第10話
「待たせたな」
アッシュは悪びれた様子でそう言い、頭を掻きながら店からでてきた。
店に行く前の態度とのギャップに戸惑ってしまう。
「いえいえ 大丈夫です」
とりあえずそう言っておくことにした。
「羽根は質に入れた ・・・ 文句あっか?」
これがおそらく彼の普通の態度だと思う。
「あっはい ないです」
まったく気にしてないのでそう彼に言った。
「んだそのツラは」
どんな表情をしていたのかと考えてみたが、今の気持ちを彼に悟らせたくない。
ただ顎を引くだけにした。
アッシュはそれを見て何を思ったのだろう、彼は「次行くぞ」とだけ言うとバイクに乗るよう促した。
運よく見逃してくれた彼に、安心してしまう自分がいた。
「はい よろしくお願いします」
何も考えずに彼の背中を見る。
次に来たのは、今まで入るのを躊躇してしまうような個人で経営している呉服屋だ。
こちらも商店街に面していて、おそらくアッシュはお得意さんであろう。彼の雰囲気で分かった。
店に入ると上着のコーナーで足を止める。
「下はまぁまぁの着てるんだよな」
じろじろと見られ恥ずかしい。
「高かったです」 無難にそう答える。
「普通 武器とか買うよな?」
アッシュがわざとらしくそう言う。
それに対してこちらはただ「そうなんですね」と空返事をする。
冒険者にとって武器は必須だ。ただ羽根くらい落ちている気がして、それを買うという選択をしなかった。
勿論、狩る、つまり生命を奪うという行為をする覚悟が自分になかったのも事実である。
「なんかお前さ ・・・」
この自分の覚悟のなさに気が付いたのか、すでに上を向いている彼の短い頭髪をたくし上げ、何かを言おうとする。
「まぁいいや これ着てみ」
助かったと思った。そして「はい」と答え、なすがままにその服を試着してみる。
「ふてぇな」
「何がですか?」
「いや お前 腕太くね?」
「そうですかね」
「ふてぇよ」
そのやり取りのあとアッシュはそれをレジに持っていき、会計を済ませた。
黒い無地のジップのついたパーカーは着心地がよく、かなり丈夫そうである。そしてもちろん高価であった。
それをそのまま会計後に身に着け、バイクにまたがる。
「次は武器だな」
アッシュはそう言ってバイクを次の目的地へと走らせる。
しかし、着いたのは武器の取り扱いなどなさそうなお店であった。
(どう見ても工具店だなぁ)
店名も聞いたことがあるお店で、日曜大工や機械をいじる人にとっては何度も通うような店である。
入り口の壁はドアも含めてガラスで店内の道具が外からでもよく見える。
2人は店に入る。店内には工具類がきちんと壁や棚に並べられ、ライトアップされている。
「えっと武器ですよね?」
何故か色んなコーナーをうろつくアッシュの姿を見かねてそう尋ねてみる。
「剣とか買ってもらえると思ったか?」
「あっ いや ちょっと想像していたのとは違ったので」
自分のその答えにアッシュは鼻を「フン」とだけならし、工具店を再度うろつきだした。
(というよりそもそも あんな獣 俺がいてなんか役に立つのかな?)
なすがままにこうして彼に付いてきたが、本当にあんなのとやり合うのかと、今更になって不安の感情が芽生える。
役所で見たあの獣、写真だけみると大きさは定かではないが、おそらく自分たちよりは大きいと思った。
ピークックの羽根すらまともに持って帰ることができない自分が居たところで意味などあるのか?
そもそも大の大人が4人以上で狩るのが推奨であった。
仮にこのアッシュが物凄い玄人であったとしても1人でどうこうできる相手ではないように思えた。
「お前の武器はこれだな 腕太いし 丁度いいだろ」
店の中でうろつくこと30分程度か。やっとのことでアッシュが選んだ「武器」はなんの変哲もない金づちに見えた。
「おら 持ってみ」
そう言われるがままそれを持ってみると、見た目よりかなり重いものであった。危うく落としそうになる。
(おっと 重い ・・・)
実家にあった一番大きなダンベルよりも重いと思った。
どうやら特殊な金づちのようで、打つ相手が非常に硬い時に用いるもののようである。
「いいじゃん 似合う似合う」
アッシュが割と本気の笑顔でそう言う。
「そうですかね?」
「武器持たずに飛び出すやつが文句なんて言えないだろ?」
「は はぁ」
鼻からそうせざるを得ないアッシュの意向に従うこととなる。
その後も何やら専門的なことを聞かされ、店の中をうろつくこととなった。
言葉の1つ1つが今まで聞いたことがないような単語ばかりで、正直眠くなった。
おそらく1、2時間もの間店に滞在していたであろうが、購入したのはこのくそ重いハンマーだけであった。
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