第51話 一途

スネークside


 蒼の顔から表情がなくなった。

 タバコの煙は彼女の体に良くないが、スナイプを思い出すためには仕方ないようだ。

宗介さんが教えていたからタバコが記憶のトリガーらしい。


 あまりいい思い出がないだろうから思い出してほしくはないが、ボスや銀の思惑としてファクトリー壊滅時に中に入れたくないのだろう。

 私もそう、思っている。




 蒼の動きはサバゲー屋のモニターで見ていたが、他人が熱狂するほどの動きだった。

 

 俊敏な足、速射を断続的に出来る腕、そして…残酷になりきれない人らしさ。


 柄にもなく胸に熱い思いを抱いてしまう。

銀やボスとは違う感情だが、話をしてみたら益々尊敬の念を抱いた。

優しい心、清らかな意思。ボスたちが虜になるのもわかる。


 いまだに…私は彼女の寿命について受け止めきれずにいた。




「ボルトアクションってのは、いちいち薬莢の排出をするんだ。だが命中率はいい。

 バレットMRADは弾倉があるタイプだから最大十発。使用弾薬により初速も射程も異なる」

「はい」


「解体までは教えねぇが、こいつはいろんな部品がシンプル化されていて掃除しやすい。レングスも伸びるしバレルも付け替えられる便利な武器だ。

 構え方だが、わざわざ教えるのはニーリングくらいでいいだろ。蒼、こっち来い」



 蒼に銃を持たせて片膝をつき、構えさせる。


「ん、よし。バットプレートをもう少し下げろ。脇は閉めすぎだ。」


 宗介さんが後ろから抱え込み、頭の位置を調整。二人の近い距離に銀と相良が苦い顔になる。




「グリップが上がってるぞ」

「はい」


 蒼が頬をチークピースに押し付けて、トリガーを握った手首を下げて銃を水平に保つ。

 女性では厳しいだろうがブレないな…27インチ銃身だから約7キロあるんだが…。


 

「3.3.4で速射。ようい」

「なっ!?」


 何を言ってるんだ!?スナイパーライフルを速射?!


「撃て!」



 蒼の背中を支えたまま宗介氏が叫ぶ。

 約300m先に置いた人形模型に向かって弾が飛んでいく。

蒼が上手くショックを受け流して断続的に発射音が響く。

 

 排莢とエイムが速い。何だこれは…。




 10発打ち終え、蒼が手を上げる。


「ん、よし。全弾命中。ちゃんと思い出したな。よく出来たぞ」


 蒼は背後にいる宗介氏に溢れるような笑みを向ける。頭を撫でられて目を細め、子供のような無垢な笑顔だ。



「そんな顔してるとキスしちまうぞ?かわいいなお前」

「やめてください」

「なんだよ。昔みてーに抱っこしてやってもいいのに」

「や め て」

 

 無表情に戻った蒼が絡みつく腕を払いのける。うーむ…厄介な人だな。




「おい、弾倉あるか?」

「は、ありますが」

「いくつある?」

「四つです」


 うーん、と顎に手を当てて思い悩んでいる。


「まさか弾倉換えまでする気ですか」

「いや、そこまではいいか。ファクトリーなら20まで撃たせるんだがな」

「……」


 そんな事私はやったことありません。正直何を言っているのかわからない。



 

「オメーは後でやらせるぞ?ガタイがいいんだ。覚悟しとけ」

「う…はい」


 ニヤリと笑った彼の末恐ろしさ。教えた蒼がこうまでだと…どれだけの腕なのか。

 的を見に行った相良が戻ってくる。スコープを覗けば良いと言う前に走っていくから…彼女も癖者だ。


「穴が一つしかなかったんだが!!!」

「そりゃそうだ。心臓撃ってんだから」

「事もなげに言うな!同じ所に当たって当たり前なのか!?」



 はてなマークを浮かべながら宗介氏が首を傾げる。


「スナイピングの基礎だろ?外したら自分が撃たれて死ぬ。一撃必殺が必須だ。あたりめーだろ」


 もはや何の言葉も出てこない。おっしゃる通りなのだが、そう言う問題ではないんです。


 

