第31話 ヤンデレの本気
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蒼side
「けほっ、う、んんっ」
喉が痛い…。顔を動かすと、冷たいタオルが目元から落ちて視界が開ける。部屋の中が真っ暗…今、何時?
「水飲むか?」
「ひゃっ!昴?あれ、私…」
肌が密着して、正面から抱きしめられてる。
昴のハニーフェイスが暗闇の中でも眩しい…。
まっさらなシーツの感触。また変えてくれたのかな…。
「おみず、ほしい」
ベッドボードからペットボトルの水を含んで、口移しで飲ませてくれる。
なんか、毎回これをしてる気がするんだけど…。これは今後もパターン化してしまうものなんだろうか…。
「ん、ありがとう」
「もういいのか?」
「うん…」
私の体に逞しい腕が降りてくる。
薄く色づいた肌の色。私の体を引き寄せて、じっと昴が見つめてくる。
「足腰は立つはずだが、大丈夫か?ちょっとしつこくしすぎたな…すまない。喉が枯れないといいんだが…」
「体は動くから大丈夫。喉はうん、すぐ治ると思うから平気…あの、さっき何したの?」
髪の毛をかきあげられて、唇にキスが落ちて、昴が微笑む。キラキラしすぎて目がチカチカする。
「内緒。研究した結果だ」
「そ、そうなの?はじめてだった…ゆっくりだったのに…どうしてなのかな…びっくりした」
「そうか。はじめてが貰えて嬉しいな…」
ぎゅーっと嬉しそうな顔で抱きしめられるけど、私の知識欲がムクムクと頭を擡げる。優しいイチャイチャタイムにできない…うぅ。
「気配察知の感覚を研ぎ澄ませて行く訓練に似てる気がする…少しずつ重ねて重ねて、ゆっくり研ぎ澄ませて行くの」
「…確かに似ているかもしれないな…」
「どこで研究したの?」
「大元はネットからかだが自分で考えた。頭の一部で常に蒼のことを考えているから突然降って湧いて思いつくこともある。一緒にいる時は蒼の事だけだが」
「それちょっと凄いね…脳みそのシワ凄そう…昴はテクニシャン?なのかな?経験豊富だからなの?」
思わず聞くと、昴の唇が尖る。
「知識はあっても実践した事はない。ハニートラップとか仕事の場合はそうなる直前に相手の意識を落とすことの方が多いんだ。
そもそも俺は、ここまで夢中になったのは蒼だけだからな。もっともっと手間をかけて大切にしたいのに、自分のせいでできないんだ…好きすぎて一度触れたら忍耐力が消え失せる」
「そ、そうなの…」
ホワホワと胸が暖かくなってくる。軽い気持ちで聞いたら思っていたよりも重たい感情を返されてしまって、顔が熱くなる。
「こんなに好きになったのも蒼だけだぞ。長い期間思い続けたのもそうだ。生涯たった一人の愛する人だから、最長になる予定だし」
「生涯って…プロポーズになっちゃうよ?」
「プロポーズだよ。ほら」
背中から昴が小さな箱を取り出してくる。
「えっ???えっ!??」
「ふふん。蒼の驚く顔は精神衛生上にいいな。満足できる」
「な、何言ってるの?!」
深いブルーの箱を開けて、昴がキラキラの指輪を見せてくる。まさかと思うけど、上に乗っかってるのはダイヤモンド!?なんで黄色いの?!
「待って?なにこの大きい石!!おかしいでしょ?!」
「プロポーズだと言ったらこれを出されたんだ。一番高いやつだぞ」
「っ!だめっ!返して来なさい!!」
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「振られた」
「振ってはいないでしょ。あんなに大きいのつけられないよ。結婚指輪と一緒のにすればいいでしょう?無駄遣いしちゃダメ」
しょんぼりした昴がずっと口を尖らせてる。もう。仕方ない人。
何でもかんでも高級品を買ってくる癖はどうにかしないと。千尋も、慧もだけど。
あんな大きい石指輪につけて指に乗せたら、恐ろしくて持ち歩けません。
それでも、昴が忙しい仕事の合間に買ってきてくれたのかと思うと胸が暖かくなる。
どれにしようか、悩んで選んできてくれたんだもの。嬉しくて、たまらなくなって顔中にキスしていく。
「ん、ちょ、蒼…するなら唇がいいんだが…んっ」
最後に唇を啄んで、ぎゅっと抱きしめる。
「嬉しかった。本当に。私の事お嫁さんにしてくれるの?」
「したい。一番に渡したかった。俺が一番先に蒼の事が好きになったんだから。あいつらに怒られたっていい」
ぽろっと私の目から涙が溢れる。
どうしてこの人はこんなに可愛いの?
