第47話 恋の毒

宗介side



「むさっっっっ苦しいーーーーなぁおい。なんで男女に別れたんだ?俺は蒼の車に乗りてぇ」


 蒼の組織のボスとやらが運転するクルマに乗せられて、医者に向かっているらしいが。

なんで車内に男しかいねーんだよ。暑苦しいな。



「宗介さんそういうキャラなんだ…」


 猫目の蒼の夫その一が助手席で呟いてやがる。

 匂いの一番の原因はこいつだ。蒼から甘ったるい匂いがしてたんだよ。

よし決めた。夫三人に八つ当たりしてやる。




「あん?キャラとか言ってんじゃねぇ。蒼の甘い匂いはオメーか。くそっ。あいつの匂い変えやがって」

「うぉ、耳がいい…すいません…。俺そんなに甘い匂いするのか…?」


 チッ。自覚なしか。蒼の匂いを久々に嗅げると思ったら男の匂いとガキの匂いに変わってやがった。

 


 運転してるボスが苦笑いしてやがる。次はお前だ。


「ガキはお前がタネか?さっさと仕込みやがって…」

「は、はい…すいません…」


 ボスがやはりタネか。優先順位でもあんのか?随分可愛い顔してるな。

横にいる夫その3がチラッとみてくる。

そうだよ次はお前だ。


「お前の匂いは薄いが…当番制なのか?」

「そうです…」


「カーッ!クソっ。もっと早くファクトリーに来いよ…ちくしょう。あー腹立つ。」

「えぇ…な、なんかすいません…」


 チッ。多少溜飲が下がった。はぁ。




 夫その一、猫目。こいつはなかなか勘がいい。嫌そうな顔をしていたがエレベーターの中でも俺を観察して、手を出さずにいた。力量がわかってるのも、我慢のできるのもいい。


 夫そのニ、童顔。こいつが一番殺気が強え。焼却場で会った時もだったが不穏な気配を持ち続けながら、うまく隠してる。

 外人みたいな目の色…言葉も仕草もどう見たって日本人だがどうなってんだ?

見た目と違って、隙がねえのはいいな。


 夫その三、優男。こいつは逆に気配が薄い。話す時だけ存在感を出してる、絶妙な配分だ。これだけ自在に操れるなら良い腕だ。

 耳にたくさん穴が開いてるが一つもピアスしてねぇ。変わった奴だな。



 

 蒼の見る目は確かだ。相手がこいつらなら文句はねぇ。見た目もいいとかどんだけなんだ。

 降って湧いたライバルに既に歯が立たねぇとか悪夢なのか?


 諦めるとかそういうもんは頭にねぇが、後四年ちょいか…割って入るのは難しいな。

 蒼の視線を見りゃわかる。あんな風にふわふわ笑ってんのは、俺は見た事がない。




「あの、宗介さんは本当に蒼のことが好きなんですか?」


 その三が僅かに殺気を纏わせる。

つられるように三人とも同じ気配になった。

お前ら相当蒼のことが好きなんだな…。


 

「あぁ。俺が惚れたのは7歳の時だな。お前らよりずっと前から好きだ」

 

「え…逆算してもその頃は二十代、蒼がファクトリーを出た時は30代で今40代ですよね?ロリコ…おほん。」


「ウルセェ。俺は今43だ。あいつの人間性に惚れたんだよ。だがなぁ…同時に恨みもした。俺はファクトリー出じゃねぇが、それこそ暗殺家業をしてきたんだ。好きだの嫌いだのそんなもの知らなかったんだが、あいつに教えられちまった」



 

 三人とも不思議そうな顔をしている。

 わかんねーよな、元々感情ってもんを知っていて、蒼を既に手に入れてるお前らには。


「しかし、その年齢で惚れるって…どうやって?」

「俺の手当の話は聞いてんだろ?それがキッカケだ」

 

「あぁ…本人から聞きました。やっぱそれか…」

「ん?あいつは俺の心理状況なんか把握してなかっただろ?」

 

「はい。俺の推測です。ファクトリーの記憶を呼び起こした時に、蒼は幼児退行を起こしてます」


「ほぉ?信頼されてんな…。あいつは他人に弱みを見せるやつじゃなかった。人の手当てはするし、エネミー役に怪我させねぇで自分が怪我するし。その怪我を隠して感染症になった事もある。

