戦慄殺し屋ファイル ヤバすぎ!

 ヴァンダはエレンシアに導かれながら、統京の雑踏の中を進んだ。



 林立する高層ビルは雲から突き入れられた巨人の足のようで、いつ見ても気が遠くなる。交差点にはス各々の武器を持った殺し屋たちが屯していた。


 ヴァンダはエレンシアの後ろで街を見回した。

「これから保勇機関の殺し屋と合流するんだよな?」

「ヴァンダにはまず別の仕事があります」

「何?」


 彼女はくるりと向き直ってヴァンダの胸を指した。

「そのスーツ、採寸が合ってないでしょう。お爺さんのときと体格が変わっているのに」

「仕方ねえだろ。買う時間もなかった」

「これから買います」


 エレンシアが示したのは高級そうなブティックだった。

「こんな高えところいいよ。市販で充分だ」

「駄目です。安物のスーツの殺し屋なんて保勇機関が舐められます。雇い主の顔に泥を塗るのですか」

「どうせ汚すぜ」

「口答えは聞きません」

 彼女はヴァンダを引きずってガラス張りの店内に入った。



 メジャーで全身を巻かれながらヴァンダは小さく呻く。対照的に、エレンシアは満足げな笑みを浮かべていた。


「やはり殺し屋は黒ですね。ヴァンダは伝説の暗殺者アサシンですから」

「何色でもいいけどよ。随分金が余ってるんだな」

「大抵は殺しの報酬です。統京の有力者たちが国には任せられないと依頼を持ち込んできますからね」

「なるほどな」


 漆黒のジャケットを肩に当てられるヴァンダを眺め、彼女は更に目を細めた。

「貴方も融資に役立っていますよ。"赤い霜"が加入した途端、桁違いのパトロンがつきました」

「何者だよ」

「勇者物語で一世を風靡した女流の劇作家です。貴方のファンだとか」

「そりゃいいや。今まで好き勝手俺たちを使った分はぶん取ってやれ」


 ヴァンダは店員が運んできたスーツに袖を通す。ネクタイを受け取ろうとして指が止まった。

「黒を頼んだはずだぜ」

 差し出されたのは、炎のような燃える赤だった。エレンシアはヴァンダの代わりにネクタイを受け取る。


「私が変更しました。タイは赤になさい」

「殺し屋は黒って言ってなかったか。俺には似合わねえよ」

「つべこべ言わない。黒には赤が映えるでしょう。ほら、屈んで」

 ヴァンダは仕方なく膝を折る。首にネクタイをかけるエレンシアの真紅の髪を見下ろし、ヴァンダは僅かに目を伏せた。



 ブティックを出ると、交差点にシモスが立っていた。

 小柄な身体を更に縮こまらせていたが、背には身の丈より長い大剣を背負っていた。彼はふたりを見て会釈した。

「五分前集合とは感心ですね。ロクシーは?」

「兄は現地で合流するそうです。準備があるとかで……」

「結構。今回の任務にあたるふたりも間もなく到着するでしょう」


 ヴァンダはネクタイを弄びながら周囲を伺う。

「そのふたりってどんな奴らだ?」

「問題児ですが実力は確かです。寧ろ問題児でも重用されるほどの実力です……」

 エレンシアは自分に言い聞かせるように呟いた。

「まあ、殺し屋なんてそんなもんだ」



 信号が青に変わり、交差点の向こうから男女が歩いてきた。

 短髪をオールバックに固めた硬質な印象を受ける長身の男と、ボブカットでスーツのジャケットの下に目が覚めるほど派手な柄シャツを着た女だった。



「彼らが例の殺し屋です。ふたりとも、こちらが貴方たちと任務にあたる暗殺者ヴァンダですよ」

 エレンシアの声に柄シャツの女が目を丸くする。

「嘘、マジで本物? 勇者パーティの生き残り?」

「クド、無礼だ。慎むように」

 隣の男の制止を聞かず、女はヴァンダに歩み寄り、スーツから小型のカメラを取り出した。


