第4話
6. バックヤード (Back Yard)
トップ=スクワッドの構内および対外活動用の部隊服は、彼女たちが駆るアイコンブレイバー各機のカラーリングに合わせ、ブレザーの色がメンバー専用色になっている。ナナカの制服はローズピンク、タエの制服は紫……といった具合だ。それだけに、他の部隊と比較すれば派手で目立つし華やかでもある。それは羨望の対象にもなれば、ときにはやっかみの標的となることもあった。
その日は、ナナカとリオナ、タエの3人で27エキップの整備点検棟に用があって出向いていた。タエが実戦や訓練で着用するヘルメットは他のオンボード用と若干構造が異なり、通常より短期間でのメンテナンスが必要になるらしい。支給されているメットのうち1個が点検時期になり、メカ班へ預けに訪ねたのだ。ちなみにナナカとリオナは特に用事もなかったが、単に面白そうだったからついて来ただけである。
3人が無事メカ班にメットを引き渡し通路へ出て、来た道をそのまま帰ろうとしたときのことだった。
「あっ、ごめんごめん!」
すれ違った知らないクルー2人組のうち1人がそう言いながら、通路を歩いていたタエの肩に明らかに故意にぶつかって来た。タエはそのままバランスを失い、階段下のニッチに積まれた資材の山に倒れ込んでそれを崩してしまう。
「おい、ちゃんと片付けとけよ、そこのバイザー!」
ぶつかってきたクルーはニヤニヤ笑いながら、そう言って手も貸さずに立ち去ろうとした。
「タエちゃん大丈夫?」ナナカが慌てて駆け寄り、タエの身体を起こす。
「うん、ありがとう。私は平気だよ」
「ちょっと、ひどくない!? あんたたち、わざとぶつかったでしょ! 怪我でもしたらどうすんのよ。それに、片付けくらい手伝いなさいよ」
と、声を荒らげたのはリオナだ。
「いいよリオナちゃん、気にしないで。きっと、たまたまだよ」
優しいタエは自分が突き飛ばされたのに波風を立てまいと、怒るリオナをたしなめた。そんな中、先刻ぶつかってきたクルーとその仲間が、そのまま立ち去ろうとしながらヒソヒソ話すのが聴こえてくる。
「トップ=スクワッドにバイザーがいるって、本当だったんだな」
「バイザーの連中って、あれだろ? 身体弱いくせに、戦闘に出れば片手で捻るくらいで結果出しやがる。むかつくんだよな」
それを耳にしてしまったタエが少し悲しげな眼になった、その次の瞬間だった。
「──おい」
クルー2人の背後から、よく通る声が彼らを呼び止める。
「は?」
「自分たちで騒ぎの種を撒いておいて、ヘラヘラ笑いながら逃げるような奴らが、よくここに居られるな」
その声の主は、背の高い黒髪の男だった。新人のナナカにとっては、おそらく初めて目にする人物だ。単なる通りすがりの男に突然咎められたものだから、さすがに2人組も不機嫌になる。
「なんだよおまえ……。見かけねえけど、どこの部隊だ?」
2人組が凄むも怯まず、黒髪の男は即答した。
「Dスクだ」
その途端、2人のクルーの顔色が変わる。
「ちょっ、Dスクってトップの護衛じゃん。……やべぇな」
「『バイザー』を蔑称代わりとは、下品にも程があるな……。いい歳でまともな言葉の使い方も知らないとは、可哀想な奴らだ。
──わかったなら今すぐ消えろ。視界に入れたくもない」
鋭い眼で見据えられ、完全に及び腰になった2人組に向け、黒髪の男はさらに言い放った。
「消えろ!」
「──くっそォ」
2人組は背中を向け、足早に去っていった。黒髪の男は振り返り、ナナカたち3人を一瞥する。タエが1歩前に出て、黒髪の男に向かって言った。
「ご、ごめんなさい。私がボーッとしてたせいだよね。これ、ぜんぶ片付けるから」
「いいから放っておけ。僕がやっておく」
「でも、私のせいだし……」
