ゲームセンターでつかまえて

 濛々と立ち込める土色の煙幕が、半壊した娯楽施設に満ちている。

 舞い散る砂塵にゲーム機の胡乱な光が乱反射し、辺りを七色に染めた。


 土傀ゴーレムテッラは旧世代の筺体が並ぶゲームセンターの中央で立ち尽くしていた。


 四大元素の中で最も土傀の本質に近い、土を司る権能を与えられたテッラは無敗のはずだった。逃げ遅れた貧民たちの隠家を纏めて変形させ、この娯楽施設に押し込めた。

 後は人質を盾に、聖騎士庁との交渉を有利に進め、殺し屋たちを排除するだけだった。

 それなのに、一体何が起こった。


 突如上空から飛来した何かが土の城壁を貫き、乱入してきた。聖騎士庁や保有勇機関が攻城兵器を持っているなど聞いたことはない。

 テッラは華奢な身体を震わせ、真っ直ぐに切り揃えた前髪の下から惨状を睨む。

 瓦礫に膝をついていたのは兵器ではなく、人間だった。



「酔いが回った……何故……今日はまだ一瓶しか飲んでないのに……」

 銅の鎧じみた褐色の肌と埃に紛れる銀髪、左目に黒眼帯を巻いた長身の女が立っていた。その特徴は魔族なら皆知っている。テッラが呻いた。

「四騎士最強、フレイアンか!」


 フレイアンは煙の中で身を起こした。

「そう、重騎士キャバルリーフレイアン。二つ名は……たくさんある。好きに呼べばいい。霹靂王とか閃花、排熱要塞とか……」

「それら全てを含めて、英雄として"謳われる"フレイアンと呼ばれているんだろう」

「詳しいな……」


「知っているさ。だが、抱くのは畏敬ではなく侮蔑だ。生まれながらに強い者には、弱い者の気持ちはわからないだろう」

「どうかな……でも、守ることはできる」

 テッラは人形のような顔を歪めた。

「ミリアムを、虐げられた彼女を殺しに来たお前が言うか!」



 フレイアンは答える代わりにゆっくりと身を屈め、背に隠した左腕を振った。

 すさまじい突風が螺旋を描いて渦巻き、テッラの横を掠めた。テッラにできたのは、咄嗟に地面の床を巻き上げ、防壁を作ることだけだった。それも風圧だけで千の欠片に変わる。


