第7話 鬼下おろし




「すごい…」


 目の前に並んだきらきらの和食。

 鮭の塩焼き、お漬物、ほうれん草の白和え、大根のお味噌汁!お魚の油の焼けた香ばしい香り、胡麻やお味噌や醤油の美味しいご飯ですよ!な主張の香りがして鼻息が荒くなってしまう。


「時間かかってると思ったらご飯もう作ってくれてたんだね」

「ちょうどいいだろう?みんなで食べよう」

「蒼も座って」

「はいっ!」


 昴さんの隣に私が座って、向かいにケイ、チヒロが座る。




 四人でご飯…ニコニコした顔が揃っている。なんて幸せなんだろう。食べ物から上がる白い湯気が幸せの色に溶けて優しくテーブルを包んでいる。ひとりじゃないって、凄くいいな。


「いただきます」

「俺もいただきまーす」

 ケイと二人で言うと、召し上がれ、とチヒロと昴さんが言ってくれる。こういうの、すごく良い。大好き。

 手を合わせて、お箸を手に取る。鮭の横にゴツゴツした大根おろし?が添えてある…。

 これは、何?


「今日はお二人で作ったんですか?」

「ああ。和食は2人とも得意だからな」


「はぁぁ!料理上手な人の共演!ありがとうございます!あのぉ…この大根おろし?はゴツゴツしてますね?」


「鬼おろしだが…もしかして見た事ないのか?」


 鬼おろし…鬼を下ろし…てる訳じゃないからゴツゴツした漢字の表現なのかな。確かに鬼っぽい。


「初めて見ましたね…」


 お箸でつまんで、口に入れる。大根の甘みがひろがって、ジューシー!噛む度にジュワっと広がる汁が…すごい、お料理上手な人は大根おろしまですごい!




「蒼はわかりやすいな。そんなに美味しいのか」

 チヒロがちょっと呆れながらも笑ってる。


「小さな大根の塊のシャリシャリと、細かい部分の水分がジューシーです!でも汁が滴り落ちないですね」

「そうだな。鬼おろしは繊維を壊さないからあまり水気が出ない。栄養価も残せるし。蕎麦屋で食べた事ないか?」

「ボス、若い子は蕎麦屋なんか行かないいんじゃない?」


「はっ!そうなのか?」

「ジェネレーョンギャップ…」

「わー、そういう感じかぁ」


 三人とも眉が下がる。確かにお蕎麦をわざわざ食べる事はあまりないかも知れないけど…。

 



「お蕎麦屋さんくらいたまに、時々?行きますよ?でもこういうのは見たことがないです」

「気を遣わなくていいよ。醤油ちょこっと垂らすと、もっと美味しいよ」


 ケイが醤油を差し出してくるので、ちょこちょこ垂らしてみる。じわじわ茶色のグラデーションに染まるとさらに鬼っぽい。


「ふぁ!!美味しい!」




 黙々と食べてしまい、鬼おろしの大根がなくなってしまった。


「大根さん…儚い」

「ぷっ。まだあるから」


 昴さんがキッチンからゴツゴツした板が差し込まれたボウルを持ってくる。それがすりおろす機械なの…?

 大根をそこに当てて、ゴリゴリけずって木の板なのにすごい勢いで大根が減っていく。

 鬼だ。鬼パワー。




「そ、それは…すごく強そうですね」

「あっはは!強そう!!あはは!!」


 ケイが爆笑してる。だってトゲトゲしてるし痛そうなんだもの。木で作られたゴツゴツの三角はかなり大きくカットされて、連なっている。そもそもこのすりおろしの機械を見たことがない。どこで売ってるんだろう。




「蒼の表現は本当に独特だな」

 昴さんまで笑いながら山盛りで大根をお皿に乗せてくる。


「わ、こんなに?」

「好きなものを、好きなだけ食べればいい」

「甘やかしすぎでは?」


「大根で甘やかされてると思うなんて、蒼はちょろすぎ」

「チヒロ、チョロいは酷いと思うよぉ」

「すまん。ケイに言われるとは…」


「チョロいので大根は沢山いただきます」

「そんなにか」


 チヒロも笑いだしてるし。そんなに面白いかな?楽しいならいいんだけど。

 私は大根に夢中です。ほんとに美味しい。



━━━━━━


「ごちそうさまでした!」

 美味しかった!お腹がいっぱいになって周りを見る余裕が出てきて、カーテンが閉められていることに気づいた。

 あそこにあったはずのものがない!


