第2話
2. 27エキップ(27-Equipe)
「ナナカちゃん、セレクション合格おめでとう。定員1名、合格1名だったんだって。スゴイね」
待ち合わせ場所に出向くと、リリコちゃんが満面の笑顔で待ち構えていた。
「リリコちゃんが言ったとおり、少ないけれど自分の荷物は全部まとめて出てきたよ。あたしがこれからお仕事する場所って、東京都内なんだよね?」
ナナカは大きなキャリーバッグを引きながらそう訊くと、リリコちゃんはうなずく。
「一応はね。でも、これからヘリに乗ってもらうことになるんだ。ちょっと遠くにあって、ヘリじゃないと移動できないところまで向かう予定なの」
リリコちゃんが上の方を指差すので、ナナカもその方角を見る。と、目の前の大きなビルの上に、あまり見たことのないヘリコプターが停泊しているようだった。
ひと月ほど前に受けた、あの謎の多い人材セレクション。それに、ナナカはただ1人合格した。その内容からしても、おそらく普通に芸能人を目指す女の子たちは受けないテストだろう。──実際のところ、自分くらい世を捨てるレベルで新天地を渇望していなければ、合格通知を受理しないかも……。
高速エレベーターでビルの屋上へ上り、2人は停泊するヘリへ向かった。
「ありがとナナカちゃん、セレクションを受けてくれて。あの封書の案内は、私がマンションに届けたの」
「え、リリコちゃん。もしかして、うちまで来て投函したの?」
「笑っちゃうでしょ。実は“27エキップ”から『ぜひ所属タレントの一條ナナカさんにも参加してほしい』って連絡をもらってて。それにナナカちゃんなら、絶対受かると思ったから」
リリコちゃんが、突然意味不明なことを言い出したのでナナカは首を傾げる。セレクションを主催した“27エキップ”とはなんだろう。いったい何をする所なのか、まるで見当がつかない。それに、リリコちゃんがその団体と内通しているような口ぶりにも疑問が残る。
「ちょっと待って、あの、言ってる意味が……」
「うん、今はわからないと思うよ。でも、ナナカちゃんは頭がいいし、現場に行ったらなんとか状況を理解できるはず。だから、あんまり気にしないで」
リリコちゃんのそのひと言には、なんとなく合点がいった。セレクション自体に関しては謎だらけだったけれど、現場のスタッフはみなとても誠実そうで、自分を悪いようにはしないという確信が持てたからだ。
無論、ナナカ自身も場数を踏んでいる分、あらゆる事態を予測してセレクションに出向いていた。それに、懸念通り裏の世界の匂いを感じていたら、おそらく即座に辞退しただろう。
そして今回は何より、リリコちゃんが強力にプッシュしてくれたセレクションだったということもある。事の真相が差し当たりはっきりしていなくとも、自分の中で「間違いない」と判断できた部分が大きかったのだ。
2人が乗り込むと、すぐさまヘリは離陸体制に入った。
「リリコちゃん、これからどこへ向かうの?」
「東京湾が外洋に面するあたり、房総半島の南西にある、民間には関知されていない人工島よ。ナナカちゃんはそこで暮らして、そこでお仕事をすることになるの」
そう答えるとリリコちゃんはやにわに席を立ち、離陸を始める直前のヘリから飛び降りた。
「えっ!? ちょっと待ってリリコちゃん! 一緒に行ってくれるって──」
「ごめん、私やっぱ行けないんだ。私の役目は、これで終わりだから。ナナカちゃん、長い間一緒にお仕事してくれてありがとう。もう会えなくなるけど、ずっと忘れない。大好きだよ」
「待って! もう会えないって何!? あたし1人にされるなんて、聞いてない!」
慌てて叫ぶナナカの声を、ヘリのプロペラ音がかき消してしまう。じわじわと垂直に浮上していくヘリを見上げるリリコちゃんの目には、涙が光っていた。
「危険ですから、ドアを閉めますよ。これから当機は、約1時間20分かけて27エキップ本部へ向かいます」
ヘリの機長がそう言い、機体は一気に高度を上げていく。リリコちゃん1人を頼りにして、これから新しい仕事に邁進しようと思っていた矢先のことだ。ナナカは文字通り、途方に暮れたような心持ちになっていた。
ヘリが着いた人工島には、東京都心と何ら変わりのない街並が広がっている。いや、むしろこの島のほうが近未来的でデザインコンシャスな建造物が多い。ヘリを降りると、東京よりも空気の流れを遮るものが少ない分だけ、幾分さわやかな風がゆるく吹いている。
