青春こんてにゅー!

名無しで無名

第1話

俺、小川 優馬が今年から通うことになった私立大竹高校は、生徒間交流の発展を促すとかで全生徒が必ず何かしらの部活に所属しなければならない。

 子供の頃からテレビゲームが好きだった俺は部活一覧に『ゲーム同好会』なるものを見つけ、すぐに入部届を提出した。

 そうしてなんとなくゲーム部に所属してから早くも数か月が経ったある日のこと。


「こんちわーす」

 俺は『ゲーム同行会』と書かれた教室の扉を開けながらいつものように挨拶をする。

「……」

 しかし帰ってくる言葉は無く、そもそも教室には誰もいなかった。

 がまあそれもいつものことなので、俺はそのまま真ん中にある椅子に腰を下ろし、机の真ん中に置いてある菓子に手を伸ばす、黒豆煎餅おいしい。

 ゲーム同好会は表記状は俺の他に4人いるはずなのだが、内三人は幽霊部員というか入部初日から一度も顔を合わせていないし名前も知らない。

 なんでこの同好会が存在できているのか入部以来の謎である。

 そういうわけで今現在ゲーム同好会に顔を出しているのは俺ともう一人なのだが……。

 その時、教室の扉がカラカラと控えめに開けられる。

 扉の前に立っていたのは一人の女子生徒で、制服のリボンは俺と同じ一年生の赤色。

 「おっす」

 俺は女子生徒へ軽く挨拶するが、女子生徒はそれを無視して俺から一番離れた椅子に静かに座る。

 この女子生徒こそ同好会に顔を出しているもう一人の部員。

 俺と同じ新入生、絹のような黒髪とショートボブが特徴で、顔立ちも整っているとは思う。

 しかしこの女、常に不機嫌そうに眉間にしわを寄せているせいで可愛げなど全くないし、入部してから一度たりとも口を開かないため未だに名前すら分からない。

 こんなので友達いんのかな、と一人考える俺をよそに、彼女は部室のテレビをつけテレビとつながっている古いゲームハードの電源もオンにする。

 このゲーム同好会は先輩たちが残していったものらしきゲーム機やらソフトやらが数多く残されており、部員は自由にそれを使うことができる。

 俺がこの部に入った理由の一つがそれなのだが……。

 入部以来彼女がゲーム機とテレビを占領しているせいで目当てのゲームソフトを遊べたことは一度もない。

 なので基本的に俺は他の携帯ゲーム機で遊ぶか、頬杖をついて彼女のプレイを眺めることになる。

 『ブゥァイオハザアアアアド……』

 彼女が今プレイしているのは某有名ゾンビシューティングゲーム。

 迫りくるゾンビを倒しながら洋館の謎を解いていくという、後のゲーム業界にも多大な影響を与えた名作だ。

 ゾンビとか結構グロテスクで難易度も高いのだが、彼女は最高難易度を難なく進めている。

 見たところ彼女は結構なゲーマーのようで、他にもレースゲームや格闘ゲームなども高いレベルのプレイスキルを持っていた。

『君もそのゲーム好きなの?』

『俺そのシリーズは2が好きでさ』

『どのキャラが好き?』

 スマホゲームが台頭し据え置きゲームがあまり遊ばれなくなった現代、数少ないレトロゲーマーとしてシンパシーを感じた俺も最初は嬉々として話しかけてみたのだが。

 『……』

 彼女は俺のことなど眼中に無いかのような完全無視で、それで心が折れた俺は積極的に話しかけることはしなくなった。

 「ってもうこんな時間か」

 俺は壁掛けの時計を見てバイトの時間になったことを知る。

「じゃあ俺は先に帰るから戸締りよろしくな」

 相変わらず返事はないが、構わず俺は部室を後にした。


「お疲れ様でしたー」

 部室を後にして数時間後、バイトを終えた俺は学生服に着替えてバイト先の先輩たちに挨拶する。

 控室を出るとやや薄暗い店内と色彩豊かで強烈な光と音を放つゲーム筐体たち。

 俺のバイト先であるこのゲームセンター『ジュエリービーンズ』はこの近辺で一番大きなゲームセンターで、レトロゲームから最新のVRゲームまで揃っている大規模アミューズメント施設である。

