第38話 真のボス


シルバーside


「ファクトリーだと飯がオートミールってのがセオリーなんだな」

「そうだね。ミルクじゃなくて水でふやかすから本当に美味しくなかった」


「レンジであっためりゃ白飯みたいになるんだぞ。質の良いオートミールはうまい」

「えっ!?ホントに?」


「副菜がありゃ白米と変わらん。栄養価も高いしダイエットにもいいらしい。女は貧血になりやすいだろ?プロテインとオートミール飯でマシになる」


「へえ…シルバー物知りだね?凄いなぁ」


 


 サバゲー屋のフードコートの一角を陣取り、蒼と組織のメンバーで卓を囲んでいる。

 ボスの方に行くと思っていたが、組織メンバーの方に来た蒼を囲んで賑やかな食事になった。

 

 ボス側の卓は葬式モードだ。田宮と千木良は帰ったのに、何で相良は残ってんだ?

全員下を向いてもそもそと飯を食ってる。大丈夫か?




「オートミールはいいけどさ。シルバーがダイエットなんかしたら、骨皮筋右衛門ホネカワスジエモンになるだろ。蒼も今がちょうどいい。子供作るのに痩せ過ぎはダメだよ」

「スジエモンてのはなんだ。やめろ」

 

 

「面白い…ふふ。キキ、私もうちょっと腰のあたりを絞りたいんだけど…」

「それ以上色気を増すのやめたほうがいいよ。アブないから」

「そうですわねぇ。ホントに色っぽいですわぁ…」

「色気って…スノーちゃんの方が色っぽいよね?」


「女としてはくびれは永遠の憧れですけれど…お色気自体はどうにもなりませんわぁ」

「スノーちゃんの体型ならこれ以上必要ないでしょ?羨ましいよ」


「まぁ!嬉しい!蒼ちゃんもいい身体してますわよ?男の人なら堪らないわよね、シルバー」

「…こっちに振るんじゃねぇ。てか、ガキ作るのかよ…」




 自分の顔が赤くなるのがわかる。なんて話してんだよ。やめろ。

 蒼は子供が欲しいのか。本当にあの三人が好きなのか。そうか…。



「気に食わん」

「本当にね」

「全く同意だ」

「相良は同意するな。シルバーのアレはなんなんだ。というか初対面で和気藹々とし過ぎじゃないのか…スネークまで笑ってるんだが。」




 ボソボソ葬式の卓から呟きが聞こえる。耳と鼻がいいから丸聞こえなんだよ。俺は蒼が気に入ったんだ。

 スネークの奴までとは思わなかったが。


 組織の中では寡黙で滅多に表情を見せないスナイパーのスネークが…蒼を見て笑っていやがる。

 サバゲー屋らしく、プレイ中は画像中継があって待機組はずっと見ていたらしい。

一部始終を知っているならその態度になるのは納得だ。


 情に厚いスネークの信頼を得たのは良いことだ。誰も彼もが蒼に好意の矢印を向けているのが俺も気に食わねぇがな。




「あれっ!?蒼じゃね?」

「うわ…よりによって…」


 サバゲー屋に入ってきた背の高い男がこちらに向かってくる。蒼は一気に苦い顔になった。

 見た目は普通だが、纏っている空気が碌なもんじゃない。誰だコイツ。


「久しぶりじゃん?元気にしてたのかよ」

「……」

「おい、無視してんじゃねぇ」 


 蒼の顎を掴んで持ち上げる男。

その手を打ち落とし、後ろ手に庇う。

全員で立ち上がり、男を睨みつけた。




「テメェ、なんなんだ。軽々しく蒼に触ってんじゃねぇ」

「あ?なんだよ。新しい男か?クソビッチ」

「あなたには関係ない」


「元彼氏様としては気になるんだよなぁー。勝手に逃げやがって。良い機会だから俺たちと遊ぼうぜ?よりを戻してやってもいいけどよぉ?」




 元カレか。逃げたってことはロクな目に遭わなかったんだな。

不快な気配はそれもあるのか…?いや、何かがおかしい。匂いが臭え。

 

 後ろからボス達が取り囲んでも気づいてない。大したことない奴のようだが、この匂いはなんだ?




