第15話 はまっていくピース


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 蒼side


「いくら集中力があるからって、一朝一夕に心臓に矢は当たる物じゃない。

 俺の銃が何かもわかっていたし、渡す時の動作がプロだ。素人はグリップを差し出してくるだろ。軍隊の人間みたいな渡し方をしてきたんだ」


「銃は撃てたのか?」


「いや。弓を散々打ってご覧の通りの怪我だ。俺が撃つのを見ていただけ。マガジンローダーのメーカー名まで知ってた」


「嘘でしょ?なんで知ってるの?オタク知識?」


「そんなわけあるか。車は別として弓は楽しそうに見てたが、銃の時は暗い顔をしていた。とてもじゃないが好きとは思えない」


「その様子だと銃を扱ったことがあるんだな」 


「俺が構えるまでにぶつぶつ言ってたのが、セミオート、シングルアクション。気絶前には銃を手放したら先生に怒られる、だ」


「製薬所がファクトリーということか?」


「そうとしか思えないねぇ。もしかして記憶が戻ってきてるのかもしれないよ。過去のトラウマや、長くやってきたものに触れたり見たりすればそれがトリガーになる可能性が高いし」


 


 ぱちぱち、目を開いて瞬く。

頭の中がグワングワンと大きな音を立てていて、言葉が聞こえても内容がわからない。


 三種類の声がする。

 昴さんと、チヒロとケイ?

 ここはどこ?


 首を上げようとするけど、動かない。

 まだダメか。血が巡るのを待つ。

 どうしていつも、こんなふうになるんだろう。まるで壊れかけの人形みたい。




「蒼?目が覚めたか?」


 こつこつ、革靴の音。 

 昴さんの靴の音だ。踵から爪先まで綺麗に体重をかけているから、音まで整っている。

 急に音がクリアに聞こえるようになった。私の耳はミーハーのようだ。


 


「起きてすぐは動けないんだったな」


 そっと暖かい手のひらが頬に触れる。

 今日は声も出ないみたい。

 瞼の瞬きで返事を送る。

 

「どこか痛いところは?」

 三回瞬く。昴さんはわかるかな。


「…声が出ないんだな。お腹空いたか?」

 一回瞬く。お腹空きました。


「わかった。とりあえず何か食べ物を用意しよう」


「あ、俺買って来るよ。」




 昴さん、わかってくれたみたい。

 今度はケイが顔を覗いてくる。

 

 


 人差し指を立てて「中華」ピースサインをして「洋食」3本立てて「和食」と伝えてくる。

 

「どれが良い?」

 ぱちぱち。できたらナポリタンが食べたい。

 あれ?ナポリタンって洋食?和食??


「おっけー。じゃ買ってくる」

「ケイ、ついでに手袋買ってきてくれ。お風呂の時に困るだろうから」

「わかった」


 チヒロもケイも優しい。ありがとう。

 少し離れたところから困った顔の微笑みが見える。二人とも心配しちゃってるよね。




「体が動かないのはいつものことと言っていたが、声が出ないのはいつもの事か?」

 

 三回瞬く。初めてのことだ。

 口を開いてみるけど、ヒューヒューとした音しか出てこない。どう言う原理でこうなるのかなぁ。


「体を起こしてやったらどうだ?昴」

「そうするか」




 昴さんが背中に手を差し入れて、ヒョイっと起こしてくれる。

 膝をソファーから下ろして、背中を背もたれに乗せる。

 

「おっと」


 力が入らなくてずるっとバランスを崩して、そのまま昴さんに抱きしめられた。




「役得だな」

「昴」

「邪な気持ちはないんだからヤキモチ妬くな」

「……」


 チヒロが苦い顔をして、反対側に座ってくる。私は二人の真ん中におさまった。


「これでよし」

「チヒロにしては珍しいな」

「うるさい。」

「ふっ。ケイが戻るまでに動けるといいな」



 本当に。そしてナポリタンを買ってきてくれるでしょうか。

 ケイ!ナポリタン!ナポリタンですよ!!!



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「はーいおまたせぇ♪ナポリタンですよっ」


 よしっ!

 やっと動くようになった手を握りしめてガッツポーズ!!

