プラン・ブレイブ・フロム・メトロスペース

 半身が欠けた屍魔グール、肋骨から中の臓器が剥き出しの屍魔、両足がなく肘で立ち上がる屍魔、下顎がふたつに割れた屍魔。


 一斉に雄叫びを上げ、殺し屋たちに襲いかかる。

 ヴァンダは山刀を振るい、半身が欠けた屍魔を斬り飛ばした。

 粘った血が刃をなぞるように糸を引き、聖騎士庁のバッチが宙に飛ぶ。


 クドが筒状の武器から銛を射出し、屍魔の額を穿った。脳漿の絡まった鎖が弛む。

「グロっ」

「喜べよ。心霊現象だろ」

「幽霊と屍魔は違うの! 浪漫がないでしょ」


 シモスは震えながら大剣を抜いた。

「人間じゃないなら僕だって……」

 彼は目を瞑り、剣を振るった。横一文字が軌道が閃き、二体の屍魔が倒れる。


 烟る血煙の中、次々と亡者が現れた。ヴァンダは舌打ちする

「くそ、数が多いな。一旦退くぞ!」

殿しんがりは私が」


 ベールが巨躯を感じさせない速度で飛び出した。

守門オスティアリーは肉体こそが盾ですので」

 彼は背広から小型の手斧を取り出す。

 ベールは下方から飛びかかってきた両足のない屍魔を片足で踏みつける。振り下ろされた刃が地面と頭蓋をまとめて砕いた。固さと柔らかさの混じった音が響く。


 ヴァンダは眼筋に血を巡らせ、視力を強化する。乱立する鉄格子の間に細道が浮かび上がった。

「来い!」

 シモスとクドが続き、ベールは屍魔の群れを薙ぎ払って後を追った。



 ヴァンダたちは毛細血管のように細かく捩れた無数の小道を駆ける。

 錆びた線路と破れた誘導灯だけが頼りだった。


「ヴァンダ、前!」

 クドの叫びと同時に屍魔が死角から躍り出た。死斑の浮いた腕がヴァンダに掴みかかる。ヴァンダは迷わず亡者の顎を切り落とす。

 目標を失った上の歯が宙を噛んだのを片手でいなし、後ろに構える屍魔にぶつけ、二体とも山刀で貫いた。


 ベールが淡々と呟く。

「クド、気づいているか。我々の動きが読まれている」

「ホントだよ! クリゼールに地の利があるとはいえこんなん詐欺でしょ!」

 


