第45話 先生



 蒼side


「引っ越し業者さんもう手配したの?!」

「「した」」

「うちも掃除業者を入れたよ。今日の夜には荷物を入れられる」


 三人に朝ごはんを食べながら伝えられて唖然としてしまう。




「今住んでるところの退去もあるでしょ?突然出られるの?」

「セーフハウスがいくつもあるから問題ない。いくつか引き払う予定だからしばらくそのままでもいいさ」

「俺もー。後で引き払うけどね」


「またお金沢山使って…もぉ…」

 

 頭が痛い。トーストを齧りつつ、眉間を揉む。





「今後のスケジュールだが、今日警察庁で先生との話し合い・子供達や脳内チップ、ファクトリーの情報を得て、必要があれば明日以降事前潜入を行う。

 その後警察との会議を経てファクトリーを潰し、事後処理をさっさと終わらせて結婚式と蜜月タイムだ。予定では事後処理まで一ヶ月以内の目標で動く」

「「了解」」


「い、一ヶ月!?引っ越しもして、潜入もするのに!?作戦だって立てて…ファクトリーを潰すまで一ヶ月って…そんな事できるの?」


 びっくりしながら聞くと、昴がニヤリと笑う。千尋と慧は澄まし顔だ。


 


「やるんだよ、蒼」

「そう。蒼が言っていた通り、時間を有効に使わないと。」

「一人でやるんじゃなくて人海戦術だ。何でも使って、早く終わらせて蒼とイチャイチャするんだ」


 三人が目をキラキラさせてる。

 昨日とはだいぶ違う感じ……前向きになってる?元気になったの?無理してる様子はないけど…。





「蒼、今日からこれをしてくれ」


 スバルが手渡してきたのは…ボディーウォーマー。腹巻きだ。

 黒いんだね、やっぱり。どさっと大量に置くけど…こんなに要る?!また沢山買って…。


「あとこれ、毎晩マッサージしてつけるからな」

 千尋が保湿クリームの大きなボトルを取り出す。それ…すごく良いやつですね。そんなサイズあるの?


「これも毎日飲んでね」

 慧はサプリメントのボックス…。すごいたくさんあるんだけど、私これ全部飲むの??


「昨日一緒に寝だ筈なのに、こんなに沢山いつ用意したの?」

「最近買って持ってたぞ」


「そ、それにしたって…あっ!朝二人ともいなかったのそれ?」


「早朝に一回家に行って持ってきたんだ。あと蒼の車も用意してある。今日は警察庁に行った後キキのところで診察して、その後組織ビルで幹部会だ。土間さんも来る」


「なっ、な……ど、どうしたの急に」


 昨日の様子からして、私が引っ張ってあげなきゃと思ってたのに…急に三人とも動き出している気がする…何があったの?


「蒼を見ていたらそうしたくなったんだ。幹部会の後は指輪買いに行くぞ」

「そうそう。もう予約してあるからね」

「夜は下見がてらウチに来て家の配置を決めよう」


「わー、なんか凄い。本気出したらあっという間なんだね…」





 三人とも得意顔だ。なんだか、とっても嬉しい。

 私の気持ちが伝わったの?それとも昨日の夜一人で泣いてたの…もしかして見てたのかな…?


 どちらにしても、私たちの気持ちがひとつになったんだな、って感じる。





「私…すごく嬉しい。忙しくなるけどみんなで頑張ろ!」


 三人とも立ち上がって、じっと見てくる。三人とも…優しい笑顔だ。


「なぁに?」


「いつものあれは?」

「しないのか?」

「するなら今でしょ?」


 すっごくいいアイディア!微笑みながら片手を上げる。


「頑張るぞっ!えいえいおー!」

「「「おー!」」」


 初めてみんなお揃いで、元気よく声を上げた。



━━━━━━


 千尋side




 警察庁入口前で蒼と俺たち三人、キキが合流して先生を待っている。

 果たしてどんな人なのか。昴の話と蒼の話ではだいぶ印象が違う。

 蒼は嫌われてると思っているが、昴は好きだと聞いたらしいし。

そして、ファクトリーを潰す手伝いをすると。


 何か裏があるような気もするし、そうすんなりと行くだろうか?

