第50話 Ready
シルバーside
「潜入作戦についてだけど…ダスクのボスがファクトリーにいるなら、きっとそこにも警備が付く。構成員がファクトリーに移る前に決行したいかな。
1、侵入経路、戦闘員チェック、スケジュール確認。2、研究員と子供の説得。3、ダスク側ボスの居場所を探る。
ボクは侵入経路を探ろうかな。他のメンバーはどう分ける?ボス」
桃がガリガリ紙に書きながらボスに問いかける。ボスは蒼を膝に乗せて自分の椅子に座ってる。
何なんだその格好は。腹立つな。
土間は俺たちの車を見てくると、地下の駐車場に行ってる。
こんな話聞いてもしょうがねぇしな。
全員車で来てるから、それを見るとなると骨が折れそうだが。
「相良もメンバーに入れてくれ。侵入経路組が桃、銀、慧。説得組が千尋、宗介さん、蒼。居場所探りは相良、スネーク、俺。
雪乃はスパイウェアを作ってくれ。館内の管理制御はこちらが弄れるようにしておきたい。ネットワークを介して出来なかったから、直に叩き込もう。……できるか?」
「了解ですわ。明日中にお作りします」
「ボス、全員出張るの?」
「壊滅までのスケジュールが一か月だ。さっさと終わらせたい」
「一ヶ月か…しっかり探らないと。了解」
短い期間だが、文句を言ってる場合じゃねぇからな。蒼のことを考えてもっと早く終わらせたい。
スネークが手を挙げる。
「蒼は…本当に連れて行くのですか?」
まぁ、そう思うよな。妊婦だとわかったのが今日、蒼が組織に来た初日に仕込んだとして…まだ安定期には程遠い。
妊娠がわかった日にカーチェイスするような奴が引っ込んでるとも思わんが。
「蒼の班は戦闘目的ではないのと…宗介さんと千尋をつけたのはそのためだ。二人はくれぐれも…頼むから蒼に戦わせないようにしてくれ」
「了解」
「そう…できるといいが」
宗介が苦い顔になる。戦わなきゃならんような事があるのか?
「何か問題があんのか」
「あぁ。最近のガキは出来が良すぎる。感情の制御は試験管の中で既に為されてるからな。ロボットみてぇなんだよ。元々蒼みたいな奴はいなかったが…こいつの年代の後からはそんなもんだ。訓練するにゃ便利だが、どうだろうな。
説得自体しない方が良さげなもんだ。攫い出すのは一苦労だろうし…どうしたもんかな」
ロボット、か…。組織の統制が入ってるなら説得は難しいかも知れねぇな。三十人程度と言っていたが、組織に情報が漏れる危険がある。
「子供たちに会ってから判断するのは駄目なの?お話ししてみないと、わからないでしょう?」
「お前の言いたい事が分からんでもないが…難しいと思うぜ」
「感情がない、と言うのではなくて抑制されているなら…私はわかるよ。私たちはすぐに繋がれるから。それこそDNAレベルの繋がりがある、弟妹みたいな物だもの」
「ふん、そりゃそうだな。顔見りゃ一発だろう」
「なぁ、その通じるって根拠は何だ?いくらDNAが同じだからって、仲間だと認識できるのか?蒼のことを知ってる奴はいないんじゃねぇのかよ」
俺の言葉に蒼が哀しげな顔になった。
宗介も苦い顔のままだ。
「見た目がね、みんな同じなの。私みたいな髪の毛と目の色の子は一人もいなかったけど、顔の作りも、体の作りも全く同じ。クローンだから」
蒼の言葉に衝撃を受ける。
見た目が同じ?クローンだと!?どう言うことだ…。
「蒼は見た目の色、中身も人間臭えがガキどもは全員同じ色だ。元々のDNAはダスクのボスだからな。ボスの顔はちっと違うが…同じようなもんだ」
「白い髪に赤い目でみんなアルビノなの。私はダスクのボスは知らないけど」
「ボスも同じだ。だからオメーは異端児なんだよ。どこで茶色が混じってんだかわかんねぇ。先祖返りかな…親は黒かったが」
「そうなの?へぇ…」
おい、マジかよ。それは仕事がやりづらいだろ…。
「蒼とそっくりな奴が大量にいて、さらにボスも同じ顔なのか?」