かっこいいし、可愛いし、愛おしい。
昴が微笑みながら涙を拭ってくれる。
「昴、ありがとう」
「ん。アレは返すとしても後で買いに行くから。その時は受け取ってくれるか」
「うん」
「指輪はダメだとして、身につけて欲しいものがあるんだが」
「え?なに?」
昴がベッドから降りて、私のカバンと小さめの段ボールを持って来る。
…パンツしか履いてないのに歩き回ってるのはどうなの。パンツ一丁と言う言葉が頭の中に浮かんでくる。
「蒼の鞄は新しくして、これを使ってくれ」
「あ、ありがとう…」
やっぱり黒いカバンかぁ。変えたいって言ってたもんね。別にいいけど…見たことある形だからあまり目に入れないようにしておこう…。怖い。
「それから、GPSつきの時計。脈拍が測れるし緊急時は横のボタンを押すと位置情報が俺達に自動で送られる」
「はぁ、えぇ…うーん」
時計は昴とお揃いのメーカー…GPSつきの時計なんてあるの?位置情報まで送られるのはすごいんだけど…私の場合脈拍は確かに必要かもね…。
「あと同じ仕様の髪ゴムと、ブレスレット、ベルトに…靴底にもGPS入れてあるからな。携帯は同期するのはやめておくが記録は後で見せて貰う。車にも録画装置をつけたいし、盗聴器もつけたい…」
「ま、待って…ちょっと待って。昴、普通に盗聴器って言うのはあんまり良くないと思うなぁ…まさかカバンにもついてないよね?」
「……」
「他のにも盗聴器ついてたりする?」
「……ハイ」
「昴…流石に色々買うのはもうやめて欲しいし、何でもかんでも盗聴器はやめようよ…カバンは毎日持ち歩くもので、それを持って当番の時は千尋と慧と一緒にいるんだよ?
と言うか、それをするなら私に言っちゃダメでしょ?」
そもそも盗聴器自体アレなものだけど、もうそこを突っ込んでも仕方ない。
身を守りたいと思ってもらえるのはありがたいけど、千尋や慧と一緒の時はちゃんとその1人の恋人でいたいし。私のわがままなんだけど。
「蒼に言わないと、良くないかと思った」
「言っても良くないと思うけど…そんなに不安?」
しょんぼりした昴が首を振る。
「蒼のことを見ていたい。俺が知らない蒼がいるのが嫌だ。何でも知りたいしいつでも見てたいし、自分一人の時も蒼のことを考えていたい。一人でここで寝る時に蒼の匂いがしてるものが欲しい」
はっ。そういえばワンピースが何故か新しく変わっていたのが数着あった気がする。全く同じものが水通ししてあったから破れてたりしたのかと思ったけど…そんなに着てないしブランド物がそもそも簡単に壊れるわけない。
「お洋服…もしやクリーニング出してないのあるの?」
「……も、黙秘だ」
「白状してるのと同じだよそれ。もーしょうがないなぁ…」
段ボールをベッドの下に置いて、私のそばで丸くなる昴を抱える。
「ごめんね。寂しい思いさせて」
「…寂しいのが嫌なわけじゃない。寂しさはその人を本当に大切な人なんだと…教えてくれるものだ。そう感じられるのは嬉しい。
俺は蒼の事が好きな自分が好きだ。そう思わせてくれる蒼の事が好きだから」
昴の呟きに胸がキュンと小さな音を立てる。
なにそれ。かわいい…。
「昴は…どうしてそんなにかわいいの…」
耳まで真っ赤になった顔で、上目遣いで見てくる。もう…どうしたらいいの!
