第25話

「ねえイブキ、97番機の機首にも武装があること、知らないでしょ」

 DEEPのB形態と対峙する直前、タエが唐突に声をかける。

「えっ、──ジョシュアはそんなこと言ってたか?」

「あなたもオーバーラップすれば、その存在に気づくと思うの。私ね、透けて見えちゃった。機体を造ったジョシュアの悪戯か、きっと意地悪かもね」

 イブキは、先の戦闘で習得したオーバーラップを試みる。忽ち機首の内部に、これまで関知できなかった未知の砲身が隠されているのを認識できた。その瞬間、目の前の操縦デバイスでそれを操る術がフッと頭に舞い込んでくる。

「えっ。リバースG動力弾を、連射できるのか……!」

「ね。わかった?」タエは微笑んだ。

「よくわからないけれど、わかった気がするから試すぞ。TYPE97、オーバーラップ!」

 視界の開け方が、この前より大きくなっている。機体をこう操りたいと思った瞬間に手足がデバイスを操作し、思考と動作の継ぎ目を感じさせない。

 イブキは思う。誰かを引っ張ることなど、自分にはできないはずだった。大切な親友の手を引こうとして、失う結果を招いたあの日から──。だからどんなに請われても、リーダーや指導役などの役割を求められれば断り続けてきたのだ。

 でも、今は自分の手を取り「私の手を引いて」と言ってくれる愛するひとがいる。そして、こんな自分にも人懐っこく笑顔を向ける、あの小さな友達も。

 速度を増した97番機は、気づくと追っていたはずの3番機の前に出てしまっていた。

「ヴィオラを、……追い越した!?」

 つい、声に出して言ってしまう。それは通信に載り、タエの、うふふ、という含み笑いを呼んだ。


「イブキ、連射で敵の動きを奪って」背後にいるタエが言う。

 量産IGF戦闘機のGウェブは、特別機やアイコンブレイバーと比較すると威力が弱い。それだけで完全に相手の動きや攻撃を封じることは難しいため、掃射して動揺させるほうが賢いとイブキも思った。

「わかった、……やってみる」

 これまでダミーと思い込んでいた3番目のトリガーを一気に引くと、機首の砲塔が回転し夥しい弾が螺旋状に発射される。敵機も対量産機相手では想定していなかった攻撃を不意に受け、回避動作が遅れて大幅にバランスを崩した。

「ヴィオラ!」イブキが合図をする。

「いくよ!」タエは単発のリバースG動力弾を、余裕の顔で放つ。B形態のケーブルカバーを狙った弾はレーダーに忠実に目標へと翔び、カバーを破壊した。思惑通り1部のケーブルが破損し、敵機は自律による航行が困難になったようだ。

「タエ、何故そこを?」イブキが問うと、タエは「その話はあとで」と返すなり、ヴィオラにリバースGハープーンを逆手で構えさせた。

 タエがヴィオラによる攻撃で密かに自信を持っているのが、逆手での穿刺(バックハンド・スピアー)だ。跳躍して突きを入れると見せかけ、敵の目線の下に潜り込む。逆手を陰にして自身の死角に収めながら対面にも敵側の死角を作り、そこを刺す。敵は刺された箇所さえ分からぬまま、自機の崩壊に飲み込まれていくのだ。

 自慢のバックハンド・スピアーを久々に繰り出し、ヴィオラは視界に収まらぬ速さでB形態の可動関節部に風穴を空ける。敵機は創傷の部分からぐずぐずと崩壊し、速い! とイブキが声をあげる間にも波に呑まれ沖に浚われて消えた。

「まさに蜂の一矢、だな……」カズヤが独り言のような一言を通信に載せ、拍手をして聴かせる。久しぶりにスピード勝負で戦ったタエは少し息を上げ、額に汗を滲ませていた。

「イブキ、今日の戦いでは多分これまでのベストスコアが出るだろう。今後はタエと公私共に支え合うパートナーとして、組織の力となってほしい」

 カズヤがイブキにそう声をかけるも、タエを構うカズヤにさっきから不機嫌そうにしていたイブキは憤然とした表情のまま言う。

「丁重にご依頼いただかなくても、そうします」

 イブキのその言葉に、ふ、といつもの笑いを零した後、カズヤは堰を切るように大きく笑った。

「おまえたち、本当に……」

 モニター越しに笑顔を向け合っている2人に、カズヤは止めのひと言を放つ。

「良く似合う2人になったな」


 結局、敵の掃討にかかったのは僅か1時間弱だった。午前中どころか、他のオンボードが訓練を終えるまでかなりの時間がある。すっかり暇になったイブキはタエを連れ、ドックポートの展望室を訪ねた。

