第19話
この川辺にきて7日目の朝。
ここはパインが住む町から100キロほど進んだ山の中にある。山の7合目あたりであろう、標高は1500メートルほどで空気も少し薄くなっている。
そこでのアッシュによる訓練は少し度が過ぎているようにも思われる。しかし、お互いにそれを望んで取り組んでいるかのように。旗から見るとそう思えなくもない。
その2人を応援しているのか幸いにもまだ雨は降っていない。
この澄み切った空気のその場所から南東に位置するパインの住む町が一望できる。
2人はその景色を慣れたように見、目をこすり、準備運動を始める。
「この木もったいないな」
その途中でアッシュがそう口にする。
というのも、今までの特訓でここまで運んでいた木が2、30本、テントの横に広々と並べられている。
「たしかに ・・・」
今になってやっと気が付いた。訓練とかそういったことばかりに意識しすぎて木の用途などまったく気にしていなかった。
「ここって何か建ててもいいんですかねぇ?」
ふと頭に浮かんだ言葉をアッシュに向けて言う。
「ん? おお まぁ大丈夫だろ つか ・・・・・・ 建てたほうがいいのかもな」
自身の思わぬ発案にアッシュは一瞬顔をゆがめたが、すぐ何かを思いついたようだ。
すると、身を屈めて頭をポリポリと掻いている。
「ん~、じゃあここにある木使って、できる所までやるかぁ」
と彼が言うと、めんどくさそうな顔をし体操をやめ紙とペンを取り出す。
そして並べられた木を見ながら何かを書いていく。
「おい ぼけっとしてんな お前あのロープ作ってろ」
(ぼけっとしてた訳じゃないんだけどな ・・・)
今こうして森の中に入り、小ロープの材料となるツルとあの糸のような繊維が取れる草を集めている。
(よし 結構取れたぞ)
この山にはあの草が大量に生えているようだ。それらを持ってきたロープで縛りアッシュの元に帰る。
アッシュも粗方目処がついたようで、こうして自分の帰りを待っていたようだ。
そして彼の不敵な笑みに嫌な予感を感じずにはいられなかった。
「まずは穴掘りだ ここと ここと ・・・・」
設営していたテントの町側の方角に10メートル程度いった所に16か所、深さ50センチの穴を掘れと言う。
手渡された道具は小さな、本当に小さい、数10センチ程度のスコップのみだ。
「これで ・・・」
「それでだ ・・・」
そして彼が先ほどまで書いていた紙を手渡す。その紙にはログハウスの設計図が細かく丁寧に描かれていた。
本当に彼は何者なのかと思ってしまう。ログハウスの完成図も寸法も使用道具や材料及び今ある材料や用途に至るまできれいにリストアップされている。
完成図に至っては定規なしでここまでいけるのかと思わせるような線で描かれていた。
「これ 今考えて書いたんですか?」
アッシュはそうだと言う。自分が森に入って30分ないし1時間ほどだろう。
こんなものどうやって書くのかさっぱりわからなかったが、細かく説明までつけて書いてあるので読む分にはまったく苦労しない。
この人物に対する見方がまた少し別のものとなりつつある。
「よく見ろよ 納期とかな ・・・」
はてと首をかしげ紙をよく見ると、土台完成まで2日間と書かれてある。
多分いけそうなので、まぁそんなものかとアッシュにうなずいて見せた。
だが彼の目が細くなったのを見てしまった。
「むはっ きっつ」
穴掘りを始めておそらく5時間が経過していた。そして現在3個目の穴が開け終わったところだ。想定外すぎて笑えてくる。
(いやいや 単純計算で穴掘りだけで2日間以上かかるぞ)
水を多く含んだ川辺の穴掘りは思った以上にきつく、手間がかかった。
「おまえ ・・・・・ いけんのかよそのスピードで」