「怒ってるんじゃないのか?」
「えっ、なんで?」
「盗聴器」
「別に怒ってないよ。鞄はやめてね。身につけるものは仕方ないけど。昴がしたいなら私にバレないようにやってください。気になっちゃうから」
昴が目を見開いて、じっと見つめて来る。
「気持ち悪くないのか?」
「気持ち悪いんじゃなくて、あんまりお金使って欲しくないの。
私だって無責任に三人も恋人作ってるんだから昴が安心できるならそうしていいよ。寂しかったら一人で何とかするんじゃなくて、ちゃんと甘えて寂しいって言って欲しいけど」
「いいのか?…そんなこと言われたの初めてだ」
目がキラキラしてる。かわいい。かわいいしか言葉が出てこない。
語彙力が霧散すると言うのが良くわかった。
「いいよ。でも、二人に干渉しちゃダメだからね?私は三人ともちゃんと大切にしたいから。盗聴器で知ったとしても、口に出さないって約束してね」
「わかった」
「ふふ。いつの間にこんなに用意したの?」
「蒼に出会ってからずっと用意してた。誕生日にプレゼント渡そうと思っても受け取ってくれないし」
「あぁー…そんな事もあったねぇ。だって明らかに高すぎるものだったし。断るのも失礼だと思ったけど…流石にお客様からそこまで貰うのは、ダメかなって。お返しも困るでしょ?私そんなにお金持ちじゃないもん」
「…それもそうか…自宅のドアにぶら下げた時も微妙な顔してた」
「あー!あれ昴なの?ラブレターと下着とかびっくりした。お客様に話したらドン引きしてたけど…んふふ。おかし…くふふふ」
「本当に嫌がらないのか…蒼…」
びっくりしてる昴の頬を包んで、鼻をくっつける。
「私以外にしないならいいの。私もヤンデレさんは初めてだけど、恋人さんたちには自由にして欲しい。気持ち悪いって言うのは良くわかんないけど…私だけでしょ?」
「うん…」
「じゃあいいよ。でもあんまり高いものは買っちゃダメ。カバンも、時計も。アクセサリーも」
「わかった」
抱きついてきた昴の頭をそっと撫でて、昴が喜ぶ顔に満足してる自分に呆れてしまう。
千尋みたいに我慢してるのに我慢しきれずに色々画策してしまうところが昴らしくて面白い。
「後悔しても知らないぞ。俺は本当にヤンデレなんだからな」
「昴こそでしょ。千尋にももう伝えちゃったけど好きって言うの、本当はやめようと思ってた。」
「先に逝くからか」
「本当に思考回路が同じだねぇ。そうだよ。昴こそ心配。私がいるうちからこんな風に色々しちゃってるんだもん」
「そんなの関係ないだろ。蒼が辛い顔をするのなんか見たくもない。俺がさせるならいいが」
おお…オリジナリティが加わってる…すごい。
確かにそう言ってたなぁ。やめてって言ってもやめなかったし。本当にそう思ってるのか観察されてるから私のウソはすぐバレちゃうけど。
幸せだな…私の事をちゃんと見て、ちゃんとわかってくれる人が居て、心を温めてくれる。
我慢しなくてよかった。していたら、きっと三人とも辛かったもんね…勝手に慮るのは良くない。反省しなきゃ。
「さて。蒼、ご両親と話したのは何だったんだ?」
「うっ」
真剣な顔になった昴が両手で頬を挟んでる。目が逸らせないから瞑るしかない。
「蒼。」
「んーんー」
「教えてくれ。未来の夫その一だぞ」
そっと目を開くと、不安そうな顔の昴がいる。うーん。仕方ない…
「延命の薬は、体の時を止めるものになると思ったの」
「うん、それで?」
「時が止まるってことは、生理が来なくなる」
「それが問題なのか?」
「生理が来なくなると、どうなると思う?」
「……はっ!あ、子供か?」
しょんぼりしながら頷く。
