第34話 深くなる愛

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 慧side



「慧?どしたの?」


 風呂場でボディーソープを泡立てたままためらってるのは俺です。はい。

蒼が不思議そうな顔で尋ねてくる。


「危険だなぁ、と思って」

「それ、好きだねぇ」


 ふふふ、と蒼が笑う。

 なんか色気がすごいんだけど。

 うなじとか背中とか、腰とか…体の作りが変わったわけじゃないのに。

 数日前はこんなだったっけ?

 元々ある色気の色が変わってる。


 もしや二人と結ばれて色気が増したかな。人妻さんの色気に似てる。

NTRという単語がチラつく。

ちがうよな。俺は正規の恋人なんだから。

 正しく言えばハーレムだ。うん。


 

 ボスがつけたキスマークや噛み跡が肌に刻まれてる。

 千尋は跡を残しはしてないけど、ちょっとした仕草やキスの仕方に癖がついてる。

 複雑な気持ちだ……。


 



「すいませーん、寒いでーす、洗ってくださーい」

「うっ、ごめん」


 生唾を飲み込みながら、体に触れる。

 ぴくりと小さく跳ねた後、目を閉じた蒼から深いため息が溢れる。


「なんか、反応が変わった気がするんだけど」

 思わず言ってしまった。




「触られると…すごく安心するの」

「そう、なの?」


 肩から腕の外側、指先まで泡を伸ばして腕の内側を通って、腋の下まで戻ってくる。


「んぅっ…くすぐったい」

 声が凄い。とんでもない声になってる。

 

「邪な気持ちが爆発しそう」

「いいのに。私も期待してるんだけど…」


 顔を隠して、蒼が縮こまる。

 大胆なこと言って恥ずかしがるのなに?!男を転がしきれないのが可愛すぎる。

 膝に押しつぶされて後ろから柔らかそうなふわふわの膨らみがチラッと見える




「触っていいのかな」

 俺の視線を追って、自分の体を見下ろしてる。


「もう触ったことあるでしょ?お風呂も2回目だよ?」

「あの時は必死で抑えてたけど、今日は無理だよ…」




 蒼が振り向いて、俺の手を掴んで自分の膨らみに置く。


「いいの。もう我慢しなくていい」


 ぬるりとした感触のボディーソープを隔てて蒼のふんわりした丸みが柔らかさを伝えてくる。

 背中にくっついて、体を抱えた。

 我慢は終わり。欲望のままに手が動く。


「慧の手が好き…あったかい…優しい…気持ちいい」


 囁く声に体の中で炎が灯る。蒼の両手を添えられたまま肌を弄び、頸に唇を押し付ける。

 ボスのつけたキスマークをなぞってたくさん追加する。

 蒼の首周りはキスマークだらけだ。

 

「続き、してほしい?」



 こくこく頷く蒼。

ヤバいな。自分の方が余裕がない。血が巡りすぎてクラクラするくらいだ。

 泡を流し切って、蒼をバスローブに包んで抱える。



「きゃっ!?け、慧?」

「ごめん」


 髪の毛洗ってなくてほんとによかった。

 寝室のドアを乱暴に開けて、蒼を横たえる。


 蒼の柔らかい髪がベッドの上に広がって、頬が赤く染まってる。じっと見つめてくる蒼の目が綺麗すぎて、のどがきゅうっと音を立てた。


「かわいい…かわいい…」

 熱に浮かされたように口が勝手にしゃべる。

 唇を噛んで、譫言のようなそれを押し込めた。


「慧…何で泣いてるの…」

「わ、かんな…」


喉の痛みが強くなる。押し込めるほどに苦しくなって、涙がボロボロ溢れてくる。

 なにしてんだ俺…わけわかんない。ひたすら痛い。苦しい。何これ。



 

「慧…だっこしよ」

 両手を掲げて、蒼が優しく微笑む。

 胸元に飛び込んで、顔を押し付ける。


「大好きだよ、慧。待たせてごめんね…」

「うっ…う…」


 蒼が俺をすきだって言った。本当にすきだって…。涙の正体が分かった。蒼が俺を受け入れてくれてる事が嬉しいんだ。

 こないで、って言ってた小さい蒼にも、大人の蒼にも求められて…幸せで仕方ない。


 俺はちゃんとした恋愛をしてない。気持ちをただぶつけられて、殺してしまったくせに…好きだったのは俺の子を宿してくれたその事実だった。

 俺の全部を知っているわけじゃない蒼は、1番忌まわしい過去ごと受け止めて、すきだって言ってる。

 

 でも、全部知ったら?

