第3話

4. アイコンブレイバー(I-Controled-Braver)


 27エキップに属する者は「クルー」と呼ばれ、現状の時点では男性クルー7割、女性クルー3割の比率となっている。ごらんの通りで、女性クルーは現状かなり少ない。業務や生活において参考にできる同性の上司や先輩も、なかなか見当たらないという状況だ。

 服装は部隊服があるからよいとして、お化粧は毎日すべきなのだろうか。それに、男性クルーと同じ仕事はどこまで引き受ければよいのか……。疑問や質問の絶えないナナカはずっと、モニター班のコーディに頼りっぱなしだ。もうすぐ会える部隊の同僚たちは、全員女性クルーだと聞いている。彼女たちと合流すれば、少しは楽になるのだろうか。

 そしてもう1つ、気がかりなことがナナカにはあった。所属の挨拶を済ませたあと、いきなり声をかけてきたあの長身の男性クルーだ。ナナカがアイドルであったことを知っているクルーは、ありがたいことに大勢いるらしい。が、中でもあの男性クルーはかなり熱心にナナカを応援してくれていたようなのだ。

 アイドルだった頃の自分とはきっぱりと区切りを付け、心機一転を図りたかった。それだけに、ナナカとしては正直むず痒い気分にもなる。──ただ個人的な感想を言えば、あの男性クルーの第一印象は決して悪くない。身長も190センチくらいはありそうで、かなり背が高くスタイルも良かった。顔立ちだって、幾分派手めでキリッとした雰囲気だ。

「でも、ちょっとチャラそう……」と、思わず口に出して独りごとを言ってしまった。実を言えば、異性の好みにかかわる最も大きな要素は、誠実さだと思っている。好みのタイプに準じて考えるのなら、あまり軽薄そうではちょっと困るのだ。


