第13話

19.  接近戦 (Infight)


 穏やかな日々がしばらくは続いたが、とうとう大規模な敵襲の予兆があることが防衛班に告げられた。ステラドミナS1のバイオソートが、嘗てない規模での青色フィードバックを検知したのだ。

 アラートが構内に響き、トップとDスクは急いでドックポートに向かい出撃準備に入る。

「今日の海、嫌な匂いが強いの。A形態がいるんじゃないかな……」

 タエがそう呟く。A形態とはDEEPの機体の中でも最大級で、サイズでいうと小型艦クラスにあたる。もし撃破を試みるなら、チームの6人にカズヤを加えた全員で一斉攻撃を行う必要があるだろう。

 しかも、今日の現場は島からさほど離れていないようだ。7機はすぐに発進したが、ドックポートから10kmも離れていない海上で旋回しながら敵の状況を伺っている。

「しばらく敵襲がなかった後だ。過去の例からみても、十二分に警戒が必要だろう」

 カズヤが通信を介し、メンバー全員にそう告げる。

「97番機!!」カズヤが珍しく、戦闘前に名指しでイブキを呼んだ。

「はい」

「3番機のガードを、重点的に頼む。何があっても持っていかせるな!」

 カズヤはこれまでの経緯を踏まえ、この敵襲では特にオンボードの略奪を危惧していた。

「わかりました、3番機の護衛を最優先します」

「それと90番機。今日は、遊撃よりもガード優先だ。特に2番機に、注意を向けておけ」

 カズヤはシュウに対しても、ガードを優先するよう指示を出す。

「了解!!」シュウは即答すると、90番機を2番機カナリヤの背後に寄り添わせた。

「リオナちゃん、前に出過ぎるな。きみは、いつも前進し過ぎて敵のちょっかいにやられる」

「えー、だって誰より先に攻撃の手を出したいじゃん?」

「今日は我慢してよ。──DEEPに連れ去られたいのか?」

 予想外の忠告に、さすがのリオナも一瞬怯む。

「や、やだ、それはやだな。でも、あたしが狙われる理由なんて……ないし」

 自信なさげになるリオナに、シュウはキラっと目を光らせて言う。

「──きみは綺麗だから」

「えっ」

「美人さんは、要警戒なんだよ! 僕が後ろで様子を見ておく。無駄な動きを減らして、隙を見せるな。大丈夫、飛び出さなくても勝てる。僕らのチームワークを信じて!」

「──うん、わかった」

 穏やかなシュウには珍しく、男っぽい熱さを垣間見た気がする。さすがのリオナも勇気付けられると同時に、彼に対しつい素直になってしまっていた。


「来る!」

 タエが声をあげて知らせる。今日の敵は、かなり人工島の近くまで迫ってきているようだった。

「タエちゃん、A形態か?」ユージも最近はタエの勘を信用し、そう訊くようになっていた。

「A1機、C2機……だと思うの。C形態は露払いみたいに、Aの前方を張ってる……かも」

「ありがとタエちゃん、なかなか手強い編隊だな。よし、ナナカが先行してくれ。C形態の1機を引き付けて、間隙を作ろう。頼むぞナナカ!」

「わかった!」

 ユージの指示に応え、即座にマリエッタが最前に出る。アイコンブレイバーとほぼ同サイズの敵機であるC形態は、接近戦を想定してマリエッタに迫った。

 まだ数回しか出撃していないマリエッタは、相手にとってもおそらく未知の敵だ。カナリヤやヴィオラのように、マリエッタもまた弾を放ってくることを、先方は想定しているように見えた。

「ざーんねん。読みを外させることが、新人の特権よ!」

 多くのIGFに装備されているGウェブだが、最も強力に相手を捕捉できる高性能なGウェブを備えているのがマリエッタだ。局地性重力渦に相手を落とし込み逃がさないばかりか、動力機構を完全に麻痺させるほどの拘束力を有している。

 最接近したDEEPのC形態に向け、ナナカは至近距離から迷わずGウェブを張った。C形態はあっという間に見えない重力網に捕われ、前後不覚に陥りながら動けず宙吊りとなる。

「マリエッタ、そいつをそのまま刺せ!!」

 普段はもっと慎重になるはずのカズヤが、即座に大きな声で指示を出す。

「まかせて!」マリエッタは左腕部から光る短刀のような武装を繰り出し、大きく構える。豪快に振り被った左手で、短刀型の武装=ウイングダガーをC形態の関節部めがけ投擲した。

 ウイングダガーはマリエッタの手を離れると、左右に翼を広げ自律飛行しながら標的に向かう。そして標的を刺した瞬間に爆発的な倒置重力渦を生み、その物体を分子化して破壊する。関節を狙うのは、相手の動作を奪うこととともに、DEEPが棲息する深海底と海上の圧力差にかかわる弱点がそこにあるからだ。

 獣型のC形態の後脚部関節に、ウイングダガーは狙い通り刺さった。損傷で開口した箇所から、みるみる崩壊が始まり破片が海中に沈んでいく。

「かっけえな、マリエッタ!」

 ユージが歓声を上げる。ナナカは撃破した敵機が砂の城のように形を無くしていくのを、息を飲んで見つめていた。

 ここでいつもの戦いなら、カプセル型の厚い装甲服に包まれ姿形の判別できないDEEPの搭乗員が、深海へと戻っていくはずだ。しかし、このC形態の搭乗員の装甲服を纏った出で立ちに、ナナカは唖然とした。

 ──人!?

