予習復讐
ヴァンダたちは聖騎士庁の最奥に構える会議室に導かれた。
スターンは机上の資料の山を押し退ける。
「あ、どうぞ。座ってください……」
ヴァンダとエレンシアは席に着くなり、椅子を返して背を向けた。
「そ、それは殺し屋の反骨精神ですか……?」
「悪いな。≪勇者の目≫対策だ」
「襲撃犯に奪われた欠片は、他人の視界を盗み見る異能を持っています。用心に越したことはないでしょう」
「なるほど……では、資料だけ回すので……」
スターンが資料を引っ掻き回す音が響き、背中越しに一枚の紙片が渡された。
ヴァンダとエレンシアは紙面を凝視する。履歴書らしきそれに貼られた写真は襲撃犯の少年だった。
「コイツだ。間違いねえ」
「彼はオスカル・イザウラ・フェ・ドゥーラ。名前でわかる通り王族の末裔を自称していますね。彼は去年まではオスカーという名前で殺し屋ギルド"暁光"に所属していました。業績は振るわず、過去に二度別のギルドから追放されています」
「ありがちですね」
エレンシアの呟きにリデリックが答えた。
「彼は特殊なケースさ。役職が
「召喚士?」
ヴァンダは正面の壁を見つめて言った。
「人間で唯一魔族を扱える役職だ。だが、見敵必殺が基本の殺し屋が魔族を生捕りにすることはメリットは皆無。そりゃ使え道がねえよ」
「でも、オスカーはそれをした。その魔物が……」
「イエリーとか呼ばれてた
「御明答。暁光はオスカーの離脱後、間もなく壊滅した。昨日襲撃犯が使役していた血魔は皆、死亡したと見られていた暁光のメンバーだ」
「雑魚の殺し屋と雑魚の魔物が古巣に復讐か。いじめられっ子の連帯だな」
スターンが小声で呟く。
「今の発言は危ういのでは……」
「ヴァンダはお爺ちゃんなので現代の感性には疎いんですよ」
リデリックは苦笑した。
「うちのコンプラ部門に確認しておくよ」
「そんなもんあるのかよ。しかし、よくこの短時間で割り出せたな?」
ヴァンダが肩越しに返した資料をスターンが受け取る。
「昨日の現場の遺留物にカメラがありまして、襲撃犯が写っていたんです。それが決め手でした」
「クドですね。あの重傷でよく……」
エレンシアは瞑目した。
スターンがおずおずと問う。
「おふたりは彼らと交戦したんですよね。どんな感じでしたか……あ、あんまり仔細に話されると想像してしまうので、優しく、絵本に出てくる程度の言葉でお願いします!」
「阿呆か……」
ヴァンダは呆れつつ、隣のエレンシアが小さく笑ったのに安堵した。
「まず吸血鬼の戦闘力が異常だった。奴らは日の光に弱い。日中に奇襲を仕掛けて来る個体は初めてだ。リデリック、お前も見ただろ」
「しかも、戦闘の最中急に魔物の戦力が向上したね。召喚士の力かな?」
「王族の力、でしょう」
エレンシアは沈鬱に首を振った。
「王族は魔力を操る力を持っていたそうです。召喚士オスカルはそれを使って魔族を強化し、我々を襲撃した。自らの存在を誇示し、保勇機関に宣戦布告するために」
会議室に沈黙が満ちる。エレンシアは寂しく微笑し、背後のふたりに向き直った。
「王族は勇者暗殺をきっかけに革命によって滅ぼされました。彼にとっては勇者に殺されたようなものでしょう。私を恨むのも納得できます」
沈黙を破ったのは、スターンの消え入りそうな声だった。
「おかしくないですか?」
「何故?」
「いや、完全に逆恨みじゃないですか。恨むなら勇者を暗殺した祖先を恨むべきで……しかも、勇者も王家も消えて六十年ですよ? 現状の不満を過去のせいにして逃げてるだけじゃないですか? おふたりが納得すべきところはひとつもないですよ」
言い終わってから、スターンは唖然とする面々を見渡した。
「何か変なこと言いましたかね……」
ヴァンダとエレンシアは彼を見つめた。
「お前、意外と言うんだな……」
「的確に神経を逆撫でする言葉選びでした。録音して、次交戦する際に彼らに聞かせたかったです」
「いや、そんなことないですよ? ないですよね?」
リデリックは微笑だけ返した。
スターンは冷汗を拭って呼吸を整えた。
「と、とにかく鋭意捜査中ですので、皆さんも協力いただけたらと……」
エレンシアは椅子を引いて立ち上がる。
「勿論、敵は共通ですから。これからのプランは?」
「次の戦闘に備えて兵士を訓練している最中です。戦術顧問の紹介もしたいので中庭に出ましょうか……」
中庭に出た途端、割れるような咆哮が聞こえた。
