第4話 売れ残りだって

 大穴にかかった黒い幕はグラフィック的に視界を制限しているだけでなんの抵抗も無くすり抜けることが出来た。

 ダンジョン最奥にあるとても広い円形の部屋。あからさまにボス部屋の構造をしている。



 入り口付近から数歩進むと、ボヂャンッと濁った水音を立てて天井から緑色の何かが落ちてきた。

 落ちてきたのはポイズンスライム。ここに来るまでにも何度も撃破したザコ敵だ。だが、これはよくある演出。

 一瞬の間を置いて大量の緑色の液体が滝のようにポイズンスライムに降り注ぎ、俺の倍以上の大きさの緑の塊が出来上がる。


 このダンジョンのボス、ポイズンスライムキングのご登場だ。



 新しい武器。巨大なボス敵。

「俺だって!」

 チャンスがあると思ったが、案の定ノーダメージ。巨大なポイズンスライムキングの上ではなく、俺の目線の高さにmissの文字が二つ浮かぶ。最高に親切で有り難い。

 前列をチャミィに任せて俺はトボトボと後列へ下がった。


 茶番も終わり、ボス戦も本番。

 チャミィは防御姿勢でボスの初撃を待つ。武器を扱うのが苦手なチャミィにとって防御こそが最良の選択だ。ウェポンマスターなのに。

 ボスは通常攻撃として体の一部を切り離してチャミィに放つ。

 しかし、盾の後ろにすっぽりと隠れてチャミィは攻撃をシャットアウト。かすり傷にしかならない。

 そんなチャミィのタンクとして最高の仕事に応えるようにニコラスは怒涛の勢いで魔法を打ち込んでいく。

 退屈なくらい順調にボスのHPを削っていく。所詮は最初のダンジョンボス、そう強くない。二人だけでも勝ててしまいそうだ。

「マズい、MP切れだ。もう出涸らししかない」

 慢心した矢先、ニコラスがガス欠になってしまった。しかもまだ誰もMPを回復出来るアイテムを持っていない。こうなれば頼みの綱はチャミィしかいない。



 だが、そうしている間にボスの雰囲気が変わった。



 一瞬、ボスの体が収縮したかと思うと空中に無数の小さなスライムが放たれる。それらは針のような形に変形するとこちらのパーティ全体に降り注ぐ。

 これは間違いなくボスの大技。このままだと大ダメージは免れない。

 完全に油断していた後衛の俺とニコラスは身動き一つ取れず立ち竦んでいる。

 そんな中、タンクとして敵の攻撃に集中していたチャミィだけがこちらへ向かって駆け出していた。

 チャミィの体の小ささでもどちらか片方なら庇える。勝算が高いのは間違いなくニコラス。

 俺は二人に後を託して天を仰ぎ、ダメージ処理の完了を待った。



 だが、いつまで経ってもダメージが発生せず、不思議に思い目を開けると、


 ぐったりとした様子でチャミィが俺を押し倒して上に乗っかっていた。

 なんと、チャミィは庇う対象に俺を選んだのだ。チャミィはダメージ自体は大したことないが追加効果の毒を受けてしまったようだ。

 一方で大技をまともに受けてしまったニコラスだったが、運良く毒状態にはなっておらずどうにか瀕死寸前で踏みとどまっていた。しかし、HPもMPもほぼ空っぽ。非常に危険な状態だ。


 ボスの大技を受けて残されたのは、

 使い物にならないデュアルガンマン。

 毒を受けて回復を要するウェポンマスター。

 満身創痍の賢者。

 万事休すか。


 諦めかけたその時、ボスが再び収縮を始めた。

 嫌な予感がする。

 見事に嫌な予感は的中。再び無数のスライム針が空中へ放たれた。

 大技の連発。おそらくボスの残りHPが少なくなったことで行動パターンが変化したのだろう。

 突き付けられた絶望に俺は──


 キレた。


「なんなんだよ、ちくしょう!」

 恩人のチャミィを傍へ寝かせてボスに向かって立ちはだかる。

「うあああああ!!!!」

 怒りとも自棄ともつかない咆哮を上げながら二丁拳銃を文字通り「乱射」する。

 無数のスライム針に対して無数の弾丸。それなのに一発たりとも掠りもせず、スライム針の間を縫うようにすり抜けていく。

「は、はは……」

 もはや曲芸とすら思える光景に乾いた笑いと共に体から力まで抜けていく。

 そしてついに無数の弾丸を躱したスライム針は──




 ──空中で弾けた。




 全てのスライム針がその威力を失い地面にビチャビチャと叩きつけられる。

 何が起こったのか、俺は自分自身の目でしかと見た。


「跳弾」と「相殺」だ。


 このゲームでは相手の攻撃に対して同程度以上の同じ、または有利属性の攻撃をぶつけた場合に「相殺」が起こる。

 そして今回それを引き起こしたのが、俺の攻撃によって放たれ、目標であるスライム針から外れ、洞窟の壁や天井で跳ね返った弾丸だったのだ。

 しかも普通に撃っていて掠りもしなかった弾丸が全て命中し、全てのスライム針を撃ち落としたのだ。

 もはや奇跡という他ない。



 しかし、ボスはまだ撃破出来ていない。

 ボスは間髪入れずに再三のスライム針を放つ。

 残りHPが僅かになり大技しか撃たない状態。いわゆる暴走モードというやつだ。

 こちらとて大技への解法を得たのだから引けは取らない。

 再び無数の跳弾でスライム針を全弾相殺する。

(マグレじゃない!再現性がある)

 だが、このままではジリ貧だ。防ぐだけでは勝てないが、二人を守る為にもこうするしかない。


「まだ……まだですぅ……」

 なんと毒で倒れていたはずのチャミィが炎の大剣デュラングルを手に立ち上がっていた。

「フッ……出涸らしでも役に立つさ……」

 ニコラスは仰向けに倒れたままこちらへ綺麗な赤いネイルの親指を立てていた。出涸らしのMPでチャミィを解毒してくれたようだ。

「さぁ、終わらせるですぅ。やあっ!」

 チャミィは肩に担いでいたデュラングルをガツンッと地面に下ろすと、轟音を立てて地面を切り裂きながら猛進する。

 その姿に危険を感じたのかボスは馬鹿の一つ覚えのようにスライム針を射出。

「させるかよ!」

 分かりきった攻撃を容易く処理してチャミィの進路を確実なものにする。

 デュラングルがガリガリと地面を切り飛ばすエフェクトがまるで本当に炎を纏っているようで、火花に照らされるチャミィのニヤリと笑った横顔は恐ろしい程に綺麗だった。



「くたばれデカブツぁああああ!!!!」

 チャミィの本性からの怒号と共に噴火の如き荒々しき斬撃が巨大なポイズンスライムキングを一刀両断し、すっぽ抜けたデュラングルは洞窟の天井に突き刺さり大きな亀裂を刻みつけた。

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