 ここをバイト先として選んだのは学校からそれなりに近いのとバイト終わりにゲーセンで遊べるからだ。

 さて今日は何で遊ぼうかと心躍らせてゲーム筐体へ。

「小川くん、小川くーん」

 向かおうとしたところで、同じバイトの先輩であるあかねさんに呼び止められる。

 あかねさんは大学生で勉強する傍ら、こうしてバイトで生活費を稼ぐ真面目な人だ。しかも胸がでかくて美人である。

 「どうしたんですかあかねさん?」

 あかねさんの担当はVRゲーム施設の受付なのだが、特に問題があった感じはない。

 「いや、さっき女の子が一人でVRゲームやりたいです!ってきたんだけど、それが二人以上の協力プレイ用のゲームなのでできないですって断ったんだけど……、あっほらあそこにいる子」

 あかねさんがそう言って指をさした方へ俺は眼を向ける。

「げっ、あいつは……」

 そこにいたのは俺とゲーム同好会所属の´あの´女子生徒だった。

 彼女はこちらに気づいた様子もなく、周辺をうつむきながらうろうろした後、動物が住処に帰るようにそろそろとクレーンゲームコーナーへと消えていった。

「さっきからずっとああしてるのがなんだか可哀そうで……。あの制服、小川くんと同じ学校のでしょ?なんとかできないかな」

「ええ……、でも」

「お願い、あの子を助けてあげて……」

 いや、そんな手を握りながら上目遣いでお願いされたぐらいで堕ちるほど俺はちょろくな「もししてくれたらほっぺにチューしてあげる」「分かりました任せてください!」俺はチョロかった。

