第7話

「はい お預かりします 少々お待ちくださいぃ~」


語尾を伸ばすのはこのお姉さんの癖なのか、それとも冒険者相手だとこの喋り方が都合がいいのか、どちらにせよ安心感を覚えてしまう。


肩まで降ろした茶色の長い髪は語尾と同様、外側にカールしている。


彼女がIDカードを預かると、それを机に置かれた機材で読み込ませる。


こちら側からでは見ることのできない。ディスプレイをなぞる細い彼女の手だけ目に映る。


ついついその白く細い指に視線が奪われてしまう。


「えっと お待たせいたしました こちらが パイン様が受けることのできる依頼の一覧となります」


彼女が「よいしょ」と大き目のファイルを広げ、写真付きの書類が机に置かれる。


写真ごとに依頼の内容が書かれており、この見開きだけで10項目以上ある。


その左上の一番角に先日受けたピークックの羽根の採集の依頼が書かれている。


「パイン様はこちらがおすすめです ピークックの依頼はすでに受注しているようですので こちらはいかがしょうか?」


上目づかいの彼女の視線を振り切り、彼女おすすめの依頼に目を向ける。


それはねずみのような可愛らしい顔をした犬の獣の討伐であった。


これも初心者に馴染みの依頼であり、自分も一応それを知っている。


これをこなすにはそれなりの体力や武器を扱う技術を要すると。


(これは きつそうなんだよな)


というのも、幼少期にこいつが家の中に押し入り、家中がパニックになった。


父がそれを退治しようと奮闘したが、手に負えず、家具など色んな物がボロボロになってしまった。


最終的に役所に連絡をして、冒険者3人がかりでどうにか退治してもらった。


つまり自分1人でどうにかなる相手ではないと、当時から、そう思っていた獣である。


(うーん どうしよ ・・・)


早く返事をしたいは山々だが、どれを見ても手に負える獣はいないように思えてしまう。


『おい パイン これだ』


アッシュが書類の一番右下の部分を指さし小さい声でそう言った。


(いやいやいや ・・・)


そこには今まで見たこともない獣の写真がある。


明らかに自分で手に負えるような獣ではないことがその見た目でわかる。


「えっとぉ こちらは一応私ども発注かけておりますが ・・・」 

「4人以上のパーティーで 尚且つ それなりに腕に自信が出てきた方々におすすめいたします」


(そうでしょうね 無理そうだもん イタタッ)


アッシュに受けろと背中の肉をつねられる。


どうやら受ける以外の選択肢はないようだ。


「それでお願いします!」


痛さも加わり元気よくそう口に出してしまう。


「かなり 難しいと ・・・」


お姉さんの視線がアッシュに向かう。


アッシュは両腕を組み威圧的な態度でそれを迎えうつ。


そして彼女の視線はパインに戻る。



((彼の違和感に今になって気が付いた))


(今日は寝坊しかけたのよねぇ)


彼の頭は左耳を覆うように十字に包帯が巻かれ、それに少しばかり血が滲んでいる。


ボロボロのTシャツは泥でさらに汚れている。


冒険者の恰好は、特に初心者はひどいもんだから慣れてはいた。


背伸びして買う武器防具が全くその体と顔と技術に合っていないのだ。


(だけど これはまた 別の意味ですごい恰好 というか ・・・)


もしかすると彼がなんらかの事件に巻き込まれているのではないかと思ってしまう。


(ん~ でも 仕事だからなぁ~ 割り切る 割り切る ・・・・)


「かしこまりました では パイン様に発注させていただきます」


「え~っと まだ ピークックの羽根のご依頼はお済みではないようですね?」


「えっと すいません まだです」


「そうですか ではそちらもお待ちしております どちらも期限を設けておりませんので 順次 お済みでしたら お立ち寄りください」


そのやり取りの後にお姉さんがIDカードを返してくれる。


「ありがとうございます」


パインがそう言うと


「すいません もう少々お待ちください」


(一応 ね トラブルが起きたら嫌だから 上にあげとかなくちゃ~)


冒険者側からは見ることができない端末の操作で2人の情報がカメラでとらえられる。


「はい 手続きが完了いたしました お気をつけていってらっしゃいませ~」


「はい ありがとうございました」


2人が受付を後にする。


(ん~何か気になる2人だなぁ~)


受付の女性はそう思いつつ、まだ重い頭をどうにか切り替え、次の仕事に取り掛かる。



そそくさと役所を後にする2人。


(あの受付の人すごい優しい目だったなぁ)


何か自分のことを心配するような、そんな視線を感じて心が少し軽くなった。


(また 会いたいな)


そんな浮いた心をはたき落とすようにアッシュが口を開く。


「おまえさ 前の仕事 体力剤とか作ってるとこだろ?」


唐突にその事を言われうろたえてしまう。


その体力剤、それは冒険者以外あまり馴染みがある品ではない。


しかし、その界隈で知らぬ者はいない。


危険と隣り合わせの冒険の中、食事を摂る機会を失いがちな冒険者にとって必需品といっても過言ではない。


これを飲めば半日は元気なまま体を使うことができる。


副作用もほぼなく、それでいて比較的安価である。


「そ そうです どうしてそれを?」


「部屋の中物色したからな」


はっきりとそう言うアッシュに一瞬たじろいだが、その姿勢に少しの憧れも持ってしまった。


なるほどとだけパインは言い、その後2人は会話することなくアッシュのバイクまで歩を進めた。


「次行くぞ」


アッシュの言葉に反応するパインの返事はバイクの轟音にかき消された。

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