外道畜生よ、敵を撃て

 貧民窟を襲った天変地異に、避難者たちが騒めき出す。


 聖騎士庁のトラックからデッカーとダイルが身を乗り出して叫んだ。

「皆さん、急いで!」

「第十区で火災発生! 誰かガスの元栓締めずに逃げやがったな!」



 壁の向こうから炎が噴き上がり、色とりどりのコンテナが照り返しで赤一色に染まる。寝袋や鞄を背負って逃げる家族の上に火の粉が降り注いだ。


「伏せろ!」

 グレイヴが抜き打ちを放つ。

「魔剣、抜刀。天泣てんきゅう!」

 白雨のような刀身から圧縮された水の奔流が迸った。コンテナを舐め上げる炎が飛散した雫に掻き消された。


 トツカが呆れたように刀の柄に手をかける。

「また曲芸ばかり覚えて……」

 トツカは地を蹴った。

 避難者たちの肩、聖騎士庁のトラックの腹を足場に二歩で空中に飛び、燃え盛るコンテナに刀を振るう。鉄塊が果実のように割れ、炎を押し潰した。


「火消しに水など不要。酸素を奪えば済む話です」

 避難者の少年が呆然とトツカを仰いだ。

「すげえ、強え……」

「当然です」


 グレイヴは鞘に魔剣収める。

「師匠、御見事です。避難者を踏まなければ尚いいかと」

 トツカは舌打ちを返した。



 ヴァンダとエレンシアは人影の消えた路地にいた。


 貧民窟は難解なパズルのように見る間に姿を変え、聳り立つ土壁から屋台が生え、地面から電柱が生えていた。


「違法建築とダンジョンが重なると壮観だな」

「呑気ですね。もう測量士の地図は役立ちませんよ。絶えず動く迷宮と元の貧民窟の両方を踏破しなくては」

「四騎士が露払いをやってくれるらしい。俺たちは本命まで安泰だ。楽な仕事だろ」

「大役ですよ。慢心しないように」


 路地裏からけたたましいエンジン音が響き、ロクシーを乗せたバイクが現れた。

「オレたちはアンタらの進路を守りつつ雑兵を蹴散らす。行こうぜ、シモス」

 ロクシーはサングラスを下げ、頬を硬らせる弟に片目を瞑った。

「敵をぶっ殺したいのはわかる。でもな、別にひとを助けたくない訳じゃないんだろう?」

「……はい!」

 シモスは大剣を帯び、兄の後ろに飛び乗った。バイクのブースターが吠え、テールランプが星のたてがみのように靡く。


「行くぞ、エレンシア」

「命令するのはボスの役目ですよ」

 ふたりは駆動を続ける違法建築の迷宮へ踏み込んだ。



 ***



 騒乱は人間たちだけでなく、魔王禍にも訪れていた。


 土傀ゴーレムイグニスは部下を連れ、地下から浮上した土の迷路を進んでいた。

「ダンジョンの展開が阻害されてる。俺たちで狙撃手スナイパーを討つぞ! ミリアムの邪魔はさせない!」

「警戒を、奴は≪勇者の欠片≫を持っています!」

 イグニスは精悍な顔に笑みを浮かべた。


「狙撃手なら視力を強化するか、銃身のブレを補正するために腕を強化するかの二択だ。両方に警戒すれば大した敵じゃないぜ」

「流石です! 私は前からミリアム様に相応しいのはイグニス様だと……」

 部下の男は急につまづいたように倒れ込んだ。


「スティーブ?」

 イグニスは地に伏して動かない部下に屈み込む。男のこめかみに赤黒い穴が開き、溢れる血が地面を濡らしていた。

 イグニスが叫んだ。

「狙撃手だ! 遮蔽物に隠れろ!」


 何人かが土壁から突き出すコンテナの影に飛び込み、間に合わなかった者たちが倒れる。

 混乱する部下たちは縦横無尽に走り回り、無音の死神が彼らを襲う。


「中央を横切るな! 壁に沿って移動するんだ!」

 どさっと砂袋が落ちたような音。イグニスの部下が

 次々と倒れ込んだ。風に突き倒されたように無音の死が続く。


「焦るな、敵は近くにいるはずだ!」

 イグニスは部下の死骸を抱えて呻いた。

「 ダンジョンが展開してから半刻も経ってない。何処に、いつ隠れたんだ……」



 イグニスの遥か上方、トラックが土の天蓋に刺さっている。