 「ありがとー!それじゃがんばって!」

 あかねさんは涙目から一転、はじけるような笑顔とともに俺を送り出した。

 なんか上手く使われてる感が否めないが、まあ引き受けた以上はやってやりますよ。

 とりあえず彼女と話すため店内を探してみるが、彼女の姿がどこにもない。

 三分ほど店内を探し回り、ようやく見つけた彼女はこちらに店の隅にある十円玉を弾いてゴールを目指す謎の古いメダルゲームで遊んでいた。

 いや時間つぶすにしてももっとあるだろ色々、とか思いながら俺は背を向ける彼女の肩を指で軽く叩いて声をかける。

 「ごめん、ちょっといいガッ!」

 その瞬間彼女の体が勢いよく跳ね上がり、俺の鼻に彼女の後頭部がヘッドバットを喰らわせた。

 痛みに悶える俺と、振り向きながらあわてて頭を下げる彼女。

 しかし彼女が頭を上げて俺と目が合った瞬間、彼女の顔は申し訳なさそうなものから氷のような冷たい表情に早変わり。

 「おいちょっと待てって!」

 俺の呼び止める声も無視して彼女は無言でこの場を立ち去ろうとする。

 にべもなく取り付く島もない。

 正直恐いしこのまま帰ってしまおうかと思ったが、悲しむあかねさんを想像してぐっとこらえて、俺は勇気を持って口を開く。

「お前やりたいんだろ?あのVRゲーム」

 俺がそう告げた瞬間、彼女の足がピタッと止まった。

「……なんで君が知ってるの?」

 彼女は抜き身のナイフのような鋭い目で俺を睨みつけながら、初めて言葉を発した。

 彼女の声は線の細い、透き通るような奇麗なものだった。

「いや俺ここでバイトしてて、VRゲームの受付の人から聞いただけだよ」

 普通にしてりゃ大層モテそうなのに、という思いは口に出さず慌てて弁明する。

 ただでさえ警戒されてるっぽいのに、ストーカーに間違われて警察に駆け込まれたら俺の人生がゲームオーバーしてしまう。

「だからなに?できないなら仕方ないし、私はもう帰るつもり」

 嘘つけ未練たらたらだったじゃねーか。

「ゲームクリアで貰える限定グッズ、それがお前の目当てだ」

「……!」

 彼女の眉が一瞬だけピクリと動くのを俺は見逃さなかった。

 実は今うちのVRゲーム施設はキャンペーンであの某有名ゾンビゲーム……、彼女が今日部室でやっていたあのゲームと期間限定でコラボしている。

 期間中に原作をイメージしたVRゾンビシューティングゲームをクリアすると限定の非売品グッズが手に入るのだ。

 彼女が部室で見せた高いプレイスキル……、おそらく他のナンバリングタイトルも相当やりこんだ末得たコアなゾンビゲーマーと見抜き、もしかしてグッズとかも集めてるのかなとカマをかけてみたが、どうやら当たりだったらしい。

 「いやー、俺もあのゲームやりたいんだけどさー、やってくれるやつ誰もいなくてさー、一緒にやってくれるやついねーかなー」

 「……私が貴方と遊べ、ってこと?」

「そうじゃなくて、数合わせに俺を使わないかって話だよ。お前は好きなようにプレイしてくれていいし俺もそーする。俺はゲームができてお前はグッズが手に入る、まあwin-winの関係ってやつだよ」

 そして俺にとってはあかねさんからのチューも手に入る、一石三鳥のパーフェクトプランである。

 俺の提案に彼女は眉間にしわを寄せながらしばらく悩む。

「一回、一回だけだから」

 そして拳を強く握りしめながら断腸の思いといったような険しい表情で短くそう告げる。

「よろしくな、俺の名前は……っておい!」

 彼女は無言でVRゲーム施設へと真っ直ぐ突き進んでいく。

 せっかく一緒にやるんだしもっとこうがんばるぞー!とかなんかあるだろーがよ、つーかお互い自己紹介もまだだし。

 俺はため息をつきながら彼女の後を追っていった。


 俺と彼女は受付を済ませてVRゲーム施設の中に入る。

 俺たちの前に何組か待っている人がいるらしく待機室で待つこと十数分。

 めちゃくちゃこわかったー、とかイチャつくカップルや迷彩服を着た四人組のコスプレ集団を見送って、ようやく俺たちの番が来る。


「それでは装備をお配りします」

 あかねさんがスタッフとして俺たちにゴーグルなどゲームに必要なものを渡してくれる。

 「ありがとねー小川くん」

 すれ違いざまにあかねさんが耳元で小さく呟く。

 別にこんくらいなんてことねぇっすよ、チューのためならねッ!

 あかねさんにゲームの説明を受けながら俺たちはプロテクターやグローブ、銃のグリップとトリガーを模したコントローラーを身に着けていき、最後にゴーグルを被る。

 「……最後に、このゲームはショッキングな映像が流れます。気分が悪くなったり精神的に続けることができない場合はゴーグルを外して手を挙げていただければ途中でリタイヤすることも可能です」

