殺し屋調査録:剣聖"錆切り"トツカ
私は強かった。
生まれたときから強かった。誰よりも強かった。
それなのに、一度も褒められたことがない。
私は淵東の殺し屋の一族に生まれた。
正確に言えば、一族は武家と呼ばれていた。武をもって、悪しきを挫き、弱きを助ける、殺し屋とは違う高潔な一族だと嘯いていた。
一族は家長"知足の"ソハヤを長とし、本家も分家も皆幼い頃から剣術を習った。
とはいえ、幼少のみぎりに習えることなど児戯に等しい。分家の生まれの私はソハヤを見ることも叶わなかった。
初の稽古で、私は一族で天才と呼ばれた兄の額を破り、実戦経験もある姉の肋を折った。ふたりの母親が泣きながら石を投げつけてきたので、石を握り込んで殴った。
皆が私の強さを認めると思った。待っていたのは、侮蔑と憎悪だった。
その日、私の母は女中に命じて私に残飯を出した。
女中の嘲笑が気に入らなかった。
私は盆を持ってきた女中の指に噛み付いた。乳歯が生え変わる頃でなかったら食い千切れていただろうに。
泣いて転げ回る女中に、私は「両の手が使えるうちに考えを改めることだ」と言った。
翌日の朝餉はまともな食事だった。
食事の後、私は本家に招かれた。
待っていたのは"知足の"ソハヤだった。彼はこれからは自ら私に稽古をつけると言った。
剣を握るだけでは獣と同じ、ひととして戦うための心を教えると。
ソハヤはいかにも温厚で凛然たる男だった。己の弱さを大義で誤魔化す者の目をしていた。
彼は強い者は弱い者を守るために生まれてきたのだと言った。私は違うと答えた。
弱いのは鍛えない怠惰故だ。私は鍛えるほど強くなった。怠惰な者を守っても得はないと。
ソハヤは私に憐れみの目を向けた。
ソハヤと比べても私は強かった。彼の戦歴を十五で塗り替えた。師として不足でありながら、彼は私を敬うどころか憐れんだ。
家を出る前、私はソハヤに尋ねた。何故私を一度も褒めないのかと。
彼は悲しげに目を伏せた。
「地鳴りが大地を破り、大火が森を焼いたとして、誰が天災を褒めるだろうか。お前はそれと同じだ」
そう言って、彼は餞別に一振りの魔剣を与えた。それは一族で誰も使わなかった無用の長物だという。
折れず、曲がらず、ただそれだけ。
「お前なら扱えるだろう」と渡されたそれを見て、至高の刀だと思った。
今までの私の刀はすぐに欠けて使い物にならなくなる。私ほど強い刀はなかったからだ。
私は名もない魔剣と統京に出た。
統京は、淵東とは何もかもが違った。
蕭蕭たる竹林と木造の家屋は影もなく、大樹より太いビルと猥雑なネオンが街を染めていた。武家の代わりに殺し屋が台頭していた。
何もかもが違うのに、そこでも私は怯えられ、褒められなかった。
私が最強を目指すと言うと、統京の人間は口を揃えてこう言った。
最強といえば勇者だ。それを超えるのは難しい。
六十年も前の死人に拘る愚かさに苛立ったが、指針がひとつできた。勇者を超えることだ。
私は殺し屋の中でも頭角を表した。
四騎士に任命されたとき、やっと足掛かりができたと思った。
認めるのは歯痒いが、四騎士は皆強かった。師や一石のような者はひとりもいなかった。
"
"
そして、"
砂を被ったような髪のギリヤは、常に虚な目をしていた。彼が異様な熱意を燃やすのは測量だけだった。
統京中のダンジョンを測量するために魔王禍を退け、いつの間にか四騎士になっていたという。
彼は私の戦歴を知ると、「へえ、すごいな」と返した。統京のビルが大火災に遭ったときも、燃え盛る建物を前に「へえ、すごいな」と言った。
そして、ビルが邪魔で測れなかった土地を計測するため、巻尺片手に火の海に飛び込んだ。
彼は異常者だった。
ギリヤが辞職する夜、私は勇者を超えたいのだと話した。彼は図面に定規を当てながら答えた。
「よくわからないけど、お前がそれを大事に思ってるのはわかるよ。お前にとっての最強は、俺の測量と同じだ……七十二度、増築されてるな」
「真面目に聞きなさい」
「聞いてるよ。でも、数と違って感覚はひとそれぞれだ。俺が毒入りのスープを呑んで死んだら料理人は四騎士より強いってことになるか?……三十五、あれ、違うな」
「では、どうしろと?」
「誰に認められれば自分を最強だと思えるか、決めればいいんじゃないか……やっぱり三十五だ。ここ地盤沈下してるぞ」
ギリヤが辞めてすぐ、殺し屋の社会貢献として孤児を引き取ることになった。
福祉に興味はない。私は淵東の少女を引き取った。おまけでついてきたのがグレイヴだった。
彼は私に剣の稽古を受けようとした。
私は快諾し、初日に完膚なきまでに叩きのめした。私に師事しようとした者はこうすれば二度と来ない。
だが、グレイヴは翌朝も足を引きずって私の元に訪れた。何度打ち据えても、骨にヒビが入りかけても。
訳を聞くと、彼は鼻血を拭って答えた。
「俺が知る中で貴女が一番強いからです」
胸の奥に小さな痺れが走った。
「俺は全ての死に対抗したい。人間を殺すもの全部を殺せるくらい強くなりたい。そのために師匠が必要です」
何処にでもいる少年の愚劣で蒙昧な誇大妄想だった。それなのに、グレイヴの瞳の中に、私の刀と同じ輝きを見た。
何故気づかなかったのだろう。
勇者すら死に負けた。死に勝てば私は最強になれる。
魔王禍を殺そう。弱い者も強い者も、彼らが殺される前に私が死因を殺せばいい。
そうすれば、私の強さを誰もが認める。あの愚かで善良な弟子でさえも。
≪勇者の欠片≫を唾棄する。
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