第6話 夕焼けの帰り道のように

 こちらを見下してきた先達の冒険者に痛い目を見せてやった。

 なんて言うと大それた事のように聞こえるが、イタズラ程度の仕返しをしてそそくさと逃げてきただけだ。



「ふふ、ふふふっ、あははははは」

 公用ギルドのテーブルで腰を落ち着けたところで意外にもニコラスが笑い出した。

「もしかしてぇ、楽しかったですぅ?」

「ええ、悪いことって楽しい!お腹の下の方からぞわぞわ〜って熱い何かが込み上げてきて、胸の辺りがキュゥってするの」

 俺の向かい側の席で二人はまるで姉妹のように笑い合っている。

 時折怒り方に子供っぽさを覗かせることのあったニコラスだったが、今回は白い歯を見せるような無垢な笑顔。それがとても可愛らしく見えた。



「ゴホンッ、それはそうとして先程の者たちの言葉が気になるな」

 もはやニコラスが賢者キャラを維持している時間の方が短い気もする。

 それは一旦置いておくとして、ニコラスはチャミィへじっと目を向け続けている。チート疑惑をかけられてしまったのだから致し方ない。

「おそらくだが、さっきの挙動はチャミィの固有スキルによるものだろう」

 俺には心当たりがあった。

「他のゲームにある特性に『ぶきよう』というものがある。それは所持している道具の効果を失わせるというもの。チャミィの固有スキルも同じ名前なんだから同じ効果があっても不思議ではないだろ?」

「う、うむ……」

 まだ仮説の段階だが、僅か一手の反論だけでニコラスは疑いの姿勢を揺らがせている。ニコラスもチャミィを信じたい気持ちの方が強いのだろう。

 後は仮説を証明出来る証拠を見つければいい。まず間違いなく簡単に見つかるはずだ。

 俺はメニューからパーティメンバーの項目を選び、チャミィの装備欄にあるデュラングルのステータスを確認する。

 現時点で驚異的な攻撃力140。それ以外は並の大剣といった具合。問題なのは「効果」の項目。想像通り、そこには「行動速度-20」の文字が灰色で暗く表示されてグレーアウトしていた。

「ほら、これだ」

 俺は二人の前に証拠を提示する。

「これはゲームでよくある『適応されていない』という表現だ。つまり、外部のツールで細工されているんじゃなくてちゃんとゲームの内部的に無効化されているということだ」

「だが……」

 続いてニコラスの反論。


「表示くらい簡単に弄れてしまうからそれはチートを使用していない証明にはならないだろう」


 一撃で論破。

「そもそも我はチャミィを疑ってはいない。先の一件で君の為に怒り、真っ向から喧嘩を挑む人柄であると知っているからな」

 二撃決殺。

 知力でも人としての徳でも惨敗だった。

「チャミィは庇おうとしてくれたの嬉しかったですよぉ」

 俺はまたしてもチャミィの優しさにやられる。

 現実の年齢はわからないが、精神的には二人の方が俺よりもよっぽど大人なのだと思い知った。



 それからしばらく談笑した後、

「俺、明日があるからそろそろ終わる」

 楽しい時間は瞬く間に過ぎ去っていく。終わりの時は近い。

「我もそろそろ休むとするか」

 徐々に終わろうという空気が広がっていく。

「今日はとっても楽しかったですぅ」



 楽しかった。

 誰かと一緒にゲームをする。最近はあまりやってこなかったから久しく忘れていた。

 こんなにも楽しいものだったんだ。

 最近では攻略ばかりに目がいっていつの間にか忘れていた。


 ゲームをするってのはそれだけで楽しい事なんだ。



「…………」

「…………」

「…………」

 流れる長い沈黙。

 でもお互いに考えていることは少しわかる。

 名残惜しい。

 この楽しかった時間がこの日限りになることが。


 今日、この関係が始まったのは俺の本能に従った下心だった。

 そこで得た教訓がある。


 心には正直でいることだ。




「俺たちでギルドを組まないか?」



「もちろんいいですぅ!」

「はいっ!言ってもらえてよかったぁ……また私だけ置いていかれたらどうしようかと……」



 売れ残り冒険者たちの波瀾万丈──ではない身の丈にあった冒険が始まる。

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