第37話 向いてねぇな


シルバーside



「チームの戦力配分が、おかしいと思うの」

「何も言えませんわね」

「フン、俺が全員ぶち殺してやるよ」

「トップスリーをぶち殺せてたらボスやってるでしょ、シルバー…」

「む…ウルセェ」



 ピンキーの言う通りだが、俺は別に上に上がる気はねぇ。面白おかしく生きていけりゃ何でもいいんだ。金の事を考えるのは面倒くせぇだろ。


 野戦のチームは三つに分けられた。ジャンケンだから時の運の筈だが、結果だけ見ると疑問を持たざるを得ない。

 示し合わせてたんだろうがそれも運のうちだ。

それにしても、悪い組織のくせに毎回ジャンケンはどうなんだ。カッコ悪ぃ。

 



 最近話題のトップスリーを手玉に取っていると言うブルー。

 見た目はパッとしねえが、話をする時に目がキラキラしてる。何より俺が正されたように本当の意味で賢しい。

あの地図が頭の中に入ってるんなら本物だろう。俺と同じファクトリーの出身ってんだから興味が湧かないわけがねぇ。

 

 睨んだって笑顔で返してくる度胸もある。おもしれぇ女だ。





「ボクらは大した戦力にならないよ。獲物はみんな銃だから正規戦闘員はブルーとシルバーだけ。作戦どうする?」

「……作戦ねぇ。」

 

 サバゲー屋って名前もどうかとは思うが、時間借りで金を払い、野外フィールドのだだっ広い森林の中全部が使える。俺たちはチームごとに距離をとってスタート時間を待っていた。

 全員迷彩服でモデルガン、ハンドガン縛りだ。スナイパーはなし。

スネークとコープシング、東条は留守番してる。




「うーん。私もボスたちのそう言う場面はちょこっとしか見てないからなぁ。警察の人たちもだし。でも、特殊部隊はSATだから。野戦は得意だと思うよ」

「SATは厄介ですわねぇ」


「スノーホワイトとピンキーはどんな感じなの?」

「ボクはどっちかと言うと近接向き。銃より殴る方が得意」

「わたしは銃を扱えますが近接は無理ですわ。こう言うところは不向きですの…」


「お前らは戦力外だ。二人して罠でも張ってこい」

「「了解」」


 二人がばらけて森に消えていく。

 草を結んだり木をしならせたりして罠でも張っときゃすりゃ少しはマシになるだろう。

 戦力が低い俺たちは狙い撃ちされるだろうから待つしかないな。


 

「あのー、シルバーさんは?」

「近、中距離。暗殺より戦争向きだ」

「なるほど。ではそれに合わせます。どうせ狙われるでしょうから、私たちはここで待ち伏せですかね」


 ん、同意見だな。気が合うのは良いことだ。しかし。




「おい」


 ブルーがマガジンを確認し始めたところに声をかける。


「なんで俺だけ敬語でさん付けなんだ」

「なんとなく?年上かなって」

「お前いくつなんだ」

「私は25ですよ」

「同い年じゃねーか。タメ語にしろ」

「そうなんだ。シルバーってなんかかわいいね」

「…………」

 

 …なんだよこいつ。

ニヤつきながら予備マガジンをセットしてやがる。俺にかわいいだと?変な奴だ。

 銃はM9か…女なら扱いやすいだろうな。今の段階の動作だけ見ても戦闘にゃ慣れてる。

記憶喪失ってのは明確に戻るもんなのかは正直わからん。




「M9が得意か」

「ううん、今のところ使えるのはこれだけなの。」


「記憶喪失ってのは…作為的なもんか」

「うん、そう。昨日ほとんど思い出したけどね。わー、モデルガンって精巧だけどやっぱり違和感があるなぁ…」


「フン。偽物は偽物だ」





 不意に視線を感じる。 


「タバコ吸う人?シルバー」

「あ?あぁ。吸うのか?」

「ううん、煙、欲しいの。吸って」


 ???なんだそりゃ。

 言われるままにタバコに火をつけて、煙を吐き出す。

 

「……先生と同じタバコだ…」



 優しげな顔からごっそり表情が抜け落ちる。瞬いた瞬間目の光が消えた。

 ほー。なるほどな。本性はこれか。

この顔を見ると確かに人は殺してんな。納得だ。


「お前、奇襲できるか?」

「うん」


 


 目線が合わなくなった。

 お互い手袋をはめて、最後のプレスチェック。モデルガンなんて正直使ったことがねぇがどうにかなるだろう。構造はほとんど変わらん。やけに軽いのは確かに違和感がある。

 

 ブルーは肩まで伸びた髪を縛って、ゴーグルをかけ、キャップを被る。キャップの後ろから髪の毛が馬の尻尾のように飛び出てる。

 別人みてぇだな。眠そうな顔が随分鋭い目つきになった。

 



