第21話

27.  夢か!? (Really?)


 クルーピットは、いつもより少し静かだった。防衛班以外が繁忙期で、非番のクルーが少ないのだろう。普段なら防衛班のほうが忙しく、こういう所にはなかなか来られない。それだけに、ひと目見て防衛班と分かる部隊服のまま2人がクルーピットに現れると、周囲が軽くざわついた。

「付き合ってねぇからな」

 ユージが、自分たちを取り巻いて噂する周囲の人たちに目配せしながら、戯けて言う。

 自分たちがそう言いきることは気が引けるが、クルーたちのなかでも防衛班といったら花形部署だ。敵機の撃墜スコアはクルーピットのビルボードに大きく掲示され、上位スコアラーのサイファは多くのクルーの目に触れる。正規着任以来、撃墜女王の座を明け渡していないタエなどは、大抵のクルーが顔を知らなくてもサイファは知っているだろう。

「この前、ナナカが墜としたC形態のパイロットが死んだって聞いた。それで凹んで体調崩したんじゃないかって、少し心配してた」

 注文したメニューを待ちながら、ユージが単刀直入に言った。ナナカは、それを否定するために「静かに」のポーズのあとに小声で答える。

「Gウェブを躱そうとして操作をミスったのかな、それで捕捉と同時に無人島の構造物に接触したの。私が狙って撃った結果じゃないから、何も言えないんだ……。それが戦いだもの、お悔やみ言ってお祈りすることしかできないよ」

「うわ、どうしたナナカ。ついこの間まで、初々しい新人ちゃんだったのに。なんか、気づいたらカズヤみてぇなこと言うようになったな」

 ユージの言葉に、思わずナナカはドキッとして上半身をびくつかせた。

「な、何それ。まだまだまだ、足元にも及びません! だけどそのカズヤに、自分とは別の意味で修羅場を潜ってきた女だとは言われてる。あはは、名誉にもなんないな」

 ペロッと舌を出しながら、上目遣いの笑顔でそう言う。しかしユージは意外に神妙な表情で、割と真面目な口調になって返してくるのだ。

「ナナカさぁ、それ、本人にわりかし認められてるってことじゃねぇ? 意外とすごい話なのかもしれねぇぜ」

 ユージにそこまで言われると、照れてしまうのを通り越して何となくばつが悪い。ナナカは少し顔を顰め気味に、そんなこと絶対にない、と返す。

「そういやさぁ、おめぇ熱出してた間どこにいた? 宿舎棟の中で、全く見かけなかったから心配だったぞ」

「え、そ、そうなの! 部屋にはいなかったよ。メディカル棟で休ませてもらってた」

 さすがに、あんな話題の合間でタイムリーにカズヤのところに居ましたとは言いにくいし、そもそもとても言えない。

 できれば、話題を変えたい。自分から、別の話を振ってみるか……。

「あ、そうそう。ユージはさ、A79戦が終わってから、カズヤに会った?」

 ──しまった。まるで話題の方向性を転換できてない……。

 ちなみにA79戦とは、この前のA形態を沈めたあの戦闘だ。最大敵機がA形態で、かつ計79回目の戦闘であることを指している。

「ん? 会ってねえよ。なんかジョシュアと何回も会議するとかで、休みなのに休めねえとか言ってて」

 ナナカは、内心もの凄い勢いで安堵する。──守ってくれていたんだ、と。

 そのタイミングで、頼んでいた2人のメニューが同時に届く。食べ物を美味しそうに感じることも、とても久しぶりだった。平和と安全の大切さを教えてくれるのは、いつも食べることだ。


「今日呼び出したのはさぁ、──あいつの話なんだ」

 熱々のステーキが載せられたプレートランチから立ち上る湯気越しに、ユージは話を切り出す。

「あいつ……?」

「あいつさ。A79戦で飛び入りしてきた、特別機レディバグS0.5のオンボード」

 ナナカの脳裏であの少年の、ナナカちゃん、という囁きが再生される。

「突然やってきて、無許可で部隊に合流する……あいつはいつもそうだ。実はさ、ウチの組織自体があいつにそういう役割を持たせてるって噂もあってな。俺らは不意打ち食らうだけだから、正直困んだけどさ」

 確かに。彼──ヌウスの存在は、ナナカたちトップ=スクワッドにも知らされていなかった。そして特別機のオンボードなのに、どこの部隊名も機体や制服には記されていない。 

 ナナカはオムライスを口にしながら、改めて自分があのヌウスという少年の素性をまったく知らないことを認識する。

「A79戦のときに、小さいころDEEPに捕われてたって言ってたの、あの子」

「まあ……たぶん事実だろうな。あいつは人間だけど、俺が聞いてる話だとDEEP側のA形態の潜水艦を操縦してたんだって、俺も聞いてる。でっ……っかいやつ。まだ子供なのに、記憶はすべて改竄されDEEPの成体に相当するくらいまで戦闘能力を強化されて、な」

