第17話
イブキとタエの2人は、A形態艦内の不穏な空気を察し、敢えて室外へ出ずに救援を待っている。
「その、DEEPの気配、ってのは、……今もその辺りにいそうなのか」
タエは、首を横に振って答える。
「さっき私がこの船を乗っ取ったタイミングでね、気づいたら感知できなくなってた。当然だけど私、DEEPとは異種だから……。この船の動力系回路──サーキットに異物である私が割り込んだ以上、2度とDEEPは合流できなくなるの。あいつ、使いものにならなくなったこの船を棄てたんだと思う」
タエはA形態の回路からは離脱したが、その動作に関して漠然とながら察知できるようになったようだ。
「それじゃ、艦内の電力はどうやって維持しているんだ」
「たぶん、操縦者の回路離脱から一定時間経過したことで、緊急プログラムを開始させて予備動作をしてる。──ってことは、……やだ、大変」
タエの額に忽ち冷や汗が滲み、神妙な表情でイブキの顔を見た。
「今、そう読めちゃったの。この船……自爆するんじゃないかな」
「嘘だろ⁉ タエ、回路を切れないのか」
「私は便利屋じゃないよ! イブキだって、IGFのサーキットを切断なんてできないでしょ?」
「……わるい」
仮に切断が可能だったとしても、予備電力が停止すればこの船は遭難するかもしれない。仲間のもとへ戻るには逃げるしかないのだ、とタエは思った。
「ヴィオラが間に合ってくれれば……。とにかく、ここを出ましょう。イブキ、リバースGハンドガンの出力を上げておいて。今はやむを得ないよ」
「わかった、一緒に行こう。きみは必ず守るよ」
タエはイブキを見上げ、一瞬だけ綻ぶように笑顔になった。
「ありがと。でも、私はやられない!」
「頼もしいな」
23. お疲れ様 (Otsukare-sama)
「あの船さぁ、通信だけはガッチガチに遮断されてんのよねぇ……DEEPの機体全般、どっか開けて侵入するのはわりと楽だっていうじゃん?」
ユージの指示でA形態を攻撃しに向かうナナカを気遣い、同行してくれているリオナがふと呟く。通信が途絶えて以来、A形態の内部にいるイブキとタエの2人とは全くコンタクトできていない。シュウから少し状況は聞けているものの、ナナカもさすがに心配になってくる。
「イブキくんたち、無事かなあ……」
「アイツはさぁ、タエちゃん命だからさ……そういう意味じゃ、心底信用できる気もしてきたかもね。ま、あたしも負けられないけど」
ナナカは、この戦いで起こっている「従来とは違っていること」について思い巡らしている。まず、人型の兵士ばかりが敵機に搭乗していること、そのことに対しカズヤが動揺する素振りすら見せなかったこと。それに、A形態をイブキたちが制圧するタイミングで、動力系に「人間らしきもののインターナルグルーヴ」が割り込んだ形跡が見られたと、カズヤから報告されたこと──。
本当は、ドックへ帰っていったヌウスを呼び戻したかった。彼がいれば、今は誰よりも頼りになるだろう。たぶんここにいる誰よりも、──おそらくはカズヤやジョシュア以上に──DEEPのことを知っているはずだから。
たぶん、レディバグに通信を繋げば、ヌウスはすぐに来てくれるのだろう。しかし、こちらから彼に何かを要求したという既成事実を作ることに対しては、少し気が引ける。何より、借りを作りたくなかったのだ。そしてなんといっても、彼はまだ私たちのチームの一員であるとは言い切れない存在だ。
ナナカは、意を決してプライマル・ダイレクトコネクトスイッチをオンにする。緊急時に、指揮官と1対1で連絡をとるための装備だ。
「戦闘時下特例要望、戦闘時下特例要望。──特別機S1へ。プライマル、こちらアイコンブレイバー1番機マリエッタ。1番機と2番機より、協力を要請します。繰り返します、戦闘時下特例要望。戦闘下時特例要望……」
すぐに応答はなく、しばらく無音の通信が続いた。そして、ゆっくりとモニターの向こうでカズヤは言った。
「了解。すぐに向かう。そして、きみたちを守る」
A形態の艦内で救援を待つイブキとタエの2人は、船の進路がこれまでと違う方角を指していることに気づく。
「なあ、タエ。この船……いったいどこへ向かっているんだ?」
