【閑話】第35話 K
慧side
「はじめまして、私はディープだ。よろしく」
「俺はグレー、よろしく頼む」
目の前の男2人が手を差し出してくる。
くだらねーな。犯罪組織の新人が握手なんか求めてくるのやめろよ。
「馴れ合うつもり、ねーから。教育係なんかめんどくさ。さっさと覚えて自立して」
冷たく吐き捨てると、2人がしょんぼりしてる。
何だよこいつら…。
「おい、さっさと運んでくれ。あとがつかえてんだからさ」
「うっせーな…解体なんか期限ないんだから黙ってろ」
「ナカミを売る可能性があるんだから期限あるんだよ。今日は2番に運んどいて」
全身を防護服に包まれ、飛び散った血をそのままにしたコープシングがエレベーターを指差す。
ここは医者の顔してる解体屋の仕事場だ。
今日は新たに組織を潰したから大量に骸が出て、それを運び込んでるトコ。
「アンタらそっちの運んで」
袋に包まれたものを四つ担いで持ち上げる。重たいのに当たったな。六つは持ちたかった。
「凄い力持ちだな…」
「重たくないのか?」
「重たいよ。無駄口叩いてないで早くしろ」
新人二人も袋を両手に抱え、全員でエレベーターに乗り込む。
まぁこんなもんか。ディープは随分かわいい顔してるけど隙がない。グレーはスマートに見えて体幹もいいし筋肉量が多い。二人とも使えそうだ。
「その辺に重ねて置いて」
エレベーターを降りて、部屋の隅に袋を乱暴に重ねる。凄い数だ。これは徹夜で解体だな。
二人とも恐る恐る袋を重ねてるが、複雑そうな顔してる。…殺しをする組織に入ってきた割には慣れてないな。目が綺麗すぎるし。
「まだあるんだから、往復するよ」
二人に声をかけて、部屋を出る。
ドアが開いた一瞬、二人が袋に向かって手を合わせるのが見えた。
甘っちょろいな…大丈夫かよ。
小さくため息をつき、エレベーターのボタンを押した。
━━━━━━
「チッ…クソ」
廃ビルの地下、長い廊下の闇に潜む。
俺はデザートイーグルを抱えて、舌打ちを落とした。
「…どう動く?」
「どうもこうもねーよ…うめき声ひとつあげないから、タイミングがわかんないんだけど」
グレーが俺の失敗を庇って敵方に捕まっている。今回ここの組織はビルごと破壊する予定だから…放置しても良かったが自分を庇った奴を見殺しにするなんて目覚めが悪すぎる。
「…気配は6、どこまでやられてるかわかんねーな…」
「グレーなら間違いなく生きてる。心配する必要はない」
「はぁ?まぁ…今までの働きを見ればそう言えなくはねぇけど…」
二人と組んでもう何年経ったかな…無茶苦茶な仕事が増えて、小さな頃からいるこの組織もそろそろ終わりかなと思っていた。
ディープはハニトラから交渉ごとから、金を回すのがうまい。
組織の人員たちも長年今のボスに不満を持ってたから…大部分が反乱を起こそうとしてこいつらについてるのは知ってる。
小、中規模の組織壊滅がやたら進んで、今やほとんどの闇組織に恐れられている実力派の二人と言っても過言ではない。
俺は別に今のボスに恩も何もない。いつ死んでもいい仕事しか回してないし。好きでもない女や男に体を使うこともあった。
それを全部…こいつらが勝手に引き受けて…組織の嫌な仕事を進んでするんだから。もう、ボスはいつ殺されても文句が言えない状態になっている。俺だって何だかんだ組まされるのが楽しみで仕方ない。
その敏腕な二人のうち、一人を無くすわけには…行かないんだ。
俺を庇って逃した時の、グレーの微笑みがいつまで経っても頭を占めて消えない。
何で俺なんか庇うんだよ。生きていく事すら、俺はどうだっていいって言うのに…。
頭の中で、始まりの音がする。
部屋の中の気配が動いた。…ドアに向かって集まっている。
「出てくる。5人だ」
気配察知だけは外したことがない。大した技術も持たない俺が唯一まともにできる特技。
「出ると同時に行くぞ」
「了解」
廊下を挟んで、壁を背にして息を整える。気配を殺して、その時を待つ。
指を立てて、カウントを始める。
3...2...1!!