「記念に写真撮ろうよ!」

「何だお前!」

「いいから、笑って!」

「話を聞け!」

 クドと呼ばれた女は有無を言わさずヴァンダと肩を組み、シャッターを切った。

 カメラから出てきた小さな写真をヒラヒラさせ、クドは目を瞬かせる。


「駄目だ、写ってないなあ」

「勝手に撮りやがって、何がだよ」

「幽霊だよ。魔王禍を山ほど殺してる暗殺者なら怨霊の一匹でも憑いてるかと思ったのに」

「イカれてんのか」


 クドは歯を見せてカメラを構えた。

「ボクは工兵クラフトクド。幽霊の存在を求めてるの。殺人現場で心霊写真撮るために殺し屋になったんだ」

「こいつ誰かムショにぶち込めよ」

 唖然とするヴァンダにエレンシアが囁いた。

「そうしたいんですが、何罪に問えばいいかわからないんですよ……」

「それもそうだな…….」


 直立不動を貫いていた男が、慇懃に礼をした。

「私は守門オスティアリーベールと申します。元銀行員です」

「変わった経歴だな」

「はい、魔王禍に度々銀行を襲撃され、毎回迎え撃つより根本を絶つ方が早いのではと思い、今に至ります」

「随分と合理的だな」


 ベールは見下ろすように言った。

「銀行は効率を重視しますから。ご存知ですか? 人間が効率的に労働できる時間は八時間です。残業はパフォーマンスが低下し、やらない方がマシです」

「急に何の話だよ」

「私が任務に着手するのは八時間のみ。それ以上任務が長引いた場合、遂行の可否に関わらず退勤しております」

「合理性の証明みたいな面して堂々と契約違反を明かすんじゃねえよ。銀行に戻れ」

「根本を断つと申したはずです」



 エレンシアが苦虫を噛み潰したような顔をした。

「まあ、ひととなりは嫌と言うほどわかったでしょう。こちらの紹介も。昨日新たに加入した殺し屋、シモスです」

役職ジョブ断罪者ジャッジメントです。兄は夜盗ローグで、後で合流します。よろしくお願いします……あ、≪勇者の義憤≫を持っています……」

 シモスはおずおずと頭を下げた。


 クドが瞳を輝かせた。

「すごいレアだね! 勇者の幽霊が映るかな? 写真撮ろう!」

「クド、慎むように」

「いいから、ベールも入って!」



 喧騒を横目に、ヴァンダは煙草を咥えた。

「エレンシア、本当に大丈夫かよ。これじゃ遠足だ」

「殺し屋しか来ない遠足がありますか」

「まあな。それより心配なのは潜入方法だ。今この瞬間にも魔王禍が俺らの動向に聞き耳立ててるかもしれないぜ。対策はあるのか?」

「それに関しては気にしないことにしました」

「何?」

 彼女は不敵に微笑む。


「銃を向けられているのがわかったところで弾丸を避けられないように、動向を探っても対策が立てられない方法で潜入すればいいんですよ。要はカチコミという奴です」

「どういうことだよ」

「さあ、行きますよ。まずは地下鉄に乗ります」

「ロクシーとは車内で合流か?」

「車外です」

 怪訝に眉を顰めるヴァンダに構わず、エレンシアは手を打ち鳴らす。



「皆も準備なさい。クドは特に張り切って。今回の任務先は心霊スポットですよ」

「やった! 流石ボス、大好き!」

 クドがカメラを掲げる。シモスは小さな拳を握った。

「頑張りましょう。八時間がタイムリミットなんですよね」

「はい、私はそれ以上働きません」


 ヴァンダは靴底で煙草をすり潰し、肩を竦めた。

「何で敵じゃなく味方のせいでタイムリミットが決まってんだよ……」



 雑踏の向こうに地下鉄のホームを指し示す看板がある。

 暗闇へと続く階段から、生温かい風が這い出した。

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