 さしあたり簡単にメイクをして、朝の身支度を整え部屋を出る。ナナカは宿舎棟からの渡り廊下で、初めて訪ねるトップ=スクワッドのステーションへ向かった。

「きみが、トップ=スクワッドに新しく入った子?」

 と、少しトーンの高い男性の声が、背後からナナカを呼び止める。

「えっ、あっ、その、はい……」

「そんなに緊張しなくていいよ。僕もこれから、仲間になるんだし」

 振り返ると、温厚そうな笑顔の小柄な男子クルーの姿があった。

「僕は防衛班・Dスクワッドのシュウ。サイファは"SHU"で、元の名前と同じだよ。よろしく」

「ナナカです、サイファは”NNC”。よろしくお願いします」

「知ってるよ。テレビでよく見てた」

 思わず言葉を飲み込み、ナナカは顔を真っ赤にした。

「僕らの詰所は、ちょうどきみたちトップ=スクワッドのステーションの隣になってる。よかったら、一緒に行こうよ。案内する」

 優しげな口調でそう言うと、シュウはナナカをエスコートするように斜め前に立って歩き始めた。

「アイドルをしていたなんて、凄いな」

 シュウのその言葉に、ナナカは少し照れて苦笑いする。

「凄くないです、ずっと死にものぐるいでしたから」

「わかるよ。真面目で一生懸命そうだもの。みんな、きみのようなアイドルを見たがるものさ。人気者だったのも、そんな才能があったからだと思うな」

 チラリとナナカの顔を見て、シュウは微笑む。シンプルに優しい人だな、とナナカは思った。──とても柔らかい表情のこの人が、本当に防衛戦などできるのだろうか。

「あんな辞め方をしたのに褒めてもらえて、うれしいです」

「心配しないでよ。みんなきみに同情していたし、ほとんどの人は味方だと思う。きみほどじゃないけど、僕もここへ来る前は人から見られる仕事をしていたからね」

「そうなんですか!?」

「うん。プロスポーツの選手だった」

 ナナカはまじまじとシュウを見た。背は低く華奢だが無駄のない筋肉がしっかり付いていて、言われれば確かにアスリートの面影がある。

「プロでも2部リーグだったから、そこまで有名でもなかった。1年半くらい選手は続けたんだけど……色々あって、今はここにいるんだ」

「ここに来る人は、何かしら色々あった人たちだってコーディから聞きました。みんな、どこか似た境遇なのかもしれないと思っていたけど」

「そうかもね。でも僕は、きみほど大変な思いはしてこなかったように思う」

 シュウは少しだけ遠い目をしながら、頷いてまた微笑んだ。


 シュウと別れ、ナナカはトップ=スクワッド専用ステーションのドアの前に立った。この向こうに、これから一緒に過ごしていくことになる仲間がいるのだ。

 緊張しながら個体識別ウインドウに片手をかざすと、両開きのスライドドアが中央からゆっくりと開く。

「うわぁ!」と最初に声を上げたのは、金髪に小麦色の肌の少し派手なルックスの少女だ。その背後で、清楚なボブヘアの少女がもう1人、黙ってにこやかにこちらを見ている。

「ナナカちゃん?」

「ナナカちゃんだね」

 その2人が、ほぼ同時に声を上げた。

「嬉しいなぁ! これまでは2人だけだったし、助けがないと実戦に出られなかったんだ。これで、やっと自分たちのチームが作れるんだね。よろしく。一緒にがんばろ」

 金髪の少女が満面の笑みを浮かべてナナカに駆け寄り、その手を握って言う。彼女の隣に来たボブヘアの少女は、また静かに微笑んで頷いた。

「アタシはリオナ。サイファは"LNA"っていうんだ。そんで、この子はタエちゃん」

 金髪の少女はリオナと名乗り、仲良さげに隣のボブヘアの少女を紹介する。

「タエっていいます、サイファは”TAE”。そのまんまだね……うふふ」

 気さくで明朗そうな金髪の少女からも、可憐で優しげなボブヘアの少女からも、とても敵と戦うなどというイメージが湧かない。何の変哲もない、普通の女の子たちに見える。

「2人とも私と同じ部隊服なのに、みんな色違いなの?」

 まず、彼女たちの姿を見て最初に気づいたことから話しかけてみた。ナナカの部隊服のジャケットはローズピンクだが、リオナは山吹色のようなイエロー、タエは神秘的な紫だ。

「そうだよ。ジャケットは私たちが乗るアイコンブレイバーの主要カラーリングに合わせて、1人ひとり専用色が与えられてるんだ」

 リオナがせっかく説明してくれたのに、ナナカにはその言葉の意味がよく分からなかった。

「あ、アイコン……? ブ、ブレ……なに、それ」

「え、ナナカちゃん、なにも聞いてないの……?」

 タエが不思議そうな顔になり、ナナカに尋ねる。ナナカは、黙って頷いてみせた。

「そっか……昨日ここに来たばかりなら、仕方ないね。私たちね、『アイコンブレイバー』っていう専用機に乗って防衛戦に加わるために、ここに呼ばれてるんだよ」

 タエが落ち着いたトーンの美しい声で、囁くように説明を始めた。それに続けるように、リオナも話し始める。

「ナナカちゃんの機体は、数日後に調整が済むって言ってた。さっそく、それに乗って訓練を始める予定になってるってさ」

 ナナカはただただ訳が分からないまま、こう返すしかなかった。

「──な、なん……ですか?」




5. 初回訓練 (First practice)


 目の前で駆け、翔び、何らかの弾を放つ2機の人型の兵器。

 ユージとシュウに付き添われたナナカはそれを茫然と見つめながら、彼らに訊きたいことを喉の奥に押し留めている。

「あの紫と銀色の機体にはタエちゃんが、黄色と緑の機体にはリオナちゃんが搭乗してる。ナナカちゃんにも専用の機体が与えられて、きみはそれに乗ることになるんだ」

 シュウの言葉に、ナナカはごくりと息を呑んだ。今目の前にあるのが、ここに来た初日の夜の夢に出てきたあの兵器群であることは、姿を見た瞬間に理解できる。

 その様子を横目で見ながら、予想通りといったふうな表情でユージが口を開いた。

「乗り物の操縦なんて経験がないから、無理だとか思ってんだろ?」

 ナナカは、つい反射的に頷いてしまう。

「そっか。でもな、アイコンブレイバーをはじめとする27エキップの兵器群は、そこまで単純なメカニズムで動いてるわけじゃない」

「何もわからないのに、すぐ操縦できるなんてこと……あるものなんですか」

「そうだな。経験はこれから積めるけど、君たちに備わっている搭乗者としての適性は別腹みたいなものだって思っていい。その適性に恵まれていたからこそ、きみは選ばれてここに呼ばれた」