見るに見かねて、あんぱん片手に自分のところまでくるアッシュがそう口にする。
(いったいどこからあんぱんがでてくるんだ)
「すみません まずいです」
「まずいな ・・・・・・ これじゃねぇぞ?」
あんぱんを見るアッシュ。
「俺さ 服汚したくないんだけど ・・・」
「そうですよね ・・・」
そうも言ってられないのだろう、アッシュも上着のジャケットを脱ぎ、黒い長袖のTシャツ姿となる。
嫌そうな顔で「長いスコップ」を手に持ち、穴掘りを手伝う。
彼のテコが入り、その後1時間程度で16個すべての穴が出来上がる。
次はそこに1メートル程度に切った丸太を差し込み、先ほど掘って出た石などを隙間に入れていく。
その出っ張った木の上部に傷がつかないように適当な木をあてがいアッシュが「いい」というところまでそれをハンマーで叩き地中に刺していく。
午前中に自分が穴を掘っているタイミングでアッシュはこの1メートルほどの木を用意し、さらにその先を尖らせていたようだ。
その後は残った丸太の彼が印をつけたところを切ったり、穴を開けたりした。
「おい 図面も見ろよ? 何も考えないで作業すっと碌なことねぇぞ」
気が付くとあたりは暗くなっていた。
加工の手を止め、図面を焚火の明かりに当てそれを確認する。
(うぅっと ・・・)
体力はまだまだ残っているのに、頭に数字が入ってこない。
「もういいよ 期待してねぇから とりあえず手動かせ」
「はいい」
そう言い作業に戻る。
お互いに疲れがたまり、ただでさえ少ない口数がさらに減っていく。
「パキ」と焚火の木がはじける。もうすでに何本もの焚き木が灰となり、地面に積もっていた。
最後の加工を終えたとき、アッシュはあんぱん片手にイボアの肉を焼いていた。
「お 終わりました~~~」
疲労困憊の中そういう自分の目線はアッシュではなく「あんぱん」に行っていた。
それを感じたのか彼は半分になったあんぱんをいっきに口に入れる。
「なんだその目は?」
「その あんぱん なんであるんですか?」
言ってはならない気がしていたが、疲労がそれをさせてしまう。
「は? 食べたいの? やらねぇよ?」
その一言に腹の底から何かが沸いてくるのを感じる。
「あはは すげぇ顔 おめえと違って俺はここも使ってるからな」
彼は自分の頭を人差し指でポンポンと叩いている。
なぜそんな事をしたのか覚えていないが、彼を睨んでしまっていた。
「文句があるなら言えよ コラ!」
唐突にアッシュがそう吠える。
「僕もあんぱんが食べたいんです!」
我慢ならずに思いのたけを叫んでしまう。
「いやだね ・・・・・・ 奪ってみろよ」
いつものあの笑みとともに彼は立ち上がり、手をクイクイとする。
それに応じ彼の、もはやあんぱんは持っていないが、胸元めがけて身を走らせる。
「ぐぁ」
彼を掴んだと思った瞬間、なぜか景色が暗転する。
背中に川の石がある。はっ倒されたことに気が付くのに数秒を要した。
だが、その後すぐに立ち上がり再度彼めがけて突進する。
これを何度も何度も繰り返す。
「動きが単純すぎんだよ もっと頭使えって」
何度も背中を打ち、その回らない頭で「はい」とだけ返す。
(あれ ・・・・ なんで)
いつの間にやら先ほど感じていた事が腹から抜けていることに気が付く。
「すいません 自分ちょっと変でした ・・・」
「ああ 知ってる そういや お前の肉焦げてるぞ」
「ああぁあ」と情けない声を漏らし起き上がる。それを必死になって皿に移す。
「まぁ なんとか明日までにできそぅ・・・」
声を詰まらせるアッシュに何事かと顔をそこにやる。
「おまえ これ 間違ってんぞ」
その日の夕食はもはや夜食となってしまった。
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