三列に展開した兵士たちが各々の武器で打ち合っている。標準的な両手剣から歪な鎖鎌のようなものまで見えた。
離れた場所で素振りをしていたジェサは、リデリックを見留めると飛び跳ねながら駆けてきた。
「先生、ご覧ください! 鍛錬の結果が如実に出ています!これなら襲撃犯も一撃ですよ」
剣を振り回すジェサを眺め、エレンシアが淡々と尋ねた。
「素振りをしていただけでは?」
「エレンシアにはわからないだけだ! 日々上達していますよね、先生?」
リデリックはヴァンダにだけ聞こえるよう囁く。
「知っての通り、彼女に稽古をつけているんだが、何というか、問題が山積みでね……」
「元四騎士のお前がそんなに疲れ果てるほどか」
「先生? 何のお話でしょうか?」
ジェサは目を輝かせて師の言葉を待つ。リデリックは眉根を下げて笑った。
「そうだな、君は攻撃を受けると目を瞑ってしまうね。盾のような防具を使うべきしれない」
「しかし、盾を持ったら剣を持ち上げられません!」
「その段階かよ……」
ヴァンダはこめかみに手をやる。ジェサは独りで納得したように頷いた。
「成程! 誰かを守るために剣をとるなら己が身を守ることなど考えるな。騎士として当然の心構えですね!」
「ジェサ、盾と剣は同時に使うものなんだ……」
激しい金属音が響いた。
音の方向を見ると、数名の兵士たちが地面にへたりこんでいる。
輪の中央にいるのは、なめし革のような黒い肌をした長身の男だった。吊り気味の碧眼と、肌と対照的な灰色の短髪が、構えた剣と同じく鋭い印象を与えた。
男は剣を鞘に収めて一喝した。
「ボイル、踏み込みが甘い! マーク、利き足に体重をかけすぎるな! ナタリー、間合いを正確に測れ!」
兵士たちは慌てて立ち上がり、礼をする。
「あいつは……」
ヴァンダが目を細めたとき、隅にいたスターンが手を振った。
「ちょうどよかった。グレイヴさん、こちらです!」
グレイヴと呼ばれた男は視線を巡らせると、兵士たちに休憩を告げ、大股で歩み寄ってきた。
彼はスターンを見下ろし、重い息を吐く。
「また虫が出たんですか。いい加減慣れてください。今度はどこの部屋です?」
「あ、虫ではなくてですね。出たらお願いします。では、なくて……こちらが保勇機関の皆さんです」
スターンが促すと、グレイヴは血豆の潰れた硬い手をエレンシアに差し伸べた。
「話は聞いている。聖騎士庁の戦術顧問、
「よろしくどうぞ。こちらは暗殺者ヴァンダです」
「……"蒼穹の"グレイヴか?」
スターンは控えめに問いかける。
「ヴァンダさん、お知り合いですか?」
「会ったことはねえが噂には聞いた。警察機関で沢山の兵士を育てた有名な鬼教官だろ。多くのギルドが喉から手が出るほど欲しがってたぜ」
グレイヴは片眉を吊り上げた。
「"赤い霜"の覚えがめでたいとは光栄だな。生憎転職の予定はないが」
「そりゃ覚えるさ。魔剣士は希少からな」
エレンシアは顎に手をやる。
「魔剣……魔族と同じ神秘の力ですね、ヴァンダ?」
「ああ、魔物の死骸から作られた特殊な武器だ。≪勇者の欠片≫と同じく剣自体が異能を持つ。生半可な奴には扱えねえ」
スターンは珍しく表情を綻ばせた。
「そうでしょう! グレイヴさんは魔剣を扱える、現代でだった三人の戦士です!」
「そんな奴に虫の処理をさせてたのかよ……」
「それは……ともかく、神秘に対抗するには神秘ですよ! 彼がいれば百人力です!」
ヴァンダはふと視線を逸らした。リデリックの姿がない。
見回すと、彼は物陰で携帯電話を耳に押し当てていた。聴覚を強化すると、潜めた声が風に乗って届いた。
「やあ、キーダ。例の場所は見つかったかい?」
「まあね……」
「流石四騎士の
「さあ……僕が言うのも何だけど、皆協調性ないから。リデリックさんはちゃんと公務員やってるの?」
「勿論、天職だよ」
「辞書とか引いたことないのかな。まあいいや……クドちゃん、死んじゃったんだね。彼女の写真好きだったんだけどな」
リデリックは微かに顎を下げる。電話の向こうの声が一拍置いて答えた。
「三発だ。僕が撃つのはクドちゃんと仕事した回数分だけ。それ以上は協力しないよ」
「君の三発なら充分さ」
「まったく……僕は働きたくないんだよ」
リデリックは電話を切ると、ヴァンダの視線に気づいて微笑んだ。ヴァンダは無言で目を逸らした。
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