第43話 ゴールの、その先へ


蒼side


 もう、この部屋も見慣れてきたなぁ。応接セットのふかふかソファーとピカピカローテーブル、偉い人が使いそうなデスクとチェアが3組並ぶ…昴達が働く場所。ここでナポリタンと千尋のお弁を当食べたのはいつだっけ。結局全部一人で食べてしまって、三人ともびっくりしてたことを思い出す。

 千尋と二人で作業したのがなつかしい。もう組織に来てから一ヶ月経つんだなぁ。


 しばらくパソコンを触っていなかったから事務所で目一杯触れて楽しかった。

 表計算ソフトも入れられたし、税金の手続きもあとちょっとで終わるし。大体会社の形はできたと思う。


 


 朝も昼も昴達とご飯を食べない日なんてなかったのに…朝、千尋と別れてから今日はやっと三人の顔が見られた。

 何かが起きてるのは感じていたけど、ずっと無理矢理な笑顔を張り付けた銀達には聞けなかった。途中でキキがやってきて、抱き付かれたけど…やはり何も言ってくれない。


 壁際に一緒にいてくれた銀達が立ち並び、私と昴が横並びにソファーに腰かけて、向いに千尋と慧がいる。

 皆んな目が赤い。充血して顔に疲労感が漂っている。




「ねぇ、怪我はしてないよね?」


 

 膝の上で握り拳をギュッと握っている昴の手を広げてチェックしながら揉みほぐす。

 ずっと握っていたんだと思う。血の気が引いて冷たくなってしまっている。私が温めてあげるね。


 ゆっくり揉みながら鼻歌が出てくる。

 慧にも聞かせた子守唄。

みんなの疲れが少しでも癒せるといいんだけど。




 一生懸命揉みほぐして反対の手に移ると、昴が肩に手を回して抱きしめてくる。

 体も冷たい。そっと抱きしめ返して、背中をさする。


「体も手もこんなに冷たくなって。どうしたの?」


 昴が震え出してしまった。壁際にいるみんなも、向かいに座った千尋も慧も。

んー、諜報に行って先生に会ったのかな。

 そのくらいしか理由がないし。


「先生元気だった?」





 びくりと跳ねた昴が体を離す。

 やっぱりね。


「会ったんだね?何か聞いてきたんでしょ」

「どうして…」


「みんな様子がおかしいのは諜報から帰ってきてから。理由なんて一つしかないと思うの。私が思い出せない事を何か知ったんだろうなって考えてた」


「そう…だ。まだ彼は現役だ。俺たちはその人から、蒼のことを聞いてきた」

「うん」





 昴が口を開いては閉じて、躊躇ってる。私の大好きな三人は仕草がそっくり。優しいからそうなるのかな。


「大丈夫。話して」



「…蒼がスクラップ扱いで処理されることが決まったのは13歳、そこから17歳までファクトリーの中だ。

 そして、たくさんの研究者達が協力して蒼を逃し、ご両親の元に20歳までいた。そこから蒼を手放して、5年後に俺たちのところに来ることになった。」




 昴が言葉に詰まって、慧が受け継ぐ。



「最初は延命をすれば長生きできるはずだった。昴と銀と桃が諜報に出向いて、先生に会った。そこで聞いたんだ。

 蒼の頭の中に、チップが埋め込まれてるって。

 ファクトリーの子達は生まれる時にDNAをいじられて、その時点で元々の寿命が30歳になっている。

 スクラップと言われる、処理が決まった子は…新たにチップを埋め込まれて、30歳の誕生日が終わる日に脳神経に作用して、本人にも制御不能になってしまう。

 以前ファクトリー内でそうなった子は研究員を全滅させて、先生も死にかけたって」


 あぁ…先生の傷はそれかな。顔にもたくさんあったし。あんなに強いのに傷だらけの謎がやっと解けた。 




 慧から引き継いで、今度は千尋が口を開く。


「蒼のご両親にも詳しく聞いた。研究の最終目的は脳をデータ化して、それをファクトリーの子達に入れて、データ化した人を再生する。

 器として使われる子達の寿命を伸ばすために、延命薬を研究していたそうだ。

 蒼のためにチップを無効化できないかと研究を続けていたが…見つからなかったんだ…」



 ふむ、なるほど。理解しました。

 