「タカシの元カノ?地味な顔だな」

「体はいいよな?おいしそうじゃん」

「マグロだから大したことねーぞ。ヤクは嗅ぎ分けるから面倒くせぇけど…3人もいりゃ何とかなるか。遊ぼーぜ?へっへっ…」


 下品な笑い声を立てて蒼に再度手を伸ばす。

 俺が懐に手を入れた瞬間、相良に腕を掴まれた。チッ。何だよ。



 

「おくすり、持ってるのかな?」

「は?え?うぉ!マブいじゃん!オネーサン興味あるの?」

 

 相良がにこりと微笑む。こいつ…笑顔に殺気乗せるのか。やべーな。



 

「凄くあるんだけど、どんなの?今日持ってるの?」

「あるぜ!コレ!見たことある?まじでぶっ飛ぶぜ。頭おかしくなるけどな!ハハハ!」


 胸ポケットから粉の入ったパウチを取り出して、ぶらぶらと相良の目の前に掲げる。ニオイの原因はこれか。場末のブツじゃねぇか…。

 

 こいつら警察だぞ。お前、終わったな。


 


「いいよ。たっぷり遊んであげる。コレよく使うの?最近いつ使った?」

「昨日かな。まじでイイぜ。ナンパした女とヤって捨ててきたけど。オネーサンなら可愛がってやるよ」


 蒼が両手で顔を抑えている。腹立つよな…。

 背中に手を添えてやると、眉毛の下がった顔がのぞく。お前がそんな顔する必要、ねぇだろ。

 

 よく見たら周り全員懐に手を突っ込んでいる。殺気に包まれた一団に、周囲が距離をとっているが何も感じていないとは。よくサバゲーなんぞ出来るな。


 相良が喋っているうちに、ボスとセカンドが残り二人の背後についた。まだ気付かないのはある意味才能があるんじゃねぇか?


「では、場所を移そうか。警察庁にご案内しよう」



 

 相良が警察手帳を掲げると同時に、腕を捻り上げて押し倒される。

 ボスもセカンドも一瞬で制圧。余興になりすらしねぇ。


 

「ぐぇっ!?」

「汚い声を出すな。とりあえず蒼への暴行罪でしょっぴいてやる。

喜べ。VIP待遇だぞ?警視庁ではなく警察庁に連れて行ってやるぞ」


「な、なんだよそれ?!おま、警察?!」

「手帳を見せただろう。二人とも手伝ってくれるか」


 モブ二人を押さえ込んだボスたちと相楽が全員ニヤリと嗤う。


「望むところだ」

「手錠がない。このまま締め落とすか?」

「予備がある。まだ殺すなよ」

「俺も手伝うよ。現彼氏として個人的に聞きたいことが山ほどあるんだ。元カレさんにね」




 トップスリーの剣呑な目つきに青くなってるが、遅えよ。俺も血祭りにあげてやりてぇな。


「蒼が聴取に応じてなくてもいいように俺が伝える。シルバー達と組織ビルで待っていてくれるか」

「…うん」




 ボスの言葉に頷き、蒼が自分の茶碗を持つ。横からそれを取り上げて東条が微笑んだ。

 

「やっておきますよ。お見送りしてらっしゃい」

 

「ありがとう。みんな、ごめんね」

「謝らんでいい。事情はわからんが…ボス、地下室は準備しておくか?」



 こりゃ逮捕じゃおさまらねぇだろ。うちのトップスリーはガチギレだ。相良もか。


「あぁ。」

「わかった。やっておく」

「頼む」




 食事の後片付けをするメンツと蒼に付き添うメンツに分かれて、ボス達の後をついていく。

 そっと手を握って蒼の顔を覗き込むと、まだ苦い顔をしている。よっぽどの事情がありそうだ。

 

 

「蒼、大丈夫か?」

「大丈夫。楽しいご飯だったのに…台無しにしちゃった」


「お前のせいじゃねぇ。事情は後でたっぷり聞いてやる」

「あんまり聞かないでほしいなぁ。恥ずかしいから……」


「ボス達の様子を見て、聞かないわけにゃいかねぇだろ。お前が心配することなんざねぇ。本格的な仕事が始まる前で良かったんだ」

 

 コープシングが反対側から蒼の服を摘んで笑う。


「シルバーの言う通り。面倒が減って良かったよ。いい掃除になった」

「うん…」


 コープシングにつられてほのかに笑顔になる蒼。ホッと息を吐く。

 縄で縛り上げた三人が相良の車に押し込まれた。…デケェ車だな。何人乗りなんだ?