 



「お、動けるようになった?」

 こくりと頷く。


「声は出ないのかぁ。てかなんで二人して挟んでるの?くっつきすぎじゃない?」

「フラフラしてたから」

「そうだ」


「もう動いてるじゃん!くっついてたら食べられないんだからしっしっ」




 ケイが昴さんとチヒロを追い立てて、横に座ってくる。


「はい、ちょっと時間空いてるから大盛りだよ。沢山食べて。好きでしょ、ナポリタン」


 こくこくと激しく頷くと、ケイが吹き出す。


「ぷふっ。最初の弁当ナポリタン食べてたもんね。麺類が好きなのかな」

「蕎麦は鬼おろし山盛りで食べていたな」

「俺だけ一緒に飯食う回数が少ない」


「チヒロは仕方ない。チャンスを逃したからな」

「そうだねぇ。今日もお弁当作ってきたんじゃないの?」

「あぁ、まぁな」



 なんですって!?チヒロのお弁当!!

 立ち上がり、チヒロの袖を引っ張る。

 お弁当を所望します。下さい。



「出来立てのナポリタンが山盛りだぞ?」

 うっ。でも、チヒロのお弁当も食べたい!!


「余ったら分ければいいだろ。チヒロの手作り弁当なんて見たことがない。見せろ」

「そう言えばそうだねぇ?」

「おい。黙れ」



 えっ?そうなの??かわいいお弁当だし、上手に詰めてるからいつも作ってるのかと思ってた。


「蒼が前日にキャラ弁見てたでしょ?snsで。だからわざわざ作ってきたんだよ」

「言うなって言っただろ」

「なんでさー。アピールしておきなよ」

「うるさい」




 耳まで真っ赤になったチヒロが冷蔵庫からお弁当を取り出して、レンジに入れてあたためてくれる。

 わざわざ作ってくれたの?嬉しい…。


 


「チヒロが料理好きなのは知っていたが、まさかそう言う理由とは」

「ボスだって料理なんかいつもはしないじゃん。腕がいいのに二人とも宝の持ち腐れでしょ。蒼の特別扱いには困ったもんだ」


「ケイはその口を閉じろ」

「同感」


「は、あ、んんっ!でた!昴さん私のために作ってくれたんですか?」


「ようやく声が出たか。その質問には黙秘する」


「えぇ…チヒロも私のために作ってくれたんですよね!」

「うん、まぁ、そうだな」




 ほかほかのお弁当を受け取って、そのまま両手を掴む。


「ありがとうございます」

「ん、うん」


 目を逸らされてしまった。

 チヒロの手を離してお弁当箱を開く。これも私のために買ってくれたんだなぁ。

 お弁当の中は卵焼きと唐揚げ、小さなグラタンとかわいい顔があるおにぎり。今日は三角に切ったにんじんの口もついてる。かわいい…。




「チヒロが作ったのか?これ?本当に?」

「可愛すぎる。なにこれ」

「うるさい。さっさと食べるぞ」


 みんなで揃っていただきます、と呟き、モリモリ食べる。

 そう言えばお昼食べてなかった。でも私泣かなかったな?なんでだろう??




 多めに入った卵焼きを頬張って、ほのかな甘みに目を閉じる。幸せな味!


「卵焼きそんなに好きか」

「チヒロの卵焼きだからです。ホントに美味しい。バケツいっぱい食べたい」 


「青い女の子のアニメだなそれは」

「チヒロも知ってましたかー!」


 ふふ。楽しい。みんなで食べるご飯だから余計美味しい。

 一人で食べるなんて、もうできないかもしれない。ずっとずっと一緒にいられたら、幸せなのになぁ。




「なんだか出遅れてる気がする」

「私もだ」

「ボスは昨日デートしたでしょ」

「デートと言えるのかあれは」

「ケイは明日当番予定だったが、どうするかな」


 三人が私を覗き込んでくる。

 卵で口いっぱいなので喋れません。




 指先に綺麗に巻かれた包帯。これは昴さんがしてくれたんだなぁ。きっちり綺麗に巻かれてる。

 むにむに、と手を握ってみるとさっきよりは痛くない。


「痛くないですから予定はそのまま行きましょう。銃はもう少し治ってからお願いします」


「明日の予定は体動かさないし、大丈夫かな。じゃあ予定通りにしようか」

「ケイはちゃんと見ててくれよ。蒼は危険だ」

「胸が痛い。ケイ、頼むぞ」


 ケイが二人に言われて、ニコニコしながら頷く。


「お任せください」




「私がまるで猛獣みたいな言い方しますね」

「猛獣か。たしかに」

「そう言われるとそうだな」

「じゃじゃ馬だもんね、蒼は」

「むぅ」

 

 なんか不名誉な感じ。

でも、沈んでいた顔が明るくなったからいいか。



 それにしても、私って一体なんなんだろう?