散らかった資材を拾おうとするタエの手を、黒髪の男はあっさり邪険そうに払い除けた。
「早く行け。きみに手伝ってもらう必要はない、──悪いが邪魔だ」
「なんであんな所にいたのよ、アイツ」
部屋へ戻る帰り道。リオナが露骨に嫌そうな表情になり、整備点検棟の通路で会った黒髪の男の話題を蒸し返す。
「リオナちゃんは、あの人知ってるの? タエちゃんは知っていそうだったけど」と、新入りのナナカは無邪気に訊いた。
「知ってるも何も……。これから一緒に現場に出る、Dスクワッドのメンバーだよ。言ってたじゃん、本人もDスクの人間だって」
「そうなの!?」
驚くナナカに、タエが笑顔で付け加える。
「あのね、彼のサイファは”IBK”っていうの。昔の本名を取って呼び名はイブキ。私たちの2年先輩で、ユージくんと同期なんだよ」
「ありがと、タエちゃん。ふーん、あれがDスクワッドの部隊服か……。男子はまだ幹部やリーダーのユニフォームしか見てなかったから、まじまじ見ちゃった」
これから一緒に働くクルーとして興味深げなナナカを横目で見ながら、さっきからあの男の話題に露骨に嫌そうな顔をしてきたリオナは、また顔を顰める。
「やめてよ、なに話題にしてんのよ。あたし、ほんっとにアイツ嫌い。だって、気味悪くない? だいたいあの場所に、なんで居たのかからして謎だし」
真剣に気持ち悪そうな顔で言うリオナに、慌ててタエがフォローを入れる。
「あそこにいたのは単に偶然でしょ。でも、私がからかわれてたし、きっと助けてくれたんだよね……?」
「でもそれじゃあ、そのあとタエちゃんにあんな冷たい態度取る? ほんっとーに意味わかんない。──なんかさ、タエちゃんの戦績が優秀だからって取り入りたいだけなんじゃないの!? タエちゃん、何かとアイツのこと庇いたがるけど、あんなヤツにできるだけ関わんない方がいいよ」
「そ、そうかな……」
「そうだよ……。普段から、口開けば嫌味ったらしいことしか言わないし。ここに居る割に、人並みの正義感とか本当にあるの? って感じで」
新人のナナカには、2人の会話の内容は把握しきれない。でも、さしあたってタエが極度の天然っぽい物腰の割に、意外と優秀なオンボードであることはわかった。
「そっか、タエちゃんって仕事できるんだ」そうナナカが言うと、
「ふふん、そうだよ」と、リオナがしゃしゃり出てきた。それにはさすがのタエも焦り顔になり、すかさず会話に割って入る。
「よしてよ、リオナちゃん。私そんなんじゃ……」
「ま、実戦訓練に入れば一目瞭然よね。タエちゃんって、本当に凄いからさ。ナナカちゃんも楽しみにしてて」
謙遜するタエと、ひたすら彼女を持ち上げたがる親友のリオナという図式が、ナナカにも垣間見えてきた。どちらが正解なのかといえば、おそらくはリオナの言い分が正しいのだろう。3番機のヴィオラを操るタエがそうとうの切れ者であるという話は、すでに上官のカズヤからも少しだけ聞いている。そして、たびたびそんな評価を受けながらも、控えめに微笑んでやんわり受け流してしまうタエ。
──たぶん、みんないい人たちなんだろう。アイドルの夢が潰えてしまい正直落ち込んでいたけれど、27エキップの居心地はわるくない。ナナカにとっては、今のところそれがとりあえずの救いだった。
宿舎棟に戻るとタエがその日の洗濯当番だというので、ナナカとリオナの2人は共有スペースのテーブルでお茶を飲むことにした。
「ねえリオナちゃん、タエちゃんのことで1つ教えてほしいことがあるんだけど」
そこにいない人の噂話をすることは正直好きではないが、1つだけクリアにしたい疑問がナナカにはあった。
「ん? いいよ、タエちゃんのことなら私に聞いて」
タエの親友で保護者を自認するリオナは、その一言だけで俄然目を輝かせる。
