第8話
11. ナナホシ(744)
「女はさ、損だよなぁっていつも思うの」
翌朝、更衣室のロッカーに脱いだ部隊服を掛けながら、リオナはそう言って珍しくため息などをつく。
「急にどうしたの、リオナちゃん」
ナナカが不思議そうに訊き返すと、振り返ったリオナの表情はいつになく切なげだ。
「ゆうべタエちゃんが帰り道で倒れたけど、イブキとカズヤの救護措置で大事に至らなかったって聞いてさ……。人助けとか、人を護る……って話になると、女っていつも蚊帳の外でしょ。そこに居合わせてタエちゃんを救ったのが、なんであたしじゃなかったのかな」
「……女の子と男の人じゃ、やっぱり身体を持ち上げたりするときの力の強さとかも違うし、どうしても、ね」
ナナカは通り一遍なフォローしかできず、おそらくその言葉も自信なさげだったはずだ。
「せめて、力が強く生まれてきたかったな……」
「リオナちゃん……」
「あの子のピンチを救うのがあたしじゃなく、イブキみたいなヤツの役回りになるとか、ホントありえない……」
リオナは目に涙を浮かべながらロッカーの戸を1度だけ強く叩いた。そして、その勢いのまま寄りかかって嗚咽を漏らす。
「嫉妬してるだけかもしれないよ。あたしがそこに居なかったことも、単なる巡り合わせだと思いたい。でも、そこにあたしがいたとしても、アイツと同じことはきっと出来てないよ。──あたし、なんで強くないんだ……! なんで……!」
ナナカが、これまでに見たことのないリオナの表情だった。──悔しさと、誰かに恋焦がれる気持ちが入り交じったようなその顔。激しい感情を顕にしているにもかかわらず、不思議と美しいと思ってしまう。
「リオナちゃん、今はタエちゃんが何ともなかったことを喜ぼう、ね? イブキくんだって、誠心誠意行動してくれたんだと思う」
「わかってる! わかってるんだ、でも自分を納得させられないの……。あたしが弱かったせいで、妹だって……」
リオナの口から、初めて聞く「妹」という言葉に、ナナカは思わず聞き返す。
「リオナちゃんに、妹……さん、が?」
「そっか……まだ話してなかったっけ」
リオナは幼少のころから、サーフィンの天才少女として英才教育を受けていた。1つ下の妹のケリーとともに活躍していて、所謂「ハーフ」の美少女アスリート姉妹というやつだった。メディアに華々しく登場することも、多かったという。
リオナは豪快な大技が持ち味で、妹のケリーはミスの極めて少ない技巧派タイプと、選手としての個性もそれぞれ異なる。リオナは自分のやらかし癖がコンプレックスだったが、妹の実力も素直に認めていたし、互いに尊敬し合っていた。
しかし、リオナが17歳の誕生日を迎えた頃のある日。いつも完璧に波に乗れていた妹のケリーが、コンディション不調を押して大会に出場し、ほぼミスの可能性はないと思われていた局面でワイプアウトする。ケリーの競技歴の中でも、おそらく前例のない初歩的すぎるミスだった。
失敗したときの対処の上手さは、ミスの多かったリオナが必然的に上だ。ケリーは慣れない失敗に立て直しができず、姉の目の前で波に飲まれて海中に姿を消した。ライフセーバーたちの救援によりケリーは救けられたが、不運にもその命は呆気なく失われてしまう。
目前で最愛の妹が命の危機に瀕していても、傍観するしかなかったリオナは激しく自身を責めた。そしてその日を境に、水に入って板に乗ること自体できなくなり、競技界の第一線を退いてしまう──。
「恥ずかしい話だよね……。危険が伴うスポーツしてること承知なのに、どうしても水が怖くなってさ。あたしも、自棄になっちゃったんだ。毎日夜遊びするようになって、実家も追い出されてここに来たの」
アイコンブレイバー2番機・カナリヤは空中戦に主眼を置いて造られ、その飛行時の操縦性はかなりピーキーだ。あの速さとトリッキーな動作を実現しているのは、リオナの身に染みついた類稀なバランス感覚のお陰なのだろう。
そして、亡き妹への想いと悔恨──。同学年ながら、愛らしく可憐なタエを「好き」になることも、なんとはなしに理解できた。
