第48話 増員
蒼side
「ふー。検査お疲れさん、そこ座ってー」
「ありがとう、キキもお疲れ様」
「ふふ、蒼といられる時間があるのはいいな。おーい、みんな入ってきていいぞ」
みんながソワソワした顔してるのが分かって、結果をすでに知っている私達は二人でにやけてしまった。
今日は東条さんはいないみたい。病院自体がお休みだから貸切で検査をしてもらえてよかった。
私の親代わりの二人、昴、慧、千尋…先生まで一緒に入ってきて大人数でお邪魔している。
「さっきの運転…蒼はちゃんと反省したか?」
「はい…ごめんなさい」
キキが怖い顔して診察室の椅子に座ってる。運転中ははしゃいでいたキキもここでは立派なお医者さんだもんね。
「運転がうまくても、今ああ言うのはダメ。せめて安定期まで待ちな。それまではアタシか組織の奴で撃ってやるから大人しくして」
「う、撃つって…キキ銃使えないんじゃ?」
「銃が撃てないとは言ってない。さて、結果だが」
キキが怒ってくれるのは嬉しいけど…撃つ方が駄目なのでは…?銃撃てるなら武器使える人でしょっ!
「蒼、そこに横になってくれ。みんなに見せてやろう」
「うん!」
キキに言われて診察室にある、超音波…エコーの機械でお腹の中を見せてくれるみたい。
簡易ベッドに横になると、慧がタオルをかけてくれた。その下からキキがプローブに温かいジェルを塗ってお腹に当てる。
「現在蒼は数値からしても7週だと思う。間違いなく妊娠してるよ」
「ねぇキキ。妊娠周期ってよくわからないね…なんで前回の生理から数えるの?」
「医学的な決まり。生理も妊娠の準備だからってなもんだろ。アタシもそこはよくわからんな。そいでほれ、コレが赤ん坊だ」
エコーの画面をピポピポ不思議な音を立てながらキキが操作してる。
プローブの当て方で深さを変えたり角度を変えたりしながら、綺麗に小さな赤ちゃんの姿を映し出してくれる。
「後で印刷してやるが、旦那は写真が欲しけりゃ撮っときな」
「「「はいっ!」」」
三人が元気に返事して、パシャパシャ撮ってる。
「タネ以外も撮るのかよ」
「あれ…誰の子か聞いたの?私の子だから、みんなの子なの。先生は余計なこと言わないで」
「…チッ」
先生は不機嫌そうな舌打ちをしてるけど、みんなと同じようにエコーの画像に釘付けだ。意外に可愛いところ、あるんだな…。
「キキ…7週にしてはCRLが…」
「ほう。千尋はちゃんと勉強してるんだな。CRL…頭からお尻の長さまでは全ての赤子が変わらんはずだが、この子は8週後半の大きさなんだ。
黒いのが子供の入ってる袋。頭がここで足がここ。CRLは10mm。
蒼の生理周期は28日だから、この子が大きいのは蒼の細胞増殖が早いことに起因してるんだろう。
もしかしたら早く生まれるかもしれないけど、まだ誤差の範囲だから分からない。
出産予定日は5月頭だが、4月下旬かもっと早くなるかもしれないな」
キキが機械を置いて、お腹のジェルを拭いて…両手をギュッと握ってくる。
「蒼…おめでとう!!」
「わぁ…キキ、ありがとう!」
キキが頬をピンク色に染めて、ニコニコしてくれる。…嬉しい!