「だってさ、怖いんならやめてもいいんだぜ?」

「私このシリーズは結構やりこんでる。いまさら怖いなんて、あるわけない」

 あかねさんの説明を聞いた俺はからかうようにで話しかけるが返ってくるのはかわいげのない回答、予想通りといえばそうだが。

 「それではミッションスタートです」

 あかねさんの合図とともにゴーグルに電源が入る。

「うおっ、すげぇリアル」

 視界に映し出されたのは薄暗いなにかの研究所のような施設の映像で、そのあまりのリアルさに思わず声が漏れてしまう。

 試しに腕を上げてみるとゲーム内の俺のアバターも連動して腕を上げた。

 足を上げてみれば足が動き、四肢の動きから指の動きまでゲーム内でかなり正確に反映されている。

 あかねさん曰く、俺たちがつけているプロテクターやグローブの内臓センサーによって連動しているんだとか。

 使用武器はアイツは近接特化のショットガン、俺はスタンダードなアタッチメント付きアサルトライフルを選択。

 武器のチュートリアルやオープニングムービーも見終わってようやくゲームがスタートした。

 右耳のイヤホンから呻き声とベチャッという不快な足音が流れてくる。

「さっそく来たか一体目ッ!」

 俺はライフルを眼前に構えながら、音のした方向へ体の向きを素早く転換。

 そこにいたのは予想通り一体のゾンビ。俯きながら泥酔状態のような千鳥足で呻き声と共にこちらに向かってくる。

 「くらえオラッ!」

 俺はゾンビの体に照準を合わせトリガーを引く。

 激しいマズルフラッシュとともに銃口から弾丸が打ち出されゾンビの胴体や足に命中、がゾンビは倒れず依然こちらに向かってくる。

「むっ、ならヘッドショットで……」

 俺はゾンビの胴体に向けていた照準を上に持ち上げ、ゾンビの頭部に狙いをつける。

 その時今まで俯いていたゾンビがふと顔を上げた。

 ……先に言っておくと、俺もこのシリーズは結構やってるしゾンビも子供のころは怖かったが今は全然平気だ。

 だからいくらVRといってもそこまで怖くないだろうとタカを括っていたのだが。

 視界に映ったゾンビの顔のただれた皮膚や狂気的に見開かれた白目や腐って一部歯が抜け落ちている口内。

 そのどれもがVR、ただの映像と言うにはあまりにも。

「リアルすぎんだろ!」

 いやいやいや無理無理怖すぎる!

 俺はパニックになってライフルをヤケクソに乱射しまくるが、ゾンビは構わず俺に飛び掛かってきた。

 いや近いししかも実際に腕とか掴まれてる感触あるんですけど!

 そういやさっきゲームの状況に合わせてプロテクターが空気圧で収縮して、リアルな感覚が得られるとかあかねさん言ってたけど臨場感がありすぎる。

 「こなくそおおおおおお!」

 俺は暴れ狂うゾンビともみ合いながら、片手でゾンビの頭を押さえゾンビの口に銃口をねじ込み発砲。

 銃弾は口から頭部を貫通し、ゾンビは断末魔の叫びの後に沈黙した。

「はぁ、はぁ、やっぱ、弱点は頭か……」

 なんとか倒すことは出来たがゾンビ一体に息切れするほど消耗してしまった。

 だが安心したのも束の間、俺の眼前の通路から複数体のゾンビがゾロゾロと湧き出てくる。

 「マジかよ」

 正面だけでなく左右や後方からも無数のゾンビの呻き声が聞こえてきた。

「ブァアアアアッ」

「ブォオオオオ……」

「きゃあ!」

「アァー……」

 ゾンビの声が四方八方から聞こえてきて絶望感しかないしもうリタイヤしていいかなだって怖いし……て、ん?『きゃあ』?

 違和感を覚えた俺は後ろを振り返る。

 「やめっ、来ないでっ!」

 そこにあったのは女の子座りでその場にへたり込み、迫り来るゾンビに向かって子供のように両手を振り回す筋骨隆々の厳ついおっさんの姿だった。

「いやきっしょ……、じゃなかったおい大丈夫か!?」

 あまりの気持ち悪さに思わず声が漏れてしまったが、あれはアバターだと気を取り直して相方のフォローに向かう。

 ゾンビ達の頭を撃ち抜いてなんとか倒し、座り込む彼女の手を引いて助け起こす。

「お前平気って言ってなかったっけ?めちゃくちゃビビってんじゃねーか」

「はぁっ、はぁっ、……別に恐がってない。ただ映像がリアルでちょっと戸惑っただけ」

 俺が少しからかうような声色で言うと、彼女は息切れしながらちょっとだけムキになったような強い口調で反論してくる。

 説得力というものがかけらも存在しませんなぁ。

 「てゆうか、手。触らないで」

 「ああ、悪い……」

 指摘されて俺は慌てて彼女の手を離す。

 ちぇっ、助けてやったんだからありがとうとか手と手が触れ合ってドキドキとかなんかあんだろーがちくしょう、ほんと可愛げのねーやつだな。

 「まぁ正直俺もビビったけどさ、これもただのゲーム、冷静になりゃ今までのシリーズと変わらねぇんだ。楽しんでいこうぜ!」

「冷静に、楽しむ……?」

「よっしゃ行くぞオラーッ!」

 俺はライフルを乱射しながらゾンビの群れに突っ込んでいく。

 置き去りにされた彼女は少し悩むような素振りを見せた後、真っ直ぐにゾンビを見据えてしっかりと銃を構え引き金を引く。

 その動作に一切の無駄は無く、ゾンビの群れを一撃で吹き飛ばした。

 先程までゾンビに向かって喚いていた少女は既におらず、そこには眼にしっかりとした意志を持った戦士がいた。

 (まあグッズは欲しいし、少しだけ本気出す……)