「さっき点検棟でタエちゃんが呼ばれてた、『バイザー』って……なんのこと?」
それは、おそらく少しネガティブな意味合いの言葉なのだろう、とナナカは思った。タエの表情や、あの黒髪の男ことサイファ:IBKの態度を見ていると、なんとなくあの場ですぐに聞くのは憚られてしまったのだ。
「彼女のメットをよく見ると、わかると思う。左目だけ、カラーシールドで覆われてるでしょ。目から入る光や情報を、脳に過剰に入れない構造になってるんだよ」
「あー、そっか、アンバーの……」
ナナカは、タエの訓練時の出で立ちを思い返していた。彼女のヘルメットだけ、左目の部分にオレンジブラウンのバイザーが取り付けられている。彼女は、片目を色付きのシールドで覆った格好で戦闘に臨んでいるのだ。
「簡単に言うと、あれがバイザー。適性の都合で、必要なんだって。タエちゃんは、オンボードとしての適性の判断要因が私たちとまったく別なの。IGFの操縦は同じようにできても、その能力の出どころと使いどころは私たちとは全然違う……って感じかな。
今の説明で、わかった?」
「──なんとなくね」
「オンボード適性には2種類あって、タエちゃんと同じ第2の適性が確認されたオンボードは、少数だけど他にもいる。彼らが身の安全を確保しながらIGFを操縦するには、あのバイザーが不可欠なんだよ」
「そっか、安全装置なんだ……。ってことは、なにか過剰なものを抑制してる感じなのかな」
ナナカが素朴に疑問を伝えると、リオナはうなずいた。
「そう、感覚の問題。センシティブ過ぎるんだってさ。現場呼称は『バイザー』なんだけど、正式な呼び名は『UD適性』……だったかな」
「クルーの中に、どのくらいの人数がいるの?」
「ああ、バイザーの比率ね。10人に1人くらい。少ないよね? だから、ああやってマイノリティ扱いされがちなんだよ。困った話だけど」
27エキップ流の呼び方を用いれば「ちょっと違う個体」ということだろうか。と、ナナカは思った。そしてリオナは言い忘れていたのか、最後にこんな一言も付け加えた。
「あとね、バイザー組って基本、オンボードとして戦う能力は相対的に高いんだよね。だから、何かとやっかまれるっていうのもあるかな」
あの2人組のクルーも、やっかみ半分であんな行動をとったのだろうか。ナナカも、アイドルをしていた頃よくそんな目に遭った。学校でよく知らない生徒に突き転ばされたり、如何わしい言葉を書き連ねたメモ紙をロッカーに入れられたり……。久々にそれを思い出し、忸怩たる心境がよみがえってくる。
「なるほど……。タエちゃん、それでもあの人たちのこと気遣ってた。余裕あるっていうか、人間ができてるなあ。本人より、あのDスクの黒髪のほうがさ、100%殺気で出来た生き物みたいになってたよね」
ナナカが何気なくそう言うと、リオナは何かを思い出したように、神妙な表情になって言葉を付け加える。
「そういや、アイツもバイザーなんじゃなかったかな」
「アイツ……って?」
「さっきの、Dスクの黒髪。でも本人が明かしてる訳じゃないから、直接訊いちゃダメだよ。イヤな奴だけど、一応立場は尊重しておかないと」
「そうなの!?」
「そういう話らしいよ。タエちゃんは、たぶんこの事を知らないけどね。行動を共にするメンバーの中にもう1人バイザーがいるなんて、人員配置的にも異例だもん」
よく喋るリオナだが、さすがに人への思慮は行き届いているんだな、とナナカは思った。感心するように頷くナナカに、リオナはさらに続ける。
「それに、そもそも事実確認できてない話だから、軽々しく広めない方がいいと思って、あたしからも言ってない」
あのイブキって人も、リオナが言う「UD適性」なのだろうか。──もしそうだとしたら、それで軽率に差別意識を露わにする人たちに対して、あんなに憤ってたんだ。おそらく彼も、きっと性根の悪い人じゃないんだろう。