「操縦者はいないけど、これまで操ってきたDEEPの本能的な思念みたいなものは残ってる。それが、この船を外洋のもっと沖に導いているんだと思う。──死に場所を決めたのかな」
「どうにかできないのか」
「できない。イブキは誤解してるかもしれないけど、私はDEEPと接続した訳じゃないからね。予備動作に入った今、この船はもういかなる操縦者を招くこともないし、私も回路に割り込むことはできなくなった」
タエはイブキから目を逸らし、外へ目を遣る。イブキもまた、打つ手はないことを同時に悟った。
「外との通信がまったく使えない以上、助けが来ているのかも分からないってことは……」
「私のヴィオラが来てくれるのを信じて、待つしかないってことだよ」
タエはそう言うと、突然笑顔になった。
「え、ちょっと待て……どうしたらいい?」
「あなたも、Gバリケードを張って」
ニコニコしたまま、タエはベルトのスイッチをオンにした。イブキも言われるがまま、自分のオンボードスーツのベルトのスイッチを入れる。
「Gバリケードを張ってしまえば、こっちから攻撃はできないぞ」
「そうよ。完全に丸腰だけど、その代わり相手の攻めの一切は防いでいられる。ボーッとしてても、寝てても平気ってこと」
言い終えるとタエは、なにを思ったのか船室の床にころりと横になる。
「おい、気が変にでもなったか」
「──うふふ。あのね、疲れちゃったの。あなただって、私なんかより余程疲れてるんじゃない?
だから、イブキも寝よう? ひとまず、寝て楽になろう」
そんな場合なのかと思いはしたが、タエのあまりに穏やかな笑顔に絆されるように、イブキもなんとなくタエの隣に横たわってみる。
「なるほど……認めたくないけど、僕もありえないくらい疲れを感じてる」
「でしょ? ね。悪あがきしても無駄ってときは、黙ってこうしていればいいの。──って、子供のころ父さんがよく教えてくれた」
タエはそう言い終えるとイブキの右手を取り、自分の髪を撫でるように視線と動作で促す。
「ね、お願いがあるんだ。……眠るまでこうしていて。私の父さんが、よくこうやって私を寝かしつけてくれたの。その頃は父さんの手じゃないと、だめだった。でもね、今はあなたの手だったら……眠れそうな気がするの」
おそるおそる彼女の髪を、前から後ろにそっと梳く。ふわりと広がる菫のほのかな香りが、嗅覚をくすぐった。イチかバチかの局面にあるからか、それとも他の理由なのかは分からない。でも、ここまで密に彼女と接触していても、変な気持ちには不思議とならなかった。もっとも、互いにGバリケードを張っている以上、接触以上の行為は仕様がないのだけれど。
「──思った通りだね」
タエは急にそう言い、悪戯っぽい笑顔になってイブキを見た。
「なんのことだ?」
「優しいよ、あなたは」
「あまり買い被るな。誰にも優しくできないまま、いつも後悔するような男だ」
「それは、心の中はいつも優しさで溢れかえってるってことだよ……」
そこまで言うと、タエの呼吸がすうすうと規則的になり、どうやら眠りに入ってしまったようだった。イブキは彼女の髪を梳きながら、空いた片方の手でその軽い身体をもっと近くに引き寄せる。まるで彼女が眠りに入った頃合いを窺ったかのようで、少しの罪悪感があったことは確かだが。
タエは寝惚けているのか、両腕をイブキの首に回して胸元に頬擦り、寝言と思われる口調でそっと小さく言った。
「父さん……お家に帰りたいよ……」
イブキは彼女のか細い背中に回した手にぎゅっと力を込め、耳元で囁いた。
「うん。大丈夫だ、帰れる。……帰ろう」
そのまま、2人は深い眠りに落ちた。そして入眠する直前に、イブキはあることに気がついていた。
──そうか。Gバリケードを張っていても、涙は拭えるんだな……。
「ナナカちゃん、ヴィオラがいる! 追いついたよ!」
A形態に向かっていたカナリヤとマリエッタは、先を行っていたヴィオラの後方に着いた。
「ねえリオナちゃん、あれに乗ってるの、タエちゃん……なんだよね?」
「うん、あの子のゴーストだってジョシュアは言ってた。実体のない分身……みたいなものかな」
ナナカは、ヴィオラを操るタエのゴーストに思い切って話しかけてみる。