気を揉んでも仕方ないし、なるようにしかならんが。





「ほー、腹巻きか。良いぞ。これから寒くなるんだし、体を冷やすのは良くない。ベイビー、アタシが可愛がってやるから、ちゃーんとそこででかくなるんだぞ」


 蒼にずっとくっつきっぱなしのキキは笑顔だ。

こんな風に笑う奴じゃなかったんだが、こいつも印象が変わったな…。




「生まれる時はキキに取り上げてほしいな。お願いできる?」

「うん。任しといて。何人でも産んでいいぞ。会陰切開しないように産ませてやる」


「あー、あれかぁ。ちょっと怖いなぁ…麻酔なしで切るんでしょ?」

「そうだ。じょきっとな。大丈夫だろ…旦那が三人もいるんだから。安定期に入ったら毎日広げてもらえ。今朝は起きれたか?」


「うっ…。それがね、やっぱりダメ。お風呂だけじゃ足りないみたいだねぇ」


「うーん、難しいな。他の刺激を考えなきゃならん…子宮の収縮が悪いわけじゃないんだが…うーん」


「子宮に干渉しなければいいの?」


 女性二人がすごい単語をポンポン話してるから登庁してくる警察の人間がびっくりしてるぞ…。


 


「ん、キキ離れて」

「お?」


 蒼がぴょん、と俺たちの前に出て、昴の前で腕をくっつけて立てる。

 その瞬間に風切り音が聞こえて、蒼に触れる直前で足が止まる。


「「「なっ!?」」」



「先生、そういうのやめて。危ないでしょ」

「おう。鈍ってねぇな」


 ほとんど白髪の短髪、傷だらけの体、ガタイのいいムキムキの壮年が現れる。

 どっから出てきた!?





「お前ら鈍いな。ちゃんと察知しろよ」  


 呆然としている俺たちを見て、壮年の彼が眉を顰める。


「もう。そういうのいいから。早く中に行こ。みんなびっくりしてるでしょ」

「チッ。人が多い所に呼びやがって」



 文句を言いながら、蒼の腰を抱いてさっさと中に入って行く。


 な、なんで???





「あれが先生?なのか?」

「なんで蒼の腰抱いてるの!?」

「先生で間違いないが、蒼も普通にしてるのは何故だ?」

「ちょ、置いていかれる!いくぞ!」



 慌てて後を追いかける。

 後ろから見ても体がデカい。白いセーターに黒のスキニーパンツ…靴はスニーカー。

 どこぞのお父さんみたいな服装なのに、物騒な気配を漂わせている。

 

 エレベーターに乗って、蒼を引き寄せたままの先生に若干イラつきながら口を出せずにいる。蒼が普通にしてるから余計に口出ししにくい。




「なんかお前…妙な匂いがする」

「え?くさい?」

「なんだっけな…わかんねぇ、どこかで嗅いだんだが。」

「???」


 蒼が袖をクンクンしてるけど…まさか妊娠してる事の話じゃないよな?匂いでわかるわけないし。

 横から見ても俺達とはかなりの体格差だ。身長が一番高くて重たい筋肉なのは俺だが、俺よりも10センチ以上高い。身長は2mあるんじゃないのか?筋肉量も段違いだ。

 

 顔つきがかなりきつい。目つきが鋭いし、正直威圧感で汗が出てくる。

 熟練したレンジャーのような風格。

あまりの空気感に自然と体が警戒体制になる。

 ちらり、と目線がこっちに向いて思わず身構える。


 

「ふん、まぁまぁ使える奴らだな。蒼ほどじゃねぇが」

「まぁまぁじゃないの。あ、麻衣ちゃん」

「はっ!蒼!!!」


 エレベーターが13階に到着すると、相良が蒼を取り上げて、後ろ手に庇う。



 

「ほう。なかなかいい動きじゃねぇか」

「あなたが…?」

「おう。さっさと案内しろ。歩いて来て疲れてんだよ」



 相良が微妙な顔をしながら、蒼と手を繋いで先を歩く。そのすぐ後ろで先生が蒼を突いてじゃれてるけど、相良は警戒心マックスだな。さっきも勘違いして懐に手を入れたが、宗介さんにしっかり見られてたしな…。


