第5話 調教 ~哀れなメス奴隷と虚飾の魔女~

 ※この作品には過激な表現を含みます! ご注意下さい。


『嘘だな。私が、その忌まわしい金貨で仲間を売るとでも、思っているのか?』

 

 不意にフィーナの口調が変わる。瞬間湯沸かし器ですか?

 普段は、幼さが残る高い声で話す彼女は、急に冷たい言葉を低い声で発した。

 やさしい口調が一変して、強い意志と拒絶、敵意をはっきり感じる。


 ジョンの笑顔が引きつったままで固まる。言葉の意味に、頭が真っ白になる。

 若者の背筋は、ゾッとうぶ毛が逆立ち、寒気がした。

 

 考えを読まれた。いや、それよりもなぜ、あの金貨のことを知っているんだ?

 イカのような水棲生物が刻み込まれたコインの力を?

 何も証拠は残していないはず。

 仮にフィーナが、ギルドに何かしら訴えても、彼女達の自己責任で終わるはずだ。

 

 危険な魔法使いからは、逃げなければ。

 相手を怯ませれば、容易いはずだ。宿の荷物はあきらめてもいい。

 集中する時間が必要だ。隙をみて杖をかざし、炎魔法を詠唱すれば良い。

 なに、すこぉし、脅かしてやるだけだ。


「“いやいや、いやいや、くッ”、違うんだ・・・。“てっきり、てけり、”僕は・・・

“イヤイヤ、嫌々”仕方なくねぇ・・・。“イアイア、ゆっくり”話し合おうよ・・・。」


 ジョンは、気が動転して舌をもつれさせ、必死に弁解した。否定するように手を振り、フィーナの様子をうかがう。


 クゥトゥルフ教団やダーゴン教団の“祈り”にも似た、闇の“発火魔法”を、多重詠唱したのに、彼女は気付いたか?

 体の魔法防御力を底上げし、冷気への耐性を得たことを感じる。

 補助呪文は、攻撃前の予備動作につながっていて、いつでも炎を出せる。


 氷魔法の対策は充分考えてきた。まずは、体温を奪わせなければ良い。

 体とその周辺だけ、炎の熱で温めることで、魔法少女の氷魔法を無力化しよう。

 

 そばかすが目立ち、幼さが残る彼女は、あまりにも無表情だった。

 この魔法使い、いや魔女は、何をどこまで知っているんだ?

 

 周囲の空気との温度差で、風が吹き荒れる。

 空気が冷たく、呼吸がしづらい。肺が凍るようだ。

 広い範囲で、氷の結界が動いている?詠唱を封じるためか?

 呼吸が荒いジョンの息が、白く、吐き出される。


 魔女の氷魔法が、発動されても、問題ない。俺の炎の火力なら、確実に溶かせる。

 現に、俺の体の熱すら、奪い切れていない。酸素も、供給され続けている。

 何より、この数日、彼女の魔法は、研究済みだ。

 彼女は時間と準備をかけ、魔法陣を練らななければ、魔法を発動できない。

 もし、彼女が準備していたなら、一瞬で俺は氷づけになっているはずだ。


 赤毛の少女の、幼さの残る体躯や美しい首元と同様に、彼女の魔法は、じっくりと舐めるように観察させてもらった。

 間違いなく詠唱の速さは、俺の方が上だ。

 俺はかつて、ミストニック大学では「早撃ちジョン」と恐れられた。


 時間を稼ぐのは終わりだ。自信を持て、ジョンよ。

 魔法は、気合だ!

 貴族の高貴な血は、下賤な者共とは違うのだぁ!



 ふと、フィーナが何かに気を取られ、後ろを振り返った。身体の向きも変える。

 数秒の間、頬をかすめる冷たい空気の温度が、元の夏の風に戻ったのを感じる。

 結界が弱まったのだろうか?


 最大の好機!杖を抜け!

 俺のなかで、何かが吠える。

 さあ、あとは、杖を出し、叫ぶだけだぞ!

 ”あの方”にいただいた力で、一瞬で全てを、そう、この世のすべてを!

