第18話

 シュウが予測した通り、A形態の緊急脱出口はロックが破壊されたままだった。

「通信遮断は完璧なのに、こっちのセキュリティがユルユルなのって、DEEPの性格の問題なのかな……」

 リオナが半分呆れ気味に言うと、DEEPについて少し他メンバーより多く学んでいるユージが補足する。

「深海には天敵がいないし、彼らが自分たちの個体数を増やして、スケールしていこうっていう種の本能みたいなものが希薄なまま生き続けてきたからだろうな」

「そんな彼らが急に人類を攻撃しようと思ったのは、なんでなんだろう……」

 ナナカがぽつりと呟くと、それに答えたのはカズヤだった。

「彼らがその種を保つために守ってきたパシフィサイトを、人類が脅かしたからだといわれている」

「パシフィサイトって、リバースGテクノロジーの原理に直結してる鉱物……」

「そうだ。彼らが希少種ながら、高い知的レベルを維持し種を存続してきたのは、パシフィサイトの磁性に極力依存できる環境下で生存できて来た所が大きい。基本的にDEEPのインターナルグルーヴと、パシフィサイトは相性がいい」

 ナナカは、そこで閃いた。つまり、DEEPはほぼすべての個体が、27エキップで言うオンボードとして稼働できる適性の持ち主なのだろう。人類の場合、インターナルグルーヴをパシフィサイトと感応共振させられる個体の数は限られているけれど。

「見方を変えれば、私たちオンボードは人類のなかでも、DEEPと近い特性を持ってるってことですか?」

 そうナナカが訊くと、カズヤは首を縦に振った。

「本来DEEPは、繊細で愛情の深い生き物だ……とも言えるな」


 ゴーストのタエは、艦内に侵入後すぐにイブキとタエ本体の居所を察知した。

『2人は、DEEPがたまたま使用していなかった船室に隠れているみたい』

「よっしゃ、すぐ案内してくれ。助けに行かないと」

 ユージが前のめり気味に身を乗り出すと、なぜかゴーストのタエはそれを一旦制止しようとする。

『あのね、ごめんなさい。もちろん急いで2人のところへは向かうけれど、もし艦内ににDEEPがいたら、早く深海に返してあげてほしいんだ』

 少し遠慮しながら言うゴーストのタエに、ナナカは驚いてつい余計なお世話承知で言ってしまう。

「ちょっとタエちゃん……。いまもDEEPに酷い目に遭わされてるのに、彼らを助けようと思うんだ?」

『うん。私は私で彼らに相当な反撃をしてしまって、実は反省してる。イブキが……助けてくれたんだけど。詳しいことは、きっとカズヤが知ってるから後で聞いて。とにかく、艦内のDEEPに罪はないから、自爆に巻き込んじゃだめだよ』

 ゴーストのタエは、少し申し訳なさそうに微笑んだ。このタエは、可憐というよりとても綺麗だ、とナナカは思った。タエが持つある意味多面的な人格のなかの、大人びた部分だけが具現化されたようだ。

『じゃ、行くね。ついてきて』

 ナナカとリオナの2人が、ゴーストのタエについてイブキたちの居場所に向かう。Dスクの2人とカズヤは、艦内のDEEPたちを海に返すことに注力してくれるそうだ。

「この船の中って、照明がないのに明るいね」

 リオナが不思議そうに言う。それを聞いたナナカは、艦内の床や天井そのものが光っていることに気づく。

「深い海の底って、光がほとんど届かないって聞いた。だから、照明では使い物にならなくて、壁や床自体が光るようにしてるんじゃないかな?」

「DEEPも苦労してるんだな。そんで、意外と頭いいね」

 ナナカとリオナのやり取りに、前を行くゴーストのタエがクスッと笑った。


 この船が造られたときから1度も改修されていないと思われる、古い船室の扉の前。そこでゴーストのタエは立ち止まった。

『ここに、2人がいるはずだよ。開けて』

 リオナがリバースGハンドガンの出力を上げて2発ほど扉のロックを撃つと、少し耳障りな軋み音を立ててドアが開く。

「タエちゃん!! ──あ……」

 リオナが部屋に飛び込んで行くと、イブキとタエの姿はすぐに見つかった。

 床の上で、2人ともすやすやと可愛らしい寝息を立て、不安や危機感など何らない様子でぐっすりと眠っている。

 リオナは顔を顰め、思わず苦笑いして呟いた。

「……子供か!」

 ナナカも、少し困ったような笑顔になると、それに続けて言った。

「……猫、かもよ」

 ナナカは、2人の眠る姿をこっそりクルー・タリスマンで撮影した。もちろん組織内に共有するつもりなどなく、あくまでナナカがその様子を個人的に写真に残したいと思っただけだ。誰にも見せず──もちろん本人たちにも──、お守りみたいに何度も見返したいほど、2人が愛らしかったのだ。

