第5話

7. マリエッタ (Marietta)


 初日から数日ほどは、ナナカは自分の機体がなかったため、ずっと訓練を見学していた。しかし、今日はナナカの専用機がようやくドックインすることになっている。

 いきなり使いこなせるかはさておき、新しいギアを手にできることは嬉しいものだ。ナナカは新造機のもとへ行くことを楽しみに、早起きしてオンボード・ステーションに向かった。


 ステーションに着くと、普段は研究棟から滅多に出てこないドクター・ジョシュアの姿があった。ジョシュアは、アイコンブレイバーをはじめとする27エキップ防衛班の主要兵器・総称:IGF(I-Groovematic Fighter)を創った、開発者の1人だ。

「待ってたよナナカちゃん。きみはトップ=スクワッドの切り札も同然、早く新造機に乗ってほしいと思っていた。さあ、駐機場に案内しよう。他のみんなも一緒に来てくれ」

「あっ、はい……」

 返事もそこそこに、ナナカはさっさと歩き出すジョシュアを追って駐機場へ向かう。

「待って、待ってよ2人とも」

 リオナも嬉しそうにそう言いながら、ナナカとジョシュアを追った。その後ろをタエが、ニコニコしながらのんびりとマイペースについて行く。

 ジョシュアは極秘の研究を生業にしている割に、いつも明朗で開放的な性格のように見えた。ナナカが初めてジョシュアと対面した日にも、『僕のことは博士や科学者じゃなく、発明家と言ってほしいね』と言い、屈託なく笑ったことを覚えている。それだけに、人前でも部下たちには必ず「ジョシュア」と名前呼びさせ、「博士」や「先生」とは呼ばせない。

「あの赤いマシンに乗れる子を、ずっと見つけたいと思っていたんだ。幸い、きみの顔は色んな所で目にする機会があったからね。たまたまテレビできみの眼と表情を見て、『この子に会ってみたい』と」

 そうか、自分の機体は赤い色なんだ、とナナカは漠然と考えた。思えばアイドル時代のテーマカラーも、赤だった。

「あの、私、テストに合格してここへ来たはずで……。初めから乗り手が私に決まっていたのなら、ちょっと複雑な気分ですが」

「それなら、心配要らないよ。あれも、茶番劇なんかじゃなかったからね。きみに注目したことは確かだけど、初めから一択では面白くない。より多くの可能性に目を向けた結果、やはり君がもっともオンボードに適格で、相応しいと判断できたということだ」

 ジョシュアはそう言って、またニヤリと笑った。


「マンガみたい……」

 ドックに着くや否や、ナナカは自分が搭乗する機体を見上げて呟く。

「マンガみたいだと感じるのも、おおいに結構さ。マンガで描かれた未来は、ほぼ現実になる」

 ジョシュアが、得意げにそう言う。ナナカは、リオナやタエの機体と同様に人型をしている、自分のアイコンブレイバーを改めて見上げた。

「ジョシュア、これ、顔が……ない」

 リオナやタエの機体には綺麗な顔があるのに、この機体には顔がない。さすがに気になり、ナナカは思わずそう言ってしまう。

「顔は、きみがこのマシンとLAGすると立体造形されるんだ。マシンの顔面は、3Dモデリングディスプレイになっている。自発光する軟質素材で、きみの心理状態や戦いざまを反映して表情に落とし込む」

「私の人格に合わせて、顔が変わっていくんですか……?」

「よく気づいたね。そう、乗り手と一緒に成長していく顔なんだよ。リオナやタエのマシンも、どんどん美人さんになっていっているよ。僕はこの、成長する立体ディスプレイを『E-ヴィサージュ』と名付けたんだ。いいだろう?」

「ほ、ほえ……」

 ジョシュアの言っていることは、普通にまったく意味がわからない。そもそも「LAG」とは何なのだろう……。とはいえ、とにかく乗れればいいのではという気もしてくる。自分が乗れるようにさえなれば、顔の問題はたぶん解決するはずだ。

