ゾンビー・ビジネス

「殺しの依頼? 聖騎士庁が何故?」

 エレンシアは怪訝に眉を顰めた。リデリックは額に垂れた前髪を掻き上げる。


「うちは政府初の対魔王禍組織だろう? 今まで国は最低限の治安維持に徹するばかりで抜本的な対策を打てなかった。かつて王家が勇者暗殺を企てたせいで、民衆が国に武力を持たせるのを嫌ったからさ」

 眉間に皺を寄せたヴァンダの肩を、エレンシアが宥めるように叩いた。


「初仕事は失敗はできない。しかし、今の実力では不安が多い。だから、我々に秘密裏に頼ろうと?」

「流石、話が早いね」

 リデリックは指を鳴らす。


「実は、既にある魔王禍の組織にうちの戦士を送り込んだんだ」

「結果は?」

「音信不通だ。捜査に当たった十名は未だ帰還していない」

「お気の毒」

「死体すら見つかっていないのが厄介でね。これはうちの手に負える案件じゃない」

「それだけじゃねえだろ」

 ヴァンダが口を挟んだ。リデリックが目を瞬かせる。


「というと?」

「お前らの敵は魔族じゃなく、魔王禍だからな」

 兄の後ろで小さくなっていたシモスが手を上げた。

「そのふたつってどう違うんですか? 次世代の魔王を名乗る魔族を魔王禍と呼んでいるものだと……」

 ロクシーはサングラスの下の目を伏せる。

「簡単に言えばそうだが、魔王禍っていうのは奴らの組織に従事する人間まで含めるんだ」

 シモスが息を呑んだ。


 エレンシアは僅かに表情を険しくして言う。

「対人の恐れがあるが、国として殺人は容認できない。我々に汚れ仕事を押しつけようと? リデリック」

「私個人は汚れ仕事だと思っていないよ。立派な自治だ。政府が同じ考えではないだけでね」



 ヴァンダは大きく溜息をついた。

「エレンシア、どうする? 俺は雇われの身だ。判断は任せる」

 彼女は一拍置いて顔を上げた。

「いいでしょう。ただし、聖騎士庁が潜入にあたって準備した情報全てをこちらに渡すように」

 リデリックは鷹揚に頷いた。


「助かるよ。勿論武器は最大限に提供するつもりだ」

「それでは、まず標的を伺いましょうか」

「敵は死霊術師ネクロマンサークリゼールだ。現状人間への被害という面で一番危険視されている魔王禍だよ」


 ロクシーとシモスの顔が青ざめる。ヴァンダはふたりを背に隠すように数歩移動した。

「奴の特徴は?」

「資料では十代後半の総白髪の少年に見えたよ。魔王禍とは思えない屈託のない笑顔が魅力だったね」

「誰が趣味で答えろつったよ。活動内容と能力を教えろつってんだよ」

「失礼。クリゼールの活動は大きくふたつ。≪勇者の欠片≫の収集と、人身売買だ」


 エレンシアが露骨に嫌悪を表す。

「クズですね」

「便宜上人身売買と言っているが、誘拐された人間の数と売却された数が大幅に異なる。大半は私兵として抱えていると思っていい」

屍魔グールに変えてるんだろうな。奴が保持する≪勇者の欠片≫は?」

「諜報に特化した能力であることは確実だね。聖騎士庁が彼らの基地に乗り込んですぐ通信が途絶えた。待ち伏せされていたんだろう」

「お前らの中に内通者がいるってことはねえよな?」

「聖騎士庁の査定は厳しいんだ。それはないよ」

「お前が入れたのに?」

「実力主義ってことさ」

 リデリックは事もなさげに笑ってから、表情を曇らせた。


「ただ、意図せず情報を漏らしている恐れは捨てきれない」

「どういう意味ですか?」

「例えば、クリゼールの持つ≪勇者の欠片≫が触れた人間の記憶を読むものだとしたら?」

「大仰な話だが、シンプルに盗聴じゃねえか?」

「その線は薄いね」

「何故そう言い切れるのですか」