 すぐ背後に新たな屍魔が迫っている。

 ヴァンダが山刀に手をかけた瞬間、シモスが声を上げた。

「来るな!」

 目を瞑ったままの刺突がヴァンダの肩を掠め、屍魔の胸を刺し貫いた。

「お前、目開けろ!」

「すみません、でも……」


 シモスは硬く目蓋を閉じて首を振った。ヴァンダは呆れながら少年の細い手首を掴んで足を速めた。


 細い道を曲がり、開けた空間に出た。周囲を観察しても、屍魔の気配はない。

「撒いたか……」

 クドは辺りを見回した。

「追ってこないね。あんなにしつこかったのに」

「ああ、どういう仕掛けだか」


 ヴァンダはシモスの手を離した。少年の血の気のない顔と細い身体にクリゼールの姿が重なる。垣間見た死霊術師の顔、右目の周辺は焼け爛れていた。

 ヴァンダは小さく息を吸った。


「憶測だが……」

 シモスが目蓋を開きかけた。ヴァンダは手で彼の目を塞ぐ。

「な、何ですか?」

「目開けるな。クリゼールが持ってる欠片は≪勇者の右目≫だ」

「マジ?」

 クドが声を上げる。


「聖騎士庁は死霊術師ネクロマンサーの異能を聴力と仮定して筆談で作戦会議を行ったが、筒抜けだったらしい。だが、視力だと考えれば辻褄が合う」

「透視できるってこと?」

「いや、単なる視力の強化じゃ説明がつかない。視界の共有だ。シモス、地下鉄に乗る前ガラの悪い男に肩を掴まれただろ」

「はい……」

「奴は地下鉄の襲撃犯の中にいた。クリゼールは自分や、自分の眷属に触れた奴と視力を共有できるんだ。だから、お前が目を閉じてからは俺たちの動きが読めなかったんだ」


 ベールが口を挟む。

「あくまで憶測では?」

「まあな。だが、勇者なら自分だけ強化するより、他人と同じものを見る方を望むはずだ」

「昔馴染みならではの確信ですか」


 シモスは細い息を吐いた。

「すみません、僕のせいで……」

「お前じゃねえよ。諸悪の根源は魔王禍だ。それ以外ねえ」

 ヴァンダは奥歯を軋ませる。

「クリゼールの野郎、面が爛れてやがった。魔族に使われてる勇者のせめてもの反抗だ。とっとと切り離してやらねえとな」


 クドは筒状の武器を弄んだ。

「切り離すって言ってもプランはあるの?」

「あるにはある。クド、お前の力を借りる」

「心霊写真を?」

「そうだ。勿論他の武器も使うけどな」

「冗談で言ったのに」

「それから……」


 湿った臭気と、獣の声に似た呻きを感じた。

 屍魔の群れが道の先に蠢いている。

「くそ、中断だ」


 三人たちが武器を取る中、瞑目したままのシモスが言った。

「僕が囮をやります」

「馬鹿言え。目瞑ったままできるかよ」

「できます。僕も≪勇者の欠片≫があるから」

 シモスの眉間には、祈るように硬い皺が浮かんでいた。ヴァンダは彼の目から手を離す。


「クド、あれ貸してくれ」

「もしかして、これ?」

 ヴァンダは彼女から受け取ったものをシモスに握らせ、上から拳を手で包んだ。

「暴れ終わったら、目開けてこれを見ろ。任せたぞ」

 シモスは強く頷いた。



 屍魔が狭い地下道を押し合い、身を削りながら迫ってくる。

 シモスは受け取ったものをポケットにしまい、大剣の柄を握った。

「≪勇者の義憤≫……Wan Ich Das裁くは咎、Schwert thue祈るは永遠Auffheben」



 地下空洞に咆哮がこだました。

 華奢な少年の喉から出たとは思えない叫びと共に、大剣が旋風を起こし、屍魔が圧砕されていく。


 亡者の群れに飛び込んだシモスは、鋭い爪や牙が襲うのにも構わず、闇雲に剣を振るった。


 ひときわ巨体の屍魔が奥から進み出る。丸太じみた腕がシモスの肩を握った。ゴリっと軟骨の剥がれる音がする。

 シモスは顔色ひとつ変えず身を翻し、屍魔の膝を踏み抜いた。片足を軸に回転すると同時に、躯の喉を切り裂く。屍魔の首が戸惑うように傾き、胴体から落ちた。

 シモスはその首を拾い、死者の群れに投擲する。

 腐った頭蓋どうしが衝突し、腐肉が生々しい音を立てて飛散した。



 飛び交う血飛沫や肉片がヴァンダの方まで届く。ベールは僅かに眉を上げた。

「爆発的な能力の向上だ。≪勇者の義憤≫の異能は心身の強化か?」

「さあな。シモスが作った隙を逃すな。行くぞ」

 ヴァンダは足の腱に血を巡らせ、ぬかるむ地面を蹴った。




 クリゼールを筆頭に、屍魔の群れは暗闇を進んでいた。

「あそこに集まっているようだね! 皆、ちゃんと出迎えてあげるんだよ!」


 死人たちは従順に頷く。屍者の軍勢が到ったのは、ヴァンダが突入した廃駅の入口だった。周囲に人影はない。クリゼールは左右を見回す。

「おかしいね、ここに……」


 ジリっと火花が燻り、クリゼールたちの頭上で業火が炸裂した。



 遅れて爆砕の轟音が地下空洞を揺らす。炎熱が膨れ上がり、蜘蛛の巣状の小道まで広がった。

 炎に包まれた亡者たちが黒い影となって光の中で踊る。

 鉄格子の影に隠れたクドが叫んだ。


「爆破完了! でも、クリゼールはの生死は確認できてない。ベール!」

「追撃は引き受けた」

 ベールは炎を纏って転げ出た屍魔たちを斧で制圧する。延焼を防ぐため踏み潰された屍は、地面と同化して見えなくなった。



 陽炎の中、クリゼールは火傷を負った腕を抑えて立ち上がった。

「どうして……」

「お前が仕込んだ≪勇者の右目≫を使いました」


 剣先で地面を擦る音が響く。全身血に塗れたシモスはクリゼールの前で足を止めた。

 彼は懐から一枚の写真を出す。クドが突入の際に撮った、鉄格子と線路を写した写真だった。


「仲間が撮った写真です。僕が見ていたのはこれだ。僕の視界を盗み見たから、みんながここにいると思い込んだんでしょう……」

 シモスは血が固まった目蓋を開く。クリゼールは怪我を負って帰った息子を見るような視線を向けた。


「君、血塗れじゃないか……≪勇者の義憤≫は少しの間痛みを感じなくなるだけの力だろう? もっと身体を大切にしなきゃいけないよ!」

「何だって……?」

 シモスは浅い呼吸を繰り返す。クリゼールは微笑んで手を伸ばした。


「今からでも大丈夫、すぐに欠片を切除してあげるよ! それがあるせいでずっと最悪だったんだよね?」

「うるさい!」

 シモスは剣の先で手を振り払った。痛みと疲労で焦点の定まらず、鋒が宙をふらつく。


「確かにずっと大変だった……でも、僕と兄さんを助けてくれたふたりは、≪勇者の欠片≫を形見だと言った……そのふたりの前で最悪だなんて言いたくない……!僕が欠片のせいで駄目になったのは、僕が勇者に値しない人間だからだ! 」

「そうでもねえよ」



 虚空に声が響いた。

 音もなく、クリゼールの背後に忍び寄ったヴァンダが二対の山刀を振るう。

「少なくともコイツに持たせるより勇者も喜ぶはずだ」


 魔王禍が振り返るより早く、銀色の光が二条交錯し、クリゼールの首と胴を両断した。


 一滴の血も流さず死霊術師の身体が崩れ落ちる。

 ヴァンダは刃を手で拭って鞘に納め、シモスを見下ろした。

「勇者的だったぜ」

 シモスは血と肉片と臓物を貼りつけた顔で微笑んだ。

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