第4話 尋問 ~奴隷少女と魔法少女~

※この作品には過激な表現を含みます! ご注意下さい。


『貴方は、彼女に、何をしたの?』


 小柄な赤毛の少女、フィーナの赤銅色の瞳が、こちらを凝視する。


「え?」 

 暑さが残る港町の市場は、騒がしいにも関わらず、ジョンの耳は彼女の言葉を繰り返す。フィーナの言葉が強くジョンの頭に木霊し、思わず聞き返す。


 いや、彼女が何を言っているかはわかる。俺が、ティンに何をしたのか答えなくてはならない。今すぐに。

 すべてを事細かに答えなければ。

 いいや、落ち着くんだ。ジョンは自分に言い聞かせた。


 俺は、そもそも、彼女達の雇い主だ。冒険者ギルドの紹介で、雇った護衛パーティ“時の猟犬団”は全員女性から成り立っている。美しい美少女達で、なかでもフィーナとティンは、時折、腕を組み、皆の前で指をからめる等、仲が良さそうだった。


 フィーナは、姿が見えない同じパーティの友人、ティンの安否を気遣っているだけだ。パーティに入ってから、まだ日が浅いフィーナの、最初の友人が、ティンなのだとか、以前話していたな。

 

 ティンが帰ってこないのは、俺のせいじゃない。そのはずだ。

 フィーナも、旅先で、少し疲れて気が立っているのだ。


「大丈夫ですよ!落ち着いて下さい。大丈夫!

 実は、ティンさんには、“特別な探し物”を依頼していてね。まだ途中みたいです。

 ここじゃあ、何だから、少し歩きましょう。あとでゆっくり話しますよ。」


 ジョンは、赤毛の少女に場所を変えて話すことをそれとなく伝えた。


「そうね。その方が、いいかもしれないわ。」

 フィーナは、周囲に目をやり、杖をマントに戻した。

 赤い服と短いスカートの魔法少女は、黒いマントをはたいて立ち上がると、帰る準備を始めた。

 

 赤毛の少女は三角の黒帽子を上下に振って、魚屋の店主にお礼を言っている。

 店主は「また、明日も来れる?えっ、もう次の町に行くの?また帰りに来るの?給金を増やすから、来年もきておくれよ!」と、熱心にフィーナを引き留めている。

 やっと話は終わったようだ。

 ジョンも、魚の干物をいくつかもらい、お礼を言って店を後にする。


 フィーナは、赤い服の前をマントで覆って歩き始めた。日の長い、夏の夕方にその恰好は暑くないのか?

 帝都では、外で作業する者を中心に、冷気を送って体を冷やす魔道具が2つ付いた服装が流行っているという。まあ買えるのは、貴族の従僕ぐらいだろう。


 彼女は、完全に、職業は魔法使いと分かる服装だ。

 フィーナが、露店の前で足をとめ、品物を眺める。

 道具屋から「お二人さん、この魔道具を、買わないかい?今なら安くしとくよ!」

 景気のいい声がかかる。涼し気な風を送る魔道具だが、氷魔法を使うフィーナには必要あるまい。

 「あの魔道具は、落として壊したら、燃えやすくなって危ないのよ。」

 へぇ。フィーナは物知りだなぁ。


 立ち並ぶ露店を見ながら、のんびりと二人で歩く。

 店の奥や洗い場に目をこらすと、荷役や雑用を行う奴隷が見える。そこには、青白く美しい顔をした、線の細い亜人の姿もあった。魚屋で、魚を押し付けた奴隷に、細長い顔と大きな目の特徴が似ている。

 彼ら彼女達もまた、”インス”と呼ばれる種族なのだろうか?

 フィーナに聞いてみたくなったが、冒険者パーティ”時の猟犬団”は、みな亜人嫌いばかりだと、ティンに注意されたことを思い出した。

 今、すべき話題ではなさそうだ。


 二人で市場の中心からゆっくり離れながら、軽く雑談を続ける。

 魚屋の解体ショーについて、中々見る機会がないなぁ、さっきの技は本当にすごかった!あの店主は相当喜んでいたよ!魚やイカは好きなの?どういう経緯で手伝いを?給金は、いくらぐらい?魚屋は、意外ともうかっているのかぁ!どこへ新鮮な魚を運んだら、儲かるかな?などと、話題はつきない。


 あの魚屋に、フィーナがいた理由は、だいたい分かった。深読みしすぎたか?

 

 しばらくして、市場の端に近づき、人通りも少なくなってきた。

 フィーナは、「ところで、彼女の件ですが」と小さな声できりだす。


「ああ、ティンさんは、昼すぎだったかな、宿の方へ、一度、戻りましたよ。

 お土産を、買いすぎてしまって、一度、宿に運んでるんです。

 その後はそのまま、彼女の盗賊ギルドの伝手を頼りに、町の裏通りで、男性向けのお店を探して来てもらっているんです。」


 ジョンは冗談めかして答えた。この数日、昼の間は、パーティの装備などの買い出しで、ティンと二人きりで行動することが多かった。


「坊ちゃん、最低!」わざとらしく、フィーナはあきれて見せる。

「冗談はさておき、本当にどこか知らないの?最近、ティンは宿に戻ってきてないの。」


 そうか、同部屋だったのか。フィーナは心配そうだ。物憂げな彼女の鎖骨は、マントに隠れて見えない。今日はもう、見納めかな。


「朝まで、酒場を、“はしご”しているんじゃないかい?」

「“一番大事な仕事”を、ほっぽり出して?本当に、どこにいるのか知らないの?」


 この町に到着したとき、盗賊娘のティンは、ジョンのそばを離れるな、とパーティのリーダーに厳命されていた。

 『ちぇ、ボクも観光したかったなぁ~』小声で愚痴るティンの言葉を、ジョンは聞き逃さなかった。買い出しの名目で、彼女を観光に誘いながら、金貨で釣るのは容易いことだった。


 ティンと同じパーティだから、サーシャは仲間意識が強いようだが、いざとなれば、この金貨で買収できるだろう。心強い財布の重みが、ジョンを楽観的にさせる。

 金はすべてを解決するのだ。立ち並ぶ店舗の影とはいえ、周囲の視線が気になる。

 

 マントで、身体を覆う彼女の様子は、顔の表情で読み取るしかない。

 やはり、警戒されているのか?

 黒い帽子も、深くかぶり直し、顔を背けているので、口元が見えない。


 市場をもう少し離れ、デザートが美味しい日陰のカフェに、連れ出そう。椅子に座れば、美しい鎖骨や短いスカートを、もう一度拝めるかもしれない。

 金貨で、彼女も篭絡できる。どこか、“休憩できる場所”に連れ込んでも良い。


 そばかす面の彼女は、充分に魅力的に見える。

 幼い容姿に、大人びた口調がとても良い。

 小柄で赤髪の魔法少女は、純潔なのだろうか。

 直接、体に聞いてみたくなってきた。

 ティンの親友は、どんな“声”で喘ぐのだろうか?


「何か、誤解があるようですね。彼女がどこにいるか、僕が教えて欲しいですよ。」


 ジョンはおどけて、肩をすくめて見せた。もう、金貨を使ってみようか?



 少女は、意外な言葉を発した。



「嘘 だ な。

 

 私が、その忌まわしい金貨で仲間を売るとでも、思っているのか?」

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