第5話 いじわるな先達

 第一のダンジョン「平原の横穴」のボス、ポイズンスライムキングを撃破!売れ残り冒険者でありながら普通に冒険が出来ている。それは間違いなく俺たちの自信になるだろう。



「よっしゃあ!」

「やったぁ、やったですぅ!」

「うむ、最高の気分だ」

 俺たちは輪になって手を繋ぎ、しばらく小躍りし続けていた。

 想定していたよりも苦戦したこともあり、俺たちはお互いを仲間だと思う意識が芽生え始めていた。



「ほう、この宝箱がクリアの褒美と言ったところか」

「行くですぅ」

「よし来い!」

 チャミィは右手を挙げて合図すると片膝立ちで構えている俺に向かって走り出す。

 徐々に歩幅を広げて俺まであと一歩のところで踏み切り、俺の重ねた両手の上に着地。そして俺が両手を振り上げると同時に跳躍。

 くるんと空中で一回転した勢いのまま天井に突き刺さったデュラングルの柄を掴んで引き抜く。

 引き抜いたデュラングルを今度は地面に向かって投げて突き刺し、新体操ばりの着地をして決めポーズ。

 ゲームの世界とはいえ出来過ぎなくらい見事な動きだった。


「おぉぉ──って、遊んでないで私に構ってよ!」


 決めた瞬間こそパチパチと拍手を送ってくれたニコラスだったが、ニコラスが見つけた宝箱をそっちのけでやっていたことにご立腹らしい。

「悪い悪い、それでこれがクリア報酬か」

 洞窟の最奥に出現した宝箱は道中に置いてあったものと同じデザインで少し手抜きに感じてしまう。


「これですぅ?えいっ!」

「あっ」

「あぁっ!」

 宝箱自体が大仰な感じがしなかったとはいえ、俺とニコラスの間をスルスルと抜けてきたチャミィがサラッと開けてしまった。


 肝心の中身はというと、

「また新しい拳銃だ。片手ずつ別の装備も出来るからさっきのも無駄にならないし悪くない」

「カッチョイイ槍のダンダンニルとカッチョイイ弓のニーバルですぅ!」

「魔導書が数冊。氷魔法に反射魔法、複数攻撃が可能な風魔法は有り難い」

 道中もそうだったが的確にそれぞれに合わせた内容。俺たちの職業に合わせている中身が変化していると考えると開発陣に親切な人がいるようだ。


 しかし、


「ダンダンニルとかニーバルってなんだよ……」


「ダンダンニルはめちゃめちゃ強い槍ですぅ。ニーバルもめちゃめちゃ強い弓ですぅ」

 チャミィはさも「知らないのか?」と言わんばかりの態度だ。

(俺が知っている語感が似てる槍はグングニルだし、ニーバルは……ニーバルは……イチイバルか!イチイ一位バルをニー二位バルってオヤジかよ……)

 宝箱の件で上がった開発陣への信頼が再び元に──いや、元より下がったかもしれない。



 心地いい疲労感を抱きながら仲間と談笑しつつ帰路に着く。まるで部活帰りのようだ。運動部に所属したこと無いけど。

 ダンジョンを出て「始まりの草原」を歩いていると見るからに兄貴と舎弟という雰囲気の男二人組のプレイヤーと目が合ってしまう。

「ねぇ君たち新規?俺たちとアリーナPvPエリアで遊ばない?」

 男たちはズカズカとこちらへ歩いてくると兄貴風の男が遊びに誘ってきた。

 よくある初心者狩りというやつだ。この手のことは事前に調べてある。問題ない。

 このゲームではアイテムを奪ったりは出来ないが、現実世界ではないどこかに居場所を求めるような奴が流入する関係上、自分の強さや固有スキルを誇示したい奴が現れるのは仕方ない。

「ありがたいが断る。お構いなく」

 関わらないに越したことはない。さっさと背を向けて退散する。



 臆病者の背に振り下ろされる剣。最大HPの数十倍のダメージ表記。勝ち誇ったようなニヤケ顔。



 しかし、俺の体はピンピンしている。

 このゲームではアリーナのような決められた場所以外ではダメージの表記こそあれど実際にダメージは発生しない。相手もそれを承知の上で無知な初心者をビビらせようって魂胆だろう。