「恥ずかしくなんかないよ、リオナちゃん。後悔する気持ちもわかる。でもね、前を向いて戦ってる今だってカッコいい。いろんな感情と向き合って、それでもここで私の目標になってくれてるって事だけで、私リオナちゃんをすごいって思う」
「ありがとね。あんたは、アイドルとして見てたまんまの、いい子だった。あたしが目標だなんて、てんで気恥しいけどさ、それでも……嬉しいもんだね」
リオナがそう言って顔を上げようとしたとき、セキュア解錠のランプが点灯して更衣室のドアが空く。その向こうに立っていたのは、他ならぬもう1人の仲間だった。
「──タエちゃん……大丈夫だったの?」
ナナカが声をかけるとタエは歩み寄り、いつも通りの愛くるしい笑顔を見せる。
「うん。心配させてごめんね。一晩休んで、かなり良くなったって思う」
「……タエちゃん!! もう、あたしのいない所で急に倒れるなんて……」
10センチは身長の低いタエの目線まで腰を落とし、リオナは何とぼろぼろと泣き出してしまう。
「リオナちゃん、泣くほどのことじゃないでしょ。ほら、すっかり元気になったよ。もう、……いつもこの調子なんだから」
タエは苦笑しながら、また下を向いてしまったリオナの頭をポンっと叩く。タエの言葉を耳にしたナナカは、思わず振り返って目を丸くした。
「え、──これ、いつもなの!!」
このあと、敵襲など何事かが起こらなければ、そのまま訓練だ。ナナカは着替えを早く終え駐機場へ向かったリオナとタエに一足遅れ、廊下を早足で歩いていた。──と、その途中のことだ。
ふわりと懐かしい香りとともに、あまり見覚えのない華奢な少年とすれ違う。
不意に、ナナカは背すじに微弱な電流が走るような感覚を覚えた。つい足を止め、振り返って少年のほうを見ると、少年も立ち止まりナナカを見つめている。
──儚くスモーキーな光が揺れる、翡翠のような瞳に長い睫毛。そして、男性では見たことのないほど白い肌の持ち主だった。この少年が、実は女の子なのだと言われれば、それはそれできっと納得してしまうかもしれない。
「あなた、……クルーなの?」
ナナカは思い切って、声を掛けてみた。少年はそれにイエスかノーで答える代わりに、フッと微かに笑って言う。
「僕の識別暗号名は『744』で、ナナホシって呼ぶ人もいる。ちゃんと『ヌウス』って名前もあるけどね」
「──ヌウス……」
「きみは、ナナカちゃんか。噂には聞いてるよ」
幾分冷たさすら感じる薄笑いの端正な口元に、先刻のようにゾクリと背すじを震わせる感覚がよみがえった。この少年の瞳に見入れば、自分の中の大事な何かを持っていかれてしまうのでは……という気さえしてしまう。
戸惑うナナカが次の言葉を選んでいたそのとき、廊下に訓練で聞き慣らされていた警報音が大きく響いた。
でも、訓練のときとは鳴動時刻も音量も違うし、「訓練、訓練」というアナウンスもない。──ほんとうの、臨戦警告だ。
「ほら、アラートだよナナカちゃん。戦って来るんだよね?」
ヌウスと名乗った少年は、何故なのか若干ナナカを試すような口調でそう言う。ナナカは初戦に臨む緊張感も相まって、それに答えもせず一目散に駐機場へと走って向かった。
その様子を横目で追いながら、少年はニヤリと笑って独り言のようにつぶやいた。
「──頑張ってね……」
12. 初戦 (The first)
3機のアイコンブレイバーが、うつ伏せの姿勢になり手を繋ぎ合いながら、ドックポートタワーを中央に囲んで円陣のような形を築いた。そして3機は、そのフォーメーションのまま円盤のようにゆっくり回転しながら、空へと垂直に浮上していく。この状態のときは、まだLAGは完了していない。オンボードたちは個々の感応共振レベルを1点に集中させ、完全なLAGへ向かっているところだ。
オンボードとマシンがLAGコンプリートすると、各機体前面・側面のインフォモニターに、マシンナンバーとオンボードのサイファが大きく表示される。そして、機体各所への通電を表すBeep音が繰り返し響き、徐々に音量を高めていく。全箇所への通電が完了すると音は止み、頭部前面に配置される3Dインタラクションディスプレイ「Eヴィサージュ」が稼働を開始。アイコンブレイバーはこの時点から、「顔」を持つマシンとなる。