 


「撃ち方はニーリングさえ覚えときゃいい。移動しながら打つ場合はわかるよな?」

「はい」


「もう一種類、一応見せとくか」


 弾倉を受け取り、ライフルにそれを装着する。宗介氏が地面にあぐらをかいて座った。

 片膝を立ててその上に腕をクロスして組み、ハンドガードを乗せる。




「座り込みってやつだ。中~長距離には向いてるが近距離は無理だな。岩や木を背後にしてりゃ安定するが、あまりすすめはしねえ。室内からのスナイプにゃ向いてる」


 クロスした腕の筋肉が盛り上がり、凄いことになっている。

彼は幾つなんだ?体の熟練度がものすごい。まるで地面に張り付いているようだ。


「going hot!」


 


 発射合図の後、また速射が始まる。

 まるでハンドガンのように撃っているが、あまりにも早くて眩暈がする。

 蒼も早かったがこの人は…上位互換というのはそうだが、スナイパーとしての常識をひっくり返された。


「ん、こんなもんだな」

 

 満足げな顔をしてライフルを返される。

 スコープを覗くと、的の穴は一つ。恐ろしすぎる。寒気が足元から立ち上ってきた。



 

「じゃ、次はお前らだ」


「「「……」」」


 銀と桃と顔を見合わせて、お互いの青い顔を確認してしまった。



━━━━━━




 相良side


「馬鹿野郎!エイムが遅え!銀はすぐ軸がズレる。右足ばかりに体重かけてるからだ!ちゃんと意識しろ!

 スネーク!終わったら弾倉充填して構えろ!休むんじゃねぇ!

 桃太郎!脇が上がってんだよ。何回言えばわかるんだ!下げろ!ド下手クソ!!」



 宗介氏がものすごい勢いで怒鳴り散らしている。

 ペーパーの的が3つだから私は待機だが…やりたくない…。警察学校でもこんな厳しくなかった。

 全員の額から汗が流れているのがわかる。弾が足りるのかこれは。


 


「おい、蒼…?どうした?」


 彼らから距離をとって、地面に座った蒼が膝を抱えたままかくん、と頭を下げる。体がかしいで、慌てて土間さんが支えた。


「蒼!?……気絶してる!!」

「蒼!蒼!!」


 地面に寝かせて脈をとるが、かなり遅い。瞳孔は開いてない。眼振もなし…顔色も悪くはないが、何が起きてる?

さっきまで土間さんと楽しく話していたのに。


「…何事だ」

「ひっ!?」


 背後にいつの間にか宗介氏が居る。足音がしないのはどうなってるんだ…。


 


 蒼の脈を取り、瞼を上げて確認している。


「どうした?!蒼!」

「蒼!?」

「……!!」


 汗だくになった三人もかけてくる。


「ん…こりゃよくある奴だ。電池切れだな。今日はラーメン食ってきただけだろ?妊婦だし二人分食べなきゃならんのかもしれんな。

 問題ねぇよ。暫くすりゃ元気になる」

 

 胸ポケットから白いタブレットを出して、蒼の口に放り込んで…あれはブドウ糖だな。血糖値を上げれば良いのか。なるほど。

 


「いや、しかし気絶してるんだぞ?」


 蒼の体を起こし、丁寧に土を払って片手に抱き上げた。顔にかかった髪を優しくかきあげて、自分の胸に顔を寄せて…。

 何だその顔。愛おしくてたまらないって書いてあるぞ。


 


「おめぇは口が悪いのに心配性だな、銀。ファクトリーでも良くあった。こいつらは燃費が悪いんだ。帰りにカロリーの高い飯を食わせりゃいい。相良、悪いがこいつらの出来が悪いんでな、もうちっと待て」