「なぁ、俺じゃなくお前がメインで行け。サポートに回る」

「いいの?私多分めんどくさいよ。チョロチョロ動くし跳ねるし。久々だからうまく筋肉が動くかわからないけど…」

「ハッ、面白えな。やってやるよ」


 空虚な薄茶の目が合う。ゴーグル越しのその目。ゾクゾクするぜ。




「シルバーもファクトリー出かな?」

「やっぱわかるか」

「うん。同じ匂いがするよ」


 ゴソゴソとポケットを探り、髪ゴムを渡してくる


「そんなに長いと、焦げちゃうよ?モデルガンはガス式でしょ?」

「別にいいだろ。男の髪なんざ気にするな」


 こてん、と小首をかしげて微笑まれた。……その顔で笑うのかよ。

 

「綺麗な髪なのにもったいないよ。お揃いにしよ?」

「…お、おう」


 調子が狂うな。なんなんだ。

 ブルーを真似て髪をまとめる。

 フン、お揃いか。悪くねぇ。



 

 腕時計を眺めていると、開始を告げる閃光弾が空に打ち上がる。

 それを見て、お互い草木に紛れた。

 お互いすぐ傍に隠れたが、ブルーの気配がない。とんでもねぇな、コイツ。




 罠張りから戻ってきたスノーホワイトが木に登り、ピンキーが手前の茂みに隠れる。


「ピンキー、敵が来たら撹乱できる?」

「わっ!?ブルーいたの!?…どうすればいい?」

「飛び出してくれれば良いよ。撃たれないように弾はシルバーが撃ち弾いてくれる」


「なっ…何だと!?」

「できない?」

「や、やってやるよ!」

「うん、じゃあそれでいこ」


 本当にとんでもねぇ奴だ!!


 ━━━━━━




「いらっしゃいましたわ。警察組です」

 

 スノーホワイトが木の上から告げる。俺たちの陣地にやってきたのは警察組。

 警戒しながらやってはくるものの、撃ってくれと言わんばかりの隙だらけ。


 わざとだな。ありゃ。


 

「舐められてんな」

「その方がいいよ。ピンキー、5mまで出なくて良いからね」

「了解」


 ブルーが呟き、立ち上がって木の影からそっと様子を伺う。


 ???何する気なんだ?

 


 距離75mあたりでブルーが半身を乗り出し、五発撃って引っ込む。

は?何やっ…嘘だろ?!


 田宮と千木良の胸に青いペイントが付いて…死亡判定位置に当たっている。しかも全弾。

 バカな。射程の問題じゃねぇ。ハンドガンなんだぞ。あの距離で当たるわけねぇだろ?!そもそも有効射程外だ!


 相良が大笑いしながら断続的に放たれるブルーの弾を避け、突っ込んでくる。

 あいつもやべー奴だ。無駄に撃たずブルーがマガジンを替える。



 ピンキーが飛び出し、相良の足を掴もうとするが飛び越えられて頭に一発。

 弾く間もねえ。しかも相良にも当たらん。

 上からスノーホワイトが撃つが、相良に位置を把握されて撃ち返される。それは弾いた。

 

 クソ。期待に応えられなかったのが悔しい。


「あっはっは!!!蒼やばぁぁ!」




 相良が叫んでる。実名呼ぶんじゃねぇ。というか、二人ともヤベェだろ。

 俺が飛び出ようとしたところで肩を掴まれて、代わりにブルーが弾を撃ちながら走り、相良を罠に誘い込む。


 足が速い。低く重心をとってるのに相良の弾と罠を避けながら縦横無尽に走りまわる。


 

「あんなのどうやってサポートすりゃ良いんだ!早すぎて撃てやしねぇ!」

「私もどうしたものやらですわぁ」


 スノーホワイトは木の上から降りて別の木に登る。お前は見張りでいいが俺はどうにもなんねぇ。


 


「クソッタレ!」

 

 叫びつつ走りまわる二人を追う。どこいった?


「あいたっ」


 声を聞いて進路を据える。相良が草を結んだ罠に引っかかり、ブルーが背後から駆け寄る。

 グリップで後頭部を殴りかけて、一瞬ハッとして…反対側の自分の手で直前に衝撃を流し、そのまま相良を横に倒して胸に一発撃ち込んだ。





「何やってんだお前!」

「いてて。だってプラスチックとは言え頭にこれは痛いでしょ?ついやっちゃった」


 倒れ込んだ相良が呆然としてる。

ブルーの左手を見ると、真っ赤になっていた。


「バカヤロー!痛めてんじゃねーか!」

「大丈夫、骨には入ってないよ」

「そう言う問題じゃねえ!」

 

 仮とはいえ敵なんだからそんな気遣いしてんじゃねぇ!

