キラー・ロワイヤル

 エレンシアは浅く腰掛け直した。

「我々が同席していいのですね」

「勿論さ。トツカ、彼らに質問があるんだろう?」

「ええ、勇者は淵西付近の出身でしたね?」


 ヴァンダは眼光を鋭くする。

「それが何だ」

「件の地下迷宮で私と交戦した土傀ゴーレムはウェントゥスと名乗っていました。淵西の言語でしょう」

「……風を意味する言葉だな」


 リデリックが指を組む。

「淵西と言えば、勇者時代に神秘主義が流行した場所だね。魔族の力を解析し、人間が使役する術を研究していた。例えば、土傀なんかを」

「ああ、奴等によれば神秘エーテルは五つの自然に基づくらしい。イグニスアクァウェントゥステッラの四大元素だ。勇者の受け売りだがな」


 キーダが小さく呻く。

「だったら、敵はあと四人いるかもってこと? 帰っていいかな」

「よくありません。刺しますよ。ルーシオ、何か言っておやりなさい」

「俺も気が乗らないな。土傀はバラしても血が出ない」

「お前たちは……」



 間伸びした空気をエレンシアが遮った。

「……それだけですか?」

 四騎士は一斉に口を噤む。エレンシアは張り詰めた声を漏らした。

「淵西というだけで勇者の話が出るのは飛躍しています。何か懸念があるのでは?」


「君たちを疑ってる訳じゃない……」

 フレイアンが言った。

「神秘主義は勇者時代に廃れた。でも、淵西にはまだ残党がいるらしい。当時を知るヴァンダに聞いてみたい……」


 ヴァンダは大仰に息を吐き、煙草を咥えた。

「魔王討伐後、用済みになった神秘の資料を淵西の貴族どもが持ち去ったな」

「本当に?」

「ああ。研究の再演のため、人身売買で得た孤児や、酷いときは身内まで犠牲にした外道だ。その何組かは昔、俺が仕事で殺した」

「じゃあ、残った貴族をリストアップすれば絞れるか……」

 フレイアンの声に、エレンシアは緊張を緩めて頷いた。



 銀のテーブルに料理が並び、湯気が立ち込める。キーダはフライドポテトを一束摘んで言った。

「あとは土傀の規模か。シモスくんのお兄さんは夜盗ローグだよね。貧民窟の地理は詳しい?」

「最近まで住んでたからな」

「いつから?」

「五年前、ヴィカス通りの貧困者用の家屋が建設されてすぐだ。だが、あそこは違法建築のメッカだぜ。土傀が密かに造られててもわかりゃしない」

「お手上げだね」

「諦めが早すぎるだろ」


 ルーシオが割って入った。

「昔、四騎士に測量の専門家がいたとか」

「いる訳ないだろ……いたのか?」

 ロクシーが片眉を上げると、トツカが首肯を返す。

「正しくは測量マニアがダンジョン攻略のついでに魔王禍を討伐し続けて四騎士になったのです。資格取得のために離職しましたが」

「何でもアリだな」

「趣味のバードウォッチングのために辞めたひともいるしね」


 ヴァンダは短くなった煙草を吸った。

「しかし、何で今になって神秘主義者が出てくる? 魔王禍として活動してるなんか聞いたことないぜ」

「聖騎士庁がクリゼールを捕縛したからでしょうね」

「私たちのせいかい?」


 ヴァンダは煙草を挟んだ手で額を掻く。

「リデリックの考えが逆に働いたな。お前もわかるだろ、エレンシア?」

「今までは死体が増えるほど死霊術師ネクロマンサーの手駒が増えるからと活動を控えていた魔王禍が出てきたという訳ですか?」

「そうだ。人間を炉心にする土傀遣いには格好の機会だろうよ。これからは、そういう規格外の連中が次々湧いてくるってことだ」


 リデリックは沈鬱に俯いた。

「私の読み間違えだ。責任は取らなければね。聖騎士庁に戻ってクリゼールを尋問するよ」

「我々保勇機関も同行しても?」

「助かるよ」


 トツカは紫煙を燻らせながら告げた。

「あの土傀は最期に『ミリアム』と女の名を呟いていました。私はグレイヴに淵西の戸籍を走査させます。ルーシオ、お前は?」

「俺は図書館で貧民窟の地録を漁ろう。可能なら例の測量マニアにも連絡を取りたい。フレイアンならできるか?」

「探してみる……キーダは何処に行く?」

「家かな」

「死にたいのですか」



 リデリックと共に保勇機関の四人が店を後にした。

 トツカは晴天を反射するガラスの扉を睨んだ。

「フレイアン、隣に来なさい」

「女子会か……」

「まだ酔っているのですか。お前、奴らに聞くべきことがあったでしょう」

 フレイアンは酒瓶を撫でながら首を横に振った。

「彼らは何も知らない。見ていてわかった。無闇に傷つけたくない……」

「甘すぎます」


 キーダは料理の残った皿を見下ろした。

「保勇機関が掴んでないなら当てがないや。あれ、ルーシオくんもこの話知ってたっけ?」

「"偽勇者"だろう。一体何者やら」


 静まり返った店内に、厨房の水音と皿の擦れる音だけが響いた。



 ***



 リデリックに導かれてヴァンダたちが向かった先は、聖騎士庁が有する統京刑務所だった。


 真新しい鉄格子を潜り、守衛が並木のように整列する大路を抜けると、堅牢な直方体の建物が現れる。

 無機質な壁は雨垂れに汚れて禍々しく聳えていた。


 リデリックは門に鍵を挿す。

「ここは政治犯を収容する場所なんだが、クリゼールには聖騎士庁への協力を条件にある程度好きにさせていてね」

「奴は何をしているのです?」

「家族ごっこさ」



 暗い廊下を進んだ先、鉄格子の向こうに子ども部屋のような鮮やかなタイルが見えた。


「耳掃除を怠っていたようだね!駄目じゃないか!」

 少年じみた朗らかな声が反響する。片目を包帯で覆ったクリゼールの姿が見えた。初老の囚人に膝枕をして、彼の耳に小さな棒を掻き込んでいる。囚人は虚な目で天井を仰いでいた。

「健康に気をつけるんだよ、君が病気になったら哀しいからね!」

「はい、リトル・ダディ……」



 ヴァンダは色を失って呟いた。

「前世で何したら落ちる地獄だよ……」

「今世で真面目に生きないからこうなるんですよ……」


 クリゼールが急に顔を上げた。

「ヴァンダ、久しぶりだね!」

「馴れ馴れしく呼ぶんじゃねえよ」

「反抗期かな!」

「八十二歳だぞ……駄目だ、魔王よりもこいつの方が余程手に負えねえ」

「ヴァンダ、気を確かに」


 リデリックは苦笑した。

「ずっとこの調子でね。尋問も通用しないんだ」

「困ったものですね。私もいい手が浮かびません」


 最後尾にいたロクシーは怯えるシモスを見て、腹を括ったように進み出た。

「その……リトル・ダディ?」

「ロクシー! 最近見ないから心配したよ!」

「ああ、反抗期だったな……だが、反省した。親として力を貸してくれないか?」

「いいとも、何でも言っておくれ!」

 クリゼールが破顔する。


 ふらついたロクシーをシモスが助け起こした。

「兄さん、大丈夫ですか……」

「弟のためなら息子にだってなってやるさ……」

「全く文意がとれませんがよくやりました、ロクシー」

 エレンシアは自分に言い聞かせるように頷いた。

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