 


「蒼を頼む」

 

 真剣な顔でボスに言われて、頷きを返した。

セカンドとサードが後部座席に乗り込み、助手席にボスが乗る。


 車のドアが閉まると、蒼が助手席に走っていく。

こりゃ邪魔したらダメだな。コープシングと並んでそれを眺める事にした。

 

 ボスがクルマの窓から顔を出し、蒼の頬を撫でて微笑んだ。


 

「ここで会ったが百年目と言う奴だな。元カレが判明して手間が省けた」

「無茶…しないでね」


 ボスが笑顔のまま頷き、相良が車を出す。土煙と共に勢いよく走り去っていく。




 眉を下げて明らかに落ち込んでいる蒼は、車が見えなくなるまで見送っていた。


━━━━━━




 幹部室には入れねぇから仕方ねぇ。下っ端が屯する事務所のドアを開ける。

タバコの煙、そこらじゅうに散らばる書類の山。相変わらず雑然としてるな。 



「あっ!シルバーさん!お疲れ様っす!」


 数人が声をかけてくる。

無言で頷いて、奥の部屋に蒼を連れ込んだ。

 

「ここならいくらかマシだ。座ってろ」

「うん…ありがとう」

 

 蒼がキョロキョロしながらソファーに腰掛けて、ピンキーとスノーホワイト、スネークがそれを囲んで座った。

…なんでお前らまでついてきたんだ。




「皆んなはいつもここに居るの?」

「いいえ、私たちは自分の巣がありますの。ここに来るのは報告書を届けに来るくらいですわ」

「事務所だからね、ここは。久しぶりに来たなぁ。蒼、なんか飲む?」


 ピンキーが備え付けの冷蔵庫をガソゴソしてる。

 

「ううん…いい。ごめんね」



 俺はドア脇の壁に背中を預けて、四人を眺める。蒼の顔色が悪いんだ。どうしたもんかな。




「…蒼さん、とお呼びしても?」

「はっ!スネークさん、あの、お好きなようにどうぞ」

「気軽に話してください。私は敬語が抜けないもので。」

「は、はい…あの、呼び捨てで大丈夫です」

「では、蒼と」

「うん…」


 スネークは蒼の真横に座って気遣わしげにしてる。

こいつは古参の組織メンバーだ。元々戦争傭兵だった奴で、こんな風に自分から人に話しかけるのは初めてみる。

 丸坊主の強面だが蒼は屁でもねえ顔してるな。度胸のいいやつだ。




「ご事情は、お伺いできますか?」

「私もできれば知っておきたいですわ。この後ボスが対象をお連れになるでしょう?」

「そうそう。嫌じゃなければボクにも教えてよ」

 

 眉を下げた蒼が重い口を開く。

仕事をしていて知り合ったこと、告白すらせずに処女だった蒼にしてきた仕打ち。

 ブツを使われそうになった話の時点でスネークが立ち上がる。丸めた頭のてっぺんまで真っ赤になってやがる。



「今すぐに殺しましょう」

「「賛成」」

おい。何言ってんだ。

 

「待て待て、落ち着けスネーク。どうせここに来る。警察庁に弾を撃ち込むのはやめろ。ピンキーとスノーホワイトまでキレてどーすんだよ」


「シルバー…そうは言っても、私は我慢なりません。この子を貶すクズは消します。1秒たりとも生きる価値はない」

「気持ちはわかるが、蒼のためにならんだろ。ボス達が決めた今後にもヒビが入る。やめておけ」




 太い眉毛と細い目が吊り上がって、顔だけで人を殺せそうなスネーク。その服の裾を引っ張って、蒼が首を振る。


「スネークさん、ダメだよ。気持ちは嬉しいけどスネークさんが困ったことになっちゃうのは嫌なの」

  



 しおしおと真っ赤な顔が元に戻っていき、ドスっと音を立ててスネークが座り直す。


「…すまない。頭に血が登ってしまいました」

「ううん。あの、怒ってくれてありがとう」


 ふんわり微笑む蒼に、スネークの頬がほんのり赤く染まる。お前もか。

ピンキーとスノーホワイトまでポーッとしてる。

 

 蒼はマジでヤバいやつだな。




「蒼自身は復讐したいとか思わないの?あのクソ野郎に」

「そうね、私なら不能にするか、すり潰すか、みじん切りに致しますわ」


「すり…スノー怖いこと言うね。うーん。私自身はもう好きな人がいて大切にしてもらってるし、恨むって言う気持ち自体にピンとこないの。どちらかと言えば可哀想だな、って思う」


「可哀想…どうして?」

 ピンキーの問いに体を向き合わせて、手を繋ぐ。その手を撫でながら蒼が呟いた。




「私に対してもそうだったけど、あの人は人を本当に好きになることは出来ないと思う。それなら愛されることもないでしょ?