「ふーん。それならあの黒髪のひとも、そんなに変な人だとは思わないかな」
「あたしはイヤだけどね! アイツの笑った顔って、1度たりとも見たことないしさ。陰気が伝染りそうで、近づくのもごめん蒙るわ」
冗談めかしてこんなことを言うこの子だけれど、やっぱり物事の筋を通す性分なところは尊敬できる。これから会う人達も山ほどいるだろうけれど、いい仲間がこれからも増えていくに違いない。ナナカはそう思い、大きく深呼吸をした。
その日の洗濯当番を終えたタエは、IGFを収容・充電するドック棟にある小さなバックヤードへ、仕上がった洗濯物を届けにやってきた。
基本的に、誰かがバックヤードの室内にいることはまずない。そう思ったタエは微笑みを浮かべ、小声で歌を口ずさみながら60平米くらいの小さい部屋へ入っていく。
──戦闘中にもつい口ずさんでしまうことがあるけど、やっぱり不謹慎だからやめようかな。
そんなことを思いながら、たくさんの洗濯物を仕分けてリネン庫へ収納する。すべてをしまい終え、ようやく手ぶらになってバックヤードを出ようとした、そのときだった。
不意に、誰かの気配を感じる。
しかも、たった今ここへ来たのではない。おそらくは、タエが部屋へ入る前からずっとここに居たような。
「誰かいるの?」タエは思い切って、その気配の方向へ声をかけてみた。
返事は返ってこない。
そのまま戻ろうかとも思ったが、なんだか気になる。タエは1度バックヤードを出る振りをしながら、壁のタッチパネルに触れ室内の灯りをすべて点灯させた。
「──えっ?」
不意に、室内の奥の壁に寄りかかって立つ人影が目に飛び込んでくる。
「イブキさん……。ずっと、ここにいたんですか」
「誰も来ないと思っていたからな。何故急に来る」
「何故、って……洗濯当番ですから。2日に1度、この時間になったら必ず来ます」
「──ふん」
サイファ:IBKことイブキは、意識的につれなく振る舞うようにタエから目を背ける。しかしタエは、あのとき言えなかった礼を言わなければ、と咄嗟に思った。
「あ、あの……さっきは、ありがとう」
「かまうな。あんなくだらないことはさっさと忘れろ」
イブキはバックヤードから出ていこうとして、ゲートに向かい真っ直ぐ歩き出した。そして、タエとすれ違う瞬間に少しだけ足を止め、小さな声で言った。
「忘れてしまわないと、きみだって悲しいだろう」
それきり黙って、イブキは早足でバックヤードから去った。その後姿を見つめながら、タエは意味のわからない胸騒ぎを感じ、そのまましばらく動くことができなかった。
温厚で、冷静沈着で賢いと誰からも言われ続けてきた。そんなタエは、いつも暗黙のうちに我慢を強いられる役回りでもあった。そう、たとえ誰かに鼻で笑われても、黙って笑顔で辛抱しなければ誰にも納得してもらえない。
──私のことを、悲しいだろう……って、なに? いつも平気な振りしか、してこなかったのに……。
あんな言葉をかけられることなど、滅多にない。あの切れ長の瞳に、自分の心の奥を覗き見されてしまったような羞恥心が不意に込み上げる。
自分にとっては、何もかも……そうしなければ、生き残れなかったからに他ならない。温厚に振る舞えることも、我慢ができることも。それに自分は、きっと賢くなどない。本当はたぶん、ただ小賢しいだけなのだ。
──私がちっとも平気じゃなかったって、あの人にはわかってしまうの……!?
理由がわからないまま、ただただ涙があふれる。
「ちがう、……ちがう。悲しくないよ」
冷たいバックヤードの床にぺたんと座り込み、タエは1人でほろほろと泣いた。
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