑ってる方がいい」


 彼の遺言は守れそうにない。私はもう一生分笑わせてもらったから、これからは他人の笑顔を守って生きていく。



 私は≪勇者の欠片≫を譲り受け、槍を雷管銃槍に持ち替えた。

 新たに排熱大公と豪天雷の二つ名を得た。それら全てを総じて、伝説に謳われる英雄に例えられた。


 私を綺麗だというのも、私の笑顔を見るのも、ただひとりだけでいい。

 今の私は英雄だ。そう望まれたんだ。



 重騎士キャバルリー"謳われる"フレイアン。

 保有する欠片は≪勇者の皮膚≫。

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