 重い話題に触れるのは苦手といった風情で、眉間を2本の指先で軽く押さえる仕草を見せながら、ユージは続ける。

「そのA形態を制圧して、艦内であいつを発見し連れてきたのは、その頃Dスクのリーダーだったカズヤだ」

 ナナカはその言葉に、自分の中に憑き物のように宿っていた疑念がすっと晴れるのを感じる。自分が敵機に人型のDEEPが搭乗していることを伝えても、カズヤがまるで驚かなかったのはそういう経緯だ。

「そんで、あいつはミヅホが母代わりになって1人で育ててきた。まだ10代半ばで身体も小さいから、強化された能力を長く発揮していると自身のキャパを超える。あいつはそうなったら必ず、数週間か数か月くらい眠るんだ。酸素と栄養を供給するカプセルに収まって、な」

 ヌウスがミヅホのことを「母さん」と言いかけたこと。カズヤが戦闘中、独り言のように「誰が、あいつを起こした!?」と、ふと言ったのを聞いたこと。これまで不可解に感じてきたことたちのピースが、どんどん符合していく。

「ってことは、あの子ハイブリッドなの……?」

「それが違うんだな。体組織を検査しても、寄生によって細胞がDEEPのそれへと完全に変異した形跡はない。おそらく何度寄生を試みられても、その影響を最小限にしか受けなかったんだろ。──たぶん、それを拒む何らかの力が、あいつを守ってた……と、俺は推測してる」

 人間の子供なのに、能力だけ大人のDEEPのレベルにまで強化するなんて……。あの子は実験体として、人間界から攫われたのかもしれない。きっと幼い頃から、苦しい痛い目に何度となく遭ってきたのだろう。ナナカは、それを思ってつい目を伏せる。

「でもユージ、DEEPは本質的に優しい生き物だってカズヤは言ってたよ。それなのに……。タエちゃんを攫ったのもそうだけど、そんな非人道的な……いや、人じゃないか……。でも、そんな手酷いことをなぜ突然始めたんだろうね」

「俺はさ」と、前置きするように言うと、ひと息ついてユージはまた言葉を続けた。

「ある時を境に、DEEPの社会に特定の人間が何らかの悪意を以て介入したんじゃないか……って、思ってる」

「人間が? DEEPに人間への敵対心を芽生えさせるような何かを、人がしたっていうの?」

 ユージは、黙って首を縦に振る。そして、

「ああ。『非人道的』って言うからにはさ、そういうことができるのって、──やっぱ『人』しか居ないんじゃないかって思ってんだよな、俺は」


 重い話を聞かせた罪滅ぼしだといって、ユージはクルーピットで3人分のアイスクリームを買ってくれた。宿舎棟に戻ったら、女子3人で仲良く食べてくれという意味合いなのだろう。タエも今日の午前には退院し、宿舎棟に帰ってきているはずだ。

「ありがとユージ。ま、どっちにしても組織の経費が使われるだけなんだけどね」

「うわ、言うね。ナナカって、そういう所けっこうドライに割り切るよな。気持ちの問題なんだから、もっと有難がってくれればいいのによぅ。なんだろうな、前から薄々思ってたけど、おめぇ本当に最近自律に長けてるっていうか、……カズヤに似てきたわ」

「ふふふ。伊達に中学のときからアイドルやって、お給料もらってないもんね」

 ユージは、やられた、というような表情になって頭をかいた。

「俺が推してた子が後輩になったって事実だけでもびっくりだけど、気づいたら名前で呼び捨てされるようになってたとか、夢か!? って思うぜ……」

 ナナカの1歩前を歩きながら、ユージはそう言ったあと、突如足を止めてゆっくり振り返った。

「俺さ、やっぱ──おめぇのことは自分のアイドルだとしか、まだ思えてねぇみたいな気がするわ」

「なに? それ……」

 きょとんとするナナカの顔を、ユージは斜め上から少し寂しげな眼差しでチラリと見る。

 ──そうなんだよ。俺には、いつまでもこの子は高嶺の花なんだ。アイドルとは、……付き合えねぇんだよな。


“744”と描かれたカプセルのリッドが開き、眠りから醒めたヌウスが顔を出す。

「……早いのね。2日眠っただけなのに、もう大丈夫なの?」

 ミヅホは心配そうに、カプセルから頭を出したその顔を覗き込んだ。

「大丈夫さ。僕だって、いつまでも子供でいるわけじゃない。体力が年齢相応になって、戦闘での消耗にも対応できるようになりつつあるんだよ。──それに、好きな人だってできた」