 左手を握って、骨の具合を確かめる。

 骨は無事だが完全に打撲だ。

俺の腰に巻いたバンダナをぎっちり巻いて固定する。



 

「ありがとう」

「バカ。なんなんだお前」


「ふふ。麻衣ちゃん大丈夫?」

 

 ブルーが笑いながら相良のそばにしゃがみ込む。

相良の体を触って怪我がないか確認している。本当になんなんだ…。



「私の事を思ってくれたのか…蒼…」

「痛いのは嫌でしょ?」

「蒼の手が痛いじゃないか…」

「大丈夫、いつもこうだったから。」


「まさかファクトリーでもそんな事してやがったのか」

「うん、そう。だから怒られてばっかりだったのかもね。実弾は痛かったな…」


 バンダナを巻いた手をさすりながら、微笑む顔が僅かに寂しさを見せる。




「圧迫してくれたから痛みもおさまってる。トップスリーが来る頃だから、もう一回だね」

「お前は引っ込んでろ」

「大丈夫だってば」


「うっ、うっ…」


 倒れ込んだ相良が背後で泣き出した。

 俺も泣きてえ。




「…スノーがやられてる」

 

 元の位置が見える前にブルーが足を止める。


「なんだと?」

「あそこ。スノーの銃」


 木の根っこに銃が転がってる。

 目印として投げたのか。ペイント弾の色は黄色。サードの弾だ。




「すごいね、全然気配がない」

「チッ。俺たちの方は把握されてんのか」

「そうだね、狙い撃ち状態かな」


 お互い背中を合わせ、周りを見渡す。

 背中に温かい感触が染み込んでくる。

 風が揃いの髪を舞あげ、砂埃が広がる。




「いた。」

 

 蒼が俺の脇から一発打ち込み、どさりと音がする。一発命中か。こいつの事が漸く解ってきたぜ。やはりとんでもねぇ。


「わー、後の二人は本当に位置がわからない。今のはサードだね」

「俺も全然わからん」




 もう一度ブルーが背中に戻り、深呼吸が伝わってくる。


「集中して。気配がなくても空気が動くから。風とは違う人の動き。草が踏みしめられる音がするの。耳を澄ませて…」


 言われた通りに耳を澄ませると確かに草を踏む音はする。

 だが、残り二人のはずがいくつもの音に聞こえる。……うまいな。確かにこりゃ野戦に慣れてる。

 

 ぱきり、と木の幹が砕ける音。上だ!



 背中が離れて、真ん中にセカンドが降り立つ。俺は背後から心臓を撃たれた。…やっちまった。




 ブルーの脇からボスが現れ、二人が俺たちを挟み込んで銃を向ける。

 弾が打たれる一瞬に小さな体が跳ねて、ボスの弾がセカンドに命中。死亡判定の部位だ。

 セカンドの弾はブルーの左肩に当たった。


 いかん、ワクワクしちまう…。小さな体でトップツーを引っ掻き回すブルーが面白すぎるんだ。


 ボスに距離を取られて、撃たれる弾がブルーの側で弾け飛ぶ。

 ジグザグに走ってボスに距離を詰め、あっという間に胸元に入って押し倒し、ブルーがボスの胸を撃った。


「訓練終了!…蒼、手を見せろ」


 ボスが起き上がり、ボスの頭の下に敷かれた左手を掴む。

 あー…あいつまたやったな。


 


「……あの…」


 手を見たボスが明らかに怒りの表情に変わる。目つきが怖え。


「蒼…実戦は無理だ。敵の頭を庇ってどうする」

「石が…あったの…ごめん」


 ボスが背後を確認して、ため息を落とす。

 倒れ込む先にでかい石ころが転がっていた。ブルーの手に巻かれたバンダナに血が滲んでいた。




「蒼!」

「ちょっと!なんで怪我してるの!」

「わあああん!蒼~!!」


 ワァワァ言いながら全員が集まってブルー…蒼を取り囲む。




「はいはい邪魔邪魔!!」

 

 コープシングが白衣を引き摺りながらやってくる。東条がバキーで連れてきたようだ。


 

「んっ…痛い…」

「あーあー。こんなこったろうと思ったよ。エッチな声は我慢して。」


 バンダナを解いて手袋を外し、消毒をして、止血しながら骨を確かめてる。

…エッチな声は聞かなかったことにする。


 静かに近寄り、涙目になってる顔を覗き込む。泣いてる顔、ちょっとイイな。




「お前、向いてねーな」

「むー。心臓撃たれなかったの私だけでしょ」

「そりゃそうだが…まぁ、腕があるのはわかった」


 笑顔で手当を受けてる蒼の顔は、最初に見た時と同じ。

 あたたかい光を湛えた瞳に戻っている。

こいつにこんな仕事、させたくねぇ。

勝った奴だけ怪我してるとかおかしいだろ。




「ん、骨は無事だ。折らないように出来るなら怪我しないようにしなよ。困った子だね」

「未熟者ですみません…」

「あんたが未熟ならここにいる奴らはボンクラになるぞ」

「それは困るなぁ」

 

 2人が笑い合ってるが、周りの奴らは皆顔が青い。



 ただの好奇心がこんなふうになっちまうとは思っていなかったな。

締め付けられていく胸の痛みに、俺はもう一度ため息をついた。

 

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