「ねえ、タエちゃん?」
『……なあに』
意外にも、返事はあっさりと返ってきた。
「タエちゃん、私がわかる?」
『今さら何言ってるの? ナナカちゃんも、一緒に行ってくれるんだよね? すっごく助かるよ、ありがと』
その声も口調も、紛れもなくあのタエのそれだった。ナナカは不思議な気持ちになりながらも若干安堵し、タエにさらに話しかけてみた。
「A形態の中の2人の様子は、わかるの?」
『うん。なんとなくね。私はイブキと一緒にいるし、2人ともちゃんと元気に生きてる。ただ、──あのA形態は、もうすぐ自爆してしまうから早く助けなきゃ』
「えええええ!!」ナナカとリオナが、同時に驚いて大声をあげる。
「それで、沖へ向かってるってこと……?」
『さすがだね、リオナちゃん。DEEPの街は、海溝の斜面や底に築かれてるんだ。だから、その直上で自爆するつもりなんだと思う』
海溝直上の海面……A形態がそこにたどり着くまでに、2人を助け出さなければ。その上で自爆を止めるか、船そのものを沈めるかだ。ナナカは、カズヤのS1が早く追いついてくれることを願った。
『ナナカちゃん、リオナちゃん。A形態に着いたら、2人がいる所まで案内するから着いてきて。でも私ね、実体に触れることができないの。だから、2人がもし身動きをとれない状況だったら、彼らの救助をお願いしたいの』
──なるほど。ゴーストは本人の本体だけではなく、おそらく他の人間にも触れられないからか。要は、意思を持った立体映像のような在りようなのだろう。
そう頭の中で現状を噛み砕きながら、ナナカはモニターが映すタエの出で立ちに目を遣った。髪が黒く長いことが、実体のタエとの大きな違いだ。本来、タエの髪色は青みがかったグレイベージュのような色合いで、染めてはおらず地毛だと聞いている。髪の長さも本来は肩下までのボブなので、ゴーストが真っ黒なロングヘアで出現したことには驚いた。
それに、ゴーストのタエは瞳もはっきりした焦げ茶色をしている。実体のタエの眼は、薄墨色に淡くブルーを混ぜたような瞳の奥に、ルビーを思わす濃いピンクの瞳孔が強く光る不思議な色だ。白系ブラジル人とのミックスであるリオナのように真っ青な瞳ではないものの、日本人としてなんとも特徴的ではある。
ナナカがようやく遠くのほうにA形態の姿を見つけられた頃、眼前のモニターに意外なチームメイトの姿が飛び込んでくる。
「おぅ、ナナカ。俺も一緒に来ちゃったぜェ」
「ユージ! そっか。あなた、S1に同乗してたっけ」
「カズヤに、一緒に来いって目でプレッシャーかけられたら逆らえねぇよ」
その背後から、カズヤの声が響く。
「ああ? 誰のプレッシャーが、なんだと?」
カズヤとユージが、本当に来てくれた。無論救助はこれからで、まだ作戦は始まってもいないことを承知しつつ、ナナカは安堵した。
「よかったぁ、……救助活動に強い味方が」
「ん? 俺のこと言ってんの?」
「力持ちだからね、あなた」
そこまで言い終えて、ナナカは背後にまた仲間の気配を感じる。間違いなく、もう1機の特別機の飛行音だ。
「ん? 俺のS2に、勝手に乗ってるやつはだれだ!?」
ユージが戯けて言う。いまユージのS2に緊急搭乗できるのは、1人しかいない。
「シュウが来た!」リオナが大きな声で言う。なるほど、カズヤにひと声かけるとこういうことになる。困ったときの指揮官頼みは、ある意味正解だったかもしれない。
「みんな大丈夫? 僕は少しクールダウンできる時間が取れてよかったけど、みんなは疲れてるだろう? 僕がその分、ちょっと多めに働かなくちゃね」
「何言ってるの。平気よ」
リオナは、シュウの言葉に何故か張り合うようにそう答える。元アスリートの2人だけに、互いの体力の話題になると積極的にマウントを取り合ってしまうのかもしれない。
「僕とイブキが侵入した扉の場所まで、案内する。そこからなら、みんな簡単に船に入れるはずだ」
シュウはそう言って、A形態の後背部に向かっていく。他のメンバーもそれに着いて、同じ場所に向かった。
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