 そこから優馬たちの反撃が始まった。

 彼女の動きは特に凄まじく、ゾンビ達の攻撃を最小の動きで回避し、限界まで引き付けけ、圧倒的な破壊力のショットガンでゾンビ達を吹き飛ばしていく。

 (やっぱコイツゲームはめっちゃ上手い!)

 だが相方の腕前に驚愕したのは優馬だけではない。

(この人、私の撃ち漏らしや私が回避しにくいゾンビの攻撃を的確に潰してくれてる。

それに常に私の射線上に入らないように上手く立ち回ってる。気に食わないけど、動きやすい……)

 彼女もまた優馬の立ち回りの上手さに舌を巻いていた。

 優馬たちは今日が初めての協力プレイとは思えないほどの抜群のコンビネーションにより、迫り来るゾンビ達を瞬く間に蹴散らしていく。

 そして最後の一体にトドメを刺した瞬間、通路の先にあるエレベーターが突如爆発。

 「何だ!?」

 燃え盛る爆炎と共に現れたのは、黒いコートを身につけた体長4mはあろうかという異形の大男だった。

「あれは……」

 その大男の姿に優馬は見覚えがあった。

 このゲームシリーズの代表的なボスキャラの一体、『タイラント』。

 優馬も彼女もその圧倒的な威圧感に息を呑む。

 だがそれに気圧されることなく倒すべき敵を真っ直ぐに見据える。

(コイツが出て来たってことは……)

(これが最終局面!)

 優馬たちの最後の戦いが始まった。


「オラ喰らえやッ!」

 俺はタイラントの頭部目掛けてアサルトライフルを連射する。

 彼女が前に出てタイラントの攻撃を捌いてくれるおかげで、俺は攻撃に集中できた。

 「ふっ、はっ、遅い……」

 彼女は丸太のような剛腕から繰り出されるタイラントの攻撃を紙一重で回避する。

 さらに隙をついて至近距離からショットガンを放つことで、タイラントの服は破れ、その巨体を瞬く間に傷だらけにしていく。

 「ここまでは順調っ、けど……」

 視界の右端に表示されているUIを確認すると、表示されている残弾数は残りわずか。

 彼女の弾数も残り少ないようで、攻撃できるタイミングで引き金を引いておらず、その表情には僅かな焦りが見えた。

 残りの弾数でアイツを倒すには弱点になるような場所を突くしかない。

 (アイツが原作通りの仕様なら、弱点は多分……!)

