爆裂都市
ルーシオが傾いたスーパーマーケットを出ると、キーダが出迎えた。
「お疲れ、ルーシオくん。面倒くさそうな敵だったけど大丈夫だった?」
「面倒だった。魔族殺しは楽しいかと聞かれて概ね同意したら『信じられない』だと。ヘビーユーザーの意見は真摯に聞けばいいものを」
「殺人鬼を生命のヘビーユーザーって捉えてるの、だいぶヤバいよ」
「流石だ」
「怖……何で嬉しそうなの」
ルーシオは背後を顧みる。空は半球の天蓋に覆われ、夜よりも闇が濃い。荒波を固めたような土壁から生えるスーパーマーケットは絶えず震動していた。
「保勇機関と聖騎士庁に二点連絡を。ひとつは逃げ遅れた人間がまだいる。もうひとつは
「面倒だね。魔王禍の娘が強化したのかな」
「いや、奴はエーテルに与えられたと言っていた。別の魔族がいるな」
「もっと面倒だな……そうだ、統京が正式にミリアムを魔王禍認定したよ。呼称は
「人間の魔王禍もいるというのに、何故俺は殺せないんだろうな……」
ルーシオが目を背けたとき、背後で爆発音が響いた。鉄筋のスーパーマーケットが紙屑のように燃え上がる。
「ルーシオくん、危なかったね」
「まったくだ」
炎の壁の向こうから女の声が響いた。
「四騎士ともあろう者が随分悠長なのね」
身の丈の二回りを超える鉄鞭をしならせ、ムエルが現れた。
「戦士の巣のギルドマスター、ムエルちゃんだっけ?」
「逃げ遅れた住民は我々が捜査しているわ。絶えず地形が変わるせいで難航しているけれど」
「大丈夫だよ。ひとりふたり見過ごしても魔王禍が殺ったことにすれば責任を問われないから」
「貴方たちは……とにかく住人の避難が最優先よ。早急に見つけなくては」
蛇のようにねじくれた土壁を抜けて、一台の護送車が目の前に飛び込んできた。運転席から髪を振り乱したスターンが転げ出る。ムエルが目を剥いた。
「何故貴方がここにいるの!」
「あの、逃げ遅れた方たちが沢山いるので……!」
「知っているわ。兵士を送ればいいでしょう! 指揮官が前線に来てどうするの!」
スターンは眼鏡がずり落ちるほど震えながら耳を押さえた。
「でも、わ、私は聞こえるんです……何処で誰が助けを求めているかわかるんです……私が来ないと……」
「貴方ってひとは……」
ムエルは沈黙の後、眉間に深く皺を刻んで言った。
「私から離れないでちょうだい」
「はい、絶対に離れません! 置いていかないでくださいね! ずっと私といてください!」
「こんな状況以外で聞きたかったわ……」
キーダは薄目でふたりを眺めながら、狙撃銃を後ろに傾ける。
「痴話喧嘩してる場合かな」
振り返りもせず、引鉄を引いた。鋼を穿つ激音が響き、背後に積み上がるコンテナが崩れた。鉄の箱が柔らかいものを潰し、地面に鮮血が広がった。
ルーシオはナイフを鞘から抜いた。
「伏兵がいたか」
「移動しようか。索敵は長官くんがやってくれるよね?」
「あ、はい。そのつもりです……いや、すごいですね、四騎士……」
「私も四騎士候補よ」
ムエルは不機嫌そうに鉄鞭をしならせた。
四人が駆け出した瞬間、地面が大蛇のように隆起した。
キーダとルーシオは素早く跳躍し、ムエルがスターンを抱えて傍のコンテナに飛び移る。
「何ですかこれ!」
地盤がひび割れ、中から錆びた線路が突出する。線路は四人を追うように地表を駆け巡った。
「昔の廃線かな。土傀遣いが動かしてるね」
キーダは銃口を傾け、虚空に向けて撃った。道端で傾いていた信号機が根本から折れ、落下する。
自走する線路を押し潰したと思った矢先、錆びた先端が無数に分かれた。分裂した線路は蚯蚓のように信号機を乗り越え、上を目指す。
「すごい精度だね。自動運転とかに活用できないかな」