「いらっしゃい。一條ナナカさん、27エキップへようこそ」
1人きりで島に降り立ち、かなり心細かったナナカを迎えてくれたのは、30代半ばから後半くらいと思われるショートヘアの外国人女性だった。
「私は、27エキップ・モニター斑のコーディ。27エキップでは、女性は増えたとはいえまだ少ないから、同性として頼りにしてちょうだい」
「はい、こちらこそ、どうぞよろしくお願いします」
コーディと名乗った女性があまりに流暢に日本語で話すことに驚きつつ、ナナカも丁重に挨拶をした。
「芸能界にいたって聞いていたけど、さすがの礼儀正しさね。文字通り、27エキップの華になって活躍してほしいわ」
「あの、ところで私、ここでどんなお仕事をするんでしょうか」
ナナカは、思い切って1番疑問に思っていることを尋ねてみる。
「やっぱり、何も聞いていなかったのね。あなたはここで全人類に差し迫った危機を回避すべく、防衛の最前線に立ってもらうことになるのよ」
「──なんですか?」
3. トップ=スクワッド(Top-Squad)
27エキップは、東京湾の南端に位置する人工島に本部を構える国際組織だ。そしてナナカが所属するのは「危機をもたらす何かの発現に際し、市民や社会秩序の防衛に努める1部門」であることが、とりあえずはわかった。
──いや、さっぱり意味がわからない。なんだ、人類を防衛するって。そもそも人類、全面的に防衛が必要な状況だったとか知らないし。
「あなたの名前は、今日からここに書いてあるとおりになるわ」
コーディは、手帳のような携帯端末をナナカに手渡した。表紙のような部位に“Cipher:NNC-996SG54127”と刻印がされている。
「えっ、私の名前は生まれたときから『一條那央』で……」
「驚かずに聞いて。市民としての一條那央さんは、この瞬間にいなくなったわ」
「え、私ならここに……」
「27エキップに所属すると、市民としての個人情報の一切を喪失することになるの。代わりに、27エキップの登録個体であることを証明する識別用暗号名として、『サイファ』を付与したってわけ」
サイファの付与に関することは、確かに合格通知にも書かれていた。でも、本当に氏名がなくなって暗号名が本名になってしまうなんて……。セレクション当時のナナカは、世捨て人のようなメンタリティだったゆえあっさり了承してしまった。けれど改めて聞かされると、何とも言えない気分だ。
「私、国民とか市民……みたいな存在ではなくなったんですね」
「そういうこと。民間人とは、まるっきり違う存在になったって感じね。これからあなたと共同生活をする他の子たちも、同じよ。市民から登録個体への異動措置を実施されて、サイファで呼び合ってるわ」
「はあ……」
「あと、今渡した端末。絶対に紛失してはだめよ。常時身につけて、どこへ行くにも持っていて。倒置重力バッテリー内蔵で、半永久的に電源の喪失はないから充電も不要なの。これからは、あなたに関するすべてをその『クルー・タリスマン』で証明しなければならなくなるわ」
「えっ、それって本当に簡単に無くせない……」
「そうよ。でも実際はね、端末があなたのインターナルグルーヴに紐付けされているの。あなたの匂いを嗅ぐように寄り添って、端末は肌身から離れなくなる。だから、大きな心配はないと思うわ」
また意味不明な言葉が出てきた。インターナルグルーヴという言葉が何を意味するのか、さっぱりわからない。しかし、今日はもう意味のわからない言葉について質問しすぎて疲れてしまっている。
コーディ、ごめん。それについては、また今度訊きます──。
相変わらず状況を頭の中で整理しきれないけれど、とにかくナナカは今”27エキップ”の本部に赴いている。さしあたり一時宿泊用の客室で一晩過ごしてから、実際に暮らす居室へ案内される予定らしい。
「明日には、あなたが所属する部隊の仲間たちと対面できる予定よ。みんな最近集まった新人で実質同期だから、気兼ねする必要もないと思うわ」
「あの、私、漫画に出てくるみたいなナントカ防衛軍っぽい何かに入ってしまうような流れなんですか」
ナナカが素朴な疑問を投げかけると、コーディは予想通りといった表情になって笑った。