「隙がなさすぎる。なんなんだあの威圧感」

「先日はここまで至近距離ではなかったから分からなかったが…まさかあの山奥から歩いてきたのか?」

「ソルジャー?体力すごいね…」


 先生は頭の後ろに腕を組んでリラックスモードで歩いているが、足音が全くない。衣擦れもなく隙もない…。

 どうなってるんだ。



「こちらです」





 公安の会議室に到着。防音もある一番奥の会議室のドア前に千木良が待ち構えている。中は狭いが窓もないし、おいそれと逃げられない構造だ。

 部屋の内部をちらっと見て、彼がニヤリと笑う。


「どこに座るんだ?」

「お、お好きなところへどうぞ」

「ふん」



 相良から蒼を取り返して、抱きしめたまま入口前の席に座る。

なんで蒼を膝の上に乗せてるんだ。



「先生、ここで膝乗りはちょっと」

「何でだよ。いつもそうしてただろ。」


「あのー。恋人もいますのでぇ」

「は?どれだよ」


「そこの三人です…」

「は?三人?…あぁ、それでか。お前妊娠してんな。男の匂いと妊婦の匂いだなこりゃ」


 


「はっ!?に、にん!???」

 

 まさかとは思ったが、やはりか…先生が蒼の匂いを嗅いで眉を顰めた。相楽が妊娠と聞いて飛び上がっている。



「あああああおい!にん??えっ!?」

「麻衣ちゃんそれは後で。うちの両親は来るの?」


「……く、くるよ。私はもう頭がパンクしそうなんだが…」

「相良さん、とりあえず皆さんおかけいただきましょう。」


 千木良がお茶を配りながら眉を下げる。まさか相良が千木良に窘められる日が来るとはな…。

 




「先生、いい加減離して?」

「チッ」


 先生の膝から解放された蒼を引き取って、横に座ったその姿にじっと目で問いかける。何でそんなに距離が近いんだ?



「ごめんね、昔からこうなの」

「なんか……男に対する警戒心が薄い原因がわかった気がする…」

「ん?」


「みんな早く座ってくれ!もう!」


 相楽が怒ってるし。

 全員で着席して、なんとも言えない空気が広がる。結局、突然現れた先生に圧倒されっぱなしだ。




「とりあえずこれ資料な」


 泰然としたままの彼はポケットからUSBを取り出して、こちらへ放り投げてくる。

 それを受け取り、ポケットから出した俺のミニPCで読み取る事にした。

 …ウイルスもトラップもない。zipファイルを開くとファクトリーの地図が大量に現れる。容量がでかいな。


「それだと容量がたりねぇだろ。中に入ってるのは周辺地図、ファクトリーの内部構造、うちの組織の概要とボスの詳細だ。後で見りゃいい。

 蒼、平気なツラしてるが本当に話を聞いたのか?」




 警察庁の相良、自分宛に転送してPCを閉じる。確かに、今は確認する場面じゃないな。


「聞いたってば。先生が進めないで欲しいんですけど」

「ふーん。好きにしろ。別に喧嘩しにきたわけじゃねぇしな」


 

 蒼が向かいに座った相良を見ると、ちらっと目を合わせた後口を開く。


「そ、それでは…先生は…その、相手組織の構成員という事でしょうか」

「あぁ。ファクトリーの教育専門でもう三十年くらいか。その先生ってのやめろ。俺はお前の先生じゃねぇ。宗介とでも呼んでくれ」



「えっ、先生名前あったの?」

「あるに決まってんだろ。一応まだ人間やってんだよ」

「一応、ね…先生は薬のことについては知ってる?チップの詳細は?」


「知らん。聞けるなら聞きてぇが」

「やっぱりかぁ。じゃあ…」




 蒼が言いかけると、トントン、とノックの音。タイミングよく総監の田宮と蒼のご両親が現れた。

 宗介さんの顔を見て二人がギョッとする。


「よう。久しぶり。お前ら生きてたんだな」

「本当に来たんですか」

「何だよ。逃してやったよしみがあるだろ」

「「……」」


 複雑な顔をした二人と総監が奥にかける。





「さて、では始めましょうか。自己紹介でもしますかな?」

「いらねぇ。調べてきた。お前が田宮、そっちが相良に千木良。トップにセカンドにサードだろ?」

「そうです…ならば話が早いでしょう。蒼さん、あなたが進めてくださいますか?」


 こくり、と蒼が頷く。


「じゃあ、質問から始めます」




 蒼が立ちあがろうとするのを抑えて、座らせる。妊婦さんは座っててくれ。

 あ、そっか。と呟いて蒼が手書きのメモを読み始めた。

 

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