 いつものカウンター席に着き、戦闘時に気にかかっていたことをタエに尋ねる。

「何故、B形態のケーブルを狙った?」

 タエはにっこりと笑い、アイスミルクティーをストローでかき混ぜながら答える。

「あのね、教えてもらったの。敵と向き合ったときに、弱点があるよ、って声がしたんだ」

「誰が声をかけた? カズヤか?」

「ううん、違う。誰かはわからないの。ヴィオラとLAGしていた回路に、一瞬だけ割り込まれたみたい」

 タエが時折、その可憐な唇から零す不可思議な言動にはもう慣れてしまった。しかし、オンボードとLAGしたIGFの回路に他の何者かが割り込めるなんて聞いたことがない。

 そこまで考えたところで、不意にハイトーンの少年の声で背後から呼びかけられる。

「イブキ! もう戻ってきたのか?」

 振り返ると、特殊な制服姿の少年の姿があった。この前出会ったときは夜だったが、改めて昼間に出会うと髪や瞳の色が光に透けてさらに美しい。

「ヌウス、せっかくなら戦闘に加わってくれても良かったんだぞ」

「僕もそうしようと思って、コーディの所できみたちの戦いを見てたよ。でも、初めから終わりまで合流する必要なんて全くなかったよね。きみたち、息がピッタリで横からなんて入って行けないもの」

 そう言ってヌウスが視線を移すと、真顔のタエと思い切り目が合った。タエは目を見開き、なぜか珍しく動揺しているようだ。

「初めまして。きみが、イブキの彼女……タエちゃんだよね」と、ヌウスが改めて声をかける。タエはそれには答えず、逆に問いを投げかけた。

「あなたの声、……私、戦闘中に聴いた。あなた、私に敵の弱点を知らせてくれたでしょ」

「あ、やっぱわかってくれてたんだ」と、ヌウスはそれが別段特別なことでもないという風情で返事を返す。

「どうしてあなたは、他のオンボードが乗ったIGFの回路に割り込むことなんてできたの」

「うーん……たぶん僕だからできる、とかじゃない。おそらく、……僕ときみがたまたま似ていたから、きみがLAGした回路に割り込めたんじゃないかな」

 ヌウスがそう答えると、タエは何故かそれに至極納得した様子で、にこにこと微笑んで言葉を返す。

「そっか、──なるほどね。うん、わかった。ケーブルカバーのこと、教えてくれてありがとう」

「いや、お礼を言われるには及ばないよ。タエちゃん、そのことを知らなくたってあんな敵、軽々と撃破したでしょ」

「うふふ、そんなことないよ。簡単に勝てる相手なんて、どこにもいないもの。──イブキとは、知り合いだったの?」

「そだよ。この前偶然ここで出会って、友達になったんだ」

 タエは、友達、という言葉にやたらと敏感に反応し、黙ってイブキに視線を向けニヤニヤと笑いかける。イブキは痛いところを突かれたような表情になり、苦笑しながら頭をかいた。

「それじゃヌウスくん、改めて初めまして。私はタエ。元の名前は、『羽佐間 舵瑛』って言ったのよ」

 他のクルーと話すとき、つい険のある表情になってしまうヌウスだったが、この2人相手だと顔が緩んでしまう。心を許して向き合える存在が、今日もう1人増えたと思った。

「ねえタエちゃん。お昼になったら、トップやDスクの皆とご飯食べるでしょ。僕も、一緒にいていいかな」

「うん、いいよ! 大歓迎。ヌウスくんいい子だし、もし何か言われても私がいるから大丈夫だよ」

「うわ、ありがとう! お昼まで少し時間あるし、僕、きみたち2人と少し散歩でもしたいな。あっ、デートなら邪魔はしないけど」

「いいよ、一緒に行こ。気にしないでよ、イブキだってあなたの友達なんだから!」

 タエとヌウスは勝手に話を進めるなり、エレベーターへとそわそわした足取りで向かう。いつものイブキなら嫉妬で酷い顔になったり、あからさまに憮然としたりするだろう。でも、この2人にだけは不思議と嫉妬などする気にもならない。──何故か、恋人の自分にもタエとヌウスの関係性だけは容認できてしまうのだ。そして2人はすでに友達以上に見えるけれど、恋愛とは180度違う感情で引き合ったことを確信できていた。

 タエの手を取って駆け出すヌウスを見ても、イブキは何とも言えず温かい気持ちになってしまう。恋人、いや婚約者として、彼女とヌウスの恋とは違った優しい繋がりを守ってやりたい──。そう、イブキは思い始めていた。





31.  臆病 (lose one's nerve)


「カズヤ、1番機のスコアを見てみろ。オンボードの適性レベルから鑑みる限り、有り得ない伸びを見せてる」

 本部戦闘工作室に呼ばれ、出向いたカズヤを迎えたジョシュアの第一声だった。

「ええ、ナナカは頑張っていますよ」

「実にいい戦い方をしてる。搭乗員を一切傷つけず敵機を撃破できるオンボードなど、異次元の力を持ったタエちゃんくらいだった。しかし、このところナナカも確実にそれをこなしてる」