「……心臓だ!」

「分かってる、でも狙えない……!」

 攻撃を避けながら彼女は苦悶の表情を浮かべて叫ぶ。

 タイラントの動きは先程から加速しており、俺も彼女も心臓を狙うことができない。

 「だったら!」

 俺は胸部に向けていた照準を下げ、タイラントの右足に狙いをつけ直す。

 「狙い撃つ!」

 俺はライフルのトリガーを引き絞り、残っている全ての弾をタイラントの右足へ吐き出していく。

 突然右足に集中砲火を受けたタイラントはバランスを崩して片膝をつき、その隙を彼女は逃さない。

 即座にショットガンの照準をタイラントの胸につけ至近距離で発砲。

 体勢を崩した状態で攻撃を受けたことで、タイラントは床が揺れるほどの衝撃と共に仰向けに倒れ込む。

「よっしゃあ!」

「まだ終わりじゃない……!」

 起き上がる暇など与えないとでも言うように、彼女は間髪入れずにタイラントの胸部に飛び乗り、心臓がある場所に銃口を押し付け容赦なく引き金を引く。

 一発、二発、三発。一回銃口が跳ねるごとに鉄板のように分厚い胸筋と肋骨が弾け飛び、弱点となる心臓が露わになっていく。

 「これで……、最後……!」

 完全に姿を現した心臓に向かって、彼女は残る最後の弾をそこに叩き込んだ。

 「ヴァアアアアアアアアッ!!」

 タイラントは断末魔の叫びを上げ、次の瞬間完全に沈黙、ピクリとも動かなくなった。

 「はっ、はっ、倒した……?」

 彼女はタイラントの身体から飛び降りて、弾切れになったショットガンの構えを解く。

 その姿を見ながら俺はある違和感を覚えていた。

 (おかしい。ラスボスを倒したならすぐにクリア画面くらい出てもいい筈……、それにタイラントには大体第二形態が……)

 「……マズイ!ソイツから離れろッ!」

 「……なに?」

 嫌な予感がして俺は叫び、それに彼女は困惑した様子で振り返る。

 だが声を掛けたのがいけなかった。

 振り向いた彼女の背後で、地面に倒れていたはずのタイラントが再び起き上がっていた。

 さらにタイラントの右腕が膨れ上がり、指の先には刃物のように巨大な鋭い爪が生えている。

 タイラントは右腕を振りかぶり、彼女の無防備な背中へ振り下ろした。

 「危ねぇ!」

 気がついたら走り出していた俺は、ギリギリでタイラントと彼女の間に割って入る。

 彼女が受ける筈だった攻撃を俺が変わりに受け、全身のプロテクターが激しく振動。

 画面が真っ赤に染まると共に『you dead』の文字が表示され、視界を動かす以外の操作が出来ない『観戦モード』に切り替わる。

「君、何して……」

「部員を守んのは俺の仕事だ……!これで生き残ってるのはお前だけ、お前がトドメを刺してくれ!」

「でももう弾が……」

「なら俺の銃を使え!」

 俺の言葉に反応して、彼女はタイラントの猛攻撃を躱しながら俺の死体のそばにあるアサルトライフルを拾い上げる。

「でも君の弾だって……」

「俺は切り札は最後まで取っておいて、結局使う暇なく負けるタイプなんだよ!」

 自分で言ってちょっと情けなくなるが、そう、俺のアサルトライフルには『奥の手』、銃口の下に補助パーツとなるアタッチメントが取り付けられている。

 そして俺が選んだアタッチメントは……。

 「これは、グレネードランチャー……!」

 俺の意図に気づいた彼女は、右腕を振りかぶるタイラントへアサルトライフルを構える。

 「装填完了。照準、合わせる……!」

 タイラントの爪が彼女を引き裂くより一瞬早く、アタッチメントからグレネード弾が剥き出しになった心臓へ向けて発射される。

 吸い込まれるように飛んでいき、タイラントの心臓へ着弾し爆発。

 後方へ大きく吹き飛んだタイラントは全身が炎に包まれ、数秒後塵となってその肉体は完全に消滅した。

 『mission complete!』

 ファンファーレと共に眼前に表示される金色の文字。

 多分クリアって事でいいんだよな?

その直後画面が暗転、ゲーム終了のアナウンスが流れ俺はゴーグルを外した。

「クリアおめでとうございまーす!」

 それと共に俺たちのところに笑顔のあかねさんが興奮した様子で駆け寄って来た。

 「いやーほんとならこれ4人くらいでやっとクリアできる難しさなのに。すごいよ貴方たち!」

 「いやいやそれほどでもありますよー」

 「……ん」

 俺たちはそのまま真ん中にカメラが設置された部屋に移動し、一人ずつあかねさんに写真を撮ってもらう。

「顔が硬いよー!笑って笑って」

「……これが、笑顔です」

 そう言う彼女の口角は一ミリたりとも上がっていない、証明写真でももうちょい表情柔らかいと思う。

「それじゃあ最後に一緒に撮るよー!」

 あかねさんが俺たちの実質ツーショットを撮った後しばらく待つこと数分。

 「お待たせー。はい、これがクリア報酬だよ!」

 控え室から戻ってきたあかねさんが俺と彼女にそれぞれ景品を配っていく。

 受け取ったそれは原作のキャラが持っていた警察のID証のようなデザインのプラ製のカード。

 証明写真の欄には先程撮った俺の写真が貼られていた。これは結構嬉しいな。

 裏面を見ると貼ってあったのは最後に撮った俺と彼女のツーショット。

 満面の笑みでせっかくだからなんかポーズつけよえと片手でハートマークの片割れを作る俺と、それと対照的に彼女は無表情で親指を立て……ることすらせず、腕を下ろしたソフビ人形のような見事な直立不動。