 そう思ったら、少しだけ気が大きくなってきた。

「ジョシュア、これ、もう乗れるんですか……?」

「もちろん。でも、ドックイン初日の朝にそれを新人オンボードが自分から言うなんて、前代未聞だよ。乗ってみたいか?」

「はい。私が乗ったらこの顔がどうなるのか、早く知りたいです」

「なるほど。最初に顔を気にするなんて、さすがアイドルだね」


 ナナカが搭乗するアイコンブレイバー1番機の通称は、「マリエッタ」。赤を基調としたカラーリングに、全体のフォルムも女性的かつアーティスティックで美しい。

 2番機・リオナの黄色の機体は翼を持ち、ボウガン状の武装を構えると愛らしいキューピッドのような出で立ちだ。3番機・タエの紫の機体は、頭部にリボンを飾るセミロングヘアのような装甲を纏っている。銛のような武装を手にすれば、海の女神さながらだった。三者三様の個性が、マシンにも反映されている。

 ナナカはおそるおそる、マリエッタの搭乗ポッドから内部へ乗り込み、シートに腰を下ろした。アニメや映画で見る巨大メカのコクピットには、たくさんのモニターや計器類が設置されているイメージだ。しかし、マリエッタの操縦席は思いのほかシンプルだった。目の前に、大きなモニターが1つあるだけだ。

「ジョシュア、これ、……訓練どおりに操作していいですか?」

 あまりに訓練専用機とは趣が違いすぎて、ナナカは途方に暮れそうになっている。

「大丈夫さ。訓練で習ったとおり、その場で心を鎮めてみるといい。LAGしたときに感じるパワーと高揚感は、きっと段違いだろう」

「ところでジョシュア、LAGってどういう意味なんですか」

「リンク・アンド・ジェネレイトの略さ。きみのインターナルグルーヴとマシンが感応共振して、動力伝達を行うことだよ。アイコンブレイバーは勿論のこと、すべてのIGFは搭乗者と動力機構がLAGすることで稼働している」

 ジョシュアの説明には、まだはっきり言って意味がわからないところだらけだ。とりあえずナナカは言われたとおりに、ヘルメットのワイヤレス接続機構をオンにして、ひと息深呼吸をした。

「──えっ!?」

 現実の視界と、頭で思い浮かべ脳内で展開される光景との分離が解かれたように感じる。2つを融合した世界がモニターに映し出された状態として、ナナカの目と脳は認識を始めた。

「なんですか、これ……」

「きみは今、自らの脳へマシンの情報を吸い上げている。光の河のように、情報の束が目の前で流れていくのが分かるだろう? その流れに、躊躇せずきみの意識を乗せてごらん」

 ジョシュアの声を合図に、ナナカは『マシンの情報』と彼が呼ぶ光の河に近づく。そして、意識下で個体化させた自分の思念を、思い切ってそこへ飛び込ませた。

「うわ……っ!」

 ナナカの全身が、びくりと大きく震える。その瞬間、自分の身体がひと回り大きくなり、五感や意識の行き届く範囲の広がりを覚えたような気がした。

 知覚や思考の状態そのものに、変化はない。しかし、視界と感覚が研ぎ澄まされ、四肢の動作感が大きく変わったように思える。

「ジョシュア、これ、機体の手と、……足が、私のものになったの? 自分の手足のほかにもう一組ずつ、手と足が増えたみたい」

「みたい、じゃないんだ。きみがそう思ったとおり、増えているってことだよ。その新しい手と足を、少しずつ動かしてみてごらん」

 ナナカは感覚として新たに加わったマシンの手足を、おそるおそる前に動かしてみた。従来自分の肉体に備わっている生身の手足とは、まったく別の器官として動作する。

「なんで、……なんでこんなに、力が入るの」

「そりゃ、マシンが大きくて強いからに決まってるだろ。さすが、きみはやはり僕が探し当てた最適なオンボードだったね。LAGコンプリートまでにかかった秒数も、最速レベルだった。この分だと機体への慣れだって、あと1日か2日あったらお手の物だな」

