第13話 見知らぬ欲望①
(……今のは?)
身体を奪われていた筈の尊の呟き。
その後に言葉を発したのは霊の方だ。
同時に2つの意識が存在して、会話をしたということか。
そのおかげなのかどうか、久我の方は
力の強いものが弱いものに命令を下して従わせる。強制的な『排除』が、久我のいつもの除霊だ。
だが、今回のこれは『浄化』に近い感覚があった。濁った魂の穢れだけを祓って自発的に天に還す…それが自然な流れで叶ったことに、ただ驚いている。
そんなことが出来るのは、相当修行を積んだ得の高い修験者や熟練の神職のみ。本来の自分なら出来ない到底ムリな芸当だ。
――本当に、よく分からない奴だ、と思う。
尊の印象は、くるくると変わる。
最初に店に入って来た時は、邪気を引き寄せてしまう体質の運気の良くない人間かと思った。
だが近付いてみると纏っている気に濁りは無くて、酒の味や煙草の匂いに敏感なことにも少し驚かされた。
他人に憑いた霊を自分に引き寄せていると知った時は本気でどうかしていると思ったし、呆れるほどのお人好しなのかとも思った。
引き寄せる以外、何も能力は無さそうだと思っていたが、霊と会話ができるとなると話は変わる。少なくとも久我の身近には存在していない珍しい能力者、ということになる。
(もしかしたら、
推測でしかないが、いわゆる恐山のイタコだとか、霊魂を自分に降ろすタイプに近いのかもしれない。
(まあ、他人に憑いてるモノを引っ張ってこれる時点で、確かに普通じゃないんだが)
ついでに言うなら、緊張しそうな場面でふざけたりしてくるのもよく分からない。根が明るいせいなのか。自分とは正反対だなと思うと自然と苦笑いが浮かんだ。
「……おい、生きてるか?」
久我が顔に触れると、小さく身体が震えた。熱い。まるで熱があるような体温だった。
「…眠い」
薄く瞼を開けた。
まだはっきりと覚醒しきらない淡い瞳が、半分溶けるような目付きでこちらを見つめ返している。
ふと尊の瞳の色が光の加減で少し変化して見えることに気付いた。
もしかして生粋の日本人ではないのだろうかと、そんな事を考えながら肩を掴み、支えながら上半身を起こしてやった。
「自分が誰だかちゃんと名前を言えるか?まだ中におかしなのが入ってるんじゃないだろうな」
「心配しなくても、もう彼女はいないよ。自分が死んでるって、理解できたみたいだから…」
朦朧としながらもかろうじて会話はできるが、どうも様子がおかしい。こちらを見ようとしない。
もしかして霊障が残っているのだろうかと、久我はだんだん心配になってきた。
自分の除霊のせいだとしたら、まだ仕事は終わったとは言えない。
「かなり身体が熱いが…大丈夫か?」
額に手を当てると、尊は反射的にビクリと身をすくませた。
「触るなよ…っ」
「…!」
久我の手から逃れようと身を捩る。
「どこか痛むのか」
顎を捉えて、その瞳の奥を覗き込んた。
薄いグレーに見えていた虹彩に赤が混じったように見える。
こちらを見詰める瞳に視線が離せなくなる。
「違う――ただ、身体が熱くて…」
自分と同じモノが視えるだけかと思っていたが……けれどもしかしたら、この男には『視る』以外の力が存在するのかもしれないと久我は思い始めた。
「オレ、帰らなきゃ――」
何かに追い立てられるように、尊は立ち上がろうとする。
けれど動きが覚束ない。
ふらついている身体を支えようとして何気なく抱き寄せた。
お互いの熱が、絡む。
その瞬間――
心臓が強く、脈打つ。
気持ちが緩んでいた久我の中に、流れ込む力があった。
「!」
(――これは何だ?)
(さっき肌に直接触れた時に何も感じなかったのは、あの霊に邪魔されていたからなのか)
尊の「気」に、これまで出会ったことのない感触を覚えて久我は動揺する。
混ざり合うと力が漲るような、不思議な心地がした。
自分の剣呑な――魔を焼き払うような――「気」とは全く違う。
こんな感覚は初めてだった。
「馬鹿、だから、触るな…って…」
感覚を確かめようと、久我が強く抱きすくめる。その腕から逃れようとして、尊が弱々しくもがいた。
その拍子に尊の下半身が久我に押し付けられる形になってしまう。
「!?」
お互い、顔を見合わせて動きが固まった。
尊の身体は力の出ない状態だというのに、下半身の一部分だけは服の中で張り詰めて元気いっぱいだった。
「何見てんだよっ…」
尊の顔が朱に染まる。
今すぐにでも逃げ出したい様子だが、うまく動けないらしく久我に抱きとめられたままだ。
(何故こんな事に? いや、もしかしたらこれは俺の気の副作用――なのか)
「お前、コレは…」
「あっ、アンタに興奮してるとか、そんなんじゃないから…!」
少しずつ意識がはっきりしてきたらしく滑舌が良くなってきた。あたふたと必至に否定する姿に、何となく笑いが込み上げてしまう。霊障では無さそうで安心した。
「随分と可愛い反応をするんだな。ただの生理現象だろ?そんなに気にすることでもない」
フォローしたつもりだったが笑いながら言ったせいで揶揄われていると思ったらしく、こちらを睨んでくる。
「……離せ、って」
尊はさらに顔を赤くして久我の腕を振り解き、ベッドから降りようとした。
「帰る…!」
その時、どうしてそんな行動に出たのか――理由はよく分からなかった。
突然の衝動だった。
久我は尊の腕を掴み、背後からもう一度抱き締めた。
「えっ」
驚いた尊が目を見開いて、振り返る。
しまった、と思ったがもう遅い。
「……とっくに終電は終わってるし、そんな身体でどうやって帰る気だ?」
何か言わなければと思った久我の口から出たのは、そんな問いかけだった。
「そ、それは……タクシーとか」
「もう夜中の二時だぞ?諦めてここに泊まって行け」
頸筋に吐息がかかる距離。
耳まで赤いのがよく見えた。
腕の中で、尊が再び逃れようと小さく身悶えする。
「……お、お断りします。アンタ何考えてるか、イマイチ分かんないし」
「何を考えてるか分かればいいのか?」
「それは、っ――考えてる事による、だろ…」
視線が重なった。
こちらの意図を探るように、熱で潤んだ瞳を向けてくる。
はっきりと拒絶しないその態度が、こちらを煽っていると――気付いているのか、いないのか。
「そうだな、とりあえず――」
ぐっと力を入れて、さらに身体を密着させる。
尊の身体から感じる気――
体温。
鼓動。
それらが熱く高まっていて、久我の五感の全てに存在を強く訴えかけてくる。
肌がざわついた。
これまで、どんな人間からも味わったことのない感覚。
この感覚の正体を知りたいと思うのを、止められない。
突然生まれたよく分からない衝動が、徐々に、久我の心と身体を支配していく。
「これを何とかした方がいいんじゃないか?」
久我の手が、尊の下半身に触れた。
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