「はい、質問」

 

 私の声にみんながびっくりして顔を上げる。



「脳のデータ化はもう実験済み?」

「そこは、聞いていないが…」


「すげ替えはどうやるの?器の子の自我は?」

「や、やり方はわからないけど、自我はなくなるって」


「自我がなくなるっていうのは、その子自身は死ぬの?」

「それは曖昧だな…年齢上限いっぱいまでその体を使うらしいが」


「スクラップの子に施すチップはなぜつけられるの?外に出ても死ぬようになら外に出た瞬間じゃなきゃ意味がないのに、どうして元の寿命の30歳がリミットなの?」

「聞いて…ないな、それは」


「私の両親は逮捕になるの?」

「それはまだ未確定だ。研究は中止されている。身柄は警察庁預かりとなっている」


 んー、わからないことが多すぎる…。




「父と母には会えるの?わからないことだらけでしょう。ファクトリーを潰した後、子供達をどうすればいいかわからない。延命薬は私だと意味がないけど、チップをつけていない子には有効だから研究は続けてほしいな。

 あと、先生は何のために接触してきたの?チップの件を伝えたかっただけ?」


「いや、蒼に会いたいと言っていた。最後の選択をどうするか聞きたいと。施設を潰すなら手伝ってくれるとも」


「ふんふん、ここじゃ危ないから相良さんに頼んで場所を提供してもらわないとね。メッセージ?電話のほうが早いかな。先生にも連絡しなきゃ」




「ま、待ってくれ、蒼」


 昴がスマホを握った私の手を抑える。


「そういうのは後でもいいんだ。今は…」

「どうして?」



 

 私の問いにびっくりしてる昴。

 驚いた顔も可愛いけど…私の時間が有限なら、早くしないとね。


「今できることをしなきゃ。元々私は覚悟してたよ。曖昧だったものが確実になっただけ。

 それにこの先やることが変わるわけじゃない。私の寿命が短いなら、すぐに動かなきゃでしょう?」


「「「……」」」



 三人とも呆然として固まってる。

 んもう。どうしたの?


 



「蒼…泣くところじゃねぇのかここは。無理しなくていいんだぞ」


 銀が昴達と私を見比べながらオロオロしてる。幹部ネームドのみんなはずっと我慢しててくれたんだね。一日辛かっただろうに、こうして心配してくれて。…銀もみんなもそばにいてくれて嬉しい。

でも、無理とかそう言うものではないんだなぁ。




「銀は優しいね。でも、それこそ全部が終わって落ち着いた後にいくらでもできるでしょう?私が立ち止まっても時間は止まらないの。

 私が泣いて、蹲っていることに何の価値があるの?ファクトリーで悲しい思いをしている子達や、スクラップが決まった子がチップを埋め込まれるかもしれないなら、早くしないといけないの。悲しんでる暇なんて、ないと思う」


「そ、そりゃ…そうかも知れんが」


「みんなが悲しい思いをしてくれるのは…嬉しいし、そういう思いをさせてしまうのは申し訳ないと思うけど……。

 命って、そんな簡単なものじゃない。命のやり取りをしてきたみんなが一番よくわかっているでしょう?