 フレイアンが振り抜いたのは槍にしては太く、花弁のような銃倉がついた、巨大な鈍色の尖塔型の武器だった。

「何だそれは……」

「雷管銃槍、私専用の武器だ」

 フレイアンは両手で掲げた武器を振り下ろす。武骨な槍の先端が床を叩くと同時に、熱風と火花を散らした。


 テッラは身軽に跳躍し、ゲーム機の上に飛び乗った。

「槍とリボルバー銃の掛け合わせ……撃鉄はなし。打撃の衝撃で射出しているのか。出鱈目だな」

 フレイアンは身の丈より巨大な武器を構えた。その腕は爆破の衝撃で細かな傷と火脹れができていた。



 テッラはゲーム機から飛び降り、筺体の並ぶ隘路を駆け出した。フレイアンはその後を追う。彼女の左右の壁が波のようにそそり立ち、進路を閉塞する。

「邪魔だ……」

 フレイアンは雷管銃槍を横薙ぎに振るった。鋼鉄のゲーム機がガラスのように破壊され、中から大量のコインが吐き出される。銀貨の雨が降った。

 隆起する床は風圧に押し負け、英雄に道を譲るが如く湾曲した。



 テッラは自在に壁と床を捻じ曲げ、フレイアンの追走を阻む。天井で揺れていた非常口の看板が針のように捻れ、フレイアンの頭上に伸びた。

 銃槍の先端を叩きつけて看板の針を折り、フレイアンは足元に落ちたコインを拾う。


「土傀、お前たちの始めた戦いだ。逃げずに戦え」

 網状の籠がぶら下がるゲーム機があった。フレイアンは速度を落とさずにコインを投入する。軽快な電子音が響き、ゲーム機から白いゴムボールが飛び出した。

 フレイアンはそれを投擲する。豪速で放たれた球は砲丸のようにテッラの前を突き抜け、眼前の壁に穴を開けた。次いで落下したボールが波打つ床で跳ね回る。



「どちらが魔族だか」

 テッラは足を止めて振り返った。

「四騎士は規格外だと聞いていたが、君の力は人間の域を超えているな。勇者の欠片か」

「どうかな……」

 フレイアンの腕は、爛れた皮膚が泡立ち、血の球を噴いていた。テッラは苦々しく呟く。

「自ら傷つくことも厭わないか。高潔だな。こちらも卑怯な手を使いたくはないが、君のような手合いにはこれが一番効くだろう」



 突如、四方の壁から無数の手足が突き出した。フレイアンは迎撃の構えを取ったが、即座に武器を下ろして回避する。

 土を纏った人形のような何かが一斉に壁から飛び出した。フレイアンは右目を見開く。


「土傀、いや、これは……」

 雪崩れ込んだ土人形は呻きや泣き声をあげていた。手足や胴体には乾燥した土を纏っているが、隙間から肌や汚れた服が覗いている。


「……逃げ遅れた住民か!」

 フレイアンの怒声に構わず、テッラは奥へと歩みを進めていた。雷管銃槍を構えた彼女の前に、土の鎧を纏った人々が立ちはだかる。


「違うんです、フレイアン様……」

「身体が勝手に……」

 彼らは泣きながら硬い泥で覆われた腕を振り上げた。口元以外を土で隠された少年が声を震わせる。

「助けて……」

 フレイアンは静かに瞑目した。

「ああ、助ける。私は英雄だから」


 先頭の女が腕を振り抜いた。土の拳がクレーンゲーム機を貫き、中のぬいぐるみが綿を撒き散らす。

 フレイアンは武器を捨て、女の腕に踵を振り下ろした。一撃で泥の外装が剥がれ落ちる。


 両側からふたりの貧民が踊りかかった。フレイアンはゲーム機に飛び乗り、土の兜を纏ったふたつの頭を筺体に叩きつける。二名の無事を確認してから、フレイアンは瓦礫だらけの道へと駆けた。


 彼女の後ろを少年が追走していた。

「お姉さん、避けて!」

 悲痛な叫びと裏腹に、少年の泥の鎧から筒状の塔が飛び出した。


 背後から一撃を食らったフレイアンはゲーム機に突っ込んだ。コインゲームから大当たりの音が流れ出し、猿の人形が踊る。

 フレイアンは割れたガラスを払い、額に手を当てる。一筋の血が流れていた。

「お姉さん!」

「……大丈夫、このくらいすぐ治る」


 土の鎧を纏った人々が押し寄せ、拳と脚の雨を降らす。フレイアンは上体をゲーム機に突っ込んだまま、微動だにしない。煙と火花が舞い上がる。

 人々は攻撃を緩めず、口々に叫んだ。

「逃げてくれ!」

「お願い、起きて!」


 褐色の両腕がゲーム機から突出し、筺体の土台を掴んだ。フレイアンは人間離れした腕力でゲーム機を持ち上げ、纏わりついた人間ごと投擲する。

 爆発した筺体の破片が、彼らの纏う外装を剥ぎ取り、爆風が渦巻いた。


 フレイアンは埃を払い、煙幕に視線を向けた。唯一残った少年がこちらへ駆けてくる。

「ごめん、少し痛むと思う……」

 彼女は腕を引き、真横にあったパンチングマシーンを殴った。バネが吹っ飛び、巨大な拳の模型が少年の後頭部を打ち付ける。壁に叩きつけられた少年の身体から泥が剥がれた。


 ゲーム機が泣き喚く中、フレイアンは雷管銃槍を持ち上げ、先へと進んだ。



 閉じたガラス戸を破壊し、暗いエントランスに出る。テッラの姿はない。

 停止したエスカレーターを上ると、フレイアンの足下を泥の散弾が叩いた。階段の真下に土の鎧を纏った男が身を隠している。


「まだいたのか……」

 フレイアンは上りと下りのレーンが交錯する場所に植えられた作り物の木の枝を掴んだ。引き千切らんばかりに引いた枝を離すと、鞭のようにしなった偽物の木が男を弾き飛ばした。



 真下に落下した男の無事を確かめてから、フレイアンは普段エスカレーターを上がる。


 額と腕からは血が滴り、タンクトップの大きく開いた胸元にこびりついている。少年の攻撃が掠めたのか、黒眼帯の金具が壊れ、左目の下にだらりと垂れていた。


 辿り着いた階には、破れて中身の溢れた自動販売機があった。フレイアンは眼帯を外してポケットにしまい、タイルの床に転がる酒瓶を拾った。

 栓を開けて一気に煽る。

「大丈夫だ、勝てる。私は英雄だから……」


 フレイアンは緑の扉を肩で押し開けた。

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