土か刀か喰い物か

 シモスが呟く。

「サラサさんが……"錆切り"トツカ?」

 グレイヴが吊り気味の目を見開いた。

「師匠、サラサを騙ったのですか?」

「それが何か? ところで、私についてあれこれ吹き込んでいたようですね。お前には後で話があります」



 トツカは平然と答えてから、広がる空間を見渡した。

 土の天蓋から熱気と臭気が染み出している。壁中から呻き声が聞こえた。中央にはグレイヴと共に拘束された人間たちが蹲っていた。



 トツカは人質には目もくれず、半球状の空間の中心を睨んだ。

土傀ゴーレムには使役する者が不可欠。隠れているのでしょう。出なさい」



 人間の呼気が絡んだ蒸気の中から影が滲み出す。

「そこまでわかるのかよ。面白えー女だな」


 現れたのは、聳える土壁と同じ髪の色をした男だった。引き締まった体躯と逆立てた髪は戦士らしいが、統京劇場の人気役者のように整った顔が不均一な印象を与えた。


 トツカが目を留めたのは、彼が携えた一振りの片刃刀だった。

「それは私の魔剣です。お前には使いこなせませんよ」

「そう怖い顔するなよ。返すつもりで来たんだ」


 言い終わる前に、男は刀を投擲した。トツカは難なく片手で受け止める。

「土傀遣いには見えませんね。お前たちの首領は誰です」

「俺に勝ったら教えてやるよ」


 男は頭を掻き、背負った剣を抜いた。

「俺はウェントゥス。女子どもとは戦わないのが心情なんだけどな」

「何故?」

「弱い者いじめは嫌いなんだよ。弱い奴も嫌いだけどな」

 トツカは瞳孔を刀身の如く細めた。

「それでは、自己嫌悪で夜も眠れないでしょう。可哀想に。私が今すぐ眠らせてあげましょう」



 ウェントゥスが歯を見せて笑う。

 土の半球が震動した。轟音と共に土壁から無数のコンテナが出現する。立方体は各々が意志を持ったように駆動し、トツカに迫った。



「トツカ殿!」

 駆け寄りかけたジェサをグレイヴが鋭く制す。

「来るな、巻き込まれるぞ!」


 トツカは僅かに前傾の姿勢を取り、抜刀した。

 巨獣が断末魔の咆哮をあげたような慄然たる響きが轟いた。


 トツカの眼前に迫ったコンテナの上半分が両断される。空間ごと切り取ったような斬撃だった。

 ばっくりと割れた残骸がトツカの傍に落下し、左右から迫るコンテナを押し留めた。



「やるじゃん」

 移動するコンテナの影から現れたウェントゥスが斬り込む。

「小賢しい」

 トツカは紙一重で躱し、舐め上げるように刃を振るった。ウェントゥスの片腕が宙に飛んだ。


「ウェントゥス様!」

 隠れていた戦士の女が飛び出し、人質の子どもに銃を突きつける。

「動くな、ガキがどうなってもいいのか!」

「構いませんが」

 トツカは視線を僅かに動かした。

「お前は構うのでしょう?」


 グレイヴが女の死角から当て身を喰らわせる。彼が人質の子どもを庇って地に伏せた瞬間、トツカは地を蹴った。


 女の眼前に黒髪が泳いだ。

「待っ……!」

 トツカは苦し紛れで銃口を向けた女の両腕を切断する。遅れて引かれた引鉄が銃弾を放ち、女の額を撃ち抜いた。



 女の腕と身体が地に崩れ落ちる前にトツカは身を翻した。

 間合いに、切り落された片腕を握ったウェントゥスが現れる。傷口からは血の代わりに乾いた土が溢れていた。

 ウェントゥスは切断面に腕を近づける。土が泥と化して溶け出し、瞬く間に腕が繋がった。


「お前も土傀ですか」

「そっちもチート使ってるんだ。このくらいいいだろ?」

「チート?」

「≪勇者の欠片≫だよ。四騎士なら当然持ってるんだろ?」



 トツカは眉を顰め、深く息を吐いた。怒りを押し殺すような溜息だった。

「愚劣な。虫の視界から世界を仰げば全てが卑俗に見えるのでしょうね」

「何?」

「≪勇者の欠片≫を自力の底上げに使うのは三下のみです。私を奴らと同格に扱うなど愚の骨頂」

「じゃあ、魔剣は? お前も魔剣士グリムリパーだろ?」