「何を言っているのよ、この子は。女の子に出会う場所も、そうそうないでしょう」

 聞く耳を持とうとしないミヅホの背中に向かい、ヌウスはきっぱりと言い放つ。

「トップ=スクワッドと、一緒に戦っていても?」

 ミヅホは振り返り、ヌウスの顔をもう一度まじまじと見つめた。

「えぇ……? あなた、まさかあの中の誰かを?」

「うん。ピンクのジャケットの、1番機の子のことが好きなんだ」

 何か別の予感が不安を駆り立てていたのか、それを聞いたミヅホは少し安堵した様子になる。そして、小さくため息をつき苦笑いをしてみせた。

「そうなのね、分かるわ。ナナカちゃんは、……可愛いものね」

「僕の初恋なんだ。一目惚れ、ってやつかな。いくら母さんだって、邪魔なんかしようとしないでよ」

「しないわよ。クルー間の恋愛は、基本的には自由だもの。……でも、そんな年頃になったのね。あなた、今年で幾つになったの」

 いまさらそれを? という表情に変わり、ヌウスはカプセルから出て立ち上がると、少し醒めた目で育ての母を見つめる。

「16歳……みたいだよ。あくまで推定だけどね。本当の僕の誕生日は、誰も……僕だって知らないんだ」

「そうね……。それじゃ、あなたをDEEPのA形態からカズヤが連れ出してきて、もう4年になるのね。あなたも最近彼の部隊で戦うことが増えたけれど、どう? よく面倒みてくれる?」

 それを聞いたヌウスは少し遠慮気味というか、若干よそよそしげな顔つきになった。

「あの人は、……ずっと変わらないよね。僕は今も、あの人のことはあまり好きになれない。人懐こく接する気持ちには、今もなれないよ」

 少し強い目で、ヌウスはミヅホを見る。ミヅホはまた苦笑して、小さくため息をついた。自分をDEEPの船から救出したカズヤに対し、ずっときつく当たり続けているヌウスに、ミヅホも正直手を焼いているのだ。

「私は、将来的にはカズヤのもとであなたにオンボードとして活躍してほしいと思ってるわ。あなたのことを1番よく理解していて、難しいあなたの居場所を作ってくれる上官は、彼しか居ないんじゃないかしら」

 ミヅホがそう言うと、ヌウスの表情は途端に挑戦的に変わった。

「僕は嫌だよ。僕は、Dスクになんて入りたくない。ステラドミナみたいなIGF戦闘機のオンボードになろうなんて、思ったこともないんだ。積極的に前線に出ても行けない、ただ装甲が硬いだけで翼しかない専守防衛の機体なんて願い下げだよ。僕が本当に乗りたいのは、手足を持っていて自分の身体と同じように躍動させながら敵を撃てる、人型のIGFさ」

「あなた、……アイコンブレイバーに乗りたいの!?」

 驚いて尋ねるミヅホに、ヌウスは大きくうなずいた。

「そう。マリエッタのような俊敏でハイパワーで、品格があって美しくて強いIGFに乗りたいんだ。僕が、男の子だから無理だなんて思わない。母さん……いや、ミヅホ、……違うな、夜ノ森瑞帆さん?」

 ほとんどのクルーが知らない、自分のかつての民間人名を言い当てたヌウスに、ミヅホは思わず息をのみ言葉を失った。

「ミヅホさん。……あなたがかつて実験段階で搭乗した、最初期のアイコンブレイバーの機体、……。まだ地下ドックで、ジョシュアがメンテナンスを続けてるんだよね?」

「なぜ知っているの? 私はあなたに、そんなことを教えた憶えはないのに」

 ヌウスはミヅホから目を逸らし、窓から見える外洋の景色を眺めながら、試すような口調で言う。

「──さあね。何故なんだろう……考えてみれば?」


 夕方になり、ナナカが宿舎棟の共用リビングに戻ると、さっそくリオナとシュウが待ち構えていた。

「ナナカちゃん、おかえり! 快気祝いしなきゃねって、シュウと準備してたんだ」

 リオナが声を弾ませて言うと、その後ろでシュウは黙って笑顔になり、照れて頭をかいた。ナナカはナナカで、予想外のもてなしに若干戸惑いを見せる。

「や、私の快気祝いはいいよ……。むしろ、タエちゃんとイブキくんのお祝いをしなくちゃ」

「うん、タエちゃんの快気祝いも、もちろん一緒にやるよ。あのクソ野郎は、……別に祝う必要もないと思うけど?」

 リオナはそう嘯いたが、コップや取り皿はちゃんと人数分用意されていた。

 ナナカは思う。──何だかんだ言って、タエちゃんの好きな何かに対して、リオナちゃんは甘いなぁ。

 程なくしてやがて、リビングにタエとイブキの2人も現れた。2人は手を繋ぎ、タエはイブキの後ろで恥ずかしそうに身を隠し気味にしている。

「タエちゃん、隠れなくていいよ。仲間なんだから」

 リオナがそう声をかけた。タエはイブキに軽く目配せすると繋いだ手をいったん解き、一目散にリオナに駆け寄っていく。

「リオナちゃん!……リオナちゃん、ここに戻ってこれて、また仲間に戻れて良かった……」

 タエはリオナに縋り付くと、堰を切ったように泣き出した。タエに抱きつかれたリオナは、幾分得意げな眼差しになりつつイブキの顔を見て言う。

「ねえクソ野郎。あたしの大切なタエちゃんを、2度と危ない目に遭わせんじゃないわよ。あんたさ、1度この子の手を握ったんなら、離すのは──何があったって、もう勘弁してよね」

 イブキは一瞬たじろいで後ろに身を引いたが、リオナとタエの2人をまっすぐ見ながら、

「──悪かった」と、幾分しおらしげに言った。

 ナナカとシュウは、顔を見合わせて微笑んだ。

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