第30話 爪先からはじまる熱と恋
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蒼side
「すっきりしたぁ!」
自分の爪についたジェルネイルをやっと落とせて、ホッとしてる。
久しぶりに見る自爪。ここにきてからずっとそのままだったから。
昴が道具を持って来てくれて助かった…。
空いている部屋を後でネイル部屋にしていいって言ってくれて、サロンの道具を持って来てくれるの。嬉しいな。
でも、もう爪を飾ることはないかな。
銃を握る時の違和感が出るから爪の上に何か乗せることは出来ない。
なんとなく寂しい気持ちになって来る。
「俺はケアしか頼んでなかったが、こう言う事もしてたのか…」
ベランダとリビングの境で昴がじっとみている。
「うん、本来はこっちの方がお客様の数は多いんだよ。皆さん元気かな…」
ゴミを片付けてキッチンペーパーにエタノールをつけてしっかりテーブルを拭き取る。
お蕎麦を食べて、お腹いっぱいだからちょっと眠たい。
別れ際に千尋と慧とキスして、昴のお家に残るとか…なんとも言えない生活。
「俺もそろそろ爪切るか…」
「あっ!昴の手、やりたいな」
「いいのか?」
サンダルを脱いでリビングに戻り、ソファに腰掛けて手招きする。
「そこ座って。伸びてきたらまいかいするからね。専属ネイリストにしてもらいます」
「ふ、贅沢だな…」
私の横に座って、昴が手を差し出してくる。
膝にキッチンペーパーを置いて準備万端。
「よろしくお願いします」
「ふふ、それ懐かしい。よろしくお願いします」
あぁ、私の出発点が戻ってきた。
切なさや、寂しさ、それよりも大きな幸せが胸を締め付ける。
以前よりはだいぶ距離が近いけど、昴のいつもの挨拶が心地いい。
肩が触れたまま爪を観察する。
前よりずっと爪がイキイキしてる。生活が充実してるのかな?なんてね。最近は定期的に保湿してるの知ってるの。
しっとり艶々の手が愛おしい。
…私の体のケアをするのにそうしてくれていると聞いたから、余計に。
「あのね、ちゃんとわかってから気づいたんだけど…私、昴のことずっと好きだったの」
「えっ?…いつから?」
昴の爪を切りながら、ふと自分の顔に笑みがうかぶ。
「多分、初めて見た時から。あの時私のこと抱っこしたの覚えてない?」
「忘れるわけがないだろ。手当してもらって…その。目の前にす、好きな人がいたから」
「えっ!?」
思わず手を止めて、顔を逸らしてる昴を見つめる。
「どういうこと?私のこと前から知ってたの?」
「俺は蒼のサロンへ通う前に助けられてるんだ」
「えっ…本当?どこで?」
「電車の中で。車を修理に出して、帰ってる途中……痴漢されてな」
「昴が痴漢されたの?」
「そうだ。不本意だが尻を撫でられて青くなっていた所に割り込んで、蒼が俺の尻を掴んできた」
「私も痴漢してるでしょそれ…」
「そこはとりあえずいい。庇ってくれたんだと思う。
それで、カバンからやすりを取り出して、女性に突き出して『イケメン冒涜条例違反ですよ!イケメンの尻は有料です!』って」
「…私変な人だね?」
「そうだと言わざるを得ないが。条例と言われて俺はジワジワきてしばらく思い出し笑いに苦しんだ」
うーん?やすり…爪用のファイルを持っていたと言うことは、ネイルスクールの帰り?記憶はある時期のはずなのに…。
「あれは飲酒してたな」
「あっ!あー!!スクールの卒業式の帰りだ!はじめてお酒飲んで、イケメンの素晴らしさを散々語り合った帰りだったから。昴だったんだ、あれ…」
キャップを深く被って、MA1を着てたし服装がかなり若々しくて年下だとばかり思ってた。
昴の顔は確かに可愛い顔だし。あの子だったんだ。
