トゥエルブ 龍眠る世界にて 金髪青年の現実は理想を夢見る

第17話

訓練６日目、パインは薄く青みがかった空の下、準備運動をする。

（体調は良い　手も　大丈夫）

握ったハンマーの柄は以前握ったそれよりも手に馴染んでいた。

「おお　若いな」

アッシュはそう言い頭を左右に倒す。パキパキと、長身の長い首から乾いた音が川辺に響く。

パインより３０分ほど遅くテントを出た男の顔は憂鬱そうだが、それがこの男の通常運転なのを彼はすでに知っていた。

「今日もよろしくお願いします」

アッシュは「おう」とだけ言い、森の奥に入る準備を始めようとする。

前以て準備していたそれを彼に差し出し確認をしてもらう。

「なんだ　もうちょっと寝てりゃよかったな」

ちょっとほころんだ彼の口元を見て「よし」と軽くガッツポーズをする。

（あとは　イボアが出そうな森の道　それの想定と　アッシュがあの眠り薬を使わなかったときの対処とか考えないとな）

アッシュが「向こう」を見ている自分の目に気が付く。

「まぁそう焦るな　俺もお前も時間はたっぷりある」

「でも　肉が　・・・・・・・」

「はぁ　すごい食欲だ　しかし　お前　あんだけ食ってなんでやせてんの？」

「わからないです　・・・・・・・」

肉の誘惑は確かにあるが、それ以上にこうして身も心も使い切る感覚が今までにない満足感を自分に与えてくれた。

（楽しい　・・・・・・・）

森を進むアッシュに遅れを取ることなくついていく。

（アッシュが遅い？　いや　・・・・・・　体が軽い）

「おじさん急かすんじゃないよぉ？」

「い　いえそんなこと」

（なんでこの人は人の心をこうまで察することができるのか？　いや　おそらく多くの選択肢を同時に考えているんだ）

（俺がバカ正直にノコギリを使うのとは別の頭の使い方をしている）

「「ばごっ」」

考えながら足を進めているせいで草に足をとられ、すっ転ぶ。

「お前　服汚すの好きだろ？」

アッシュのことをすごいと思っていたが、今は無性に腹が立った。

「いえ　そんなんじゃないです」

「じゃあなんだ？」

「少し考え事していました」

「なんだ　ポンコツなのに　今度は頭でっかちか？」

「言い方が悪くないですか？」

「言うようになったねぇ　今度はどんなアホ面見せてくれるのか楽しみだよ」

「むぅぅぅぅ！！！」

「言いたいことがあんなら言え　相手になってやっから　おら行くぞ」

「はい」とだけ言いアッシュについていく。

見事に自分の荒ぶる心を納められ、怒りより感心の心が大きくなる。

そして何故かアッシュの動きが早くなったように感じた。

そうこうしていると、あの日、初めてイボアと遭遇した時と同じ場面になる。

違うのは場所と。。

（ここからだ）

目の前に横たわるイボア。今回もアッシュのナイフによって眠らされている。

心なしか前のより小さく感じる。

（個体差があるのか？　それとも　・・・）

ハンマーに巻かれたグリップがパインの右手の握力で「ミシ」と音を立てる。

パインの頭上から振り下ろされるそれは、彼の下半身、下腹部、上半身ですべて繋がり一体となり、まるで１つの生き物のようだ。

上半身は前に踏み出した足に沿って180度捻られ、それに対応するべく肩のいくつもの筋肉群が伸び、あるいは収縮する。

すでに太かった腕をそれらで支え合い、来るであろう衝撃に全筋肉の繊維がその身を構える。

（いったな）

パインの顔つき、そしてあの身の振り方を見てアッシュはそう悟った。

胸元の愛刃を握るのをやめ、徒歩でパインの元まで向かおうとする。

「「グギ」」

（！？）

思った半分以下の反動と衝撃に逆に驚いてしまった。

（あの時と全然違う　・・・）

パインの一撃により頭部を大きく陥没させられた大きな獣。