「聖騎士庁はクリゼールの持つ欠片を聴力由来のものと仮定して、筆談で作戦会議を行ったんだよ。結果はこの有様だ」


 ヴァンダとエレンシアは密かに視線を交わした。背後の兄弟は依然暗い表情で俯いている。

 ヴァンダは手を叩いた。

「だいたいは理解した。潜入したってことは基地がわかってるんだよな?」

「ああ、クリゼールの本拠地は統京の地下鉄道の廃駅だよ。後でマップを送ろう」



 リデリックはそう言い残して去っていった。

 森に朝日が降り、廃ホテルの影を断頭台の刃のように伸ばす。


 エレンシアは兄弟に向き直った。

「いつまでも景気の悪い顔をしないように。これは渡りに船ですよ。倒すべき敵が同じなのですから」

 ロクシーは浮かない顔で答える。

「だが、想定より厄介な相手だってわかったんだぜ。本当に行けるか?」

「保勇機関の精鋭をふたり出しましょう。それに何より、我々には勇者パーティの生き残りがいるのですから」


 ヴァンダは答えずに、聖騎士庁の車が走り去った森道を眺めていた。



 ***



 地下鉄道は、統京の地下を龍のように縦断している。


 熱気と湿気が満ちる暗い空洞には絶えず列車が立てる轟音が響いていた。

 断絶した線路の先を進むと、鉄道の音は微かな啜り泣きの声に変わった。


 人間たちの呻きや呟きが反響する中、総白髪をひとつに編んだ少年はライトを片手に暗闇を歩む。長い前髪で隠した顔の右半面は酷い火傷で爛れていた。


 彼は開けた空間に出ると、小さな机にライトを置き、明かりを灯した。

 暗闇に、錆びた鉄の檻と、ずらりと整列する男女の姿が浮かび上がった。


「おはよう、みんな元気かな!」

 少年の声に、最前列の女が答える。

「リトル・ダディのお陰でみんな元気だよ!」

 死霊術師クリゼールは屈託なく微笑んだ。


「私も子どもたちのお陰で元気だよ! 今日も頑張ろうね! アマンド、管理部の様子はどうかな?」

「問題ありません!」

「サンホ、営業部は今日の出張に行けそうかな?」

「おう、たくさん攫ってくるぜ!」

「そんな言葉はよくないな! 私たちはまだホームを見つけられていない子どもたちを連れて返ってあげるだけだよ! 人間は皆家族だからね!」


 男女が歓声を上げた。群衆のひとりが手を挙げる。

「リトル・ダディ、質問していいですか!」

「君はサムだね! どうしたのかな?」

「人間も俺たちの家族なら、何故商品として売り払うんですか?」

 屈強な男が彼の背を小突いた。

「リトル・ダディの仕事にケチつける気か!」

「アマンド、怒らないであげて! サム、いい質問だね!」

「ありがとうございます!」


 クリゼールは胸に手を当てた。

「私も本当はみんなと一緒に暮らしたいよ! でも、子どもたちは皆得意不得意があるよね! 営業部や生産部の仕事が苦手な子たちには、より輝ける職場に送り出すんだよ!」

「さすが、みんなの個性をわかってるからこそできる配置だぜ!」

「子どもの幸福を考えるのは親の義務だからね!」


 最前列の女が顔を覆った。

「私リトル・ダディと離れたくないよ!」

「奉公部に行く子たちには私がお守りを持たせてあげるよ! 辛いときはこれを見て頑張ってね! 離れていても家族はひとつだからね!」

「ダディの真心に涙が止まらねえ!」


 クリゼールは何度も頷いた。

「最近帰ってきてくれた十人の子たちの様子も見ないとね! きっと新居に慣れなくて不安なはずだよ! 兄姉のみんなもたくさん話しかけてあげてね!」


 熱気が増し、地下に充満する死臭が濃くなった。

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