「思い出したか?去り際に名前を聞いたら『名乗るほどのネイリストじゃないんで!アバヨ!』って言ったの」
「ぷっ。私面白いね。思い出しました。高校生が痴漢にあってると思ってた」
そうすると、昴と出会ったのは、もう五年くらい前になる。
「そこから蒼をほうぼう探したが見つからなかった。今思えば匿われていた実家から出た後で、ご両親が色々と画策していたみたいだな。隠し方がプロすぎて裏稼業の人間かと怪しんだくらいだった」
「そうなんだね…」
今日久しぶりに会えた両親。
相変わらず無表情だったけど…目に涙をいっぱい溜めて、絶対薬を完成させる、長生きさせてみせるって言ってくれた。
私が一番心配していたお薬の作用も、ちゃんと改善してくれるって言ってた。
…そっか。私の事を守ってくれていたんだ。
「ご両親のとの再会を思い出してるんだろうが、俺は蒼と再会した時どれだけ嬉しかったかわかるか?そろそろそっちにシフトしてくれ」
「は、あ、はい」
昴は頭の中が見えるの??びっくりした。ちょっと拗ねてるのかわいい。
「サロンに入った初日、盗聴器を山ほど仕掛けたからあの時助けに行けたんだ。あれは本当に危なかった」
「盗聴器」
「…しまった口が滑った」
バツが悪そうな顔をしてる昴。
なんだか笑えてしまう。
爪先をファイルで削って、先端をスポンジバフで丸くしていく。
「ふっ、昴がヤンデレすぎて…ふふ」
「笑うな。やっと見つけて必死だったんだ。
口説きたくても口説けないし。雰囲気を醸し出しても鈍いし。結果サロンに通い詰めて蒼を傷つけてしまったがな」
しょんぼりした昴の手をおしぼりで拭いて、キッチンペーパーを捨ててオイルを塗り込む。
以前のように、ゆっくりと時間をかけてほぐして行く。
「私もそうだよ。昴の事が好きだけど言えなかった。好きって言うものがわかってなかったし。それでも、今はそうだったってちゃんとわかる。」
視線を感じる。
あの時と同じ、優しいもの。
昴はずっとこうして私に好きだって伝えてくれてた。…嬉しい。本当に嬉しい。
マッサージが終わって、手を離そうとすると昴が握りしめてくる。
「蒼の事が好きだ」
私の小さなお城だった、サロンの風景が昴に重なる。
あの場所で、そう言われたような気がした。
触れ合った指の爪先から熱が伝わって来る。恋焦がれた人が私の事を好きだと言ってくれた。
「私も…好き」
昴が私の顎を持ち上げて、唇が重なる。
触れ合うだけのそれが深くなって行く。
「ん、待って…」
「身体の調子が悪いか?千尋のやつ…」
「ち、違うの。お風呂入りたいの。朝昴が来る前に入ってないし、あの…うん。」
私の体にはまだ千尋の汗が染み込んでる。その体で昴と触れ合うのは、ちょっと気が引ける。
洗い流したくないような、綺麗さっぱりしてからの方がいいような、複雑な気持ち。
「察した。洗う。今すぐ洗う。」
「あっ、ハイ」
昴って、こう言うところ子供っぽいかも。
思わず笑いながら、手を引っ張られてお風呂に向かった。
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昴side
「あのぉ…」
「ちょっと待ってくれ」
「そう言ってだいぶ時間経ってるよ?」
「くっ」
「初めてした時はあーんなに乱暴にしたのに」
「すまん…」
ふふ、と蒼が笑ってお腹に回した腕を撫でられる。
お風呂から上がって、お姫様抱っこでベットに連れて来たまでは良かった。
背中から抱きついて、自分の体が動かなくなっている。
「昴の昴は元気なのにねぇ」
「うっ、そ、それはその…」
蒼が手のひらを握ってくる。
「すばる、スバル、SUBARU、昴」
「またそれか。俺の名前が最後なのはいいが」
「ふふふ」
後ろから見てもわかる腫れた唇は、千尋と散々キスをした証だ。