「わたしの下着っ!?」

「しまってある。上に着る物はクリーニングに出してるから洗わなくても良いと、伝えわすれていた。もう出してあるから」


「す、すみません。干すところが分からなくて」

「いや、こっちこそ勝手に触ってすまない。あとで干すところを作るから…」 


 ほんのり頬を赤らめた昴さんがキッチンに食器を持っていく。

 慌てて自分のを重ねるけど、チヒロさんがナチュラルに持って行ってしまった。

 ううむ、上げ膳据え膳。



「お嬢さん、お茶はいかがですか」

「はっ、はい!頂きます」


 ケイが卓上の急須にお茶を入れてカップを渡してくれる。

 あれ?見たことないマグカップ。

 真っ白な陶器の縁がゴールドになってて、Aの文字が書かれてる。


「蒼のだよ。俺が勝手に買ってきた」

「わぁ!かわいい!ありがとうございます」

「どういたしまして」




 三人ともテーブルについて、私をじっと見つめてくる。

 なんだろう?


「今日の様子で蒼を1人にしておくのは危険だと判断した。明日から俺たちの誰かと毎日一緒にいてもらう事にする」


 昴さんが横から私の顔を覗き込む。

 はっ!お出かけ!外に出られる?




「残念だが自由にはならないぞ。基本的に内勤になっているチヒロと一緒に居てもらう。

 行き帰りは送迎で3人のうち誰かが来る。俺が朝早いし、帰れない日も出てくると思うから」

「なるほどぉ」

 

 そしたらラーメンは無理そうだなぁ。


「ラーメン食べたいんでしょ」

 ケイがニヤリ、と笑う。

「食べたいです!!」


「明日はケイが迎えに来て食べてくればいいだろ、靴は途中で買えばいい」

「さすがチヒロ!心が広いねぇ」

「ケイ…茶化すな」


「あまりウチの組に出入りはさせたくなかったが仕方ない。我慢してくれ」

「あの、外に出れるなら嬉しいです。監禁は卒業ですね!」

「本当にすまない」


 あらら、元気に言ったつもりが昴さんがへこんでしまった。


「一人でいて時間を潰すのに悩むよりいいだろ。事務仕事手伝ってもらうからな」

「はい!ぜひ!」


 ジト目になったチヒロさんが、私の元気な返事で苦笑いになる。

 む、難しい人たちだ。




「二人ともそんなんじゃ蒼が気を使うでしょ、もう普通にしなよ。却って疲れちゃうよ。

 明日10時頃迎えに来るから、ラーメン楽しみにしててね」

「はい!」


「蒼、これ」


 席を立とうとしたケイの横からチヒロが紙袋を手渡してくる。まーた高そうな袋…。

 大っきいけど、なにが入ってるのかな。


 受け取って、中身を見るとグレーのお洋服だらけ。下着まで。何故私のサイズを把握してるんでしょうか。

 

「ウニクロだけじゃなくて適当に買ってきたから。じゃ、またな」

 

「えっ?えっ??あ!玄関まで行きますからっ」


 二人を追いかけて見送って、パタンと閉じるドアを見つめる。カチャ、と鍵が閉まる音がするのを聞いてからリビングに戻る。

 



「蒼、チヒロになにか言ったか?」

「へ?…いえ、何も」


 昴さんが紙袋の中を見て眉を顰めてる。そうだよね。お洋服多過ぎると思う。


「うーん…」

「あの、お洋服はもう良いですから、みなさんで買わないで下さいね。私何も持ってないから気遣ってくださったんでしょう?」

「いや、恐らくそういう事じゃないと思う」

「……へ?」


 どういう事ですか???というかチヒロさん本当にグレーが好きなのね。買ってきたもの全部グレー。

 紙袋から取り出して、広げてみる。

 パフスリーブのワンピース、シャツワンピース、スカート…まだある。お洋服の多さにローテーションに悩む日が来るとは。私は基本的にお洋服は三種類くらいしか持っていなかった。