同時に飛び出して、銃を構える。部屋に残っているのはグレーだけだ。
ディープが両手でハンドガンを持ち、俺も相棒を構えて順番に撃ち抜く。
驚いた表情のまま5人とも倒れ、発砲音が高い天井に響き渡る。
「グレー!」
開け放ったドアをくぐり、目に映るのは赤。
部屋の真ん中、血の海の中でグレーが椅子に縛り付けられてる。
「グレー!しっかりしろ!…酷いな…」
薄く目を開けたままのグレーは暴行されて、シャツもボロボロ、顔も、手足も腫れてる。
切り傷、打撲…やけどの痕まである……こんな目にあって何で声を出さないんだよ!
ディープと二人で拘束された縄を切り、止血していく。
「…ん…あぁ、早かったな」
「口を開くな。消耗する」
「ありがとな…来てくれて」
「…俺の失態だ。我慢強いにも程があるだろ。少しは声を出さないと拷問は酷くなるんだ。」
「そうか…初めてだからな…知らなかったよ」
はじめてで声を一切出さないって何だよ…やめろ、そう言うの。微笑んだままのグレーの顔が…優しい目の色が胸に痛い。
「グレー、指は何本見える?」
止血し終えたディープが意識確認をして、俺は骨折箇所がないか調べる。もう時間がない。
「だめだな…運ぶしかない」
「すまんな…」
「俺が背負う」
グレーをそっと背中に抱え、持ち上げる。ずっしり重い筋肉と、暖かい体温にホッとする。
「急ごう、もう時間が…」
遠くから爆発音が聞こえる。馬鹿野郎…まだ時間前だろ!
「クソッタレが…」
「困ったもんだな。ここの組織は時間通りに始めた試しがない」
二人で廊下を駆け抜けて、出口を目指す。無駄に広いんだよ…ここは。
「ディープ!右から3!次左から2!」
廊下を駆け抜けながら現れる敵たちをディープが難なく倒し、進んでいく。建物の出口に近づくにつれ爆発音が大きくなってくる。
「やれやれ…出口近くから爆発タイマーの作動をさせるとは…他にも仲間の潜入者がいるだろうが気にしてないな」
「無事に帰ったらボコボコにしてやる…次左から4!右からもくる!」
グレーを抱えたまま銃を取り出そうとするが、手が痺れてる。重いんだよ!グレーが!
「すまんな、重いだろ」
背中から落ち着いた声が聞こえた。肩に手を置いて、頭上で発砲し出す。
「なんで撃てるんだよ!」
「こう言うのは気合いでなんとかするもんだろ?」
「なんとかなるなら歩け!」
「それはどうにもならん」
繰り返し、繰り返し廊下を抜けて敵を退けきって、あともう一歩で出口だ!
右足を踏み出した瞬間、ディープのそばにある壁に大きな亀裂が入る。
だめだ、間に合わない。
グレーを放り出し、ディープを蹴飛ばして壁に向かって走る。
轟音と共に大きな破片が降り注ぎ、壁が一気に倒れてきた。
━━━━━━
「…ぐっ…」
「…くそっ!なんなんだ…」
ディープと、グレーの声。
無事だな。思いっきり蹴り飛ばしたから、ディープの形のいい尻は明日あざになってるだろう。
自分の唇から、血が流れる。
壁を支えて背中に受けた迄は良かったが、飛び出した鉄筋が腹を貫いている。
俺もここまでか…。
「おい、ぼさっとしてないで早く行け」
「…っ!?K!?」
「K…」
本名と同じコードネームにしておいて、良かったよ。最後に呼んでもらえるのがお前たちで…良かった。
うすら笑いを浮かべて二人を見る。うん、動けるな。
「俺のクソ力も役に立つんだな。早く行け。そろそろ痺れてきてる」
わずかに離れた距離で二人が呆然とこちらを見つめている。俺が手を離したら、全部崩れる。早く行ってくれ…死ぬのは俺だけでいい。
「早く行け!崩れるぞ!」
「千尋、頼む」
「あぁ」
グレーが足を引き摺りながら、俺の腹回りを探っている。
「何してんだよ…行けって」
「いやだね。お前を残していけるかよ。…根本が捻れて細くなってる。…痛いの、得意か?」
「…得意じゃない」
「ねじれば細くなると思うんだ。思うより太い鉄骨じゃない」
「クソッタレ」
「はは。俺を助けると思って頑張ってくれ」
グレーが壁の重みを引き受け、立ち上がる。
自分の腹から突き抜けた鉄筋を掴み、息を吐く。
「ぐ…うっ…っ!!」
「いいぞ、今度は反対に捻れ」
「簡単に…言ってんじゃね…うぐ…あぁっ!」
右に左にと鉄骨を捻る。自分の中で鉄筋が捩れ、傷から大量に血が流れる。
