第14話
翌日、日がまだ昇る前にパッキリと目が覚める。
疲れているはずの体はなぜかまだ遊び足りていない様子で無性に動かしたくなってしまう。
川の音と、森の動物たちの鳴く声、そしてそれに合わせるように少し離れた所で寝ているアッシュの寝息が聞こえる。
テントの中はふとん以外の物はほぼなく、かなりシンプルだ。きっとアッシュの性格が出ている。
外の焚火の光がテントの中を暖かく包み込んでいた。
目はすっかり覚めていたが、わざと閉じて物思いにふけてみる。
1人で森に入った時。そう、自分で冒険者になると決めたときから「どうにでもなれ」そう考えていたのかもしれない。
そう思って行動する自分が無性に、今の今になってはじめてやるせなく感じてしまう。
「なんで冒険者なったのかって ・・・」
そう思いかけ目を開ける、そして自分の右腕を触る。
太いと言われていた腕は確かに太い。
なぜ今までこんな変化に気が付かなかったのだろう、明らかに不自然な太さ。別の生物がそこに居るような感覚すら沸き起こる。
「何なんだこれ」
思考がばらつく。
(そういえば 夜食べた イボアの肉 うまかったなぁ)
今まで生きてきた中で、あんなに充実して過ごした1日はなかったように感じる。
そう考えた瞬間、森の中で父と一緒に見上げた大きな木の景色が飛び込んでくる。
「そっか これが 欲しかったのか」
手をテントの天井に向かって上げ、握りこぶしを作る。そしてそれを強く握る。
「うるせぇよ だまって眠れないのかよ」
(え 起きてた ・・・・・・)
そうアッシュが言ったのち、テントの中に朝日が差し込んでくる。
「あ~~~~~~ もう おまえのせいで全然寝れなかったじゃねぇかよ」
「え 俺 何かしてました?」
(そんなに独り言いってたかな?)
「もういいよ」
すでに体を起こして布団を片付けるアッシュに見習い、自分もそれをする。
「昨日のお前の動きでわかったんだが ・・・」
テントの外で歯を磨き終わったアッシュがそう切り出す。
「今のままじゃお前 俺の足引っ張るだけだから稽古つけてやるよ」
そう言いながら自分のお腹を見て、ポッコリお腹のジェスチャーをする。
「お お願いします」
「おろ 意外とすんなりだねぇ」
(それがいいと心の底から思った)
「そうか そうか ・・・」
アッシュはにんまりと笑顔を作っていた。
ここから地獄のような修行の始まりであった。
「んじゃ テントしまって あと 椅子欲しいから 丸太4つくらい作ってな 今日中にね」
「え?」
いきなり訳の分からないことを言われ頭がパニックになる。
「え? じゃねえ 道具はある わからなかったら聞いて」
そう言うとアッシュは背をこちらに向け携帯食のビスケットをポリポリかじりだした。
「よし」
昨日は一緒にテントを組んだため、大事な所を見落としてしまっていた。
たたむのは簡単だから1人でとアッシュは言っていたが大分苦戦してしまった。
何度か覚えていない所を聞きに行ったが、物凄い剣幕で怒られてしまった。
とはいえ、なんとか1人でそれをこなすこができた。
そして、ノコギリ片手にこうして、腰がかけられるほどの太さの木を切ろうとしているのだが。
「う うぁー」
昨日切った木は数十秒で切ることができた。なのでこれくらいの太さの木でも楽勝と思っていた。
直径60センチほどの木とにらめっこしている。
こいつは引けども引けども刃が進んでいく気配すら感じない。4分の1進んだあたりからまったく刃が入っていかないのだ。
(無理だろこれ 聞きにいこう)
しかし、聞きにいくと「頭も使え」としか言われなかった。
行ったついでにもう一本ノコギリを持ってきた。なにかうまいことができるかもしれないと思ったからだ。
そのもう一つのノコで今まで刃を入れてきた場所の数センチ上の部分から斜め下に刃を入れていくことにした。
そしてなんとかもう1本のノコも最初のノコで進んだ所まで刃を入れることに成功する。
初めのノコよりも時間と体力を使ってしまったように感じる。
朝の元気はどこへ行ったやら、みるみる気分も下り坂にさしかかる。