「あ、あぁ…」


「ほれ、もう少しマシになるまでやるぞ。水分補給したら戻ってこい」



 折りたたみテーブルに用意した水のボトルを持って、射程位置までまた音もなく歩いていく。

片手で蒼を抱えて、嬉しそうにしている。




「あいつマジで何なんだよ。ソルジャーか?」

「戦場でもあんな人はいませんよ…体力お化けです」

「ボクもう手がおかしくなりそうなんだけど!」


「お前ら…大変だな。蒼は本当に銃が撃てるんだな…」



 土間さんが的を交換しにいく宗介氏と抱かれたままの蒼を見つめている。

 話をしていて分かったが、土間さんは本当に真っ当な生き方をしてきた人だ。

こんな風にバカスカ実銃を撃つのは初めて見ただろう。




「土間さん、組織に入るのをやめたいなら…」


「そうは言ってねぇだろ。俺は蒼が死ぬまでここに居る。昴が言うならその後だって残る。

 蒼がどうしてここにいるのか、何を遺したいのか、遺したものがどうなるのか…俺が死ぬまで見てやりたいんだ。

 その資格があるかどうかは、わからんがな」


 土間さんが目を細めて空を仰ぐ。

そんなこと言ってるけど、この人だって超人だ。車の世界ではブイブイ言わせて来たんだと教えてもらったからな。

 

 私としては大変好みのイケオジだ。




「アンタももう仲間だろ。蒼が好きならこの組織では重宝される。それだけで資格があるんだよ」


「そうだねぇ。車をいじれる人がいなかったから本当に困ってたし。蒼みたいにドラテクも教えてくださいよ」


「私も…メカについては無知でしたので教えて頂きたい」


「そう言ってくれるんならいいけどよ。

 しかしアイツ…宗介はアブねぇぞ。蒼に対する目つきが昴達と同じだ。7歳から惚れてるとか言ってたよな?」


「ロリコン」

「だよなぁ…」

「長年の恋心ほど厄介なものはありません…」


 


 確かにな。気絶でもしてなきゃあんなふうに抱き抱えられないだろう。

 まったく幸せそうな顔して。

 こちらに戻って来て、張り替えた的の紙を置いていく。


「オメーらいつまで休憩してんだ。早くしろ」

「「「はい…」」」


 とぼとぼと宗介氏を追って歩いていく三人。

 机に残された的を手に取る。

 スネークは速射こそ厳しいが、的を外すことは無くなった。銀は元から上手いが穴が減ったな。

 桃太郎は正直言って銃は使い物にならなかったが、胸を中心に穴が集まって来ている。

 この短時間では目を見張る成長だ。





「ありゃ癖のある男だが先生としては優秀なんじゃねぇか?三人とも体の軸が安定しただろ」


「よく分かりましたね…」


「ドライバーだって体を使うのは同じだ。あの基礎があるから、蒼は車の運転も速いんだ。俺はアイツにレーサーをやらせたかった」


「そう…なんですか…」


「死ぬ前に一度でもいいから、思いっきり走らせてやりてぇな。そん時はあんた、協力してくれんか?」


 

 土間さんが眉を下げて見つめてくる。


「もちろんです。蒼が望むなら、何でも叶えます」


 そうか、と呟いた土間さんは柔らかい笑みを浮かべて、蒼に目線を戻した。





 誰も彼もに愛されている蒼。

 明星達の陰鬱な空気を変えたのも、きっと蒼だろう。

他人を救い続けている彼女だけが…救われぬまま命を失う未来……そんなもの、来てほしくないのに。




 もう一度的の紙を眺めて、ため息をつく。

 彼は先生としても、戦闘員としても規格外の一流だ。年齢が若ければこちらの協力者としてスカウトしたいが…色んな意味で無理だろうな。

 早くこんなことは終わらせたいが、時が経つのは怖い。

 