「うーん…………」

 

 広げていく服を見て昴さんが顔を顰める。

「あの、どうかしましたか?何か問題が?」

「たしかに…問題だな」




 顎を掴んでうんうん唸る昴さんを横目にお洋服を畳んで、紙袋にしまい込む。

 でもユニクロなら気兼ねなく着れるし……ありがたい。ワシワシ自分で洗える服の方がいいと思う。クリーニングに頼るのは流石に気が引ける。


「蒼はその色好きか?」

「グレーは好きですよ!汎用性があります!」

「ふーーーーん」


 ええぇ?何この反応。どうしよう。

 不機嫌な感じがあるんだけど、なぜなのか分からない。なんかちょっと怒ってる感じもする。




「もしかして、私なにかしましたか?」

「いや、そうじゃない」


 気まずそうに一瞬目を逸らして、また私に向き直って近づいてきた彼に手を引っ張られる。身体がくっついて、ドキドキしてしまう。

 

「わわわ」

「俺は黒が好きなんだが」

「へ?そ、そうですか」

「青も好きだ」

「そうですか。何の話してます?」




 髪の毛を耳にかけられて、びっくりしていると突然唇にキスが降ってくる。

 腰に腕が回って、引き寄せられてあたたかい体温が私の唇に染み込んでいく。


 しばらくされるがままになって、何度か唇を啄まれたあと、しょんぼりした表情を浮かべた昴さんが至近距離で目を合わせてくる。

 黒いまつ毛で縁どられた、濃い青が私を映してる。

 何だろう…自然に受け入れてしまった。


「明日は黒い服を着てくれ」

「えぇ?でも…あの」


 黒い服は高いのしかないし、明日はラーメンを食べるのですが。


「黒」

「わ、分かりました」

「よし」  


 笑顔になった昴さんが再度頬にキスを落とし、キッチンに消えていく。

 私は呆然としたまま頬を押えて佇むしか無かった。



━━━━━━


「あ、あの」

「ん?」

「いや、あの、近くないですか?」

「もう少しだけ」

「…………」




 お風呂に入って、お水を飲んでリビングでぼーっとしていたらドライヤーを持った昴さんがやってきた。

 タオルを肩にかけて、髪の毛がオールバックみたいになってる。

 ぽたぽた垂れる雫が頬を伝って顎に流れて、セクシーなんですけど。


 呆然としていたら抱えられて、ソファーで膝の上に乗せられてしまった。

 後ろからお腹に腕が回って、体ごと背中にくっついてきてるし。肩の上の顔がキラキラしてる…眩しい…。


「髪の毛濡れてますよ?」

「うん」

「乾かしましょうか?」


「そうしてもらおうと思って待ってた」

「そ、そうですか…」


 ちょっと、可愛い。というか抱えられてるから乾かせないんだけど…。もじもじ動いてもやはりびくともしない。身の回りに力持ちしかいないのはどうしてなの。




「このままだと乾かせないですよ」

「……ん」


 やっと拘束していた手が離れて、膝から降り、昴さんに向き直って脇に置かれたドライヤーを手に取る。




「わっ」

「ここでしてくれ」

「ええぇ?」

「早く」

「うーん」


 向かい合った姿勢のまま引き寄せられて、膝立ちで跨ってしまっている。


「やりづらいんですが…」


 またもや緩く回された腰の手が動く気配がない。仕方ないのでドライヤーのスイッチを入れた。

 手ぐしでとかしながら乾かしていく。わー、髪の毛柔らかい。スベスベ…キューティクルどうなってるの?