 俺は、ことごとく、焼き尽くせるのだ!!


 愚かな魔女、ギルドの犬よッ!

 華麗なる俺の炎で、消し炭になるがいい!!


 ジョンは、邪悪な笑みを浮かべると、バッと袖に手を伸ばし、詠唱を開始する。


「“原始の炎”よッ!焼き尽くせ!」


 ? 

 ジョンは、杖を手にしようと、袖に手を突っ込んだままの姿勢で固まっている。

 あっ!俺の腕が、動かない!


 

 小柄な少女の叫び声が響く。


「正体を現したな、ロードレック、愚かな主義者め。帝国の背信者ッ!

 お前は、私たちの仲間に、何をした?

 お前は、仲間を売った金で、はしゃいで、買い物をしていたのか?

 愛しい彼女の背中を、後ろから刺した、その手で、うす汚い亜人に施しをして、満足かッ?」

 

 顔をこちらに向けたフィーナは、口を歪ませ呪いの言葉を、矢次ばやに紡ぐ。

 魔女は、氷の杖をこちらに向けていて、敵意を隠そうともしない。

 どうやら、ジョンが、話し合おうと言いながら、杖を抜こうとしたことで、地雷を踏んでしまったようだ。

 まだ、爆発はしていませんよね?

 

 くッ?ジョンの腕は、ひきつり動かない。こんな時に、『つって』しまったんだ。

 筋肉が、寒さで収縮しているのだ。早く、“ストレッチ”をしなくては!


 フィーナが何かに気をとられた素振りを見せたのは、俺の攻撃を誘う罠だった。

 魔女の攻撃の氷は、“見えない”。

 奴の氷は、夕方の薄暗い路地裏では、透明なので、見えないのだ。


 逢魔が時では、俺の方が強いはずなのだ。

 やはり、少女は無詠唱で、氷の魔法を使えるのか?

 マナを籠める術式もなしに、“氷結”の魔法を、こちらに撃ち込んできているのか?

 ジョンの背中に冷や汗が流れ、足がガタガタと震える。

 

 まだ夕方なのに、2人の周囲には、人の姿が見えない。

 

 ああ、ここは、ひどく寒い。早くこの場から離れたい。他の仲間を呼ばれる前に。

 ジョンは、あとずさりしてその場を離れようとしたが、靴は地面に縫い付けられたように、動かない。

 

 完全に、逃げる時機を失した。転移の巻物を持ってきていれば!

 そもそも、大学時代にもっと勉強していれば、奴隷落ちした挙句、冒険者まで身を持ち崩すこともなかったのだ。金、もっと金さえあれば!

 

 いや、ある。俺には特別な力を持った、“幻想的な”金貨がある。

 偉大な“種族”の残した、“大いなる遺産”の一部が。

 

 そうだ、奴隷を買おう! もし生き延びたら、金貨で赤い髪の幼い亜人を買おう。

 黒いマントに赤い服をまとわせた後、炎であぶり、首筋から衣を引き裂きたい!

 小柄な赤い髪の少女の鎖骨を、思う存分むさぼり、恥辱を削ぐのだ。


 頭痛がひどい。大量の氷を口に含んだかのような感触だ。

 

 フィーナは、鋭いまなざしでジョンを睨み、吐き捨てるように叫んだ。

「お前の、異常な“信仰”は、すべてお見通しだ!異教徒の悪党めッ!」


 美しい少女に罵られ続けて、興奮してきた・・・。もっと、言って!

 

 運命の鎖に縛られた、彼女が待ち受ける結末を、魔女は悟ったのか?

 すべてお見通しだ!と勝ち誇る強気な少女は、虚飾の鎧をまとっているのか?

 赤毛の美少女が、ジョンの“異界”に、彼女自身が囚われたと悟ったときの、哀れな姿が見たい。

 我が身に降りかかるのが、逃れられない恐怖だと、分かった時、彼女はどんな顔をするだろうか?小柄な魔女は、どんな痴態をさらすのか?

