第18話

森に「ズル ズル」と音を立てる不自然な光景がある。


時よりクネクネと曲がる椅子に座る中年の男とそれを一生懸命に引く頭に包帯を巻いた青年がいた。


青年の包帯は自然と同化しているかのように茶色くなり元の色が白だったことなんて誰が見てもわかりはしない。


後ろに座り、何やら不満を持つ中年の男はその不満を前方の青年に浴びせているようだ。


「なんだよこの椅子 この揺れ まじ気持ち悪いんだけど」


「す すいません!」


丸太を引くのと比べると肉体的には大分楽なのだが、自分の力作をここまでバカにされると別の部分にダメージがきてしまう。


いつの間に用意して持ってきたであろうかアッシュの座面にはグレーのビニルシートが敷かれている。


こんなにも汚れて汚くなってしまっている自分と比較するとどっちが不自然なのかわからなくなる。


その行為を見習ったほうがいいのか、あるいは単なる彼の性格として捉えているだけがいいのか。


その答えはまだださなくてもいいやと思った。


「パインの「適当」はこれかぁ」


「う すいません」


自分が今気にしている事、つまり椅子の不出来を瞬時に言って突いてくるからたまったもんじゃない。


「気持ちは受け止めるよ でもさ 時間かけすぎなんだよなぁ あと俺魚食べたいんだよね」


「えっと 川で捕れるんですか?」


そう言うとアッシュは笑い「捕れない訳ないだろ」と反応する。


「そういや パインに俺こんな編み方のロープのこと教えたっけか?」


さきほど考えて作ったこの「小ロープ」のことを言っているんだろう。


「いえ自分で考えました」


そう答えると「ふーん」と半分にやけていた。


「釣り針だけやるからつり竿自分の作れや」


どこか嬉しそうなアッシュの声に「はい」と返事をする。


そしてほぼ順調に森を抜けテント前まで戻ってくる。


「ほぼ」というのは、最後の最後に椅子が「メキメキ」と音を立て崩れ、危うく泥にアッシュが突っ込みそうになったからだ。


なんとか自分がその音に気が付きアッシュの片手を掴むことができたのでそれを回避することができた。


「ふんっ」


と機嫌が良さそうにアッシュが鼻を鳴らす。そして「ポン」とパインの肩をたたき、一緒にテントに戻ったのだ。


「90点だな」


途中で言われた点数が思いのほか高かったので嬉しくなってしまった。



「パキキ」という音をたてる焚火に数匹の川魚が串にさされ、香ばしい空気が一面に広がっている。


「なんでおまえの方が釣れるの?」


先ほど行った釣りの成果に不平をもらすアッシュに「なぜでしょう」と軽く返す。


『日頃の行いが悪いのかねぇ ・・・ いやそんなことねぇよな・・・』


聞き取りにくい声でそう口にするも彼の顔色は明るい。


高級そうなアッシュの釣り竿が焚火の明かりに反射する。それが目に入ると少し優越感を得てしまう。


「まぁでもあの肉としばらく離れられて良かったわ」


美味しそうに川魚をほおばるアッシュに負けじと自分もそれを口に入れる。


あの肉とはまた別の旨さに口元が緩んでいくのがわかる。


「おいひいです」


「おまえにゃ物足りねえだろうがよ ガキは肉が似合うわな」


(ガキか ・・・)


「ガキ」なんて10年以上言われてない気がするが、その通りなんだろうなと思ってしまう。


「おまえさ 何で冒険者なろうと思ったの?」


アッシュがそう口にし、まだ自分が物足りないのを知っているのか、イボアの肉を網でやこうと準備する。


「あっすいません自分でやります」


「いいよ で?」


(自分でも正直よくわかってない ・・・ けど ・・・今の腹と同じ感じなのかな)


「何かが足りてないように感じて ・・・」


アッシュはそうかとだけ言い焼けていく肉を見つめている。


「親はそのこと知ってるのか?」


「いえ 多分あのアパートに引きこもっていると思っていますね」


「そうか」


肉が「ジュウ」といい、トングでそれを返す。


「俺も当分暇だ お前のそれ手伝ってやるよ」


急に真剣な顔つきでそう言ってきたので、驚いてしまう。


「あ ありがとうございます」


「本心かよそれ」


どこか照れくさそうに喋るアッシュに「はい」と返事をした。


火であぶられたイボアの肉汁が焚火の火を大きくさせる。


彼の焼いてくれた一切れの肉は今まで食べたどの肉よりも美味かった。


つい、目がうるんでしまうほどに。



しかし、その後夕食の片づけの時、汚れ1つないアッシュのジーパンを汚してしまう。


「「バカやろぉ!!」」


相変わらず物凄い怒られその日の幕は閉じた。


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