「……魔剣に興味はありませんが、私に見合うのはこの刀だけでしたから」


 トツカはガラクタを見るように己の刀を見下ろした。

「この魔剣の神秘は唯ひとつ。どう扱っても折れず欠けず曲がらないこと。刀よりも強い剣士のためだけに打たれた剣ですよ」


 ウェントゥスはまた頭を掻いた。

「お前強いんだな」

「当然」

「その力を何のために使ってる?」

 トツカは言葉の意を取りかねたように目を吊り上げた。ウェントゥスは笑みを打ち消した。

「俺は惚れた女のためだ。戦ってわかったよ。お前は危険だ。あの娘に辿り着く前に殺さなきゃな」


 トツカは刀を鞘に収めた。

「ウェントゥス、と言いましたか」

 彼女の身体が霞んだ。残像を白刃の輝きが掻き消す。

「つまらない男ですね」



 ウェントゥスの身体が首、胸、胴の三つに分たれた。居合いの瞬間すら見せず、トツカは次いで高速の刺突を放つ。ウェントゥスの額を刃が刺し貫いた。

「土傀には核がある。それさえ壊せば文字通りの土塊つちくれです」


 ウェントゥスの白濁した瞳が虚空を仰ぐ。

「ミリ、アム……」

 最後の言葉を残し、ウェントゥスは土の塊となって崩れ落ちた。


 トツカは刀を収め、煙草に火をつける。地上にわだかまる泥土に唾を吐くように煙を吐きつけて言った。

「愛だの大義だの御託を並べるから剣が曇る。私が求めるのは最強です。私は勇者よりも強いと証明する。≪勇者の欠片≫など使うはずがないでしょう」



 トツカは足を進め、グレイヴの前に立つと、彼の手首を拘束する縄を斬った。

「師匠、お手数おかけしました……」

「わかりきったことを言わないように。誠意は行動で示しなさい。まだこれで終わりではないですよ」


 土の半球が再び震動する。

 無数のコンテナが引き潮のように退き、割れた天井から空の青が広がった。



「シモス、無事か!」

 土の迷宮の裂け目からロクシーが顔を覗かせる。

「兄さん!」

 シモスが駆け寄ると、彼は安堵の息を吐いた。



 貧民窟の路面から突如迷宮が出現して半刻、聖騎士庁が駆けつけた。


 翼と剣のエンブレムを掲げた戦士が人質の救出と現場検証に奔走する中、シモスとロクシーはコンテナに腰掛けていた。


「兄さん、心配かけてごめんなさい」

「その通りだ。ふざけるな、と言いたいところだが……」

 ロクシーはサングラスを押し上げる。

「何かしら踏ん切りがついたみたいだな?」

「四騎士の戦いを間近で見ました。正義など欠片もないのに、物凄く強かった」

 シモスは自嘲気味に笑った。

「僕は善人にはなれません。でも、ひたすらに強ければ結果的にひとを救える。僕はそれを目指すしかないかもしれない」

「茨の道だぞ。よく考えろよ」



 人混みを抜けてヴァンダとエレンシアが現れた。

「手放しで褒める訳にはいきませんが、シモス、まずは無事で何よりです」

「俺は無事だろうと思ってたぜ。何せ"錆切り"が彷徨いてたからな。案の定半日で片付いた」


 ヴァンダは首を傾け、物陰にいたトツカを示した。トツカは鋭く睨み返す。

「私の顔を知るとは、只の新参ではなさそうですね。何者です」

「昔、お前が出会い頭に切り付けようとした爺だよ」

 トツカは微かに目を見開いた。


「"赤い霜"、若返ったのですか。欠片を使ったのですね」

「今なら全盛期と同じだぜ。また戦うか?」

「無用。私が斬りたいのは勇者物語の生き証人です。欠片に頼るとは案外俗だったのですね」

「何とでも言え」



 トツカは踵を返し、背を向けたままヴァンダに言った。

「私は先に行きます。愚かな弟子に会ったら伝えておきなさい」

「敵の頭領を探すんだな? この土傀迷宮はほんの一端だろ」

「ええ、四騎士を召集します。戦争になりますよ」



 ヴァンダは肩を竦め、傍らで不満げにしていたエレンシアの背を叩いた。

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