それは少しだけ「ピクっ」と動いたが、鼻の先から息はもう出ていない。

「やるじゃん」

両手をパチパチと数回叩き、アッシュがいつの間にやら歩いてやってくる。

彼は倒れた獣の頭を指さす。

「知ってる？　こいつの頭蓋骨の厚み」

「いえ　知らないです」

「４、５センチはあるんだよ」

「厚いですね」

（バカでもこいつの頭かち割ろうなんて考えねぇよ　まぁ　させたのは俺なんだが　・・・　ここまでとはねぇ　・・・・・）

アッシュはそう思い複雑な表情を浮かべる。

いつもと比べて全然疲れていないパインはアッシュからバールと刃物を受け取り、解体の作業を進めようとした。

「詰めが甘いな」

そうアッシュが言うともう1本のナイフでイボアの喉元に切り込みを入れた。

（ああ　しまった）

確かに、こんな大きな獣がもし何らかの拍子に脚が動いてそれに当たって自分等が突き飛ばされてしまえば、骨折どころで済む話ではなくなるかもしれない。

ドクドクと血が喉元から地面に吸い込まれていく。

粗方その血の流れが収まるとアッシュが「いいぞ」と声をかける。

先日のイボアの足の処理を思い起こしながら順調に作業を進め、本体と切り離すことに成功する。

イボ骨も1人でどうにか剥しとることができた。

「７０点てところか」

血抜きを忘れたのが減点のようだ。

ふとそう言った彼を見ると微動だにせずこちらを見ている。

「えっ　・・・・？」

「今日俺休日にしたいんだよね」

「・・・・・・・・・・」

（1人で運べってことね　・・・）

そう悟り、1人でそれらを運べるよう準備を進める。

「そういう事　なんか足も休ませたいから　ついでに俺も運んで」

「え　・・・・・・・　はい」

（まぁこれも俺のための訓練なのか　・・・・・・　いや違うだろ）

そんなことを思いながら、その指令に沿った作業を進める。

リュックに入ってる道具はノコギリ、斧、バールにロープ等だ。

それらを草の生えた地面に並べ方法を考える。

（イボアの足に乗っかるのは絶対嫌だろうしな）

ソリのような物を作ろうと思ったが、それに加えて別の何かを考えないといけなくなった。

「できたら声かけてや」

と頭上から声がするので見上げると、持ってきてないはずのハンモックでゆれるアッシュの姿が見える。

（こんな一瞬であんなもの作るのか　・・・）

ハードルが上がり、焦りを感じる。それでもやるしかないので作業に着手する。

ソリ自体は案外簡単に作ることができた。

材料は中程度の太ささで１メートルのほどの長さの木が１０本とそれを結わえるための丈夫なツルや繊維だ。

その繊維らで小型の丈夫なロープを編んでこしらえた。小ロープと呼ぶことにした。

小ロープで木を組んでいき、最後に持ってきたロープで引けるように取り付けていく。

座布団を横に２つ並べたくらいの大きさの木のソリが完成した。

地面との接触面を考え、なるべく同じように反っている木同士をくっ付けたのが功を奏した。

実際にイボアの脚を乗せて引いてみたが、丸太に比べれば楽に引けることができた。十分である。

（問題はアッシュをどう運ぶかだ）

このソリの上に椅子を固定できればいいのだが、それが正解かわからない。

考えても答えがでないのでそれでいいかと頭上のアッシュに聞いてみる。

「適当でいいよ」と返事が来る。

（一番難しいやつだ　・・・）

そう思いながらも先ほど考えた案を実行に移していく。

４本の足と先ほど同様に丸太をくみ上げた座面を用意し、それを椅子の形に仕上げていく。

自分が座って試してみたところなんとか壊れないようにすることができた。

その椅子とソリをこれでもかと力をこめ小ロープで硬く結合させていく。

「できましたよ～」

そう頭上を見上げると睨みを効かせたアッシュの顔があった。

「おっせぇ！」