くさび型に切りあがった木の破片とこれから切らなくてはならない木を見比べてため息を漏らす。
そして三角に切り込んだ部分にまた水平に刃を入れノコを引く。
「か 変わらない」
こうしてくさび型に抜けば、「なんとなく」先に進めそうな気がしたが、思い違いであったようだ。
腹時計が鳴り、日を見上げると丁度半分ほどまで進んでいた。
「これを よっつ ・・・」
焦りが沸き、必要以上の力がノコに伝わる。
「「パシィ」」
嫌な音とともにノコが折れてしまう。
「す すみません」
ノコが折れ、こうしてアッシュに謝っている。
「だから ・・・ 頭使えって ・・・」
ものの見事に半分以下になった刃のノコを見てアッシュが吹き出しそうになっている。
なぜそうなってしまったのかの経緯を説明するとロープの縛り方を教えてくれる。
(つまり これがヒントだな)
(・・・・・・ よし これだ)
頭の中で解き方が浮かび、ロープを持って現場まで行こうとした。
「刃を入れた側だぞ?」
アッシュが何か嫌な予感を感じてそう口にする。
「え? あ ・・・・・・」
逆側を引っ張る所であった。
現場に戻るとアッシュの助言通りに刃を入れた側を引っ張るよう今切っている木と適当な木をロープで縛りつけ、半固定する。
そして引っ張る逆側に刃を入れていく。
今回は4分の1まで刃を進めてもきちんとそれから先まで進むようになるのが体感で分かった。
ロープの縛りも少しずつ強くしていく。
「「ドシィィィーーーーン」」
やっとの思いでこの大きな木を伐り倒す事に成功した。
あまりの大変さに汗が目に入るのも気づかないでいる。
おそらくアッシュの助言から2時間程度の時間はかかったように思われる。
これをあと4回、倒れている木とはいえ、やらなくてはならない。
気が滅入りそうになるが、それら作業に手をかけていく。
やはり倒れている木を切るのは生えている時とは違い、いくらか楽に感じた。
そしてやっとの思いで一個の丸太椅子を切り上げることに成功する。
Tシャツはぐしゃぐしゃ、ズボンは汗を吸って重くなっている。
手はマメがつぶれ見るのもきつい。
それを担いでテントに戻る。空はピンク色に染まっていた。
「暇だなぁ 何か面白いことしてよ パイン君」
そう言われ両手のひらをその声の主に向けた。
「うわぁ~きもちわり これから肉焼くのによぉ」
割と笑っている事に驚き、自分も一緒になってなぜか笑ってしまう。
「で あと3個か ・・・ 頑張れ おれ寝てるかも ・・・」
ふぁぁとあくびするアッシュに同情してよとの視線を送るが「あ?」と言われる。
(やるしかないのか ・・・)
月の明かりが二の腕のテカリで照り返される。虫の飛ぶ嫌な音はノコギリを引く音で無理やりに消した。
(マメの中にもマメってできるんだな ・・・)
梅干しの種を割ってでてくる白い部分を想像して意味不明に納得する。
血だらけになった手はもはや閉じる事すら難しい。
「「ミシィ」」
待ちに待ったその音を聞き、4つめの丸太椅子を最後の力を振り絞ってテントまで持っていく。
アッシュは先ほど運んだ丸太椅子に腰かけ焚火の明かりの中、本を読んでいるようであった。
「お~ 俺が寝る前なのは中々じゃないの? でもさこれ高さ違うよね? あと 座り心地悪いんだけど ・・・」
ここまで文句を言われるとは思ってもみなかった。背負っているこの丸太を彼めがけて投げつけてやりたくなる。
その衝動を抑え「はい」とだけ言った。
「はい じゃねぇよ ちゃんと聞けって言ったろ なんで厚みとか考えないんだよ」
怒りと悔しさで涙があふれそうになる。
「すいまじぇん」
そう言い最後の丸太椅子をどさっと置いた。
「また明日 頑張りな」
アッシュは多少の同情の目を自分に向けて送りテントに入っていく。
見るからに斜めに傾斜した丸太椅子が焚火に当たり、その陰が大地にゆらゆらと描かれる。
その椅子の1つの上に大盛の肉の皿が置かれていた。
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