 頭がいいんだか悪いんだかわかんねぇ。だが…心があったけぇ。そこがいいんだ。」


 目を合わせてきたその三が微笑む。良い顔してんじゃねぇか。

 蒼はコイツらに…なんかしたのかな。昔からそうだった。あいつを嫌いになれる奴なんかいねぇんだよな。




「しかし、色気のある妊婦だな。お前ら代わりばんこでヤッてんのか?」

「あ、あのお父さんがいますし…そういう話題はちょっと」


「あ?あぁ、こいつか。本物の親じゃねぇんだから気にすんな。

 しかし、連れ出した後面倒見てた割には蒼が気にかけてねぇが、虐待とかしてねぇだろうな?」


 研究者のトップだった男を睨みつける。 

 実はこいつの名前もしらねぇ。研究者とは俺は仲良くねぇからな。

こいつらが頭おかしいのは痛いほど理解している。

 

 蒼に助けられながら、組織の奴らに脅されているとはいえ人体実験を本人にしてきた奴だ。

 俺が一番嫌いな分類の生き物だ。


 

 

「虐待なんかしていません。二十歳の時に手放していますが」

 

 ほら見ろ。思った通りだぜ…。


「めんどくせぇ事してんじゃねぇよ…蒼が傷ついただろ。そう言うところが心配だったんだ。 

 あいつは甘えん坊なんだぞ。俺が四六時中触ってたのは俺自身がそうしたかったのもあるが、いつも寂しがっていたんだ。ちゃんと抱きしめてやったのか?」


「……」


「はぁ。やっぱりか…それに比べてお前達は問題ねぇな。匂いが移るくらいだ」

 

「はい…今はまだ寂しさを感じていると思いますが、全部が終わったらもう手放しません。24時間ずっと一緒です」


「そうかよ…」




 何だよ…俺なんかいらねぇじゃねぇか。

 なんとなくそう予測はしていた。蒼は人好きのする性格だ。寂しがり屋で不器用なくせに人の事ばっかり考えてんだ。

こう言う恋人ができていてもなんの不思議もねぇ。


 自分のことなんかお構いなしに他の奴の寂しさを包み込んで…優しく溶かすんだ。

 俺に対してさえそうだった。

 人殺しが好きだなんて言うつもりはねえが、生まれた時からずっとして来た俺に手当てした奴は…蒼だけだった。

 何も考えずに殺していたあの頃の方が楽だったな。


 

 一度蒼の心を知って仕舞えばそれは毒のように体に染みて、離れる時間が長ければ長いほど自分を蝕んでいく。

 我慢が辛くて何度接触しようと思ったか分からねぇ。

 うまく隠していた研究者二人のおかげで踏み止まれたようなもんなんだ。足がつくような事をしていれば、お互いどうなっていたか分からんな。


 


 蒼は延命を選ばなかった。

 バーサーカーになったって良かった。俺を殺せるのは蒼くらいなもんだ。

 あいつに殺されて本人も死ぬなら、一緒にあの世に行けるんじゃねぇかとまで思った。


 脳みそのデータを移すってのは体が変わりはするものの、あいつはいなくならない。それでも構わないとさえ思った。

 蒼が生きるなら何でも良かったんだ。

 

 俺は、蒼が助けを求めてくるのを待つつもりだった。結果として蒼に助けを求めたのは自分だったが。

 