 組織であるどんなに酷いことをしてきたのか知ってしまったら嫌いになるかもしれない。

 こわいよ…。



 

「ねーえ、慧は…私のこと、好き?」

「すき」


「私も好き。慧はすごく大人で、優しくて、かっこいい」

「……」


 そんなことない。情けなく泣いてるじゃないか。蒼が好きすぎて失うことを恐れて、蒼の全部をくれるって言われて怯えてしまってる。


 

「でもねぇ、慧はちょっと脆いところがある。見た目も、精神的にも大人なのに同じ枠の中に愛情とか、幸せとか、そう言うものを受け取りなれてない小さな慧がいる気がする。

 それでも私のことを好きになってくれたでしょう?あの子のことを引きずっていても、私の事を見てくれた。

 私もそう。甘えたり、何かもらったり、幸せになる事が怖いの。それでも慧の事が好き」


 

 顔を上げて、蒼の横に体を横たえてそっと頬を撫でる。確かにそうだ。小さい蒼も甘えなれてなかった。俺たち似てるの?

 そうならすごく嬉しい。

 向かい合って額を合わせ、蒼が微笑む。

 


「慧と幸せになりたい。幸せにしてあげたい。怖いけど、きっと傷つけちゃうと思うけど、もう止められないの。慧のことが好きだから、慧の全部が欲しいな」

「蒼…」


 


 瞳を開いた蒼が眉を寄せて悲しげに微笑む。

 

「心配だな…慧が1番心配。私の事好きすぎるでしょう?」

「うん」


「長生きしたいな。慧が長生きできるように。」

「うん…」


 蒼が唇で涙を掬い取ってくれる。

 

「私はなにを知っても揺らがない。わかるでしょ?自分の寿命を知っても好きな人を諦められなくて、私のわがままで完全に自分のものにしようとしてる。

 三人もだよ?だから、怖がらなくていいよ」


 柔らかい胸の中に顔を抱えられて、瞳を閉じる。わかってくれてたんだ。俺が怖がってること。


「慧…だいすき。かわいい。」

「蒼の方がかわいい」

「そう?じゃあ慧はすごくかわいい」

「むぅ…」


 

 「怖い、んだ。俺は組織で小さい頃から働いてきた。だから、正義を持っているボスや千尋とは根本から違う。ずっとずっと生きるために殺してきた。それを知ったら蒼が嫌いに…なるかもしれないって思って…」

「本当にそう思う?慧のこと、怖くなんかない」


「どうして怖くないなんて、言えるの?」


 頭に回された手に力がギュッとはいる。

 足が絡んで、体全体が暖かく包んでくれる。


「愛してるから」



 

 蒼の暖かさが心の奥まで染み込んでくる。

 俺の1番奥には、言われた通りに…昔着ていたサロペット、汚れたワイシャツ。血に塗れた両手の小さな俺がいる。

 蒼がそこに降りてくる。小さな手を握って、ふわふわ微笑んで。

 反対側の手を掴んでくるのはボス。

 大きな手で、同じように微笑んで。後ろから千尋が来て、頭をワシワシ撫でてくれる。


 蒼がわがままだって言ったけど…俺も、こうなる事を望んでいた。

 恋とか愛とかより確かだと思っていたものはボスと千尋と俺の間にあったけど、蒼がそれをさらに愛情で強く繋いでくれる。


 喉の痛みが消えて、緩やかな熱が体中に広がっていく。

 蒼がくれる指先の熱がそれを際限なくあげて、涙を止めた。


 


 小さな自分が微笑んでる。

 うん、そうだね。…幸せになろう。


 蒼を抱きしめて、そっと背中を撫でる。

「ん…」

 

 蒼の体の震えさえ愛おしい。好きすぎてどうしたらいいかなんてわからない。

 それでも…蒼が望むものを、全部あげたい。

 顔を上げて、蒼を見つめる。優しいままの瞳で、その色に熱が灯っているのがわかった。


 胸元にキスを落とし、蒼を抱きしめる。

 全部、あげるから…蒼の事も全部ください。


 そう、願いながら微笑む顔に手を添えた。




 


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「蒼、ごめん。ほんとにごめん」

「??なんで謝るの?毎回こうなるのはなんでなの?」


 ぎゅうぎゅう抱きしめて、本気で謝る。

 みんな謝ってるのか…仕方ないと言えばない…夢中になってしまった。

 ほとんど覚えてない。ちゃんと意識があったのかすらわからない。

 千尋よりは回数を重ねてはいないはずだけど、自信がない。


 あんなに優しくしたいって思ってたのに。どうしてこんな暴走したんだ。俺はケモノだった…。


「凄かったね…」

「うぅ、うぅ。」



 

 それは確かにそう。実は俺、避妊しなかったのは初体験でした。好きな人と結ばれたのすら初めてだったのにっ!!!