手を繋ぐように連結していた3機が、ガキンと甲高い音を立て切り離しを行う。眼下に広がる深夜の東京の光と、その煌めきを際立たせる東京湾の闇。それらを醒めた表情のまま見下ろしながら、3機は夜明けの近づく外洋へ向け高速で飛行していった。それに続いて、2機のステラドミナと97番機・90番機が彼女たちを追い、ドックエアポートから次々と飛び立つ。
トップ=スクワッドと、彼女たちを護衛するDスクワッドの全員がようやく揃った。フルメンバーによる初めての防衛戦が、これから始まるのだ。
「ナナカちゃん、この下にDEEPの巣があるよ」
タエが通信を介し、ナナカに声をかけた。見下ろすと、朝の陽射しに照らされキラキラと光る海面に、ひときわ深く濃い青色が帯のように細長く続く箇所があった。
「海面から現れるかもしれないし、空のどこかから来るかも……。それに、岩礁に隠れているかもしれない。今は静かだけど、注意深く張ってた方がいいよ」
リオナが、続けてそう言う。しかし初出撃のナナカは、海上を飛行しながら機体が安定する姿勢を保つことで精一杯というのが正直なところだ。
「周辺一帯の海深30メートルに、DEEP由来と思われる青色フィードバックを検出した。来るなら、海からだ」
このタイミングで、ステラドミナS1に乗るカズヤからそう指示があった。3機のアイコンブレイバーは一斉に海面を注視し、身構える。
カズヤの乗るステラドミナS1には、人間とDEEPそれぞれの生命反応を海中・海上から検知するバイオソートが搭載されている。青色のフィードバックはDEEPに対し、そして緑色のフィードバックは人間に対して反応するようになっているのだ。
次に声をあげたのは、3番機ヴィオラのタエだ。
「みんな、東南東からB形態が1機近づいてる。備えて!」
「えっ、タエちゃんどうしてDEEPの動向がわかるの?」
何がなんだかわからないナナカは、焦って訊く。
「だって、気配がするでしょ!? みんなは感じないの?」
まるで気配を感じて当然といった調子で、タエが言う。それを聞いたリオナはにやりと笑って、ナナカにこう説明する。
「また出たか、タエちゃんの謎の第六感。DEEPが来る大体の方角と距離感を、気配で察しちゃうの。しかも何でか、それもかなりよく当たる」
呑気にリオナが説明しているうちに、東南東の海中から無数の泡が立ち上り始める。やがて、噴水のように巻き上がった水蒸気の中から、藍色の物体が姿を現した。
「来たぞ! 全員警戒しろ。先制攻撃があれば、直ちに迎え撃て」
カズヤが、そう全員に指示する。
「ナナカちゃん、私のすぐ前で張って。1→3→97の縦ラインを、できるだけ維持しながら戦いたいの」
「わかったよ、タエちゃん!」
ナナカはいっぱいいっぱいだったが、なんとかタエの指示を聞いてその通りにフォーメーションを維持しようとする。
「カナリヤは遊撃に回れ、可能な限り自由に動いてDEEPの注意を引くんだ」
ステラドミナS2からも、ユージの指示が届く。
「了解!」
リオナはさっそく、2番機カナリヤを4方向へ派手に蛇行させながらの飛行を開始する。
「おい、そいつは長い『手』を持ってる。近づきすぎると、接触攻撃を喰らうぞ。気をつけろよ」
そう言って、ユージが注意喚起した瞬間だった。B形態のDEEP機がロープ状の武装を繰り出して、カナリヤの翼を軽く叩いてきたのだ。
「うわ!」
リオナは驚いて叫び、カナリヤは海面へ向かって垂直に落下していく。
「リオナちゃん!」
ナナカも目の前で起こった事態に思わず声を上げたが、訓練で教わった咄嗟の対処のことを不意に思い出した。
──マリエッタが備えてる「Gウェブ」は、網状の重力コントロールエリアを生じさせ、対象物をそれで包むようにして動きを止める武装だ。敵の捕捉に使うことが多いけれど、いざとなれば味方の救助のためにも使える、って聞いてる。
「ごめん、捕まえるよ!」
ナナカのマリエッタはカナリヤを追って降下し、Gウェブでカナリヤを捕捉した。カナリヤは海面まで数メートルほどのところで落下を止め、マリエッタのGウェブに捕まった格好でそのまま宙吊りになっている。
「いいぞナナカ! マリエッタにも、念のためGバリケードを張っておけ。隙を見せれば、攻められるかもしれない」