「カズヤ、人が乗ってる! C形態のパイロット、人の形をしてた……!!」

 カズヤもモニター越しに、その光景を目にしていたようだった。

「バイオソートを見る限り、敵の搭乗員は負傷している。そのまま、Gウェブを解かずに捕縛しておけ。逃がしてしまったら、おそらく搭乗員は帰還できずに死ぬ」

 カズヤの指示があまりに冷静である理由が、ナナカには分からなかった。なぜDEEP側に人の形のパイロットがいて、なぜ自分たちと戦うのかと思うだけで鳥肌が立ちそうなのに……。

「防護服を着用したメディックを、回収に向かわせる。きみたちは、DEEPの身体に触れないほうがいい。Gウェブの解除パスを設定してモニター班に通知し、マリエッタはそこから離れろ」

「でも、人の格好をしてます。人なのに、触ったら危険なんですか!?」

「中身が人とは限らない。──ナナカ、もう1機のC形態を、リオナとタエが追っている。早く、協力しに行ってやれ」

 自分の焦りや驚きの感情が、カズヤにまったく伝わらないことがナナカは無性に悔しかった。この人はなぜ、こんな信じられない光景を目の当たりにして動揺の1つたりともしないのだろうか。

 若干失望気味のナナカは返事をせず、そのままカナリヤとヴィオラの援護に向かった。


 もう1機のC形態は、翼竜型の機体だった。俊敏な動きで素早く飛行し、空中戦では負け知らずのカナリヤを翻弄するほどだ。

「アイツ、速すぎ……。あたしとシュウが撹乱しようとしても、すぐ逃げられる。ナナカちゃん、東側が手薄だからそこで張って」

 ナナカはリオナの言うとおり、外洋方面をカバーする位置に着く。タエは西側に着いているが、97番機がその前で固いガードを張っていて攻撃に出られない。ナナカが獣型のC形態とやり合っているうちに、何かがあったのかもしれない。そう思い、97番機に状況を尋ねてみる。

「イブキくん、ヴィオラに何かあった?」

「さっきあの速いやつが、3番機を捕捉しようとしてきた」

 オンボードの略奪が、現実に行われようとしていた。ナナカはぞっとして、声を震わせる。

「え、……タエちゃんが狙われたの?」

「そういう動きだった。無論彼女のことだから、まんまとはやられない。だが、今は迂闊に前には出せないんだ。1番機も気をつけろ」

 タエが前進できるなら、戦力的には申し分ない。しかし、攫われるリスクがある以上は攻めに出られないのだ。タエ自身もそれが悔しいようで、Gバリケードを張らずに後方から攻撃する機会を狙っている。

 マリエッタの反応速度は速いとはいえ、カナリヤには1歩譲る。そのカナリヤが追いつけないのだから、Gウェブを張って捕まえようとしても逃げられるだろう。攻めの一手が出せず、ナナカもつい焦れてしまう。

「急いでやらないと、A形態がここに追いつくよ……」

 タエも攻撃する隙を狙いながらそれが見えず、攻めあごねている様子でそう口にした。

 その時だった。

 ガールズオンボードの編隊にようやく追いついた、ユージとカズヤの姿が見えた。

「さあ俺を撃ってみろ、DEEP!!」

 C形態がステラドミナS2に気付き、数発の弾を放った。S2は瞬時にGバリケードを張って、その攻撃を無効化する。敵が弾を放った後でもGバリケードを間に合わせられる反射速度で機体を操れるのは、特化クルーだけといわれている。つまりこのチームでは、ユージとタエの2人のみだ。

 S2に気を取られたC形態の右側に、一瞬だけ狭い間隙が築かれた。それを見逃さなかったのは、97番機の陰で攻める隙を窺っていたタエだ。

 97番機の背後から、ヴィオラがリバースG動力弾を2発発射した。弾2発は水平に旋回して97番機を躱し、C形態の両翼の先端を削るように欠く。

「これで敵の動きは、少し遅くなるよ。リオナちゃん、詰めて!」

 タエが叫んだ。カナリヤは、水を得た魚のように速度を上げてC形態に迫った。ボウガン状の武装=クルーエル・キューピッドを連射しながら、敵を追い詰めにかかる。

 ──これで、ユージかナナカちゃんが止めを刺してくれれば……!

 しかし、その瞬間C形態は、機体表面からは目視できない未知の武装を翼の付根から繰り出し、ビームを発射した。ビームは一瞬現れた隙間を縫い、イブキが乗った97番機の真正面に向かう。

「危ない!!」シュウが声を上げる。おそらくイブキの反射速度では、Gバリケードを張っても間に合わないだろう。

 誰もがそう思って固唾を呑んだ瞬間の事だった。

 97番機を庇って、ヴィオラが前に出る。その胸部中央に、ビームは命中した。

「やめろ!!」

 イブキが絶叫する。被弾したヴィオラは、そのまま仰け反ってバランスを崩した。

「タエちゃん!!」半泣きするような声で、リオナもタエを呼んだ。そのまま海上に着水したヴィオラは、辛うじてオンボードとのLAG状態を保っている。

「彼に手を出さないで……なんて事するの」

 敵意と憎悪に満ちたその声は、ヴィオラのコクピットから聴こえてくるタエのものだった。

「私を連れて行きなさい!! それで満足するんでしょう?」

 海上で動きを止めたヴィオラから、タエはそう言いながらゆっくりと降りた。

「行くな!」

 イブキが、また大きく叫んだ。

 ひらりと機体から飛び降り、海中へ飛び込もうとするタエの小さな身体を、C形態が攫ってそのまま飛び去る。

 言葉を失った6人の目の前に、この時を待ち構えていたかのようなA形態の姿が、水蒸気を纏って現れた。A形態はタエを攫った翼竜型のC形態を格納すると、一旦推進を止める。

 茫然とする6人と、攻める手を一時的に失ったA形態は、その場で睨み合うように黙ったまま相手の様子を伺っていた。

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