無限大の君へ
こばなし
無限大の君へ
君と僕は、一緒に星空を見上げる仲だった。
小さい頃から、ずっと一緒だったんだ。夢見がちな君、現実主義者の僕。相対する性格の僕らだったけど、不思議と、側にいて不快なことは無かった。きっとバランスが取れていたんだろうね。
「あの星、なんて名前?」
「ああ、あれは――」
なんでも知りたがる君に、僕は、なんでも教えた。星の名前、星座の名前、季節ごとに移り変わる夜空の仕組み。
知っての通り、君の家には図鑑や専門書の類は無かったからね。家族ぐるみで親しかったものだから、君の親御さんからもよく「色々と教えてやってくれ」と言われたものだ。知るのも教えるのも好きな僕は、君といることで自分の存在価値を見出していたのかもしれない。
「あの星は?」
「ベガ」
「じゃあ、あれは?」
「デネブ」
「そしたらあれは?」
「あれは……なんて名前だろう」
そんな僕にも当然知らない星がある。夜空にあるすべての星の名前を知っているわけではないし、すべての星に名前がついているわけでもないだろう。
「おまえでも分からないことがあるんだ」
「まあ、そうなるね」
少し悔しがりながらも僕は、自分の無知を認めた。でも、ちょっとでも知識自慢がしたくて、こんな話をしたんだよ。
「はじめて見つけた星なら、その星に名前を付けられる……かもしれない」
「それ、まじか」
それを聞いた君の目に、星が宿り、きらりと輝いた瞬間を今でも忘れない。
実際のところ星の名付け親になれる権利については良く知らない。ただ、そんな噂を聞いたというだけだったのだ。僕にしては軽はずみな発言だったかな。
「じゃあさ、俺、あの星に名前つけるわ」
「ああ。待って。実は、今光って見える星が、必ずしも今もある星の光かどうかは、分からないんだ」
「は、どういうこと?」
夜空に浮かんで見える星の中には、既にもう消滅しているものもある。
数億光年という膨大な距離を超えて、星空の光は地球に降り注ぐ、
光がこの星にとどくまでに、光源の星は既に消滅している、というからくりだ。
光を宇宙船に例えると、他の星に向けて旅をしている間に、故郷の星が滅びてしまっているって感じかな。
「そうなのか……」
そういう理屈を君に話すと、少し寂しそうな顔を見せたんだ。だけど、それからが、君の――僕らの野望の始まりだった。
「じゃあ、俺、あそこまで行ってたしかめてくるよ」
「はあ?」
つまりは宇宙飛行士になり、ロケットに乗って、ということだろう。あまりに突拍子もないことを言われたものだから、すっとんきょうな声が出てしまった。
「あのなあ。宇宙飛行士になるのは、すっごく大変なんだぞ?」
僕はかくかくしかじか、とその大変さについて説いたんだけど――
「はあ。そうなんだ」
君から返ってきたのは、そんなこと気にも留めてないかのような返事。
「それ、俺がやりたいことあきらめる理由になる?」
「いや、それは、ならないけど」
「じゃあ、やる」
瞳に映る星の輝きは、より一層に強さを増して。
君は強く、未来を見据えた。
「そこまでして、あの星が無かったらどうするんだよ?」
「その時は、その時考えればいいだろ」
僕は呆れたが、それと同時に君の瞳に可能性を感じさせられた。
***
それからというもの、僕らふたりは同じ夢を追いかけた。
君が宇宙飛行士になるというのなら、僕はそれを支える、最高のエンジニアになろうってね。元々現実主義者の僕だ。宇宙飛行士や、それに関連する仕事だなんて、そんな夢みたいな職業には当初は目もくれなかったけれど。
でも、君の瞳に宿った光は、僕の未来さえも照らしてしまった。君が銀河の果てのあの星まで到達するのを、見てみたいと強く思ってしまった。
「なあ、また分かんねえ所が出てきちまった!」
「ああ、任せろ」
君が分からない所があれば、僕がいつでも教えた。それは学業の場でも、社会人となり宇宙飛行士を目指しているときも。
こう聞くと、僕は君を一方的に助けまくっているかのように聞こえるかもしれない。でも、僕は君に沢山助けられたんだ。
他の友人と上手くいかないとき。家族とケンカした時。愛猫を失った時。
沢山の場面で君と、君の目指す夢に助けられた。一緒に悩み、泣き、時には遊んだ。「こんな時にカラオケなんて!」と渋る僕を、強引に君がひっぱっていったのも良い思い出だ。おかげさまで、僕は今でもこの通り、心身ともに健全で居られているんだよ。
君が、僕を生かしてくれたんだ。君の光が僕の未来を照らしてくれたという表現は、大仰なものでも何でもない。
そうして、僕たちは遂に、来るべきところまできた。
あの星へ向けて、ロケットを打ち上げるときが来たのだ。
***
日本の宇宙飛行士採用試験のタイミングなんて、君は待たなかった。
君の夢はあくまでもあの星に行くことだったから、僕と一緒に海外で会社を立ち上げて、仲間を募り、民間企業として宇宙を目指したんだ。
「じゃ、ちょっくら行ってくるわ」
「ああ」
固い握手を交わし、君を見送る。
ちょっとそこまで、といった具合の君を、僕は少しの心配と、大きな期待を込めたまなざしで見送った。ついに、僕らの夢が叶う。
***
君はここまで話を聞いていて、色々と思うことがあるはずだ。
そう。その星まで辿り着くためには、その星がどこにあるのかをまずは知らないといけないね。それを知るための技術は、もちろんあった。例の星の光が、宇宙のどのあたりから放たれているかも調べることはできた。
だとすれば、今現在そこにあるのかどうかなんて、わざわざ大きなリスクとコストを支払わなくても分かることだ。今現在その星がどうなっているのかだって、無人機を飛ばしてでも確認すればいい。わざわざ有人飛行をする必要なんて無い。手段はいくらでもある。
でもね、そんな「できて当然のこと」を、僕らはやらなかったんだよ。
どうしてかって?