ユージがナナカに指示を出す。「Gバリケード」はその名の通り、自身の機体やスーツに重力由来バリアを張る装備だ。ユージが言うとおり、ナナカは自機にGバリケードを設定する。
「わかった。ありがとユージくん!」
Gバリケードを張っている間は相手の攻撃から身を守ることはできるが、自機からの攻撃は一切できなくなってしまう。つまり3機のアイコンブレイバーのうち、マリエッタとカナリヤの2機が攻められない状況になっているのだ。
「いま敵機を攻撃できるのは、タエのヴィオラ1機だけか……。どうする、ユージ」
カズヤが尋ねる。ユージはいつものように即断即決で、現場のメンバーにこう指示した。
「97番機、97番機! 聴こえるか、イブキ。そのまま、ヴィオラの護衛に着け。後方にぴったり着いて、影のように様子を窺うんだ。90番機、シュウは3→97ライン周りの上方をなるべく離れず、遊撃に回ってくれ。そして3番機ヴィオラ。タエちゃんには……攻撃を任せる。一か八か、やってくれ!! 何があっても俺らが守るから、前に行って攻めろ!」
ユージはそこまで指示すると自分のステラドミナS2を前進させ、ヴィオラの右隣に着いた。カズヤのS1も、それを合図とするように左隣に着く。
「1対1か……。これまでになかった局面だな。タエ、きみの3番機に少し頼っても大丈夫か」
カズヤがタエを気遣ってひと声かけるが、タエからは意外な返答が返ってきた。
「心配要りません。──私、ひとりでやれます」
「え、マジで!?」
さすがのユージも、素っ頓狂な声を上げてしまった。
「B形態1機なら、──読める」
呟くようにタエがそう言うのを聞き、それまでひと言も口をきいていなかったイブキが言った。
「まさか『脱ぐ』つもりか……? このまま、彼女1人に攻撃させると危ない。S2、S2! こちら97番機、3番機の護衛最優先で動く」
「おぅ、わ、わかった。じゃ、頼むぞ97番機」
かつて、能力の高いオンボードがDEEPに捕らえられ、そのまま戻らなかったという重大なインシデントがあった。Dスクのメンバーは全員、そのことについて座学で教わっている。タエを無防備なまま独りで戦わせることは、確実にその状況を招くだろうと踏んだのだ。
──しかし、
「必要ないです」
イブキのひと言をピシャンと払い除けるかのように、タエが即座に拒否の意思を示す。
「何故だ!? きみの力を、DEEPが欲しがっていたらどうする。護衛無しでバイザーを除却して戦うことを考えているのなら、無謀にも程がある。敵を仕留め切れなければ、敵に持っていかれるぞ。いいか、バイザーは何があっても脱ぐな」
しかし、それに対するタエの答えはにべもないものだった。
「静かにして。──私、ヘマなんかしない」
次の瞬間、ヴィオラのインフォモニターに表示されているマシンナンバー「3」と、タエのサイファである「TAE」の文字が緑から赤に点灯色を変え、点滅を開始した。
「ヴィオラのLAGレベライザー無効化、ならびに過共振リスク増大の警告を検知! まさか、彼女……。バイザーを除却したのか!?」
予想外の行動をとったと思われるタエに、カズヤも困惑しているようだ。
しかし、言葉をかける間もなくヴィオラは瞬時に斜め右上方向へ移動し、肩部に備わる5連装通常弾をDEEP機へ放った。敵は縄状の武装で2発ほどを回避することはできたものの、残りすべてを被弾した様子で激しくバランスを崩す。
「タエちゃんって、時々不思議な戦い方をするね……。DEEPの動きの先が、見えてるみたいだ」
ヴィオラを援護する機会を窺っていた、シュウがそうつぶやく。カズヤは、これ以上彼女ひとりに攻撃を任せるのは本人へのリスクが大きすぎると判断し、次の指示をする。
「戦術を変える! ヴィオラは下がれ。タエ、このまま攻め続ければきみ自身が危険に晒されるぞ」
「いえ、もう少しだけ待ってください。その間に、一撃で必ず仕留めます!」
「待て、指示を聞くんだ。過共振リスクの高い状態でリバースGハープーンを使うつもりか。無茶だ」
カズヤが諭すが、タエの乗るヴィオラは下がるどころか真っ直ぐ敵機へ向かって前進を続ける。右側部に着くユージは慌てて、タエに声をかけた。