「あはは、そんな神妙にならないでちょうだい。優秀な仲間との共同作業になるし、防衛のための戦闘といっても、基本的に殺し合いにはならないものだから安心して。──じゃ、そろそろ消灯時間だから私は帰るわよ。夜のうちに急用があったら、室内にある緊急ボタンを使ってくれればセキュリティが出動してくれるわ。じゃあね」
コーディが退室し、ナナカは広い部屋で1人になった。実家を飛び出して芸能界に入った経験を経ている以上、ホームシックになることはない。それでも、何故か東京の生ぬるく煤けた空気がなんとなく恋しくなっている。
自然の風景はまるで見えない場所なのに、ここの空気は美味しすぎる、と思った。──リリコちゃんが別れ際に、自分ともう2度と会えないと言ったことの真意はなんなのだろう。とても静かで穏やかに見える27エキップ本部だが、これから自分が関わっていくと思われる「防衛」や「戦闘」というキーワードは何かと物々しい。考えれば考えるほど、考えるべきことが多くなりそうだ。
──いや、やめた。
今はとにかく寝よう。大きなベッドで、のんびり眠れるなんて何か月ぶりだろう。とりあえず寝て、明日になったら色んなことはまた考えればいい、と思った。
* * *
よく晴れた外洋の朝の空を、子供のころにアニメや特撮で見たような人型の兵器が飛行して行く。紫と銀色の機体が1機、そして黄色と緑に塗られた機体が1機。その後ろには、翼を持つ戦闘機型の移動体も3機ほどついて行っている。
彼らを狙った海中からの攻撃を、2機と3機は次々と躱して前進する。そして紫の機体が、跳ね上がるように隊列から上方へ少し離れた。
次の瞬間、紫の機体は右前腕部を突き出し、その拳に備わる通常火薬型の連射砲を切れ目なく放った。
海面が大きくせり上がり、爆音とともに鈍い藍色の敵機が少し姿を見せる。黄色の機体が、その背後に凄まじいスピードで回り込み、ボウガンのような武装の連射であっという間に敵機を怯ませかけた。その隙を見て、紫の機体が背部に格納される巨大な銛のような武装を引き抜き、敵機へ向かってひと息に投擲する。
轟音が響き、銛に射貫かれた敵機はその全貌を見せぬまま、海面の際で崩壊し海へと沈んだ。止めを射した紫の機体は飛行しながら、舞い戻ってきた銛を片手で受け取る。そして2機の人型の兵器は、付近の小島の海岸へ鮮やかに着地した。
──かっこいい……。けど、これが本物の戦いだったら、少し怖い。
そう思った瞬間、突如頭の中にコーディの声が響く。
『どう? あっという間だったでしょう。これが私たち、27エキップ防衛班のチームプレイよ。いずれここに、操縦者「オンボード」の一員として、あなたも加わることになるわ』
今朝の夢は、そこまでだ。
目を覚ますと、ナナカは27エキップ本部客室のベッドの上だった。
──あの戦闘は、さっきまで見ていた夢のなかの出来事だったのだろう。しかし、やはり人工島へやってきたところまでは、夢ではなく現実だったのだ。
「ね、寝坊した……」
絶望的な気分で、よく晴れた窓の外を見る。
「──え」
外洋の方角から、飛行する5つの塊がこちらの方向に戻ってくるのが見えた。紫、黄色、そして戦闘機のような3つの影……。
「待って、……嘘でしょ」
* * *
「うっそだろォ!? なにもアナウンスされてないのに、一條ナナカ移籍だって……!?」
27エキップ・防衛班幹部ステーション。ここに詰めている幹部たちで最も若いと思しき長身の男がデスクトップモニターを見て驚き、ため息をつく。
「こらこら、準幹部が待機時間中にPCで遊ぶな」と、彼の上官と思われる端正な顔立ちとスマートな物腰の男性が横槍を刺す。
「待ってくれよ、昨日の今日でなにも報じられてないのに……。レディコンの公式サイトに『一條ナナカは当事務所より移籍しました』って書かれてて、それっきりなんだぜ!? 移籍先のことにもまったく触れてないし、復帰の告知を何か月も待ちくたびれてたこっちの身にもなってくれよ……。長い間の応援ありがとうございました、じゃねえよ」
「戦局が安定してくれば空き時間が増えるのはわかるが、とりあえず待機に集中してくれ」
「集中なんてできますか! この状況で。レディコンとナナカは、俺のモチベーションの源なんスよ……。こんな気持ちのままじゃ、戦えるものもろくに戦えなくなっちまう」