 温度差で風邪ひきそうな写真だった。

 まぁ何はともかく目的は達成って事で。

「よっしゃー!勝ったぜこのやろー!うぇーい!」

 激戦の末に掴んだ勝利を分かち合うため彼女とハイタッチしようと手を上げた。

「……」

 だがまぁ案の定彼女は俺など眼中になく、景品のカードを放心するように眺めていた。

 「……まぁ、いいか」

 いつもはちょっとくらいイラッとくるが、まぁ今回だけは許してやろう。

 立ち尽くす彼女の口は、小さく、ほんの少しだけ笑っていた。

 こいつ、笑うと結構かわいいな……。


 ※※※


 あれから1日。俺たちはゲームを通じて一気に仲良くなりお互いを異性として意識し始めなどと言う事は一切無く、あの後俺たちは一度も会話することなく別れ、あかねさんには『よかったね私のおかげでガールフレンドできちゃったじゃーん!え?チューなんて本気ですると思ったの小川くんエロエロだねー』と軽くあしらわれた。

 そういうわけで俺は昨日と何ら変わらない1日を過ごした。

 授業が終わり俺はいつも通りゲーム同好会の部室に向かうと、部室の前でちょうどあの女と鉢合わせた。

「おっす」

「……」

 とりあえず挨拶するが相変わらずの完全無視。

 昨日あれだけの激戦を乗り越えてなお、俺たちの距離は未だ海王星より遠いらしい。

 俺たちはそのまま部室に入り、決められたルーティーンのように俺は昨日と同じ場所に、彼女はテレビの前の椅子にそれぞれ座る。

 彼女は昨日と同じようにゲームをプレイし始め、俺はそれを頬杖をついて眺める。

 会話はなく、ただゲームの音とコントローラーのボタンを押す音だけが響く、いつも通りの光景だ。

 別に何も変わってないことにちょっとガッカリとかしてねーしむしろ最近コイツの塩対応にも慣れて来たっていうかむしろ興奮するというか俺の中秘められしマゾヒストとしての才能が覚醒しつつあるし今日も今「…… 景香きょうか」日とて変わらぬ1日が──って、ん?

 「今何か聞こえたような……」

 突然聞こえる筈のない音を聴いた俺は、驚いて彼女を見る。

 彼女はため息をついた後、テレビ画面から一瞬だけ顔をこちらに向けた。

 そして俺の目を真っ直ぐ見据えて口を開く。

「──高群たかむら 景香きょうか。……私の名前」

 彼女が小さく呟いた言葉は、というか彼女が喋ること自体予想もしてなかった俺は一瞬思考がフリーズした。

「名前って、名前か。……ってお前の!?なんで今このタイミングなのか正直謎だけどよろしくな高群……って無視かよ!!」

 動揺しながらなんとか言葉を絞り出した俺に対して、既に彼女──高群 景香はテレビ画面へ顔を戻しており、俺の存在は彼女の意識から再び消える。

 「……まぁいいけど。それにしても高群 景香、か」

 綺麗な名前だな、と俺はただ純粋にそう思った。

 数ヶ月の時を経てようやく得た彼女の名前。

 それは亀よりも鈍い遅すぎる一歩ではあったが俺たちの距離は確かに縮まった、ように思う。

 何かが変わるようなそんな予感がする、まぁ実際俺たちの関係が変わるかどうかは先の話で誰にも分からんが。

(あれこいつ、なんか可愛くね?)

 ただ昨日まで腹だたしいだけだった高群の横顔に今日は少しだけ見惚れてしまって、それに対する悔しさと恥ずかしさを誤魔化すように、俺はいつものようにバイト先に向かっていった。

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