「戻って! きみが危ないんだぞ!」
「ごめんなさい。今だけは、指示に背くことを許して」
全力で敵機に向かって行くヴィオラを、誰も追うことができない。しかし、背後でガードに着くイブキの97番機は迷わずヴィオラに次いで速度を上げ、前線へ上がっていった。
「イブキ、なんで着いて行く! 止めないのか!?」
「……なぜ彼女を信じてやれない?」
「えっ」
虚を衝くようなイブキの一言に、彼を諭すつもりで声をかけたユージが思わず黙ってしまう。
「組織内で殊更大事にされている彼女が、やると言っているんだろう。やり遂げるまで、守り抜くのが務めじゃないのか」
その言葉の後で、普段自発的に敵機を攻撃する機会などなかったイブキの97番機が、照準を定めて1発だけリバースG動力弾を放った。弾道はヴィオラを絶妙に回避しながら美しくカーブを描き、狙い通り左斜めに傾きかけていた敵機の左袖に命中する。均衡を保てなくなった敵機は、海面へと落下した。
その後、誰もが敵機は再浮上を試みるだろうと思っていたが、タエは真逆の読みをしていた。
──このまま、深海へ逃げるつもり……そして、仲間を呼ぶのかも。
複数のDEEP機に援護に出られたら、余計苦戦してしまう。DEEPは限られた数の仲間たちを決して見捨てないし、その危機も見逃さないだろう。彼らがそういう生き物であることを、タエは直感で見抜いていた。
敵機の次の行動は待ってはならない。自機の背部からリバースGハープーンを瞬時に繰り出し、先方が反撃の手を出す間もなくひと息に突く。DEEP機の特徴である分厚い装甲が忽ち損傷し、圧力差で一気に機体が崩壊していった。
ナナカはハッとした。──リバースGハープーン。あの夢の中でヴィオラが使っていた銛状の武装は、そういう名だったんだ。
その威力は、おそろしいエネルギーで相手を粉砕するだけにとどまらない。衝撃で生じた振動が、離れたところにいたナナカにも感じ取れるほどだ。
「帰りなさい!」
タエがDEEP機へ向かってそう呼びかけると時を同じくして、粉々になっていく藍色の機体を取り巻くように、海面が大きく渦を巻いた。激しく渦巻く海面は、敵機の破片とそれに搭乗していたであろう装甲服姿のDEEP本体を、深海へとのみ込んで行く。
「ここには、居場所は無いよ……」
呟くようにそう言ったあと、タエがフッとため息をつく様子を、通信を介して全員が聞き取った。
「──なんだ今の……。あの子、ほんとうに一撃で」
ユージが息をのんでそう言った直後、3番機ヴィオラのEヴィサージュとインフォモニターが同時にグレイアウトする。
「嘘だろ、3番機のLAGが停止しただと!」ユージは慌てた。
「オンボードの意識消失かも……。ユージ、ヴィオラに急いでGウェブを!」
シュウが声を上げる。ヴィオラが落下していく方向に向かい、ステラドミナS2は水平にGウェブを張った。
ヴィオラの機体は無事捕捉できたが、問題はオンボードの状況だ。ユージはすぐに、オンボードの生体反応を唯一確認できるカズヤへ尋ねる。
「カズヤ、3番機の緑色フィードバックは!」
「心配無用だ、確認できているし異常もない。タエは緊張と疲労で、気を失っただけだろう。過共振を起こしたオンボードには、よくあることだ。90番機および97番機を、救護に向かわせる」
ユージはホッとため息をつき、相変わらずバリアを張ったまま動けずにいるマリエッタと、Gウェブに捕まりっぱなしのカナリヤの方を見た。
「おーい2人とも、敵機は撃破したぞ。搭乗員のDEEPも、殺らずに沈めた。タエちゃんもどうやら無事だから、安心して戻ってこい」
「それがね、ユージくん。リオナちゃんが、乗ったまま腰を抜かしちゃって身動きが取れないって。一瞬だけ水が怖かった……みたいで」
ナナカの想定外の応答に、ユージがずっこけて腰を抜かしそうになる。
「カ〜ナ〜リ〜ヤ〜……。まあいい、とりあえずGウェブを解除してくれ! そういうわけでカズヤ、2番機オンボードの回収に協力してくださーい!!」
音声モニターから、カズヤの苦笑いが聴こえた。
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