 タエはイブキの胸にしっかり抱きとめられ、右手でつねに肌身離さず持っていたネックレスのチェーンを握っている。ネックレスには、亡くした家族の写真が収められていると、以前本人から聞いたことがあった。そして、そのタエの右手を、イブキが2度と離さないとばかりに固く握りしめていた。

「うわ、助けに来てこれ見せられちゃうんだ」

 リオナはそうは言うものの、もう顔はほぼニヤついている。ゴーストのタエは顔を真っ赤にして、その光景から目を背けながら言った。

『なんか、照れくさいから私も寝る! うふふ、それじゃ私、そろそろ本体に戻って寝るね』

 ゴーストのタエが急にそんなことを言うので、ナナカは慌ててそれを止めようとする。

「待ってタエちゃん、いま本体に戻られちゃったら、ヴィオラはどうするの?」

『大丈夫。私は寝るけど、2人をヴィオラに載せてドックに戻るところまではやる。ヴィオラの基幹ユニットに、タイムコンヴァージョン仕様でインターナルグルーヴを記憶させたの』

「えっ、すご……そんなことできたの、タエちゃん」

『ううん、本体はできないよ。私は、ここの時間の流れ方が既に把握されてる世界線から呼ばれたから、それが可能なだけ。じゃあね、あとのことは心配しないで。──おやすみなさい』

 ゴーストのタエはにっこり笑うと、あっさり本体のタエに還っていった。


 そうなれば、昏昏と眠るイブキとタエの2人をナナカとリオナがヴィオラまで連れていかなければならない。

「ナナカちゃんは華奢だから、軽そうなタエちゃんを連れてけばいいよ。──って、うわ……。あたしが、アイツを担いで行くのか。嫌だなあ」

 リオナが、ものすごい顔になる。


 結局、ナナカがタエを、リオナがイブキを抱えてヴィオラまで連れていった。

「リオナちゃん、お疲れ様。タエちゃんすっごく軽いから、正直楽だったよ」

「ふーん。あたしも大の男1人担ぐなんて初めてだったけどさ、……まあ、あたしの鍛えっぷりの前じゃ、どうってことなかったね」

「リオナちゃん、強くなれたね。力を出し切って、人を助けたんだよ」

 クルーピットでタエが倒れた翌日に更衣室で話したことを思い出しながら、ナナカはリオナの肩を叩いて言った。

「でも、あろうことか助けたのがあのクソ野郎で、しかも寝てて頑として起きないとか……。かなーり、意味わかんなくて楽しいんですけど!?」

「まあまあ。ヴィオラは無事ドックに向かったから、あとは私たちが早く逃げるだけだね」

「うん。カズヤやユージたちに知らせなきゃ!」

 リオナとナナカが来た道を戻ろうとすると、なぜか艦内の音声装置から“あの声”が響いた。

「ちょっと? 僕のこと、忘れてないかい!?」




24.  なんと言われても愛 (Whatever you say, LOVE)


「大変なことが起こる匂いがしたから、慌てて来たけど……みんな気づいてないの? まあ、気づいてないか……」

 艦内に響いたのは、1度ドックへ戻ったはずのヌウスの声だった。

「一応、最悪の状況は回避できた。あとは、私たちが逃げるだけ」ナナカが、聞きとってもらえるかどうか分からないものの、念の為返答をする。

「それでは不十分だね」

 ヌウスはナナカの声を聞き取ったようで、すぐに返事をした。

「あなた、……艦内と外の通信は完全に遮断されているはず。なぜ、声を届けられるの?」

「僕は、パシフィサイトとちょっと過剰に感応共振してしまう体質でね。この特性を持ったオンボードは、DEEPの船に対して、何故かこれができる。無論、知っているのは僕1人だと思うけど?」