 半分割れて傾いた荷台で銃を構えながらキーダは口角を上げた。


「いつって、昨日からだよ」

 彼は照準を合わせ、淡々と引鉄を引く。

「目か腕の強化? 素人考えだな。四騎士に技術の補強は要らないよ。技術についていけない身体の方が邪魔なのさ」

 キーダは弾倉の予備を弄んだ。

「≪勇者の膵臓≫、二日間あらゆる生理現象を止めるための欠片なんて君たちには考えつかないだろうね」



 下方でイグニスの部下たちが蠢き出した。キーダは目を細める。

「随分仲良しみたいだね。じゃあ、使わせてもらおうかな。ヘッドショット以外は主義に反するんだけど、どうでもいいや」


 ひとりの女が遮蔽物から飛び出した瞬間、腕が爆ぜた。地上に届かない銃声に代わって甲高い悲鳴が響く。

「スーザン!」

 駆け寄ろうとしたイグニスを部下が抑える。

「駄目です、イグニス様を誘き寄せる罠だ!」

「だが、このままだと……!」


 少し離れた場所で、若い男の腿から血煙が上がった。

「ポール!」

 イグニスの部下たちは肩や脚を撃たれてもがく。致命傷には程遠い傷から迸る血が波のように広がった。ねじくれた土の迷宮に呻き声と水音が充満する。

 イグニスは唇を噛んだ。

「くそ……どれだけ外道なんだ、四騎士は!」



「君がそれ言うかな? 貧民窟で何人犠牲にしたのさ」

 キーダは地上に届かない乾いた笑いを漏らす。

「外道は確かだけどね。ほら、早く出ないと部下が可哀想だよ。君のせいでみんな死ぬ」


「お前のせいだよ」

 ひしゃげたトラックの荷台に青年の声が響いた。キーダは振り返る。真後ろに妖しい笑みを浮かべた細身の男が立っていた。

「土傀……君はアクァだっけ」

「何で知ってるんだよ、気色悪いな……ライバルを助けるのは癪だけど、僕たちが減るとミリアムが哀しむから」


 アクァは片手に隠したナイフを構えた。

「狙撃手なら近接戦の刺客に警戒しなきゃ。僕が近づいてたの気づかなかったの? 馬鹿だね」

 鈍い輝きを放つ刃が垂直に振り下ろされる。キーダは微動だにしなかった。

「こっちの台詞だよ」


 鋭い切っ先はキーダの目を貫く寸前に阻まれた。

 ナイフとナイフが衝突し、暗い荷台に火花が散る。残照が黒子の散った青白い顔と流れる黒髪を映し出した。

「ルーシオくん、ナイスタイミング」

「少しは焦れ。紙一重だったぞ」


 キーダは呆れるルーシオに視線をやった。

「確かに危なかったなを遅いよ。刺されるところもちょっと見たいとか思った?」

「否定はしない」

「友だち甲斐がないなぁ」


 アクァはルーシオを睨みつつ、荷台の壁に貼りつくように距離を取った。

「新手、お前も四騎士?」

「まあな」

「お前らって畜生のくせに友情はあるんだね。そいつ、影に隠れて他人を撃つような卑怯者だよ。悪趣味だと思わない?」

「悪趣味は同感だ」

 ルーシオはダガーナイフを構え、唇の端を上げた。

「殺しは殺した感触があってこそ、だろ?」

「そっちは更にクソ野郎かよ」



 アクァが顎を引く。前のめりに傾いたトラックの荷台が徐々に震え始めた。


 ルーシオは視線を巡らせ、短く言う。

「キーダ」

「了解、タッチで交代だね」

 キーダは銃を抱えて素早く立ち上がると、ルーシオの手を軽く叩いた。


「逃すと思ってるの?」

 アクァの放った斬撃をルーシオのダガーナイフが弾く。不安定な荷台が一際大きく揺れた。

 キーダが潰れたトラックのリアドアからするりと抜ける。ルーシオは反対に荷台の奥へと跳躍した。


「これ如きで潰れるなよ、土傀。お前の死に顔が見たいからな」

 トラックが巨大な手に掴まれたように揺れる。奥に詰まっていた段ボールが一斉に崩れ、アクァへ押し寄せた。

「最悪……!」


 トラックが土壁から抜け、重厚な鉄の塊は加速しながら地上へ迫る。ルーシオは微笑を浮かべて落下の瞬間を待った。

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