 ダスクはもう終わりだし、ごちゃごちゃ言っていても夫たちは俺を突き離さない。

 蒼も、こいつらも…そう言う奴なんだとわかる。




「お前ら、いいのか?あいつ…本当に死ぬんだぞ?」


 頷いた三人は表情が変わらない。


「良くはないですが、俺たちは蒼に心底惚れていて、蒼もまた愛してくれている。それなら彼女の意思に添いたいだけです。

 蒼を亡くしたらなんて……考えただけで頭がおかしくなりそうだし、すでにおかしいのかもしれません。」


「昴はもうおかしいだろ。でも、蒼は俺たちの色んなものを掬い上げてまとめて綺麗にしてくれた。俺たちは蒼のものだ。俺の命は、蒼のためにある」


「みんなおかしいんだよ、もう。宗介さんの話を聞いた時には地獄の底に叩き落とされた。蒼だってダメージがなかったわけじゃない。

 でも、それでも、立ち上がって前を見ている蒼を一人にしたくないから…同じ場所に立って、同じ物を見て、一緒に居たいんです」


 ふぅん……そう言う考え方もあるのか。

 精神的な繋がりも身体的な繋がりも本当に深いんだ。こいつらは既に蒼と同じ物を見ている。

頭がおかしいのは俺もだが、蒼に狂ってんなら仲間だな。




「おい、ボス。お前の組織に入れてくれ」

「宗介さんはそればかりですね…ちなみに新しい会社のボスは蒼ですよ」


「あん?どう言うことだ」


「蒼は組織の改革を始めている。犯罪から手を引かせ、闇を吸って生きてきた組織連中にすら愛されて。

 先日一緒にいた、シルバーやピンキーも蒼のことが好きです。蒼のためならみんな…喜んで命を差し出すでしょう」


「ふん、そう言うことか。実質的にはそうかもしれんが、蒼がボスって言ってんだからお前が決めろ。ダメだっつってもしつこく付き纏ってやる」

 

「なんか…俺と同じ匂いがするな…」

「宗介さんヤンデレ?」

「確かに…」


「ヤンデレってのはなんだ?とりあえず組織の連中を見てからでもいいか。あいつそういや免許持ってんだな。渋いクルマ乗ってやがる」


「「「あー……」」」


 あん?なんだその反応。




「宗介さん…蒼の車に関しての云々は面白いですよ。ちょうど今日わかると思います。専門の整備士が来ますので」

「あ?そんなのいるのかよ」


「元レーサーですよ。蒼の虜です」

「そこいら中誑かしてんじゃねーかアイツ…どうなってんだ」


 三人が含み笑いしてやがる。

 なんだか妙な感じだな。ダスクじゃこんな会話することなんぞなかったんだが。



 

 赤信号で止まった蒼の車内で女同士話が盛り上がっているのがわかる。

 小せえ女はキキっつってたか。あいつが医者なのか?消毒液の匂いがしていた。若干血と肉の匂いもするが。死体処理でもしてる奴かな。


 母親のふりしていた女は仲良く話してるじゃねーか。女同士で仲良くできるんなら良かったな。




 青信号になった瞬間、蒼の前にスポーツカーが車を掠めて割り込んできた。

 あぶねーな。


 蒼の目の前で蛇行運転して…バカにしてんのか?嫌な奴だな…。




「…まずい。蒼がキレた」

「あ?」 


「掴まっていて下さい」

「あ??」

 

 蒼の車の車内も同じように車にぶら下がってるアレをつかんでる。そのまま空ぶかしを始め、急発進していく。後を追いかけてこっちの車も加速する。


 

「おいっ!何してんだ!?」

「蒼の車に掠ったでしょう。それが原因かな。おそらく追いかけます」

「はぁ?!?」



  

 俺達をぐんぐん突き放していく蒼と件のスポーツカー。右カーブでガクガク曲る車の後を追って、蒼の車はそのままスピードを落とさずに突っ込んでいく。


「あんなスピードで突っ込んだらヤバ……なっ!?」


 車が横を向いたと思ったらそのまま車の尻が滑って、白煙を上げながら減速せずに綺麗に曲がって走り抜けていく。

 アレ見たことあるぞ。車のレースで。



「すご…アニメそのままじゃん」

「ドリフトマスターしたのか?」

「土間さんは本気でスカウトしてきたからな…蒼は車の運転も一流だ」


 蒼が前方の車にピッタリくっついて煽ってる。チンピラどもに急ブレーキを踏まれてもぶつけやしねぇ。

 心臓に悪い。なんなんだよ。




「聞いてくれ。あれをな?高速でな?時速200キロ近くでやったんだ。わかるか?俺の気持ち」


「…分かりたくない」

「無理…」


 たしかにな。時速200キロの車なんぞ乗ったことがねぇ。

そんなスピードでこれをやるとか…どうなってんだ?



「相良…すまん、国道2号から県道6号線までカーチェイスしている。オービスが3台、Nシステムが9台。頼めるか」


 猫目が電話してる。

 警察の知り合いってのは良いもんだな。証拠でも消せるんだろう。便利だな。




「え?俺が?わかったよ。IDは?はいはい…後はよろしく」


 猫目が電話を切り、ポケットからパソコンを取り出して…おい、それ警察の内部操作画面じゃねえのか。




「お前まさか警察なのか?」

「はい。俺とボスは一応警察でした。籍はまだありますが」


「は?は??ここの組織はどうなってんだ!?」


「全く同意見ですねぇ。ちなみに昇進して今は警視正だっけ?」

「まぁな…」


「お前らお偉いさんかよ!待て、組織もやってんのにか?」

「はい、そうですよ。」


 苦笑いで答えながらパソコンを叩いて、蒼とこの車の画像を消している。

 うーわ。なんだそれ。やべえな。


「ん、決着がついたな。」



 