「適性……? 彼女たちもそうなんですか」

「もちろん。リオナやタエちゃんだって、ハイレベルな適性を備えたオンボードだよ。だから、あのアイコンブレイバーを手足のように操ることができる。そしてきみも、きっとすぐに彼女たちと遜色ないレベルで、操縦をこなせるようになる」

 ユージは簡単にそんなことを言うが、目の前で模擬戦をしている2人のスピードに、自分がついて行けるとはとても思えない。突進するリオナの機体をヒラリと躱し、腕部から模擬弾を放つタエの鮮やかな反撃を、ナナカは怪訝な顔のまま見つめた。そんなナナカの硬い表情を和らげようと、またシュウが声をかける。

「今のタエちゃんを見た? 凄いよね。彼女は27エキップ防衛班のなかでも、群を抜くセンスと判断力を持ったオンボードの1人なんだ。もちろん、リオナちゃんのスピードと勢いだって、相当のものだけど」

「普通の女の子に見えたのに、2人ともこんなにすごいなんて……。私には、とても無理だと思います」

 顔を顰めるナナカに、シュウが目線を合わすように腰を落としながら言う。

「あの子たちは普通の子だよ。僕やユージだって、普通に暮らしてた民間人だった。みんな、真面目に仕事や勉強をしていたよ。むしろ、それも適性を測る要素のひとつなんだ」

 タエが放った模擬弾が当たり、可愛いスタンプのような弾痕を機体の側腹部に残したリオナが、ケラケラ笑う声が通信を介して聴こえる。

 ナナカは思った。訓練とはいえ、雰囲気が少しばかりゆるい気がしてしまうのだ。自身がイメージしていた「敵と戦うこと」に対する考え方と、ここでの戦闘に対する意識の持ちようには少しズレがあるのかもしれない、と。

「ユージさん、1つ訊いていいですか」

 ナナカは思い切って、ユージにひと声かける。

「もちろん。俺に分かることなら、全部答えるよ」

「防衛や戦闘って言葉を、ここに来てから何度も聞きました。でも、なんだかイメージと違ってる気がして……。命を懸けて戦うのだとしたら、これでいいのかな?……って、少し疑問を持ってしまって」

 ナナカの真剣な言葉に、ユージは少し微笑みながら窘めるような口調で答える。

「真面目だな。たしかにきみは、オンボードに向いてる。ただ、悪い意味でも真面目だ」

 自然と苦笑いが表情に出てしまうユージを目の前に、ナナカはキョトンとした顔のまま言葉が出てこない。

「俺たちが戦う相手っていうのは、べつに俺たちの息の根を止めにくるわけじゃない。実を言うと俺たちだって、不殺の大原則のもとに戦闘を続けてるんだよ」

「殺し合いじゃないってコーディも言ってたけど、本当に……そうだと信じていいものなんですか」

「もちろん。ただし、戦闘中の不測の事態によってクルーや相手の搭乗員が死亡する可能性は十二分にある。それに、民間人を巻き込んでしまう可能性もな……。如何せん、危なっかしい現場であるっていう覚悟は、当然のように必要だ」

 チャラそうな外見に似合わない低くしっかりした声で、ユージは忠告するようにナナカに向けそう言った。

「それは、戦う相手にも非があるとは言い切れないから殺し合いは避けてる、って考えていいの?」

 背の高いユージの顔を背伸びしながら見上げて、ナナカが尋ねる。

「そうだね。難しい関係なんだ。俺たちと奴らの、どっちかが悪いっていうわけじゃない。向こうのことは敵と呼ぶにせよ、本当の意味で人類の敵なのかどうかはわからない」

「わからないのに……、戦わなければいけないの?」

「俺たち人類と、奴ら『DEEP』……。互いの存亡を懸けざるを得ない状況がこの海の向こうにあって、そのために争っているだけだからな」

「『DEEP』……それが、戦ってる相手なんですか?」

 ユージは黙って頷き、ナナカの顔を見た。──と、その次の瞬間、なぜか彼の表情から忽ち緊張感が失われていく。

「な、なんですか、ユージさん」

「いや、やべぇ、ちょっと待ってよ。ナナカ……さん、本当に可愛い」

 ユージはナナカと改めて目を合わせるなり、急に照れて顔を背けてしまう。

「さん付けは要らないですよ。呼び捨てで結構です」

 それはナナカにしてみれば、アイドルだった頃じつに何度も見てきた、ファンのよくある反応だ。それに動じることなく、毅然と相手の顔を見て笑顔になるのも、もはやアイドルとしての癖だった。