 これまでの訓練で使っていた訓練専用機では、LAGするための機構は擬似的なものでしかなかった。マシンを操ること自体から習得しないと、実戦には出られないだろう。そう思い込んでいたナナカは、ある意味拍子抜けしていた。

 ──LAGするって、こういうことなんだ。アイコンブレイバーは、適性を持つ人間の意思や知覚を動力と動作に関する制御機関とすることで、稼働するマシンだったんだ……。

「ジョシュア、防衛班の機体はすべてこうやって動かしているんですか?」

「実を言うと、マシンにオンボードの知覚を委ねているのは、3機のアイコンブレイバーだけだよ。Dスクが乗るステラドミナや量産IGFなんかは、オンボードが操縦デバイスでコントロールしている」

「私たちの中にあって、マシンと感応共振する『インターナルグルーヴ』って、一体何なんですか?」

「それは、……もう少し機体の操縦に慣れたら、改めてゆっくり説明させてもらうよ」

 この問いにだけは珍しく、ジョシュアは即答しなかった。アイコンブレイバーの操縦自体は、おそろしく難しい訳ではない。でも、そのメカニズムを理解するには、まだまだ奥の深い何かをさらに知る必要があるんだろう。そう、ナナカは思った。


 ちなみにその日は、トップ=スクワッドとDスクワッドの全員が集まって訓練に臨んだ、最初の日だ。そこで改めて、新人のナナカを含め1人ひとりの自己紹介を行うことになった。

「ナナカです、1番機マリエッタのオンボード……の、み、見習いです」

 カズヤがそれを聞き、クスッと笑う。

「おいおい、見習いなんて制度はないぞ。きみは今日から、正式なマリエッタのオンボードだ」

「あ、ありがとうございます。腐ってもオンボード、だそうです」

 自己紹介でそんなことを言うナナカに、カズヤはまた笑った。

「2番機カナリヤのオンボード、リオナです。日本人だよ! こんな顔だけど、外国人じゃないからね。ミックス! ミ・ッ・ク・ス、だよ」

 余程外国人と間違えられる経験をしているのか、リオナの自己紹介はあくまで日本人であることしか主張していない。これにも、カズヤは苦笑いしている。

「3番機ヴィオラに乗ってます、タエです。みんな素敵だから、いつも惚れ惚れしてる。これからも頑張りましょうね」

 末尾に「にっこり」と、笑った絵文字を付けたくなるような自己紹介だ。そのふんわりとした可憐さに、ユージやシュウなどはニヤニヤしている。

「おいDスク! お前たちも、新人ちゃんに挨拶しろよ」と、ニヤついている男性陣に発破するようにジョシュアが声をかけた。

「じゃ、じゃあ俺から。俺はリーダーのユージ。乗ってんのはそこに駐機してる、ステラドミナS2だ。明るく前向きで健康、それ以外に取り柄は特にない!」

 ユージを良く知るカズヤが、少し呆れて笑った。

「量産97番機改に乗ってる。──他に話すようなことは、別にない」

 次に素っ気なく挨拶して名乗ろうとしないのは、あの点検棟で出会った黒髪のクルーだ。その不遜な振舞いに対して、さすがにユージが呆れ気味にフォローを入れる。

「イブキ、名前くらいちゃんと言え」

「必要ないだろう? ここで言わなくたって、いずれ分かることだ」

 相変わらずの態度で嘯くイブキにタエは心配そうな表情を向け、リオナは露骨に不快そうな顔をする。そんな彼女たちの機嫌をやんわりと取るように、シュウが口を開いた。

「ま、まあ、みんな穏やかに行こうよ。僕は量産90番機に乗ってて、Dスクのサブリーダーを務めてるシュウ。さっき挨拶した、隣の彼は97番機改のイブキ。2人まとめて、これからよろしくね」

 プロのアスリートだったという、あの小柄なクルーがトップとDスクによる合同チームの副隊長だったのだ。入隊順の序列で行けば、イブキのほうが先輩のはずなのに……。そう、ナナカは少し不思議に思ったが、シュウは相当に能力の高いオンボードだと聞いている。そんなこともあるのだろう、とそれほど深くは考えなかった。