 それなら、やることやって早く楽しい時間を過ごしたいの。…ダメ?」




 びっくりした顔からすぐに笑顔になったのはキキ。眦から綺麗な涙が溢れる。




「蒼は…蒼だね。アタシはそう言うところも好きだ。潔すぎるのが玉に瑕だけどさ。本当は泣いて抱きしめ合いたかった。慰めてやりたかったんだ。

 でも蒼はずっと先を見てる。ごめんな、ジメジメした感じでさ」


「ううん。…あの、その…私は走れるうちは走りたい。

 命が燃え尽きるなら、ゴールテープの先まで走り抜けたいな、って思う」





 昴が腕に力を入れてくる。眉間に皺が刻まれて、目をギュッとつぶって…。 


「昴…悲しい思いさせてごめんね…」


 首に顔が押し付けられて、昴が唸ってる。

 反対側から千尋が抱きついてきた。

 慧は背中から。

 前にもこんなこと、あったなぁ。




「千尋も、慧もごめん」


「謝らないでくれ…たのむ…」

「そうだね、蒼に謝られると泣いちゃうからだめ」

 うー…どうしたらいいの?




「俺も抱きつきてぇ」

「私もですわぁ…」

「ボク次予約する」

「アタシもー」

「わ、私も…」


 銀も、雪乃も、桃、キキ、スネーク…皆んな泣き笑いになっちゃった。 


「あはは!予約って!みんな面白いね…」   



 急激に胸が痛くなる。

 みんな私のこと大切に思ってくれているんだと言う実感が湧いて、同時に…だからこそ私のせいで寂しい思いをさせるんだときちんと理解してしまった。

 

 でも、もう手放せない。私はそう思ってもらえる事がどんなに幸せか知ってしまったから。そして、この幸せをみんなから大切にしろと言ってもらえたから。

 愛情の深さに、繋がった確かなものに胸がズキズキする。悲しい時だけにこうなると思ってたのに。幸せでもこんなふうに胸が痛くなるものなんだね。




「…悲しい思いさせて…本当にごめんなさい…」


 一度出てきた涙は引っ込まない。

 瞬きするたびにころころ涙が転がっていく。


「ん…止まんない…みんな我慢してくれてるのに…」




「くそっ!もういい!」

 

 銀が抱きついてきたのを皮切りに、みんなでぎゅうぎゅう抱きついて締め付けてくる。


「あはは!なにこれ!苦しい~」


「わぁーーーん!蒼…ボク、こんなのやだよぉーーー!」

「私だって嫌ですわぁーー!あーん!!」

「ちくしょう!お前こんな時くらい自分のために泣けよ!俺たちの事で泣いてんじゃねぇ!」

「…蒼さん…」

「ひっく…蒼~!!」


 みんながワァワァ泣き出す。

 何これ。幸せなんだけど。


 私の大好きな恋人達が輪の中で顔を上げる。あれ?三人は泣いてないの?




「俺たちはもう、泣かない。蒼を幸せにするって決めた」

「そうだな。泣く暇もないほど…幸せになろう」

「蒼が俺たちのために泣かないように、な」


「ん…早く終わらせようね…」




 悲しみの中に浮かぶ笑顔。

 こんな顔させてるのに、私…ドキドキしてきちゃった。

これから先は大変なことがあっても幸せでいられる。だから、頑張る。




「ふふ、みんな大好き。私、一生懸命頑張るからね…」


 涙でくしゃくしゃの全員が頷いて、微笑みあった。


 ━━━━━━


 