 交差点の先でハザードを炊いて2台の車が止まってる。

 おいおい。大丈夫なのかよ。

 蒼が仁王立ちして車から降りてくる男二人を出迎えてる。


 蒼の真横に車を止めて、ドアから飛び出す。 


「おい!蒼……あれ?」




「うちのFDに何してんの!?リトラクタブルなら壊れてるよ!!

 本当にありえない!信号無視とかそう言う問題じゃないでしょ!R32GTRに乗りながら、ドリフトもまともにできないくせに人に迷惑かけて!猿なの?!いろは坂の猿?!そこに正座して!!」


 びっくりした顔の金髪の二人がちょこんと正座で座る。

…座るのかよ……。



「お、オネーサンまさかあのアニメを見てるんですか!?」

「どこの走り屋っすか!?めっちゃうまかったっす!ギャラリーしたいっす!!」


「走り屋じゃないです!もう!そうじゃないでしょ!人の車にぶつけたらなんて言うの!?」


「「す、すいません…」」


「ふー…あとね、R32はリアのアライメントがおかしい。さっき蛇行運転した時の挙動が変なの。

 これじゃまっすぐ走らないよ。ブレーキパッドも使いすぎ。交換時期すぎてるでしょ。それから、エンジン音もおかしい。何キロ乗ってるの?」


「今27万キロっす」

「オーバーホールしたのはいつ?」

「いや、してないっす」


 蒼が天を仰ぐ。

 エフワード吐いてんな。相変わらず頭の中で考えてることが口に出るのか?




「えっ、えっ!?ダメなんすか?」


「ブローしてもおかしくないよそれは…ありえない…毎日乗ってる?」

「月二、三回っす」


 蒼の顔が真っ赤になる。

 本当に怒ってるな。



「ばか!最低!!月二、三回ならオイルパンにオイルが下がり切って、始動時に金属類がぶつかってダメージが出るでしょ!

 本当はエンジンルームも下も見てあげたいけど…今日これから用事があるから無理。

 ちゃんとメンテナンスして!多分オイルが漏れてフロア下がオイルまみれになってるだろうから、サビは平気かもしれないけど…エンジンはもう積み替えて!ミッションもだからね!R32が可哀想…信じられない…ひどいよ…」


 がっくり項垂れた蒼に慌て出すチンピラ達。



「あの、おねーさん!ほんとすいません!!弁償します!そんな詳しい人だと思ってなくて、ナメてました!」

「まさかFDがいるとは…しかもフルチューンしてて、女だったんで…つい…」


「はぁ。お金はいいよ。もう、ああ言う運転しないで。R32乗りならダメだよ、あんなことしたら。整備して大切にしてあげてね。」


「「は、はいっ!!」」



 蒼がこっちを振り向く。

口からちらっと舌を出してイタズラを怒られたとき見てぇな顔だ。

 そんな顔、初めて見たな…。


  

「ごめん、掠られてキレちゃった。びっくりしたでしょう?」

「…蒼が無事なら良いが、妊婦だってこと忘れないでくれよ…」


「ごめん。」


 ぎゅうぎゅう抱きしめあって、幸せそうな顔してやがる。




「おいオメーら。」

「「ひっ!?」」


「運が良かったな?アイツが許さなかったら俺が殺してるぞ。さっさと行け」


 チンピラどもが車に乗って、頭をペコペコ下げながら去っていく。



「…アイツ、車オタクなのか…」


 戻ってきた三人が苦笑いだ。



「噂をすれば影ありって言うけどこんなに早く回収するとは」

「さすが蒼」

「それにしても上達しすぎだろ。あーびっくりした」

 そういやさっきそんな話してたな。




 蒼は蒼でキキに怒られて謝ってるし。

 なんだこいつら。本当におもしれぇ。


「宗介さん?行きますよ、早く乗って下さい」

「へいへい」


 夕闇ダスクから蒼の居る朝焼けゴールデンアワーに転職…悪くねぇ…いや、最高だな。絶対組織に入れてもらうぜ。

思わずニヤつきながら車に乗り込んだ。









 

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