 銃はおそらく使えるくらいの知識はある。集中力だって異常だし…仕事をしていた時もそう言えばよく言われてた。集中力の限界は90分、私たちネイリストは2.5~3時間は余裕だけど、私自身は最大10時間集中を切らさずに働いていたこともあるし。

 どう考えても変だ。体が起きて、すぐ動かないのも明らかにおかしい。今日は声まで出なくなるし。




「私、病気なんでしょうか」


 三人の箸がピタリと止まる。今言うべきじゃなかったかも。空気が読めないのも私の好きじゃないところの一つ。ごめんなさい。

 

「一度、診てもらうか?」

「明日の朝迎えに行ったらそうしよっか。手の傷もちゃんと処置してもらおう」

「ん、それがいい」


 三人してうんうん頷くのを見つめ、私はこっそりため息をついた。




━━━━━━


 昴side



「なっ、なんで!!いやです!」


 逃げ惑う蒼の服を掴み、背後に回ってホールドしてボタンを外す。


「両手が使えないのにどうやって体を洗うんだ?」

「そう言うことじゃなくて!きゃっ」


 すぽん、とワンピースを剥ぎ取って、下着姿になった。

 うん、下着は黒だ。とてもいい。

 

「か、かえして!」

「いやだね」

「うー!」



 ワンピースをポイっと投げ捨てて、背中のホックを外す。

 あっという間に裸にしてしまったが、刺激が強い。風呂場のドアを開けて中に押し入れ、扉を閉じた。


「ちゃんとお湯に浸かるんだぞ」

「うう!うう!」


 ドアの向こうでぼんやり映る蒼が唸っている。

 自分も服を脱いで洗濯機に放り込み、蒼の下着をネットに入れてからスイッチを押す。

 よし。


 ドキドキしながらドアを開けると、背中を向けて浴槽に深く沈み込んだ蒼が目に入る。




「なるほど、そこに籠城か」

「と、と言うかですよ!チヒロに言われて、手袋買ってましたよね!?ケイが!」


「あぁ、事務所に忘れたんだ」

「うそぉ!!」

「嘘じゃないさ。うっかりな」

「ぐぬぬぬぬ」



 浴槽に髪の毛がふわふわと広がってる。

 括るのは本当に忘れていたな。

 体をざっと流してから、そっと浴槽に忍び込む。

 ざばーー!とお湯が盛大に流れて、びっくりした蒼が振り向く。


「なっ!なっ!なん!」

「俺もお湯に入りたいからな。仕方ない」

「うー!うー!」



 両手を握った蒼がもう一度背中を向けて、さらに小さくなる。

 湯船に広がる髪を掬い上げ、片側にまとめて流した。髪ゴムも買うか…。

 

「そんな縮こまってないで足を伸ばせばいいのに。せっかく大きいバスタブなんだ」

「け、けっこーです!ぶくぶく…」



 相変わらず強情だな。

 背中から抱きしめて、足の間に抱え込む。

 やわらかい。初日に触れてから体を触ってないから妙に色っぽく見える。


「うー!」

「何もしないよ。明日も勉強するんだから、ゆっくり浸かろう」

「…はい」


 不満そうな声だが、蒼の背中が俺の腹にくっついて、程良い重さが伝わってくる。

 真っ赤な顔が見えた。




「お互い隅から隅まで知ってるのに恥ずかしいのか」

「私は余裕がなくて見てません」


「そうか?視線は感じていたが。すごい筋肉って言ってただろ」

「えっ。声に出てましたか?」


「出てたな。しょっちゅう出てる。」

「それは知らなかったです。私そう言うキャラなの?うわぁ…」




 体の筋肉が緩み、自分の足の間に蒼がいると思うと、じわじわと胸の中に温かいものが沁みてくる。


 蒼のサロンに通っていたのは、もうずいぶん前からだった。

 恩返しのつもりが、いつの間にか癒しを求めて足繁く通ってしまって。その上怪我までさせたのに、こうして手の中にいてくれる。


 こちらの都合ばかり押し付けているのに、初めて会った時と変わらない笑顔で応えてくれる。


 こんな人は、はじめてだ。




「昴さん、のぼせそうです」

「んー。」


 立ち上がろうとする蒼の腰を掴む。


「す、昴さん?」

「敬語をやめてくれるなら」

「チヒロもいってましたけど、その方がいいんですか?」


 上目遣いで顔を見られて、喉から変な声が出る。




「んぐっ。そ、それはそうだろうな。チヒロもケイもそう思っているだろう」

「わかった。じゃあそうする。もう観念したから離して」

「ん、そうしよう」


 口の端が勝手に上がってくる。

 たかが敬語が外れただけでこれだ。

 この据え膳をどう活かせばいいのか全く頭が回らない。




「頭から洗おうか?」

「うん。よろしくお願いします」



 よし。まずは綺麗さっぱりにしてやるとするか。

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