「あ?そうだよ。ボスは女だ。見た目は違うが蒼とほとんど同じかもしれんな。蒼の方が色気があるし、乳がデケェ」
「ちょっと!先生変なこと言わないで!」
「本当なんだから仕方ねぇだろ。乳がそんなに育ってるとは思わなかった」
蒼が顔を真っ赤にして怒っていやがる。確かに育ってるが今は突っ込まんどこう。
「凄くやりづらいですわね、それは」
「ボクも動揺しない自信がない」
「ボス…大丈夫ですか」
動揺する俺たちとは反対にボスたちはあっけらかんとしている。
「蒼以外の女性に興味はない」
「蒼じゃないなら分からない訳がない」
「見た目が同じでも中身が違うし、そもそも色が同じだったとしても、見分けがつくよ」
トップスリーの自信満々な答えに蒼がニコニコしてる。そうかよ、そりゃ良かったよ。ケッ。
「はぁ…それなら前もって作戦を組む必要はないね。時間管理だけして臨機応変に、でいいでしょ。宗介さんはハンドサインとかアイコンタクトはどうなの?」
「軍隊と同じなら問題ねぇが。蒼は?」
「マスターしてるよー。必要なものはほとんど同じだった」
「んじゃ問題ねぇ」
「新人達が無双すぎる」
「新人じゃねぇだろありゃ」
蒼はいつの間に教わったんだ。かなりあるんだぞ?ヤベーな。
「武器も自分で持ってくるから気にすんな。蒼の武器もあるぞ」
「えっ!?まだあるの?」
「オメーが散々いじった物を、俺が保存してやってたんだから感謝しろ。鞭もある」
「キャー!ありがとう!…でも使い方をはっきり思い出してないんだよねぇ」
「お前の戦闘スタイルは元々鞭がメインだ。拳銃はハンドガンなのに遠距離用だからな。」
「「「あー」」」
桃と雪と俺でハモる。
野戦の時のアレか。ハンドガンなのに遠距離ってのはなんなんだ?ホントに見えてんのか照準が。
「お?その反応は見せたのか?あいつ100mまで92Fで百発百中だぞ。スナイピングもうまい」
「何ですと!?」
スネークが珍しく大声を出す。ウチの組織で唯一のスナイパーだからな、お前。
「スネークっつったか。お前スナイパーか?あいつやべーぞ。世界記録とほとんど同じ数字だ」
「マクミランのですか!?」
「ああ、そっちじゃねぇ。軍隊の方だ。600ヤードまでなら動いててもハズさねぇ。競技としての記録なら10000ヤードまでが世界記録だが、そこまでは試してねぇ。静止マトなら1000は軽い。ファクトリーの訓練は軍用だから、そこまでは求めてねぇが」
「何と言うことでしょう…」
何だそりゃ。蒼はバケモンかよ。
スネークだって500は行けるはずだが…本当に何でも屋になっちまうぞ。
「覚えてないからスナイプはまだ無理だと思うよー。銃火器を思い出すのはタバコが必要だけど…妊婦だしね」
「「「絶対ダメ」」」
ボス達が今度はハモったな。仲良しなこって。
「あ?妊婦でもタバコは大した影響ないんだろ?」
「宗介さん、子供の生育に関してはそう言う研究が出てますが問題は蒼の体です。出血が止まるのが遅くなるし、傷の治りも遅いんですよ」
へぇ?千尋は勉強でもしたのか。
子供に影響があるのかと思っていたが…そう言う意味じゃねぇのか。
あいつもタバコを吸っていたはずだが、最近匂いがしねぇところを見ると禁煙してるんだな。
俺も禁煙した方が良さそうだ。
「それだって今の体なら問題なさそうだが。怪我がすぐ治るのはそのままなんだろ?」
「…そうですけど」
「なら早いうちに思い出しておいた方がいい。それこそ産む前にだ。この後の予定は?」
あー、こりゃ逃げ道がねぇな。壊滅時に蒼が中に入れない方がいい。スナイパーやらせりゃ心配がなくなる。
宗介の提案に反するのは無理だ。
「くっ。昴!」
「…仕方ない。指輪と引っ越しは俺たちで済ませよう。蒼、いいか?」
「いいけど、前に買ってきたでっかい石のは嫌だからね」
「あ、蒼っ!しーっ!」
「昴?お前まさか…子供も指輪もか…」
「はーん、なるほど。そっちも抜け駆けしたわけなんだ。ボス?」