痛い。痛いなんてもんじゃない…頭の中で電流が走って、耳の奥が渦潮のように鼓動の音を叩きつけてくる。
「あと、ちょっとだ。がんばれ」
「だめだ、力が入らない…」
「いいのがあったぞ!!」
走って戻ってきたディープが手に持っているのは…鉈だ。
嘘だよな?嘘だって言ってくれ。
「昴!捩れの元を狙え!」
「よし、…覚悟を決めろ、K」
「マジか、マジかよ…」
鉄骨を掴んで、歯を食いしばる。グレーの汗がポタポタ降り注ぐ。
「いくぞ!!」
━━━━━━
「…生きてるよな?」
「生きてる生きてる。早く抜いてやりたいが血が吹き出るから駄目だ。流石のコープシングもびっくりするだろうな、これは」
「……」
二人に支えられながら、車に戻る。
腹から背中から生えた鉄筋が歩くたびに痛みを伝えてきて、気絶すらさせてくれない。
「いてぇ」
「そうだろうなぁ。ねじって叩いたわけだし」
「思いっ切りやったからな」
「…クソッタレ」
愚痴った後に、微笑む二人の眩しい笑顔に胸が締め付けられる。
助け合うなんて、今までやったことがなかった。
見捨てて来た人もたくさんいる。見捨てられた事もたくさんある。今まで生きてきて、こんな人に出会ったことがなかったんだ。
俺の命を大切にしてくれる人なんて。
「何で…助けたんだ」
グレーの灰色の目を見つめる。
さっきうっかり二人とも本名で喋ってたのは聞かなかった事にしてやる。
「Kが俺を助けに来てくれたから。俺たちの先生だろ?これからも仲良くしたいんだ」
「そうだな。厳しく教えてくれたおかげでこうして生き残ってるしな」
「オレがヘマしたからグレーはボロボロなんだが。さっきので全員ボロ布になったけど」
「んー、生きてるし、いいだろ?オレも何回も助けてもらってるじゃないか。なぁ、俺の名前聞こえただろ、名前で呼んでくれよ」
にこりと笑われて、頭痛がしてくる。
「千尋だけずるいだろ、オレも呼んでくれ。ディープとか中途半端すぎるし好きじゃない」
「ディープって何の略?」
「ディープブルー」
あぁ、目の色か…昴は紺青の深い青、千尋はグレーだしな。
二人ともわかりやすい名前ですこと。
「Kの名前も教えてくれよ」
ヒト懐っこい微笑みのまま、千尋が車に乗り込んで、俺と一体化した鉄筋を支えてくれる。
昴が運転席に乗り込み、エンジンをかけた。
「慧」
「え?そのままなのか?」
「そうだよ。慧眼の慧だ」
「コードネームの意味ないだろ…」
「ふっ…」
思わず笑いが漏れる。死ぬか生きるかの瀬戸際を駆け抜けた俺たちには確かなものを得た。
それを感じて、悪くないと思ってしまう。
鉄筋が揺れなくなって、痺れた体に眠気がやってきた。瞼が半分下がったところで千尋に頬を叩かれる。
「慧、意識を保ってくれ。せめてコープシングのところまで頑張らないと」
「失血してるからな。寝たらまずい。あと5分で着く」
「はぁ…悪い事してきた罰かな。楽に死ねないし、痛いし…爆発着火の担当殺すか…」
「そもそもここの組織の奴らは、何であんなに統率されてないんだ。非効率だ」
「俺もそう思う。爆発させるなら仲間がいないか確認してからだろ?俺たちみたいな優秀な人材を死なせるとか頭悪いな」
「確かにな…昔からこうだった。みんな好き勝手やってるし、今のボスの器じゃ統率なんて土台無理な話だ」
「うーん。金の使い方も下手だし…いっそ俺が牛耳ったほうが黒字になりそうだな?」
「昴…それは色々まずいだろ?」
「いや、実はもうそういう話になりつつある。金が回らなきゃ困るのはどこでも同じ事だろ」
「嫌だね、カネ、カネって。」
「食うに困るんだよな、日本じゃスラムもないし、ちゃんとした人たちが多いだろ…この国は」
「慧は日本が嫌いか?」
国を好きだの嫌いだの、思ったことなんかねーよ。…でも、そうだな。
「昴と千尋が生きてるなら、いいかもな…」
「じゃあ俺も、慧と昴がいるならいいな」
「青臭いな。…俺も慧と千尋がいる場所を守りたい。慧が治ったら下剋上でも果たすかな」
「ボスにでもなる気?」
「それは良いな。そうしようか」
「…はぁ。本当にやりかねないから怖い…」
密やかな笑いが車の中に満ちる。
俺はたった一人で立ち続けたこの場所を、はじめてあたたかいと…そう思った。
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