殺し屋調査録:夜盗ロクシー

 オレは自由でいたい。


 縛られるのは御免だ。殺し屋はスーツなんて決まりはクソだ。オレは好きな服を着る。

 銃に頼るのは二流だなんて知ったことじゃない。オレは使いたいから使う。

 殺すべきだと思った魔王禍は報酬が安価でも殺すし、意に染まなけりゃどれだけ積まれても仕事は受けない。


 バイクは自由でいい。風を感じて、しがらみを全部置いていく。デカくて重たいだけの愚鈍な高級車はその対極だ。だから、盗んで壊す。権力の象徴のパトカーも。


 夜盗ローグロクシー。オレの名はそれだけでいい。昔オレに二つ名をつけようとした奴はぶん殴った。誰の決めた名前に生き方を縛られたくない。

 お袋がつけた名前で充分だ。オレが知る中で最も自由な女がくれた贈り物だ。



 オレの両親を知る奴らは、オレはお袋にそっくりで、シモスは親父にそっくりだと言う。だいたいその通りだ。ただ、オレが案外気長なのは親父譲りで、弟の意外な喧嘩早さはお袋に似たと思う。



 お袋は殺し屋だった。

 バイクに乗って金髪を靡かせて、咥え煙草で魔王禍の頭を一発ブチ抜き、サングラスを光らせて走り去る。

 騎兵キャバルリーサンディ。つけられた二つ名は"星のたてがみ"。悪くない名前だ。流星みたいな女だった。



 殺し屋界一の自由人だったお袋が結婚すると知れたとき、周りは騒然としたらしい。しかも、相手は料理と手芸が得意な保育士の男だ。

 あのサンディが結婚や出産に縛られて家庭に入るなんて想像できないとみんなが言った。



「アイツらは馬鹿だからわかってないのさ」

 中にシモスがいる大きな腹を抱えて、お袋はそう言った。トレードマークの咥え煙草は親父が業務用の袋で買ってきた棒付きキャンディに変わっていた。


「アタシは妻だとか母だとかに縛られる気はない。家族だからって嫌々一緒にいるのは御免だからな」


 ガキだったオレはお袋が出ていっちまうのか不安になった。それ以上に不安だったのは、お袋が口ではそう言いつつ、義務感でオレたちと一緒にいるんじゃないかってことだ。


「しけた面すんなよ、ロクシー。アタシは毎朝鏡に向かって問いかけてるんだ。この世で一番好きなものは何か、一番行きたいところは何処かって。その日の気分次第では全部放り出しちまうつもりでな」


 お袋は見透かしたように笑って、オレに新しいキャンディを一本寄越した。

「でも、毎朝同じ答えなんだ。お前のパパとお前とこれから生まれるお前の弟が、アタシが一番好きなもの。何百回考え直してもな」

 お袋は白い歯から真っ赤な飴を覗かせた。



 シモスが生まれてからも毎朝の答えは変わらなかったようだ。でも、お袋は必ず付け加えた。

「アタシはそこら辺のお母さんみたいに兄なら弟を守れなんて言わない。お前も好きなように生きな」と。


 でも、ある日お袋の好きなものがひとつ減っちまった。



 オレがキッチンで飯を作っていたとき、親父と買い物に行っていたはずのシモスが血塗れで家に飛び込んできた。

 泣きじゃくる弟の血を拭って、怪我がないか調べて、何とか喋れるように落ち着かせた。


 シモスが途切れ途切れに言うには、街に魔王禍が出たらしい。親父は死ぬ気で抵抗して何とかシモスを逃したらしい。家に虫が出ただけで、オレやお袋に泣きつく親父が。裁縫針より重いものを持ってるのを見たことがない親父が。


 仕事から帰ったお袋はそれを聞くなりバイクで飛び出した。その後のことは生涯教えてくれなかった。

 ただひとつ確かなのは、星のたてがみですら間に合わなかったということだ。



 親父の葬式は格式ばったものだった。

 みんなが揃いの喪服で泣く中、お袋は真っ赤なドレスで参列して涙ひとつ見せなかった。結婚式で着た、親父が統京一綺麗だと褒めたドレスだったらしい。


 お袋はつまらない白い花ばかりの棺に真っ赤な花束と家族の写真を入れてから、親父にキスして蓋を閉めた。棺に飛び込んで花と一緒になってそのまま出てこなくなるかと思った。



 葬儀を終えた夜、お袋はオレとシモスを順番に抱きしめた。

「アタシは今日もお前らが世界で一番大好きだ。でもな、お前らの父ちゃんのことも世界で一番大好きなんだ」

 シモスは泣き腫らした目で何のことかわからないという風にお袋を見たけど、オレにはわかった。一言行くんだなと聞くとお袋は頷いた。


「ごめんな。ここで復讐しなかったらアタシはずっと最悪なもんに縛られたままだ。それは許さない」

 お袋は思いっきりの笑顔でサングラスを外し、オレにかけた。

「これから必要になる。サングラスは涙を隠してくれる。お前、メソメソ泣いてるところなんて周りに見せられないだろ」


 お袋はもう一度オレとシモスを抱きしめた。

「もし帰って来られなかったときのために一生分の答えを言っとく。世界で一番大好きだよ」

 そう言い残して、お袋は流星みたいに飛び立っていった。サングラスは早速役に立った。



 お袋は魔王禍と相討ちだったらしい。


 オレはシモスとふたりきりになった。車上荒らしと殺し屋稼業で稼ぎながら弟を育てている最中、ふと思った。

 オレはこいつの世話に縛られてるんじゃないか?


 オレはお袋ほど強くない。

 怪我もしたし、それを隠すための刺青も増えた。ひとりなら適当に生きていけるが、ふたりだとそうもいかない。不自由もある。

 お袋はオレにシモスを頼むなんて言わなかった。義理立てする必要はない。

 だったら、オレは好きなところに行って自由に生きてもいいんじゃないか?



 本気でそう思って、シモスが寝ている間に荷物をまとめて出て行こうとした。

 狭い家だ。オレと弟の私物はごちゃ混ぜになっている。クローゼットを開けたとき、入れた覚えのない棒状のものが倒れかかってきた。

 駆け出しの殺し屋が最初に買うような、安物の大剣だった。


 親父の形見でもないし、お袋のものでも勿論ない。オレは初めて寝息を立てるシモスの手が血豆で硬くなっていることに気づいた。


 オレは油まみれのキッチンでコンロに腰掛け、換気扇の下で煙草を吸った。そして、弟の寝顔を見た。

 オレは縛られないことに縛られてるんじゃないかと思った。

 両親の死後、ひとりで弟の世話をするなんて如何にもありがちな美談だ。オレらしくない。そう思って反抗しようとしていただけじゃないか。


 オレはどうしたいか。お袋が毎朝そうしていたように、自分に問いかけてみた。



 あれからシモスはオレより強くなった。

 恐ろしいが信頼できるパトロンもついたから金の心配はない。勇者物語の生ける伝説もいるから戦力だって申し分ない。

 オレがここに残る理由はどんどんなくなっていく。


 だが、あの問いだけは毎朝続けている。この世で一番好きなものは何か。一番行きたいところは何処か。

 不思議と答えは変わらない。



 夜盗ロクシー。

 二つ名も、≪勇者の欠片≫もない。

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