キキがこんなふうにお祝いしてくれるなんて、本当に嬉しいな…。
「おい、旦那共が拗ねてるぞ」
「うるさいな。順番ってもんがあるんだ。大人しく待ってろ」
キキがメンチを切って、先生がびっくりしてる。
「オメーも面白いやつだな?」
「あ?黙ってろ」
「おー怖。怖え女ばっかりだ」
キキが交代して、昴の泣きそうな顔が近づいてくる。
「蒼…ありがとう。嬉しいよ…」
昴がぎゅーっと抱きしめてくれる。
「えへへ。ずいぶん早く目標達成しちゃったね?」
「産むまで安心できないだろ。安静にしててくれ」
「うーん…」
心配そうに頬を撫でてくれるけど、安静にするのは無理だと思うんだよねぇ。
「おい、早くしろ昴」
「最後尾はこちらでーす」
「むむ…」
昴と交代して、千尋も慧も抱きしめてくれる。こういうの、憧れてた。
すごくすごく嬉しい。顔がニヤけてしまう。
「アンタらはしなくて良いの?蒼…どうしたい?」
「「……」」
キキに言われて…私は両親と初めて目を合わせる。
無表情の中に、少しだけ感情が見えた。目がうるうるしてる。
私はちゃんと見てこなかっただけで、この人たちはちゃんと感情があった。だって、赤ちゃんの事を喜んでくれてる。
それを見ようとしなかったのは、私の方だったんだなと今では思える。
赤ちゃんがそれを気づかせてくれた。そして千尋がそう思える言葉をくれたおかげで、それを素直に受け取れる私がいる。
二人に向かって両手を差し出すと、母が抱きしめてくれる。体が震えて…私の肩に涙がポタポタと溢れた。
「おめでとう…蒼」
「うん、ありがとう…」
頬を寄せて、擦り付ける。ちょっと乾燥してるカサカサの肌と温かい感触。
……ずっとこうしてみたかったの。
抱きしめられながら父にも手を伸ばす。真っ赤になった父が涙を流しながら母の上から抱きしめてくれる。
力強い、男の人の手。
父も…ちゃんと、あったかい。
昴や千尋や慧とは違う愛の形。私をファクトリーから連れ出してくれた二人は、正真正銘の恩人だったのに…。
胸がキュッと音を立てる。小さい頃に感じていた、あの寂しさが蘇ってくる。
誰にも愛されていなかった筈だったあの頃、本当はたくさんの愛に囲まれていたのに。私はそれを知らず、気づかずに生きてきてしまったんだ…。
「悪かった…寂しい思いをさせて。蒼の優しさを知りながら長い間傷つけて…」
「ううん…いいの。二人が連れ出してくれたから、今があるんだよ。
私もお父さんとお母さんをちゃんと見てなかったんだな、ってやっと思ったの。……ごめんね」
震える二人がとっても暖かい。ずっと触れてこなかった所に手が届いた気がする。
瞳を閉じると、小さな私がいる。
傷だらけで、涙を浮かべてる。
私はわたしに手を差し伸べて、ギュッと抱きしめた。
ごめんね、放っておいて。
もう大丈夫。
もう寒い所にいなくても、いいんだよ…。
「最後尾はこちらでーす」
先生の言葉に、瞼を開ける。
先生も…するの?
「アンタもすんのかよ」
「あ?いいだろ。蒼のことが好きなんだから」
「それが問題なんだよ」
キキが相変わらず先生を睨んでる。
両親が離れて、ニヤリと笑った先生が抱きしめてくる。
「今はおめでとうと言ってやる」
「ありがとうございます??なんで今はなの?」
「次は俺の子だ」
体が離れて、私の顎を掴んで先生の唇が押しつけられる。
「?!」
『手を痛めないためには拳を握りすぎないで、腰を回して腕の力で殴るんだ』
慧の言葉が耳に再生される。
その言葉のままに拳を握り締め、衝動に従って思いっきり打ち出した。
━━━━━━
「ヒデェ」
「先生がチューするからでしょ!」
「何もグーで殴ることねぇだろ」
「ちっとも痛くないくせに!」
「チッ」
幹部室に向かうエレベーターの中、昴達に囲まれながら先生と言い合う。
キスするとかひどいよ!旦那さんとする物なのに!
「油断した」
「後で消毒だ」
「もう近づけない」
昴にハンカチで拭かれて、リップクリームを塗られる。…昴、私のリップなんで持ってるの??