 実際、チャミィとニコラスの二人は驚いて──



 背筋が凍る。まるで鬼神のような気迫。振り下ろされる大剣。



 鋼鉄同士がぶつかる轟音と共に宙を舞い、大剣は地面へ突き刺さる。

「わりぃな初心者。その程度効かねぇンだわ」

 不意打ちにも近いチャミィの渾身の一撃は片手剣一本で容易く防がれてしまった。弾かれたのかすっぽ抜けたのかはわからないが。

「ん?てか、あれってデブ剣じゃね?」

 チャミィのデュラングルを防いだ兄貴風の男は何かに気付いたようでデュラングルに対して別の呼び方をした。

「その顔、知らねぇって顔だな。せっかくだから教えてやるよ」

 こういう手合いは知識をひけらかす事も一つの生きがい。少し癪だが調べる手間が省けそうなので聞いておく。

「デブ剣はいわゆる罠装備。装備するだけで行動速度に-20の補正がかかる。簡単に言や相手が20回動いて初めて攻撃が……出来……」

 ペラペラとご高説垂れている途中で何かに気付いたのか尻すぼみに声が小さくなっていく。

「……どうしてあんなに速く動けた?」

 確かに男の解説が一通り正しいのなら20回の行動を待たずしてチャミィが動いた理由がわからない。

「おい、帰るぞ。チーターには関わりたくねぇ」

「へ、へい」

 謎の言いがかりを付けられたが、男たちはそそくさと去っていった。



「ふぅ、なんとかやり過ごせたな」

「あんだけナメられて……やり返すぞ」

 チャミィがRPロールプレイも忘れてキレている。ナメられたら黙っていられないチンピラメンタルだった。

 確かに鼻持ちならないが、どうしたものか……。

(チャミィの攻撃は通用しなかったし、威力で言えばニコラスの魔法も同じようなもの。当然俺の射撃では痛くも痒くもない。そもそも洞窟内みたいに跳弾させないと当たりやしない……いや、可能性はあるかも)



「ニコラス、チャミィの盾に反射魔法を」

「えっ、仕返しするの?怒らせちゃうんじゃない?」

「大丈夫。ちょっと工夫するから」

 諍いを避けたいらしいニコラスは乗り気じゃないようだったが、ちょっと強引に押し切らせてもらう。

「チャミィはその盾を上の方──そう、その向きで固定して」

 準備は整った。


 まず、チャミィの攻撃が効かなかったのは相手の防御力が高過ぎたのもあるが、そもそもこちらの武器を弾き飛ばしていた。これは投擲物に対する回避成功の演出の一つ。つまり、相手の回避が高過ぎて当てられていない。

 そしてスライム針に対して不思議な程の命中精度を誇った俺の跳弾なら当てられるかもしれない。どうせ0ダメージだろうけど。

 その為には跳弾を発生させる必要があるが、壁なんて無い開けたフィールドに土の地面では跳弾は起こせない。そこで──

「こうするわけだ」

 男たちが他プレイヤーを表示できる限界距離以上に離れて姿が消えたのを確認し、数拍置いてから目を瞑ってチャミィの盾に向かって射撃する。

 魔法も含めた射撃の特徴として何もターゲット指定していない場合、最後にターゲット指定していたものに対して攻撃する、というものがある。

 その特性により俺たち自身は男たちから見えない状態のままチャミィの盾に施された反射魔法で上空へ向かって跳ね返された銃弾が俺たちのいる方とは別方向から不可思議な命中精度によって、

「うわっ、なんだこれ!」

「痛でででで!0ダメのくせにうっとおしいな!ちくしょう!」

 男たちに着弾する。


 もっとも男たちの反応は俺の想像で姿も見えなければ声も聞こえないんだが。

 そして仕上げに、


 他プレイヤーに比べてフィールドギミックは表示限界が広い。男たちが消えた辺りの蜂の巣にターゲット指定して、


 反射で一発。



 さて、意識の誘導先も用意したので二人を伴って様子を見に行く。


「さっきからなんなんだよ!」

「あーもう邪魔くせえ!」

 男たちの姿が表示されるギリギリの位置から様子を伺うと、作戦通りに奴らは蜂型ザコモンスター「スナップビー」に囲まれていた。こんな初級マップの敵に絡まれたところでなんともないだろうが、こちらの気は晴れた。


「さ、満足したら逃げるぞ!」

 俺たちはお互いに目を見合わせて頷き合った後で、スタコラサッサと逃げ出した。

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