頭を抱える若い幹部の姿に、上官は呆れてため息をついた。
「私はこれまでに何度も、おまえの民間居住区への移動届に電子印を捺した。その大半が、握手会やライブの日程と被っていたことぐらい、気づいているさ。とはいっても、クルーがたびたび民間区でタリスマンを行使すれば、結構なコストになることも分かっているだろう?」
「俺はそのぶん働きました! 2年で下っ端から這い上がってここまで来れたのも、一條ナナカの存在に勇気づけられてきたからこそなんです!」
「はいはい、わかったわかった」
この通りで、ちょっとウザい部下を適当にあしらいつつ、自分の職務に戻ろうとした上官の胸ポケットで、不意に呼び出し音が鳴った。クルー・タリスマンに届いたテキストメッセージを確認し、オフィス内の全員に聴こえる声でこう伝える。
「若干イレギュラーだが、防衛班に急遽新人が1名加入することになった。トップ=スクワッドの最後の空き枠だった1名分が、これで埋まることになる」
上官の口からトップ=スクワッドという言葉が発され、オフィス内が若干ざわついた。
「トップ=スクワッドの空席って、1番機のオンボードでしょ!? チームの面子が揃えば、いよいよ実戦投入可能ってことっスね!」
さっきまでボヤいていた、あの長身の部下も途端に目を輝かせてそう言った。防衛班トップ=スクワッドは女性隊員だけで構成される新たなチームで、早くも27エキップ内部では大きな話題だ。
「そういうわけで、これから新人が挨拶をしにここへ来るそうだ。おまえたちが察している通り、今回の新人は18歳の女性と聞いている。各幹部および準幹部は念のため身だしなみを整え、第一印象で粗相がないように頼むぞ」
上官の一言で、若干ゆるいムードが漂いつつあったオフィスにも、瞬時に緊張感が戻ってくる。ヘアスタイルをチェックする者、コロンを吹き直す者、ハンカチで顔の汗を拭く者……。そうしている間にも、オフィスへの来訪者を告げるインターフォンが鳴った。それに上官が応答し、ドアが開く。
現れたのは、髪をハーフアップにまとめ、トップ=スクワッドの構内用部隊服を着たひとりの少女だ。
「今日から、27エキップのクルーとして仕事をすることになった、サイファ:NNCといいます。民間人時代の本名を取って、“ナナカ”って呼んでください。すぐにお返事します! これから、どうぞよろしくお願いいたします」
少女はそう丁寧に挨拶をし、オフィス内の幹部・準幹部たちに向かって一礼した。
「サイファ:NNCことナナカには、さっそくオンボードとして活躍できるようトップ=スクワッドの訓練に加わってもらう。そして、できるだけ早く実戦に臨むべく、他のオンボードとも早急に連携を図れるようにする。おまえたちも早く顔と名前を覚えて、コミュニケーションを円滑にな」
新人と呼ばれた少女をそう紹介した上官は、すぐに向き直り少女に向かって会釈をする。
「私は、きみが所属するトップ=スクワッドと、その護衛部隊・Dスクワッドの指揮を務めている。サイファ:KZY、カズヤと呼んでほしい。27エキップのクルー同士で呼び合うときは、階級にかかわらず敬称は無用だ」
30代前半くらいだろうか。涼しい目元と少し憂いを帯びた表情で、初めて対面した人の7割くらいは、性別を問わず一目惚れするだろう。そう大袈裟に思うほど、上官のカズヤは魅力的な人物に見える。
「ここにいる幹部・準幹部で、彼女が加わるトップ=スクワッドに任務上直接かかわるのは、私とユージの2人だ。ユージ、おまえは新部隊のステーションまで私と一緒に来てくれ」
カズヤに名指しされたのは、サイファ:U/Gこと準幹部のユージ。さっきPCのモニターを見て騒いでいた、あの長身の部下だ。
「ちょっと待て、どうしたユージ。なぜそんなに真っ赤な顔をしている」
カズヤは顔を紅潮させたまま無言で固まっているユージに気づき、そう声をかけた。
ユージは頭の中で、今目の前で起こっている状況を慌てて整理しているようだ。やがてある程度現状を把握できたのか、ゆっくりと新人の少女に歩み寄って向き合う。
「移籍……してきた!?」
「──なんですか?」
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