 こんなに幸せで、暖かいものを知れずに…誰にもそれをあげられずに生きていくなんて可哀想」


「それ、本音?」

 

 訝しげなピンキー。まぁ、普通はそう思うよな。俺だってボコボコにしてやるつもりでいる。


「本音だよ。あのね…私、自分の事に対してよくわからない所がある。

 例えば、私の立場がピンキーだったとしたら…」


「したら?」

「殴る」


 全員がびくりと跳ねる。恐ろしい殺気が一瞬見えた。




「おおう。そう言う感情はあるんだね?

でも、自分がされた事だとそう思えないって事かな」


蒼が頷いて眉を下げる。

 なるほどな、コイツは自己肯定感が低いんだ。卑屈なわけじゃないのが更にタチが悪い。

他人は大切に思えるのに、自分をそう思えないでいる。




「変だよね。そもそも可哀想って思う事自体、何様なのかなって思う」


「蒼、貴女は自分を大切に思う事が難しいのでしょう。他の人を大切にできるのに、自分にはできない。

 心は清いと思います。…尊い人だ。でも、危険です」


「そうね。野戦の時もそうでしたわ。躊躇いなく自分を傷つけていらしたわね」


 そういう事だ。痛いと知っていながら、相手のために傷つくことを躊躇わないのは…危ねえ。この仕事をするには生き汚い根性が必要なんだ。

 蒼は綺麗すぎる。本当に向いてねぇ。




「生きているステージが貴女とあのクズはもう違うのです。ボスたちと愛し合っている時点でクズとの命とは決別している。

 だからこそ、貴女が幸せなこの場所を大切にして欲しいです」


「難しいなぁ…自分が幸せな場所を大切に…」

「難しく考える必要なんざねぇよ」


 蒼が不安そうな顔で俺の方へと振り向く。話を聞くのに、ちゃんと向き合うやつなんか見た事ねぇよ。そういう所は…本当に好ましい。心根が行動全てに現れてるんだ。

 顔の薄い日本人が綺麗だと思った事などなかったが、お前は綺麗だ。…眩しいくらいにな。




「お前自身を大切にする事が、お前が好きな人を大切にするって事だ。

 お前が害されれば、好きな奴が傷つく。それさえ忘れなきゃいい」


 蒼がピンと来た顔になった。

わかりやすい反応だ。そう言うところもいい。俺なんぞが言う言葉を素直に聞いてくれる。



「そうか。そう言うことなの…だからボスは怒ったんだね」

「そうです。あなたが大切だからこそ、自分を大切にしない…出来ない蒼に『実戦は無理だ』と言ったんですよ」

「ボスは自分を大切にしてくれって言いたいんだよ。蒼は本当に愛されてるんだねぇ」



 じわじわ笑顔になって行く蒼。

周りの奴らも釣られて笑ってる。

この組織に入ってこんなことは初めてだ。

……蒼みたいな奴が、はじめてなんだ。




「がんばる。自分の事、大切にする」

「それがいいですわ。いいお返事で私もとっても嬉しい…。蒼とお呼びします。私…あなたが愛おしいんですの。蒼のために働いて差し上げます。何でもおっしゃって下さいまし」

「へぁ?」


「ボクもそうする。蒼のこと好きだよ!」

「えっ?えっ?」


「私もそうします…」

「……スネークさん…」


 勝手な言い分に笑いが出てくる。

何やってんだ。青クセェ。だが、不思議と心地いい。




「俺もそうしてやる。今日からボスは蒼だな」

「し、シルバーまで何言ってるの!ダメだよ、ボスはボスでしょ?」


「それとこれとは別だ。お前が言えばボスの言うことも聞いてやる」

「そうねぇ!そういたしましょう」

「真のボスってやつだね!蒼かっこいい!」

「それはいいですね。とてもいい」

 


 全員で頷き、笑い合う。

眉毛を下げた蒼がただひたすら可愛かった。

 

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