「ナナカちゃん、ちゃんとマリエッタを初日から動かせるなんて、凄いんじゃない?」

「この分なら、来週くらいには一緒に戦えるかもね」

 LAGと駆動のテストを終えたナナカを、リオナとタエが順に囃し立てる。

「でも、マリエッタは武装の数も多くないし……。タエちゃんのヴィオラって、手足や胴体にもリバースG弾と火薬弾が沢山あるし、ビームも装備してるよね。あれを全部頭で考えながら使い分けるって、やっぱ凄いよ」

 ナナカが、この前の訓練でのタエの戦いぶりに感銘を受けたことを思い出してそう言う。タエははにかむように微笑んで、小さな声で言った。

「あのね、ごめんね、勘なの。1つずつ考えながら動かすなんて、正直無理。DEEPの顔色やそれまでの動作を見て、あの方向に向かって撃ったらやれるかな、って思うだけ」

「DEEPの顔色ぉ!? まだ誰も顔見たことないんだし、そんなのわかる訳ないじゃん! タエちゃん天然だよねぇ、そのくせちゃんとDEEPを殺さずに撃破できるなんて天才だよ。天然の天才!」

 リオナがそう言って勢いよく笑いながら、タエを小突いた。

「そ、そっか……。顔、見えないのに、顔色……じゃないよね。うふふ」

 タエもリオナに釣られて、思わず笑い出す。

 「DEEP」とは、目下27エキップが戦っている敵の総称だ。情報がほとんど得られない謎の敵であるゆえ、この呼称も便宜上そう呼んでいるに過ぎないが。

「ね、ナナカちゃん。私たちが何故DEEPと戦うことになったか、もう教わった……?」

 タエが、徐にナナカに尋ねる。相変わらず、相手をほっとさせるようなトーンの、美しい声だ。

「う、うん。カズヤに聞いた。日本に大きな発電装置を作ろうとしたとき、そこをDEEPに攻撃されて何人も死者が出たって。そしてそのとき、私たち人類がどうしても欲しかったものは、DEEPにも必要なものだってことが分かったって」

 タエは微笑みながら、大きくうなずく。

「そうだね、合ってるよ」

「27エキップは、彼らとそれを奪い合わずに済む方法を模索してる。私たち防衛班はそれが実現するまで、人々を彼らの攻撃から守る役割を担ってる……って。そう、教えてくれたよ」

 ナナカがそう最後まで話すと、タエはもう1度うなずいてにっこり笑った。穏やかで優しい笑顔だが、深い藍色のその瞳の奥に、何かを静かに燃やし続けているような、1点の強い光が宿る。

「タエちゃんって、目がきれい。つい、黙って見つめたくなっちゃう」

 タエの瞳に目を奪われたナナカが思わず言うと、タエは照れて目を伏せた。

「やだ、ナナカちゃんってスーパーアイドルなのに。私なんかに、そんなこと言っていいの……?」

 ──カズヤもジョシュアも、タエの戦い方は「別格だ」と言う。入隊の時間差は数か月しかなくて、扱いとしては同期だけれど。でも、マシンを降りればそんな強さの片鱗すら見せず、その微笑みはどこまでも柔らかい。外見は可憐でおっとりして見えるけれど、本質はきっと私たちより相当に大人なのだろう。こうなりたいな、と思わせる側面を、タエは次々と見せてくれる。

 しばらくうっとりとタエの横顔を見つめていたナナカだったが、ふとあることを思い出す。

「あっ、タエちゃん……顔! マリエッタの顔、撮ってくれた!? 私、自分の機体の顔が見たかったんだ」

「あ、やだ、ごめんね! すっかり忘れちゃってた……」

 苦笑いしてペロッと舌をだすタエに、リオナが背後からちょっかいを出しながらツッコミを入れる。

「あ〜あ、やっぱり天然だったか……。ナチュラルボーン・ドジっ子の面目躍如だね」

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