「先生?お久しぶりです」

『その声…まさか蒼か?』


「そうですよー。お話は聞きました。いくつか質問があるので、明日警察庁まで来られますか?」

『待て。本当に聞いたのか?チップの話』


「はい。聞いてますけど。先生ファクトリー潰すの手伝ってくれるんですよね?そっちの地図とボスの詳細とか持ってきてください。手間が省けます」


『は??…訳がわからん。とりあえず…行ってやる。捕まえようとしても無駄だからな』


「先生が現役のままなら難しいでしょうね。では明日!朝10:00に入り口でお待ちしてます」


『…あぁ』


 ぽち、と終話を押して一息つく。

 はぁー。今日はデスクワークしたから疲れちゃった。

それにしても、今日は昴の当番だったけど…。




「お前らなんで付いてきたんだ」

「あんな事があって、離れられる訳ないでしょ」

「そうだそうだ」


「千尋は昨日一緒にいたじゃないか。俺だって子作り当番が初なんだ」


 子作り当番とか言わないで。昴はそう言うところに気配りできないんだから。

ん?そういえば私はじめてした時って…。


「ねぇ…昴って、私と初めの時避妊してた?」

「ギクッ」


 昴が気まずそうな顔で固まる。

そうだよねぇ。慧が初めてだと思ったんだけど違ったみたい。


 


「おい」

「マジなの?」


「多分そのまましてたよね?私も正直うろ覚えだけど」

「…ハイ」


「有罪確定」

「お泊まりしよっと」

「な、なぜそうなる!?」




 三人してわちゃわちゃしてるけど…。

 あー。ちょっと嫌な予感…。ここに来てから私、来てない。アレが。


「私、そういえば生理来てない」

「「「………」」」


「はじめて昴とした時、妊娠可能日だと思うの」

「「「!!!」」」


 昴が車を道端に停めて、電話し始める。




「キキっ!!!あああお蒼がっ!…な、なんて言えば良いんだ?」

「ああ、もう。ちょっと貸して」



 昴からスマートホンを受け取って、電話をかわる。


「キキ?ごめんね、電話かわりました」

『どうしたんだ!具合が悪くなったのか?』


「違うの。私そういえば生理来てないなって」

『待って…待って!!……い、今どこ?』


「もう昴のお家目前だよ。該当の日から三週間くらい」

『最後の生理開始日は?』


「7月13あたりかな?」

『薬局で妊娠検査薬を買って。念の為3本。あれは今や99.9%の確率で当たる。

 明日先生と会うんだろう?』


「そうー。朝10時に警察庁だよ」

『じゃあアタシもいく。ついでに薬の話もして、先生とやらにも聞いて、そのあとウチの病院に直行しよう』


「うん、わかった」

『蒼!今日はアレ、禁止だからね』

「えっ!?そうなの?」


『散々してるとは思うが、本来はあまり良くないんだ』

「残念…わかったぁ」

『残念言わないの。また明日ね』


 はーい、と返事して電話を切る。

 昴、すごい顔してる。




「な、なんだって?」

「薬局で妊娠検査薬三つ買いなさい、明日警察庁終わったら病院だって」


「了解した」


 昴が車をそろそろと発進する。

 …ちょっと。スピードが遅すぎる。




「昴?ここ50キロ制限だよ。そのスピードは迷惑でしょ」

「いや、しかしだな」

「もー散々えっちな事してるし、野戦したりしてるんだから今更でしょ?大丈夫大丈夫。」


 しょんぼりした昴が恐る恐るスピードを上げる。まだ遅いけど、迷惑じゃない範囲にはなったかな。




「千尋、許せる?」

「無理だ」

「だよね?どうする?」

「蒼に昴の恥ずかしい話をしてやろう」

「そうしよう」


「くっ……」



 昴が呟いて、ハンドルを切る。

 何だかおかしなことになっちゃったな。

欲しかった赤ちゃんがこんなふうに突然現れるだなんて。

 お腹をポン、と叩いて見る。うん、わかんない。


 車を止め、昴がキーを千尋に投げて運転席を飛び出して行く。薬局にいる人たちがびっくりしてるじゃない。もう。

慧と千尋二人も後部座席から降りて、助手席のドアを開ける。

 ……何で?

 


「蒼、後ろに乗ってくれ」

「えっ?どうして?」


「一番安全なのが運転席の後ろだから」

「……えぇ…?うーん、わかった…」

「飛び降りないで!!ゆっくり!ゆっくり降りて!」


 二人に言われて、笑いながら私は助手席から地面に降り立った。

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