「…バレては仕方ない。蒼には返してきなさいと怒られて返却している」
「「そう言う問題じゃない!」」
なるほど。子供はボスの子か。しかも引っ越し?ハーレム御殿にでもするつもりか。あいつらはほっとこう。
「蒼にスナイパーさせるのはいいが、腹這いは良くねぇよな?」
「銀、スナイプは腹這いでなくてもできます。膝を使ったり腕を抱えれば良いんですよ。今日試せばいいのでは?」
「あぁ、教え直してやる。ついでにスネークにもな」
「よ、よろしくお願いします!」
「私はスパイウェア作成するので一旦お暇いたしますわぁ」
「あっ!雪乃またねぇ」
「蒼、無理してはいけませんわよ?では~」
雪乃がひらひら手を振りながら消えて行く。
「しかし、スナイプできる場所がねぇよな?ファクトリーじゃあるまいし」
「組織の射撃場では距離が足りてませんね。私の実家は県外ですから無理でしょう」
そりゃそうだな。スネークの練習場は実家だがさすがに遠すぎる。
となると、こないだの場所しかない。蒼はトラウマかもしれんが。
「…あそこしかねぇな」
「あん?どこだ?」
「サバゲー屋」
「あぁ、そう言うのはいいな。だが実弾じゃねぇだろあそこは」
「て言うかさ。警察いるんならアレに頼めるんじゃないの?国防のアレに」
「「「それだ」」」
「おい、ボス。相良に電話してくれ」
「はっ!な、何だ?」
「スナイプの練習場所が欲しいんだよね」
「あぁ、なるほど。蒼、電話してやってくれ。相良の機嫌が良くなる」
「はぁい」
蒼が笑いながら電話してる。
ボスたちはまだ何か言い合ってるな。
呑気なもんだ。今のうちだからせいぜい楽しんどけよ…。
━━━━━━
ボスたちと別れて、蒼、桃、スネーク、俺と宗介、相良、何故か土間がついてきた。全員集合したのは東京の山奥。
森林の奥に開けた平地があるってんでやって来た。
「ここは私のFDちゃんじゃ無理だね」
「そうだろう?警察のハイエース掻っ払ってきて良かったよ」
「麻衣ちゃん…掻っ払うのはやめようよ……」
「ふふん。ところでこちらのイケオジはどちら様?」
土間を指さして相良が頬を赤らめている。お前蒼が好きなんじゃねーのか。
「土間さんだよ。土間さん、こちら警察の特殊部隊の偉い人。相良麻衣ちゃん。麻衣ちゃん、土間さんは元々プロレーサーしてた人なの。」
「おう。警察か。よろしくな」
「は、はい!よろしくお願いします!」
相良が真っ赤になってるし。こいつバイか。警察連中は色んな意味で極まった奴ばっかりだな。
「土間さん、時間は大丈夫なんですか?」
「あぁ。今日はホテルに泊まる。車を見てきたが全員説教が必要だ。雪乃にはもうしてきたからな」
「ありゃ。どうしたんですか?」
「雪乃はタイヤがツルツルでオイル変えてねぇ、銀は乱暴な運転でミッション痛めてるし、スネークはリフトアップしすぎだ。アレじゃ曲がるのにあぶねぇだろ。リフトアップするならインチアップもしろ」
「すみません…車屋さんと同じ事をおっしゃるんですね…」
「車高が上がれば重心が上がる。タイヤが細けりゃ車体ごと転がっちまうだろ。常識なんだよ。お前の車は竹馬状態だ。
危ねえから近日中にやれ。2インチアップだ。タイヤ屋に行きゃ教えてくれる。」
「は、はい…」
な、何だよ。怖え顔しやがって。
車の知識がある奴がいなかったからな…俺たちは蒼と違って素人だしな。仕事に使ってるから見てくれるならありがてぇが。
「ミッション痛めるって何だ?」
「お前クラッチ蹴飛ばしてるだろう。ミッションってのは、マニュアルトランスミッション。手動変速機…ギアチェンジの機械のことだ。レースではクラッチ蹴りはするが、メンテナンスしなきゃ車がぶっ壊れるぞ」
「そ、そうなのか?」
「クラッチ蹴りできるくらいテクがあるなら、慣性ドリフトにしなよ…」
土間も蒼も冷たい目で睨んでくる。
素で怒ってるじゃねーか…そんなに怒ることなのか?