「キスの一つや二ついいだろ。ピーチクパーチクウルセェ」
「んもおぉ…」
ぽーん、と到着合図の音の後に扉が開く。
「おう。ようやくご到着か。待ちくたびれたぜ」
銀達が廊下で笑顔を向けてくる。みんな椅子持ってきたんだね。全員揃ってパイプ椅子に座ってる。
「すまん、合鍵を渡しておくべきだったな」
「……そんなに何回も入るところじゃねーだろ、フツーは。気にすんな」
銀がちょっとびっくりしてる。ボスがこんなこと言うようになるとはな…って小さくつぶやいた。
ふふ。昴は本当は優しいよ。銀と同じでね。
昴が先に立って、ドアの鍵を開ける。
私の全てのスタート地点、組織幹部室のドアが開いた。
━━━━━━
「──と言うことで今後の作戦はこの地図をもとに行う。まずは仮潜入・内部の様子を探り侵入経路決定・ボスの居場所の探索・そして子供達への説得…助け出す予定だからな。その後警察と連携していく」
千尋が車の中で作っていた資料と先生の持ってきた地図をプリントして、みんなが真剣に見てる。
ソファーの周りに椅子を置いて取り囲み、昴と千尋と慧はデスクに座ってる。
「地図をしっかり見たいから、時間ちょうだい。内部は蒼のと相違ないけど、建物が多いね」
桃が地図に齧り付いてる。ボールペンで何か書き足してるみたい。
「いいだろう。ちょうど土間さんが到着したそうだし時間はある」
「はっ!?土間さん…」
しまった…FD擦ったの見られてる気がする…。
トントン、とノックの音。
返事を待たずに土間さんが入ってくる。今日はツナギとキャップ姿だ。
「おう。蒼、アレどーした?」
「は、はい…あの」
ソファーに座った私目掛けて早足で歩き、厳しい顔のままで体をポスポス触られる。
「ど、土間さん?」
「はぁ…怪我はしてねぇな。何に擦られたんだ?」
「R32が…」
「とっちめたか?」
「はい。オーバーホールもしてないしミッションも変えてないし、アライメントもおかしくてブレーキパッドもへたれてたので正座のお説教しました」
「うん、ならいい」
銀が席を譲って、土間さんがわたしの横に座る。
「怒ってないんですか?」
「バーカ。蒼が怪我してねぇか心配しただけだ。お前がFDに傷をつけるわけがねぇ。磨いといてやったからな。あんなもん傷のうちにも入らん」
「土間さん!!」
抱きついて、頬を擦り寄せる。
「お、おう。蒼、なんか周りに怖い顔しかねぇんだが」
「土間さん大好き!大好きっ!!」
「おい、アレはいいのかよ」
「仕方ないんです。車オタの絆なので」
「なんだよそれ…腹立つな」
先生と昴が話してるけど、そうだよ!土間さんは特別なの。
「全員揃ったし、一旦紹介しておこうか…」
デスクの向こうから千尋がやってくる。
土間さんからわたしをベリっと引き剥がして、昴の座っていたデスクに座らされる。……な、なんで?
「ふう。コレでよし。さっき来たのが土間さん。彼は作戦に直接関わらないが、今後ウチの組織で車のメンテナンスを担当してくれるスペシャリストだ」
「おう。一応プロやってたからな。よろしく」
土間さんが笑顔で応えるとみんながぺこり、と頭を下げる。
「ここにはいないが蒼の親もキキの医院で預かってる。薬の研究はファクトリーの子供たちの為に続けられる予定だ。
土間さんの向かいにいるのが蒼の先生。名前は宗介さん。こちらもスペシャリストだ。…多分、うちに入ることになる」
「多分てなんだよ。こっちの幹部は見た所まだ未熟だからな、色々教えてやろうじゃねぇか。ファクトリーを壊滅するまでは在駐しねえが覚悟しておけ」
「キャラ被ってんじゃねーか…」
「銀、メタ発言は駄目っ」
「しょうがねぇだろ…蒼の先生だってんならよろしくしてやるが、獲物はなんだ?」
銀が先生を睨みつけるけど、ご本人は頭の後ろで腕を組んでリラックスモード。そうだね、ここに居る誰よりも強いもんね。
「俺の体」
「は?」