「髪の毛柔らかいですね。猫っ毛かな」

「そうか?朝は寝癖で苦労するんだ」

「ふふ、寝癖とか想像つかないです」


「蒼は寝癖つかないな」

「私も猫っ毛ですけど直毛なので、あまりつきませんねぇ」

「ふーん…」


 細くて真っ黒な柔らかい髪の毛を伸ばしながら地肌を乾かして、髪の毛の水分を飛ばしていく。




「はぁ…気持ちいいな」

「熱くないですか?」


 目を閉じて気持ちよさそうな顔。


「うん」

「ふふ、お客様~痒いところは無いですか~」

「それはシャンプーの時だろ」

「そうでした」


 ふ、と目を閉じたまま微笑みが浮かぶ。

 綺麗なお顔だなぁ。昴さんもまつ毛が長い…。目を閉じていると、エキゾチックな感じが少し抑え目になる。こういうのハニーフェイスって言うんだよね。可愛いの権化みたいな顔立ちだ。



「昴さんはハーフさんなんですか?」

「どこかで血が混じってるはずだが、海外の人なのかはわからない。元親も里親も鬼籍なのは知ってるが調べてもわからなくてな」

「そうですか…」


 昴さんも複雑なご家庭なのかな?その割にはしっかりした人だとは思うけど…元々の性格なのかも知れない。


「終わりましたよー。」

 ドライヤーのスイッチを切って、脇に置く。


「あのぉ」

「…………」


 腰に回した手に力が入って、引き下ろされる。

 膝の上に完全に腰を下ろしてしまった。

 筋肉質な太ももが私のおしりの下に…おお、ムキムキしている。


「ありがとう」

「どういたしまして…」




 えっ、これはどうしたら正解なの…?私の胸元辺りから昴さんが上目遣いでじっと見てくる。目がキラキラしてる。キラキラ光線はなんの目的なの…?


「えーと、寝ないんです?」

「…………」

「あのぉ」

 

 ふい、と目がそらされる。

 俺も腕が落ちたか?と呟いてるけど、何の腕???

 ところで、私は気づいてしまいました。昴さんの上に完全に体重を預けて、腕を触る。

 わしっ、と掴んだ瞬間にぴくりと反応する筋肉。うん。イイ。




「!?」


 昴さんがびっくりしてるけど。すみません、好奇心に勝てない。

 上腕二頭筋。むむ、これは素晴らしい。

 さわさわと触りながら胸に移動して筋肉を揉みしだく。


「な、何をしてるんだ…」

「昴さん!筋肉が素晴らしいです」

「は?」




 ぽかんとした表情になるけど手が止まらない。

 むむ、柔軟性のある柔らかさ。力が入らないと柔らかいという事はアスリートのように繊維が柔らかく質のいい使い込まれた筋肉ということになる。

 ただ鍛えただけでは固くなるんですよ!筋肉というのは。



「ちょっ!?どこ触って…」

「お腹もいいですね!おお、硬くなった!すごーい…逞しいですねぇ」

「な、な……っ」


 お腹の筋肉を触っているとびっくりしたのか、力が入って硬くなる。うーん、素晴らしいです。

 モニモニ揉んでいると、真っ赤になった昴さんに手を掴まれる。




「あっ、ごめんなさい!夢中になってしまいました」

「……っ。どうしてこう度胸がいいんだ」


 昴さんが片手で顔を抑えて、真っ赤になっている。


「仕事柄アスリートの方にマッサージすることがありまして。使わない筋肉をほぐすのは大変なのですが、きちんとメンテナンスしているとこのように柔らかくてですね」

「はぁ」


「あ、でも肩が凝ってます。」

「まぁ、うん」


「これはよくないです。肩の筋肉が固いと血流が悪くなって、頭痛を引き起こし、脳貧血が起きたり酷いと脳梗塞の危険がありますよ!」

「そ、そうか」


「マッサージしましょう!!」

「えっ」  




 腰の手を振りほどき、ソファーから降りて昴さんの腕を引っ張る。


「えっ?ちょ…」

「さあさあ!いつものお礼にしっかり全身揉みほぐします。お布団に参りましょう!」


「いや、あの…」

「大丈夫です!ちゃんとリンパドレナージュの資格も持っています!」


「そうじゃなくて。何だこの展開?」

「マッサージです!」



 困った顔の彼を引っ張り、私は寝室のベッドに押し込んだ。




 

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