「A79戦後から、……と言いたそうですね」

 カズヤはなんとなくジョシュアから目を逸らし、窓の外の快晴の空に目を遣る。ジョシュアは眼鏡の汚れを白衣の端で拭いながら、意味深に笑顔を向けた。

「もちろんさ。ナナカは、間違いなくお前さんに気があるだろうね……。もう本人からは、告白されたのか?」

 窓の外を見たまま、カズヤは控えめに頷く。

「そうかそうか」

 ニヤニヤ笑いながら、ジョシュアがカズヤの肩を小突く。

「初めに彼女と出会ったときは、ユタカが再び現れたのかと思いました。しかし違った。若い私のフォロー役だったユタカと、彼女は違うんです。戦っている時の彼女には、おそらく私のことなど目に入っていない……。なのに私がひと声かけてやる毎に、あの子はどんどん輝いていく。私はあの子のそういう所を、憎からず思ってしまっている。それゆえに難しいです」

「ああ。きみのお陰かどうかは知らんが、ナナカはずいぶんと可愛くなった。──知恵と愛嬌を身につけて、な」

 ジョシュアは、ナナカのスコアデータから直近の戦闘を検索する。そしてギャラリーから、マリエッタのEヴィサージュを拡大して見せた。初期より格段に美しく妖艶に変貌したマシンの「顔」を見たカズヤは、不覚にも頬を赤らめてしまう。

「で、きみは……? あの子の気持ちに対して、いい返事はできたのか」

「まさか。無理です。……怖いですよ」

「怖い?」

 カズヤの言葉に、ジョシュアは複雑な表情を見せた。

「ユタカがあんなことになったのは、多分私の慢心の為です。愛が何ものよりも強くて、本気で怖いものはないと思ってしまった私の……。しかしナナカは、DEEPに攫われた仲間への償いに生きると決めた私を変えようとするんです。真っ暗だった私に、諦めるなと言い聞かせるように」

「なら躊躇などしなければいいじゃないか」

 ジョシュアの独特の言い回しに、カズヤは思わずクスッと笑う。

「臆病なんですよ、私は」


「プライマル!」

 戦闘工作室から戻る途中に、カズヤは背後から甲高い声で呼び止められる。振り返ると、久しぶりに見る少年の顔がそこにあった。

「744……。急にどうした」

「ねえ、あんたさ、……僕の好きな子に、勝手なことするのやめてくんない?」

 サイファ:744ことヌウスは、20センチ位身長差のあるカズヤを見上げながら詰め寄る。

「誰のことだ? ──まさか、……」

「ご明察。さすがに心当たりはあるんだね。ナナカちゃんのことを前の彼女のときと同じ目で見るの、今すぐやめてよ。──僕、ナナカちゃんが好きなんだ。初めて会ったときから、ずっとね」

 目を逸らそうとするカズヤに対し、ヌウスはさらに牽制するような言葉を投げかける。

「睨みつけていいんだよ? 今は戦闘中じゃない。僕とあんたがライバルになる瞬間なんだ」

「そうじゃないだろう。きみは仇ではなく仲間だ。きみをDEEPの船から救助した日から、私はずっとそう思っ」

「救ってもらったなんて思っていない!」

 言葉の途中に被せるように、ヌウスが言い返す。その声に、カズヤも驚いて黙ってしまった。

「こっちに来たところで、僕のやるべきことなんてそうそう変わらなかった。操るものが潜水艦か、戦闘機や人型兵器なのかっていう位だったさ、違うのは。──きみは力を持ってる、だから敵を討ってくれ。どこに行ったところで、受ける注文は一緒だ」

「あちら側と我々は違う。きみに負担がないよう最小限の範囲で働いてもらっているし、まして記憶や自意識の改竄などするつもりもな」

「僕の能力を戦いに使っている以上、変わりないよ!」

 目を合わせていなかったカズヤが、その言葉に振り返る。そして、複雑な心の内を秘めた眼差しでヌウスを真っ直ぐ見た。

「とにかく僕は、あんたからナナカちゃんを奪い取る。僕の力で彼女をもっと強く綺麗にして、誰よりも僕が彼女に相応しいって証明してやる。A79戦で彼女が最大のスコア上昇率を刻んだのは、僕と一緒に戦ったからなんじゃないの? 数字が結果を示してるってやつ」

 背を向け歩き出すヌウスに、カズヤは今まで呑み込み続けてきた思いの丈を突きつける。

「744、これだけは聞け。彼女はIGFやDEEPの船とは違う! 自分の心で選んで、歩いて動いて生きていける人間だ。きみの選択通りにコントロールできる存在だとは、間違っても思うな」

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る