「わるい。俺はきみのファンだったけど、今は単なる先輩だ。特別扱いはしないよう、以後留意する……っ!!」

 喉から言葉を絞り出すように言うと、ユージはよほど緊張しているのか、激しく咳込んだ。

「ありがとうございます。正直に話してくれて、そして……私に、あなたを全面的に信じたいっていう気持ちにさせてくれて。今後とも、厳しくご指導ください」

 深々と頭を下げるナナカに、ユージは次の言葉を選べないまま顔を真っ赤にした。そして左胸のエンブレムに右の掌を上向きにして添え、神妙そうに一礼してから小さな声で言う。

「これが、27エキップ式敬礼だ。いつ何が起こってもいいように、利き手は必ず空けておけ。俺たちは、それを無礼な行いだとは考えてないっていう意思表示でもある。……よ、よく覚えとくようにな!」

「はい!」

「……やっぱだめだ。推しのアイドルに俺の指示を聞けとか、片腹痛いにも程があるな」

 さすがに目の前のユージのテンションがあまりに奇妙で、ナナカも思わず苦笑いをした。

「アイドルのことはもう忘れてください、私はただの新人ですから!」


 幹部ステーションを訪ねたナナカは、今後の防衛戦に対する疑問や不安を指揮官のカズヤへ忌憚なく伝えた。過去にも、そんな質問や意見を新人クルーから何度も受けているのか、それを聞いたカズヤは落ち着いた口調で話し始める。

「──不安があるのは、もちろん理解している。ただ念頭に置いてもらいたいのは、我々の防衛戦には命など懸けてはならないということだ」

「えっ?」

 ナナカは、神妙な顔でカズヤを見つめた。

「きみたちは若い。若い分だけ、決意を持って何かに取り組むときは真剣になるだろう。しかし我々27エキップの防衛戦は、敵を滅ぼし味方を栄えさせるための争いではない。ただ、決して譲ることのできないものがあって、そのために彼らDEEPの攻撃から民間人を守っているだけだ」

 カズヤの言葉に、ナナカは訓練で見た光景をふと思い返す。

「あっ、そういえばリオナちゃんが訓練中、タエちゃんに負けても明るく笑っていて……。そういうことがあってもいいってことですか」

 カズヤは微かに微笑み、大きく頷いた。

「若いきみたちは一生懸命だ。その真っ直ぐさが仇になって大きな負傷をしたり、命を落としてしまったりした者も、過去にはいる」

 そこまで言い、カズヤは窓の向こうの外洋にフッと視線を向ける。

「亡くなった人も……」

「そうだ。しかも少数ではない。特に操縦者であるオンボードは、当然だがクルーのなかでも危険な目に遭う確率が高い。だから今から言うことは、新たにオンボードとなる者全員に必ず伝えている。

 ──自分の命を別の何かと引き換えにできると考えたり、向かう先に命より尊いものが存在すると思ったりはするな。それは、──青くさい自分自身の思い上がりが見せる、幻にすぎないぞ」

 カズヤは言葉をいったん区切り、幾分強い眼差しでナナカの顔を見た。返す言葉を思い起こせず、思わず姿勢を正したナナカに少し笑顔を向けながら、カズヤはなおも続ける。

「人の命は1人に1つずつ、たった1度しか与えられないし、決して替えは利かない。責任を持ってそれを守り抜くことは、君たち自身の最も大切な役目に他ならないんだ」

 こんなに優しく、心強い言葉をかけられたことが過去にあっただろうか。これまで世話になった人たちからは、十分すぎるほど優しくしてもらったと思っている。しかし、ここまで率直に「自分の命」を大切にすることを説いてくれた人に出会ったのは、初めてかもしれない。

「あ、ありがとうございます」

 反射的に、ナナカはユージからさっき教わったばかりの敬礼で応えてみせる。──左胸のエンブレムに、右の掌を上向きに添えて。

「なんだ、きみも左利きか?」カズヤが、笑ってそう言う。

「は、はい」

「そうか……。いいコンビが生まれそうだな」

「だ、誰と!?」

 突然の含みあるカズヤの言葉にナナカは驚き、つぶらな目を余計に丸く見開いて向き直る。カズヤはニヤニヤ笑いながら、明言を避けてこう答えた。

「Dスクワッドのメンバーの様子を、普段からよく見ておくといい」

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