そりゃあ、僕らの夢だったからだよ。光源を辿って、実際に目で見て有無を確かめる。それが
バカみたいだと思うかい? ふふ、気が合うね。僕も、そう思う。
あの星に行くまで途方もない時間がかかる。行って、帰ってくる頃には、もうおじいちゃんにでもなっていることだろう。下手をしなくても、帰りの宇宙船の中でぽっくり行く可能性だって充分にある。
だから、君がついにあの星――正確には、あの星が在った場所まで辿り着いた時、光速通信で君からのメッセージを受け取った時は、色々と思うことがあったよ。
「星は、もうなかった」
ただ、メッセージには続きがあったから、僕は悲しんだり、死にたくなったりしなくて済んだんだ。あの星がもし既に存在していなかったら、その時はその時考えよう、ってあらかじめ話していたからね。
君からの意見はこうさ。
「タイムマシンを作って、過去にさかのぼって見に行こう」
さすがに僕も、笑ったよ。まだあの星を見に行くことにこだわっているんだもの。君という男は、本当に、ロマンチストだなあと。
実は、タイムマシンについての構想はあった。なんせ、君と違って僕は、現実主義者だからね。星がありませんでした、じゃあ、無かったらその時はその時考えましょう、みたいな楽観性は持っていない。
あらかじめ、その星が既に消滅していたことを想定して、準備をしていたんだよ。
ん? なぜタイムマシンを作ろうって君が言いだすのが分かっていたのか、だって?
そりゃあ君と僕の仲さ。窮地に陥った時に、次に何を言い出すかなんて想像がつくさ。
それでまあ、完璧とは言えないけれど、こうやって君に……この時代の君に会いにきていることからも分かるように、タイムマシンは完成した。天才エンジニア兼科学者の僕と言えど、時間がかかったよ。開発の間に歳をとった。もう僕も、僕の時代の君もジジイさ。さすがに人類史に残るくらいの活躍はしたんじゃないかな、僕ら二人は。
文字通り、歴史を変えるような発明だろうね。
それで、そろそろ本題なんだけど。
いくらタイムマシンを開発したからといって、過去に行って、そこからさらに、有人飛行で銀河のかなたまで飛んでいく、なんて芸当は、もうできそうにない。
なんってったって、もうジジイだから。
不老不死にでもなれたのなら話は別なんだろうけれど、いくら天才エンジニア兼科学者の僕だって、詳しい分野とそうでない分野があるんだ。不老不死なんて分野には疎いし、詳しい人だってよく知らない。
だからもう、僕らが過去に戻って、「消滅する前のあの星」を見に行くことは叶わない夢なんだ。開発と宇宙旅行に、あまりにも時間がかかり過ぎる。人生一回分じゃ足りないんだよ。
ここまで話して、僕が君の前で、今こうやって話している理由は分かったかな?
もちろん、僕らの夢を、昔の君に押し付けるつもりなんてないよ。あくまで君も、僕の知る君と同じように夢を見るようであれば、やってみて欲しいんだ。
だからこそこうやって、僕に出会う前の、君に話したんだ。まあ、あえて詳細には話さなかったつもりだよ。その方が、夢があって面白いだろう?
そんじゃ、何年か先、僕に会ったらよろしくね。今日聞いた話を僕にしてみてくれよ。現実主義者の僕のことだ、「またそんな夢みたいな話を」だなんて、呆れることだろうよ。その時はなんとか信じさせてやってくれ。僕は、君の夢の話が大好きだから、最終的にはきっとついてきてくれるはずだからさ。
それで、気が向いたらいつか、タイムマシンに乗って、僕らに会いに来ておくれよ。
そして教えてくれ。
あの星に、何て名前を付けたのか、ね。
無限大の君へ こばなし @anima369
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