 蒼の命のリミットに刻一刻と近づいていくから……。


 その彼女を大切そうに抱えている宗介氏を見て、土間さんと二人でため息をついた。


 ━━━━━━





「うまい!うまい!」

「先生、やめて。恥ずかしいでしょ」


「シャバの食いもんはうめぇんだよ。久々なんだから勘弁しろ」

「もー。ご飯粒ついてる」


「とってくれ」

「やーだよ」

「あんだよケチクセェ」 



 実弾を使い切って帰り道の途中。とっぷり日がくれた駐車場の暗闇でコンビニ飯を大量に食べてる宗介氏。

あの腹のどこに入ってるんだ?筋肉か?



「蒼はもっと食え。さっき倒れたんだぞ」

「銀だってちょっとしか食べてないでしょ?ヒョロヒョロになっちゃうよ」

「食いてぇが入らねぇ…。帰りの運転すら怪しいんだよ。」


 銀、桃太郎、スネークの三人はぐったりしている。あれだけやってればそうなるだろうな。

 私は弾切れで遊びにきただけになってしまった。もしくは車要員だな。昔の言葉で言えばアッシーだ。…歳がバレるから口には出さん。




「情けねぇな。ファクトリーのガキどもより体力がねぇぞお前ら」

「駄目だよ一緒にしたら。私たちとは基礎が違うの」


「銀はファクトリー出だろうが。あー、何てったか…ロシアの…」

「知ってんのか」


「おう。俺を教えた師匠はあそこの出身だ。俺より厳しいぞ?」

「想像したくねぇ…」


「はっは。お前は合格ラインだ。スネークも腕は良いがもうちっと筋肉つけろ。お前の身長だとまだ足りねえぞ」

「うっ、はい…」


「桃太郎は…こんなもんだな。当たるようになったし、いいんじゃねぇか?」

「太郎つけないでください。クソッ。優しさが逆につらい…」


 


「蒼は変わらねぇな?乳がでかくなったがバランスも崩れてねぇし。」

「もう!そればっかりなんだから…」


 蒼は目も合わせないが、宗介氏はずーーーーっと蒼ばっかり見てる。本当にアブない人だ。




「そういえば、みんな車何に乗ってるの?」


 おっと。始まったぞ…土間さんと喋ろうと思っていたが待機時間中は蒼と土間さんのオタ話についていけなかったんだ。

 蒼が気絶してからは土間さんも黄昏れてたし…私はチャンスを逃した気分だ。

そして蒼の車オタク度は酷い。重度すぎる。




「あ、蒼…戻りながらにしよう。明星達が待ってるだろうし」

「あ、そうだね。そうしましょ。ゴミはお持ち帰りでいいかな」

 

「蒼は持っちゃダメ」

「桃までそんなこと言うの?ゴミくらい…」

「ダメですよ。倒れたんですから。大人しくしてください」

「スネークまで?わかったぁ…」


「ん。」

「え、何この手」


 蒼が宗介氏に差し出された手を胡散臭そうな目で見ている。

駄目だ…何だか応援したくなって来てしまった。一途すぎる。


「抱っこしてやる」

「もういいよ。歩けるし」

「チッ」


 宗介氏…ドンマイ。





 長い一日がようやく終わりそうだ。

 また明日も早いだろうな。一日置いて、潜入だ。

肩をポキポキ鳴らしながらゴミをまとめてみんなで持ち、車に戻って行く。


「きゃっ!」

「フラフラしてんだから抱っこだな」

「もー!離して!先生のバカ!」


「バカでもタコでも何でもかまわん。いいケツしてんな?」

「サイテー!ばか!ばか!」


「あっはっはっは!たまんねーな!」




「目がおかしいのかな…イチャイチャしてるように見えて来たんだが」

「相良…気持ちはわかる、俺もだ」

「ボクは認めたくない」

「私は微笑ましく思えて来てしまいました…」


「お、お前らしっかりしろよ…」


 土間さんの小さい呟きが秋の風に吸い込まれて行った…。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る