「慧に見せてあげたいのもそうだけど、純粋に好きな人の赤ちゃんが欲しい。
私がもし早く死んじゃったら、赤ちゃんの存在はみんなを助けてくれるでしょう?」
「赤ちゃんもいいが、俺は蒼が大切なんだが。まずは蒼の命からだ。」
そう言うと思ってた。だから、言えなかったの。
「でも、もし……蒼がそうしたいなら、俺は黙ってる。考えたくもないが、蒼がそう言う意思を持つなら、俺はそれに寄り添う」
「昴……」
昴が瞳に涙を溜めて、必死で伝えてくる。
「蒼が死んだら追いかけたい。でも、それを許してくれないだろ?俺は長生きするだろう。健康だし、体も丈夫だし。
長い生を寂しく生き抜いて蒼のそばに行くしかない。そんなの嫌なんだぞ…本当は」
私の頬を挟んだ手の力が抜けて、昴が胸元に縋り付いてくる。じんわり、暖かい涙が肌に染み込んでくる。
「人生の上で俺は蒼以外いらない。それでも蒼が望むなら。そう、する。」
私の目からもまた涙が溢れる。
ありがとう……。私の気持ちを大切にしてくれて。そうならないように、頑張るからね。
「蒼はひどいな。俺がこんなに好きなのに指輪を断るし、赤ちゃんを優先しようとするし。ヤンデレを舐めてるのか?拗らせるぞ」
「むぅ、ごめんなさい…でもあの指輪は本当にダメ。早く返してきてね」
「はぁ…仕方ない。蒼らしいな。ファクトリーを潰して、みんなで結婚したら赤ちゃん作ろう。
薬は改良してくれるんだろ?親御さんが」
「なぁんでもお見通しだねぇ、昴は」
「ふん。伊達にボスをやってないぞ。
長官室であんな顔するからみんな心配してるんだ。反省してくれ」
「ご、ごめんなさい…」
そっか。みんなのあの顔は心配してくれてたんだ。相良さんも、心配してくれてたんだよね。
相良さんが両親の元へ行くときについて来てくれて、側にいてくれたから冷静でいられた。
いろんなものが胸に詰まって、何も言えなかった私の背中を摩ってくれて…。
薬の話も私がいう前に「子供を作りたい。改善できないのか」と言ってくれた。
私、伝えてないのに。両親はびっくりしてたけど。
「そう言えば相良と仲良くなってたな」
「はっ!な、なに?頭の中見えたの?」
「相変わらずちょいちょい口からでてるし、ニヤけてるぞ。思い当たるのは俺と結ばれたことか、直前の警察での出来事しかないだろ。まだ俺の腕の中にいるんだから、思い出し笑いはしないだろうし。そうなると相良だ。」
「うっ。」
「嫉妬の対象が増えた」
「相良さんはお仕事のパートナーみたいなものでしょ?仲良くしないとダメだよ?」
「相良はバイセクシャルだ」
「えっ?」
「女性も恋愛対象」
「わ、わお。そうなの?」
そうなると昴のヤキモチは正しいものになるの?でも相良さんがそう言う目で見ているかはわからないし…。うーん。
もじもじしていると、突然昴が首に噛み付いてくる。
「ひゃ!ちょ、ちょっと!?」
「ヤキモチ焼きすぎて焦げそうだ。相変わらず蒼は鈍いし。蒼は俺のだって刻み込みたい。もう一回」
「ちょっ!?このパターン昨日も…」
昴が私の上に移動してくる。あっという間に組み敷かれてしまった。
「なるほど。蒼の甘い匂いはそれか。千尋の匂いぷんぷんさせやがって。わざとか?」
「わ、わー!顔こわーい。」
ニヤリと微笑んだ昴。
両手をシーツに縫い止められる。
「昼過ぎから始めたからな。まだ夜中を過ぎてないんだ。長い夜になりそうだな?」
「ふぇ……」
鎖骨に齧り付いてくる昴。歯形をつけられながら、明日の当番である慧がどんな顔をするのか想像してため息をついた。
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