複数回したのに蒼が動けていたのなら、千尋が誠意を持って蒼に優しく触れたのがわかる。
千尋の優しさの名残を残したまま、蒼が俺に熱を求めている。
背中から、鼓動が伝わってくる。
いつもより早い。
俺だってしたい。長い間ずっと蒼が好きだったんだ。あんなに手に入れたいと思った人が、今は俺が大切な人達もまとめて掬い上げて好きだと言ってくれた。
胸が張り裂けそうだ。
ちゃんと想いが通じ合って、初めてするんだから緊張して当然だと思う。
蒼はリラックスしてるが。
前から思っていたが蒼は度胸がありすぎる。
「本当に…体は大丈夫なのか?」
「うん。ドキドキしてるの分かってるでしょ?自分でもびっくりしてる。
昨日あんなに千尋と沢山したのに、昴とも沢山したいの」
「うーーー」
蒼の首元に頭を乗せて呻く。
細い首に、慧がつけたキスマークの名残がある。
三人で蒼一人を共有して行くのは別にいい。蒼がいてくれさえすればいい。
本人に伝えた通り、嫉妬に狂う自分が癖になっている。
まだ外が明るい時間だから、遮光カーテンはあえて閉めなかった。蒼の体を見たかったから。
ほんのり暖かい陽の光の中で蒼がそばに居る。ただ温もりを分け合う今が、嫉妬に燃えた分幸せに感じる。
好きすぎて、手が出せない。
どうしたらいい?
「もしかして、したくない?」
そう言われて、思わず顔を覗き込む。
蒼が俺に気づいて、横を向いて視線を合わせてくる。
まろい琥珀色の瞳が優しい。陽の光みたいだ。
「どうしたらいいか、わからない。好きすぎて、また無理にしてしまいそうで怖いんだ」
情けない告白に、蒼がふわりと微笑む。
両手で頬を包まれ、優しく唇が重なる。
啄むようなキスの合間に名前を囁かれる。甘い声に理性が溶けて行く。
「昴…してよ。酷くしてもいい」
頬を赤らめながら、蒼が囁く。
何も考えられなくなった頭で蒼の唇を貪る。蒼の熱が差し込まれてびっくりしてしまう。
ふ、と笑ってそのまま口の中を探られた。
蒼の体温が口腔内に広がって行く。
体が勝手に動く。蒼のパジャマのボタンを外して、柔らか膨らみを持ち上げて、指を沈み込ませる。
「ん…んっ」
蒼が息継ぎを上手にしてる。…千尋に教わったのか、慧に教わったのか。
腰に溜まった熱が嫉妬で温度を上げて行く。
蒼に自分を絡めて、両手で体を触る。
柔らかく、体内に増えた筋肉が弾力を伝えてくる。
キスで感じて、体が筋肉を動かしてる。
俺も口の中が気持ちいい。
蒼が感じているものが同じように伝わって、体が繋がっていないのに一つになっていく。
蒼が唇を離して、向かい合わせになる。
「あのね、私がしてもいい?」
「えっ?」
「ここ。私ばっかりいつもしてもらってるから」
「…っ」
シャツ越しにくりくりといじられて、体が震える。
「したい」
「わ、わかった」
蒼の頭が下がって胸に吸いつかれる。
「っ、あ…」
シャツの隙間から手が差し込まれ、反対側を指先で摘まれてしまう。
「あ、蒼…ちょっと待ってくれ…うっ!」
「ひゃめ。まははい」
口に入れたまま喋られて、ビクビク体が跳ねる。
シャツに蒼の雫が染み込んで、ひんやりとした空気と、吸い付いてくる蒼の熱が刺激を与えてくる。
「Tシャツ脱がしてもいい?」
「う、ん」
されるがままに脱がされて、手首に達したところで仰向けにされ、両手をまとめて縛られる。
「お返し」
両手を上げたままの俺に、不敵な笑いを寄越す蒼。
「告白し合った日に、これなのか?」
「うん。記念日は特別なことをしたいでしょ?」
「うぅ…」
唸るしかなくなった俺を見つめて、蒼がさらに笑みを深める。
蒼の吐息が降りて、もたらされる心の熱にそっと瞳を閉じた。
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