 いつもなら相手を焦らしに焦らして、恥ずかしいこと言わせて、散々溶かして余裕で終わってたのに。

 本当に余裕がなかった。

 自分で蒼に色々言わせておいて、追い詰められたのは蒼じゃなくて俺だった。


「痛くなかった?」

「うん、平気。怪我したってすぐ治るでしょう?」

「そういう考え方よくない!傷つけたくないのに…」




 蒼が微笑みながら胸元に擦り寄ってくる。


「すごく幸せ。お腹の中がまだあったかい気がするの」

 くっ…俺の理性が消失しそうだ。だめだ。落ち着け。するにしてもちょっとインターバルが必要だろ。


「慧は普段優しいのに、こう言う時は意地悪だねぇ」 


「うぐっ。そ、そうだね…。こんなにぷっつんした事はないんだけどな…がっついて恥ずかしい。

 蒼の反応がボスや千尋に慣らされた結果だと思うとなんか、暴走した」


「ははー、なるほど。昴も同じこと言ってたなぁ。スパイスだって。」

「それはそうかも…」


「男の人って終わった後冷たくなるはずなのに、優しいね…」

「うーん。相手によるんじゃないのかな…ホントに好きなら離れたくないよ…」

「そうなの?私も。嬉しい」


 


 蒼は体の力が抜けて、腕の中でとろけてる。こんな可愛いのに冷たくなんかできるはずもない。


 ボスの家で再会した時布団にくるまってた蒼。下着が欲しくて手を伸ばして、引っ張られて出てきた子があんまりにも可愛くてさ。


 一目惚れって言ってもいいかもしれない。そうじゃなくてもきっと好きになってたけど。

 最初は殺すつもりだったのに。

 ボスの熱視線を受けて、これは危ない子だって。


 それなのに、俺はまんまと好きになって、蒼はトラウマまで綺麗に消してくれて…こうして好きだって言ってくれた。

 記憶を取り戻すのにあんな風になるとは思わなかったけど、俺を信じて任せてくれて。

 恋愛ってこういうものだったんだって、ようやく知ることが出来た。

 向き合っている気持ちがくすぐったくて、あったかくて、本当の幸せっていうものを知れた気がする。




 じっと見つめてくる蒼の頬をなぞる。

 蒼の形を覚えたい。

 好きだって思う気持ちがこんなに深くなるなんて思ってなかった。


 俺の勘は正しかった。

 キキが言うように、蒼は心の中に染み込んだらもう囚われてしまう。危ない子だ。





「慧、私子供の時どんなだったの?凄いわがまま言ったりしなかった?」

「変わらないよ。可愛かった。甘えん坊なのに甘えなれてないし、キスしていいって言われて戸惑ったけど」


「えっ。そうなの?うう…恥ずかしい。

 寂しい気持ちになった後に頭がぐるぐるして、何を話したのか覚えてない。こんなことはじめてだった」


「あれ、そうなのか。普段はどんなだった?」



「泣くのはそうだけど、発散できない胸の苦しさでうめき声あげたり、自分の体を叩いたりすることが多かった。

 今までそうだったのに、慧がいたらなんとなく…ぐるぐるしてるの放り出してもいいかな、って思ったの。

 いつもなら、みんなが心配して悲しい顔するでしょう?だから必死でぐるぐると戦ってたけど、慧ならきっと…ん!」


 我慢できなくて唇をふさぐ。

 自分の悲しさの中で、他人の悲しさを引き出すまいと我慢して。


 涙が出てきた。蒼の事を思うと胸が苦しい。

 蒼が完全に子供に戻ったの、俺がいたからでしょ。自惚れでもいい。

 丸ごと体を放り出して預けてくれた蒼が愛おしくて仕方ない。




「慧?ごめんなさい、そんな顔しないで…」

「うー」

「ごめんね…いやだった?」


「違うよ…嬉しかったんだ。蒼が俺に任せてくれたことが。俺のそばにいる時はわがまま言って。たくさん甘えて。俺のこと困らせてよ」


 蒼が微笑む。嬉しそうに。幸せそうに。




「いいの?甘やかしてくれる?」

「うん。甘やかす。デロデロに。」

「んふふ…でもね、今日は違うの…」

「ん、ちがうの?」



 蒼が啄むようにキスして、甘くため息をつく。


「もっと、いじめてほしいな…」




うっとりした蒼の顔。心臓がうるさい。

 優しいキスが深く重なって雫をもたらしてくる。それを吸い上げて、蒼に応える。


 蒼を抱きしめて、首筋に顔を埋めた。



 

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