「クラッチ蹴りは車オタクからしたら無駄に鞭入れる馬乗りと変わらん。全部済んだら俺が教えてやるからな。」
「うぇ、マジかよ…。桃は?」
「ボクはバイクだからねぇ」
「お前も説教だ。グリスアップしてねぇだろ。ブレーキレバーもクラッチレバーも重てぇ。そのくらい簡単にできるんだからやれよ。金属疲労起こすぞ」
「ギクっ。すいません…バイクもわかるんだね」
「車もバイクも大して変わんねぇ。内燃機関が同じなんだから構造も一緒だろ。バイクは操縦者が生身なんだから気をつけろ」
「は、はぁい…」
土間が怒るたびに蒼がニコニコしてやがる。うんうん頷いてるし。
「しかし、こんな所までついてきて良いのか?」
「俺は元カタギだが、この組織に入って覚悟は決めてる。蒼がどう言う風にしているのか一度見ておきてぇんだ」
「土間さん…」
「いいだろ?必要なら俺も習う。」
「ううん、土間さんは武器を使わなくていい。お願いだからそれはやめてほしいです」
蒼が土間の服の袖を握って眉を下げてる。
そうだな。カタギが元ならこんなこと習う必要はねぇ。
「…蒼が言うなら仕方ねぇか。大人しくしてるから、見せてくれ。」
「はい。…がっかりしないでね、土間さん」
「しねぇよ。ほれ、さっさとやれ」
「おい、準備できたぞ。相良…本当に実弾使っていいのか?」
スネークと宗介がやってくれていたのか、空薬莢を入れるケースとガンホルダーを設置して、簡易的にブースが出来上がっていた。
スナイプ用に立ててるのは鉄の看板。あんなモン持ってきてたのかよ。
「あぁ、ここは私有地だ。モデルガンのようなもので、実弾に近いものを使っても大丈夫」
「あぁ、そう言うことな。悪い奴らだ」
「ふふん」
ニヤリ、と笑い合う二人。
いやだね、こう言うバカ試合みたいなのは。めんどくせぇ。
「とりあえず見本から見せてやるよ。ハンドガン貸してくれ」
若干の抵抗感はあるな。胸元からシグを出して手渡す。
「フン、渡し方はちゃんとしてるじゃねーか。ま、基本だしな」
「チッ」
ニヤニヤしてんじゃねぇ。どんなもんだか見ものだな。
「シグのp226なら有効射程は50mだ」
スッ、と構えた宗介が連射し始める。
……は?は?
跳ね上がりが全くなく、球が当たった缶が跳ねて転がって行く先を速射で全て命中させる。山間に発射音が響き渡り、消えて行く。
言葉にならねぇ。何だこいつ。
「こんなもんか。ほれ。次、スナイプだな。蒼こっち来い。」
放り投げられるシグを俺が受け取る。
宗介はスネークからライフルを受け取って、繁々と眺めた。
「いい腕だな」
「き、恐縮です!」
「銃を見てわかるのか?」
宗介がタバコに火をつけて、煙を吐き出した。
「スナイパーは武器の掃除、整備がきちんとできる奴ほど腕がいい。常識だ」
「…っ!」
スネークが目をキラキラさせてんな。そう言うもんか。知らない常識が飛び交う日だな今日は。
煙の中で蒼の顔から表情が抜け落ち、冷たくなった瞳から光が消えた。
うう。ゾクゾクするぜ。
「もう消すぞ?」
「うん…」
蒼が宗介のそばに座る。
借りっぱなしだった髪ゴムを渡すと、光のない目で蒼が微笑んだ。
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