「言ってる場合か。前にふたりいるぞ」
ルーシオが言い終わる前に、飛来した矢がコンテナに衝突し、砕け散った。
次いで放たれた矢がスターンの頬を掠める。ムエルが目を剥いた。
「お前……!」
身の丈の二倍余りある鉄鞭が渦を巻いた。圧倒的な破壊の力が、風圧だけで周囲のコンテナを押し曲げる。ムエルは刺突するように鞭を放った。
鉄鞭が巻き付いたのは地中から真っ直ぐに生える電灯だった。鈴蘭型のランプが花を折るように容易く落ちる。
ムエルの鞭は落下するランプを絡め取り、前方に向かって投擲した。物陰に隠れていた男の頭がランプにすげ替えられ、血飛沫が噴き上がった。
ルーシオは薄く笑った。
「スプラッタだな。悪くない」
彼は上方を目指して自走を続ける線路に飛び乗った。鉄の大蛇がルーシオを上へと押し上げる。
違法建築のバルコニーの陰にボウガンを構える女の姿があった。
ルーシオはナイフを投げると同時に線路から飛び降りる。虚空を一閃した刃は女が握るボウガンを粉砕する。キーダは空中で銃口を構えた。
「トドメをさせないって大変だね」
銃弾が女の額を貫き、バルコニーの柵に死体がだらりと垂れ下がった。
キーダとルーシオは動きを止めた線路の両端に着地する。
「俺が殺したかったのに」
「できないでしょ。それより、土傀が見当たらないな。あと二体残ってるはずだけど」
ムエルは狭い空を睨んだ。
「ヴァンダの言っていたダンジョンの核も確認できていないわ。四つ全ての核を破壊しない限り迷宮は形を変え続けるそうよ」
「ってことは、僕たちの戦った人型の土傀がその役割かな」
「タスクがひとつに纏まったのは僥倖だな」
スターンが急に呻き声を上げた。彼は両耳を押さえ、身体がバラバラになりそうなほど震えて疼くまる。
「どうしたの?」
「す、すみません……声が……この先で大量の声が聞こえます。助けを求めて……」
ムエルは彼の背を支えながら遠くを見た。隘路の先に捻れた壁が円筒状に突き出していた。
「娯楽施設だわ。ゲームセンターやボーリング状がある猥雑な場所よ。聖騎士庁の避難勧告を無視してそんなところに集うなんて……」
四騎士のふたりが目を細める。
「土壁を集めて念入りに封鎖してるね。救助を阻んでるみたいだ。大砲でもなきゃ破壊できないな」
「なら、フレイアンの出番だな」
「連絡取れるかな。また酔い潰れてなきゃいいけど……」
キーダは震えるスターンの胸から無線機を引き抜き、インカムを耳に押し当てた。
「リーダー、今どこ?」
酒焼けで掠れた声が応えた。
「高いところ……」
ムエルとスターンは呆然として無線機を見守った。
「大丈夫なんですか……?」
「大丈夫なはず。フレイアンさんはお酒にやられて言語野が赤ちゃん以下だけど、ちゃんと考えてるから……たぶん」
「不安になるわ……」
キーダは風が渦巻く上空を見上げる。
「高いところにいるってことは、状況はだいたい把握してるよね?」
「勿論……全員救ってくる。だって、私は英雄だから」
会話が終わる寸前、瓦礫に切り取られた空に一筋の黒い軌道が走った。
それは流星の如く地上を目指して駆け抜け、娯楽施設を覆う瓦礫の山に呑まれて消える。
次の瞬間、円筒状の土壁が砲撃を喰らったように爆散した。
轟音と爆風が捻れた路地を駆け巡り、砂礫の混じった白煙が殺し屋たちの元にまで流れた。
破壊の残響がこだまする中、スターンは烟る空を仰ぐ。
「何ですか、あれ! 兵器じゃないですか! キーダさん、何を呼んだんですか!」
「リーダーは四騎士最強だからね。殺し屋界最強ってことだよ」
上部が崩落した土の塔は、依然として煙を上げていた。
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