 足を閉じ、強気に抵抗を続けるのか?自ら股を開き、慈悲を乞うのだろうか?

 狂気に陥り、自ら腰を振り続けるのだろうか?

 

 希望を持ち続けなければ、とても耐えられないだろう。

 自らに、果たさなければならない役目があり、それを果たすまで死ねないのだと。

 

 だが、“今”に、この瞬間に、集中しなければ。 


 今、彼女は全てを知っている。知っているなら、もう隠す必要はないではないか?

 水魔法で拷問を受ける前に、洗いざらい、罪を話さなければ。

 水責めだけは、嫌だ!本当に、嫌なんだ!耐えられない!


 あの時の俺は、地下牢獄の闇の中で、鎖に吊るされた惨めな裸のメス奴隷だった。

 人としての尊厳をすべて捨てた、一匹の家畜だった。

 身体に染み付いた恐怖から、逃れる方法はたった一つ。


 全てを告白すれば、許されるだろうか?


 いいや、話したとしても、俺は冒険者達に八つ裂きにされる。

 猟犬どもは、決して俺の罪を、許しはしないだろう。

 万が一、逃げ延びたとしても、役所や冒険者ギルドから賞金がかかり、すぐ追手に狩られるだけだ。


 ああ、いくら美少女とはいえ、こんな奴らを雇うんじゃなかった。

 話し合いの途中で杖を向けるとは、一体、俺は、なんてことをしてしまったんだ。

 後悔と罪悪感からたじろぎ、震える体は、思わず無意識に、財布を触る。

 硬貨の重たい感触が、ジョンに冷静さを取り戻させる。


 今の俺は、金持ち!すっごい金持ち!

 金さえあれば、何でもできる。

 自分自身を買い戻すことも。美少女達を買うことも。

 それだけは、間違いない、“揺るがぬ真実”なのだ。

 


 数分前、俺は、攻撃する意思を持って、杖を抜こうとした。

 衛兵の前でやれば、その場で切り殺されても文句は言えない。


 なぜ、フィーナは俺をすぐに殺さない?殺せないのか?なぜ?

 彼女達にとって、そもそも俺の護衛が、依頼された任務だったはず。

 

 俺が、フィンに危害を加えたと確信が持てていない。証拠がないのだ。

 だから、パーティーリーダーの指示を優先させて、殺せずにいるのか?

 

 ティンに、なにかあった場合、疑われるのはジョンではないはず。


 フィーナは、マントの影から、もう一本の杖を、木の根でできた細長い杖を、ゆっくり取り出す。

 

 ジョンは、違和感を感じた。

 急に冷気の勢いが弱まり、氷が水に代わる。服が濡れて、非常に冷たい。

 身体の震えが止まらない。手がかじかんで、杖を振ることは、もうできない。


 溶けた氷の水滴が、集まりながらゆっくりと、ジョンの上半身に絡みつき、そして首元へ移動していく。

 そして、球状になり、口元へ・・・。


 ああ!水責めだ! 今から俺は、何度も溺死するのだ。

 彼女が満足する答えを、ジョンが口にするまで、何度も!!


「最後に、もう一度聞く。ティンは、どこ?」

 

 氷よりも冷たい、フィーナの言葉に、ジョンは冷静に対応する必要に迫られた。

 誠実に事実を回答しなければ。とりあえず、謝っとくか。


 

「知りません。申し訳ございませんでした。命だけは勘弁してください。」

 分からせられた、元貴族の冒険者は、歯を鳴らしながら、小さな声で答えた。


 魔法使いの杖が、ゆっくりと、こちらに向けられる。

 

 ダメだったか。俺は、賭けに敗れた。ここで終わるのか。

 

 俺には果たさなければならない役目がある。

 こんなところで、冒険者風情に、屈しは、しない。

 命は奪えても、俺の魂までは、奪わせない。


 唇をかみしめ、こぶしを握る。

 泥水にまみれたジョンは、涙に濡れる、まぶたを、ゆっくり閉じた。

 


 急に、焼き鳥のタレの香りがした。

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