「武器は何でも使えるぞ。陸海空の全てを動かせる。スナイパーも近接も暗殺もイケる。武器がなくても人なんぞ簡単に殺せるぞ。蒼の上位互換だとでも思え」
「……」
銀が黙ってしまった。先生は本当に何でもできる。ファクトリーを潰す時に一番のネックだった人がまさか味方についてくれるとは思っていなかったけど。
「信用できねぇよ…相手側組織の人間だろ」
「こっちに来るって言ってんだろ」
「根拠がねぇ。アンタは何故ファクトリーを潰すんだ?」
「蒼が好きだからだ」
「は??」
「7歳の時から惚れてんだよ。それだけだ。俺がずーっと待ってたのに、お前らが来るのが遅くて蒼が妊婦になっちまったじゃねーか」
「「「「「はっ!?」」」」」
あっ。しまった…最初に言うの忘れてた。幹部のみんなも土間さんも驚いてる。
先生の好きってどこまで本当なのか…わかんないけど、それどころじゃなくなってしまいました。
「あ、蒼??お前妊娠してるのか!?」
土間さんが青い顔してる。…ちゃんとメッセージしておけばよかったなぁ。
「はい。そうですね。さっきお医者さんで…」
「タイヤも見たが、お前FDでドリフトしただろ!?それにぶつけたやつに説教??」
うっ、タイヤでバレた…それを言われると…。
「そう…ですねぇ」
私が苦笑いしながら言うと、みんな顔を押さえて蹲ってしまった。
「だ、だって…R32乗りなのに…下手くそだし…オーバーホールすらしてないし…かわいそうだったんだもん…」
「そりゃ仕方ねぇな?子供か…おめっとさん」
「土間さん!ありがとうございます!!」
土間さんが一人立ち直って頷いてくれる。
そうですよね!うんうん。あの車を乗るからにはそれ相応の知識やメンテナンスが必要なのにしてないとか、ありえないですよねっ!?土間さんにお祝いしてもらって、嬉しいな。
「何でそうなるんだよ!ありえねーだろ??妊婦がそもそも運転してんじゃねぇ!」
「別に運転は大丈夫って言ってたよ。数値も問題ないし」
銀は心配性だなぁ。男の人ってみんなこうなの?
「そう言うことじゃありませんの!んもう。でも、おめでとうございます。わたくしも嬉しいわ」
「雪乃…ありがとう」
雪乃が泣きそうな顔で怒った後、にっこり笑ってくれる。
雪乃…かわいい…嬉しい。女の子も心配性なのは変わらないか…。
「複雑だけどボクからもおめでとう」
「桃もありがとう!…えっ?複雑なの?」
桃は微妙な顔してるね?複雑って、何でなの??
「安産祈願…持ってきます」
「スネークもありがとう…すごいご利益ありそうだね」
スネークは穏やかな笑顔。嬉しい。ご実家のお守りなのかな?楽しみだなぁ。
銀こそ一番複雑な顔してる。眉を下げてしょんぼり気味。どうしたの?
「もう出来ちまったのかよ…とりあえずおめでとうと言っておく」
「銀までとりあえずなのは何でなの」
プイッと顔を逸らされてしまった。
先生が銀の肩をポンポン、と叩いてニヤニヤしてる…。
「なんだ、オメーもか」
「ウルセェ。うちの組織は蒼が好きな奴しかいねぇよ。全く…どんどん人を増やしやがって」
「ふん、面白ぇな。蒼はどこに行ってもこうだな?」
「何て言えばいいのか、わからないんだけど」
「フン。オメーは何も気づかなくていいんだよ。
俺が作ってきた資料にある通りの状況だからな、こんだけ人員がいればスパイや裏切りがなきゃ楽勝だろ。潜入はしなきゃならんが、理由としては子供を連れ出すためだ。俺が話したって信じねぇだろうしな」
裏切り…ないと思いたいけど、こう言うのなんて言うんだっけ。
「フラグじゃないのかそれは」
「千尋、やめてくれ」
「うわぁ…嫌だなー」
それだ。…でも、そんなこと起こらないと思うんだけど。
「うちの組織のみんなは、そんな事しないよ。ねっ?」
「当たりめーだ」
銀の言葉にみんなが頷く。
「それじゃ、潜入作戦を詰めよう。時間は有限だからな」
千尋の言葉にもう一度みんなで頷いた。
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