 ──バイザー……。ナナカの頭の中を、この言葉が真っ先に駆け抜けていった。

「不十分って、なにが?」

「あの紫の子は、たぶんこの船が沖へ向かうことも、自爆の準備をしていることも、DEEPによるプログラムだと思ったはずだ。でも違う。本当はあの子自身の、無意識下で解放された強い思念がこれを動かしている」

「タエちゃんが、この船を沈めようとしてるって言うの!?」

 ヌウスは、ナナカの抗議めいた大きな声にもテンションを乱すことなく続ける。

「そう。あの子は過去にDEEPによって家族を失い、心と身体に大きな傷を負わされているみたいだね。つまり彼女にとって、DEEPは個人的な仇でもある。強く激しい憎悪を、ずっと心に秘めて生きてきたんだよ」

「タエちゃんがそんなことをしたり、考えたりするなんて……私には信じられないよ」

「そういう子だからこそ、でしょ? 彼女、ものすごく優しい子のようだもの。もしきみたちが、ここから逃げるだけ逃げて船を自爆なんてさせてみろ。自身の怒りや憎しみに当面の決着が着くことで、彼女はそれが自分の所為だと知ってしまう。──確実に、彼女の心は壊れる」

 ナナカは、イブキに手を握られ眠っていたタエの、無邪気で穏やかな表情を思い出した。せっかく仲間と愛する人によって救われたのに、あの子がこの後すぐそんな目に遭わされるなど有り得ない。

「助けなきゃ。タエちゃんも、この船も」

「そう思うでしょ? 僕も、そうするつもりで急いで駆けつけた。あの紫の子は27エキップに絶対必要な存在だし、僕自身も彼女には思い入れるところがある」

「えっ、何言ってるの? タエちゃんにはイブキくんしかいないし、邪魔しようってのはないんじゃない?」

「違うよ。恋愛感情じゃない。むしろ、その対局にあるみたいな感覚さ。同士、というか……『同種』のような、ね」

 その言葉が艦内に響いたあと、ナナカたちが侵入した扉が開き、ヌウスが姿を現した。そして艦内音声ではなく、彼自身の声でこう言った。

「自爆する前に、この船の基幹ユニットから動力系に至る回路を、物理的に切断する必要がある」

「で、テントウムシ少年。あんたはさぁ、その回路をどうやったら切れるのか、知ってるってこと?」

 珍しく黙って話を聞いていたリオナが、この時になってようやく口を挟む。ヌウスは首を縦に振り、

「うん、知ってるよ。僕は、たぶんずっと前にこの船を動かしたことがあるみたいだ。だから、ここにいれば回路の状態が今も頭の中に流入してくる。……紫の子も、おそらく今から12時間前までの間には、この機体に接続してるね」

「え、この船、IGFと同じ原理を使って……?」

 驚くリオナとナナカの2人を窘めるような表情になったヌウスは、「静かに」のポーズを取りながらなおも説明を続ける。

「うん、それは後でいつか話す。今は、回路を切ることを優先して考えないと。船が異常事態を認識してる状況だから、僕もLAGはできない。外から切断するしか方法はないみたいだよ」

 ものすごい情報量だ。頭の中を整理しきれなくならないよう、ナナカはとりあえずヌウスの話によって新たに知ったことをまとめてみた。

 まず、タエは救われたが、彼女の本来の意思とは無関係に残留した強い思念が、船を自爆させようとしていること。このまま船が沈んだなら、タエの心には計り知れないダメージ──おそらく、彼女の死を危惧すべきほどの──が齎されること。

 そして、ヌウスはかつてこの船を動かしたことがあり、記憶は消され断片的だが回路や大まかな構造についてある程度把握していること。しかし、今は船が異常事態下にあって彼自身には操れないこと。

 それらの事情から、基幹ユニットと動力系を繋ぐケーブルを外部から物理的に切断するしか、船の自爆を止める術はないこと。

 ナナカは、意を決してヌウスに申し出た。

「マリエッタのウイングダガーなら、狭い所にも進入して物体を局所的に断ち切れる。私が、それをやればいい」

 ヌウスは、また不敵な笑みを浮かべながら頷く。

「さすが、分かってるねナナカちゃん。ただ、回路の切断を試みるには、きみ1人じゃパワーが足りない。……けど、僕が一緒に行けば事足りるだろう。僕を、きみのマリエッタに同乗させてほしい」

「えっ」

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